作戦
翌週月曜日の定例会。
最初は荒唐無稽だと思われた各作業も順調そのもの。当初に立てた厳しい目標もこなせそうで、皆の気持ちは少しだけ緩んでいるように見えた。
「皆、ゴールが見えた時こそ力を張るんだよ。短距離走の選手は大体そう。好タイムを出すために、コンマ何秒でもタイムを縮めるために、ゴールが見えた時こそ気持ちを高ぶらせるの」
嘘か真かわからない激励を新田先輩が言った。
モチベーションが低い連中が聞けば鼻で笑いそうな言葉だが、生憎今文化祭実行委員の皆のモチベーションはうなぎ登りの状態。
うっしゃー、だとか。
よっしゃー、だとか。
そんな歓喜とも雄たけびとも社畜ともとれぬ声が物理室に響いた。
「……乗せられやすい奴ら」
そんな文化祭実行委員の皆に向けて、呆れたようなため息を吐くのは、岡田君だった。
詳細に彼の言い分を説明すると、乗せられやすい皆の気持ちに乗せられて俺も昂ってきた、になる。あまのじゃくな彼は、いつも本心を口に出来ず悪口っぽい論調を唱える。
「お前今、俺に対してろくでもないこと思っただろ?」
「いやに鋭いな」
「本当な。たった数週間の仲なのに不思議だ」
そう言って岡田君は、僕の頬を引っ張った。
痛いから素直に止めて欲しい。暴れた結果、僕達は新田先輩から注意を頂くことになる。
「岡田君のせいで怒られた」
「お前が変なこと思うから悪いんだろ?」
「岡田君が僕が変なことを考えたと気付くから悪いんだ」
「お前、今とんでもないこと言っているのわかってる?」
知るか、と言いたげに、僕はそっぽを向いた。丁度顔を向けた先には、騒がしい生徒にご立腹そうな顔を見せる紗枝がいた。
実に、居た堪れない。
「お前、小日向さんに頭上がらないんだな」
そりゃあ、前回の時間軸ではそれはもう酷い仕打ちをしましたからね。
「……で、本当に大丈夫なのか? お前の作戦は」
「勿論」
岡田君が言った作戦とは、岡田君と紗枝を引き合わすために僕が講じた考えのことだった。
岡田君が紗枝に告白するために僕に願った協力は、紗枝と二人きりの時間を作って欲しいというものだった。そこまで仲が良くない岡田君からしたら、そもそも紗枝と二人きりの空間を作るのも容易なことではないらしい。
故に、どこかで紗枝と岡田君を二人きりにする案を岡田君は僕に求めた。
そんな彼の願いを聞き、僕は真っ先に間近に迫った文化祭を作戦に利用しようと思い付いた。
そして、どうすれば二人を引き合わせられるかを考えた。
最初に考案したのは、僕が紗枝と二人で文化祭を巡っているどこかのタイミングで、僕が抜けた隙に紗枝と岡田君を偶然を装って引き合わせることだった。
でもそれは、岡田君に却下された。
理由は、
「あからさますぎる」
とのことだった。
「俺はまだ良い。でもお前……気付かれるぞ?」
「何が?」
「お前が俺と結託して、小日向さんと俺を引き合わせたことをだよ」
一体、それの何が悪いのか?
そう思って首を傾げると、
「マジか……」
そう岡田君は引いていた。
簡単なやり口だしオススメだったんだが、クライアントがお気に召さなければしょうがなかった。
仕方なく僕は、次の案を考案した。
それが……。
「それじゃあ皆さん、今日はこの後、作業を始める前に文化祭当日の役割決めをするから」
新田先輩が言ったこれを利用することだった。
事前に『正門作り』リーダーに聞いた話だったが、どうやら文化祭当日は文化祭実行委員は当然仕事に駆り出されるとのことだった。まあ、事前準備が多すぎるだけでそれが本来僕達の主目的だしそうだろう、と思いつつ話を聞くと……作戦を思い立ったのだ。
「事前に小日向さんに、『広報写真』係になろうってことはそれとなく言ったんだな?」
「勿論」
『広報写真』係、とは。
その名の通り、学校のホームページ等で公開される活動内容の写真などに使われる写真を撮影する係のことだった。
人員は男女一人ずつ。
この係、実は拘束時間が長く文化祭実行委員の中でも敬遠される係らしい。
そんな係に、僕は紗枝と二人で入るつもりだった。
「そこに岡田君が、男子の対抗馬として挙手をする」
「すると、男子の選出はじゃんけんで決めることになる」
「そこで岡田君が勝てば、晴れて紗枝と君の二人きりの場は設けられることになる!」
「……ふっ。俺って奴は、とんでもない天才を仲間に引き入れちまったみたいだぜ」
「高いぞ?」
「出世払いで手を打とう」
小芝居もそこそこに、早速文化祭当日の係決めは始まった。
その結果は……。
「じゃあ『広報写真』係は、桜内さんと岡田君ね」
どうしてこうなった?
おかしい。
僕の完璧な作戦が、計画が……!
ど、どうして狂ったっていうんだ?
「余ってるの、『ゴミ捨て』係しかないね」
紗枝が言った。
『ゴミ捨て』係。
それもその名の通り、文化祭中に各地に散らばったゴミを拾っていく重労働の辛い係。しかも、誰もやりたがらないというお上の独断の元、人員も男女一人ずつで行う辛い仕事だった。
「修也、よろしくね」
「う、うん……」
重労働が嫌という気持ちと、作戦のことが頭にちらついて係を投げ出したかった。
「よせ、修也」
小声で岡田君に突かれた。
「でも……僕の完璧な作戦が」
「ここでことを荒立てれば、相手の心象が悪くなる」
「……くそっ」
吐き捨てるように、僕は言った。
「まあ、まだ機会はあるさ」
「うん」
僕は、深く頷いた。
「任せてくれ、相棒」
若干、僕は現状を楽しんでいた。
紗枝との色恋沙汰の話なのに、こんなに楽しい気分であれこれ出来る日がやってくるとは思わなかった。
岡田君とは馬が合ったことが理由の一つだろうが、一番は……。
カッコイイ彼なら、きっと紗枝と結ばれても幸せにしてくれるはず。
多分、そう思えた。
日間ジャンル別6位ありがとうございます。中々5位への壁が厚いですね。
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