素直
先日に比べれば協力的な空気が漂う定例会を終えて、僕達は各々の持ち場へと向かった。
「じゃあね」
「うん」
紗枝と僕は、別の作業が持ち場になっていたから、今日はここが彼女との別れの場となっていた。
「あ、そうだ」
と、思ったのだが。
「今日、おばさんに夕飯誘われてるから、一緒に帰ろ」
「そうなの?」
「うん。ウチの親、親戚のお葬式で栃木に行ってて」
「そっか」
「……さすがに、今日は早く帰るよね?」
その言葉の意図は、先週とは違い、終電まで学校にうろついていないよな、と言う意味だった。
「まあ、ね」
勿論、僕だって学校に残るつもりは更々なかった。先週、ああやって学校に残って作業に勤しんだのだって、好きでやったことではない。ただ、作業が遅れないようにするため。ひいては文化祭を成功させるためにした行為だった。
今のように文化祭実行委員のやる気が滾った以上、もう僕が無理をする必要はないだろう。
集合時間と場所を決めて、僕達はさっさと持ち場へと向かった。
僕が向かった校庭にて行われている『正門作り』の作業進度は、一日僕が仕事をサボった割には順調だった。
「遅延はしてないぜ」
「アハハ」
『正門作り』リーダーの殊勝気な言葉に、僕は苦笑を返した。何を言っても皮肉めいて聞こえると思ったから、そうする以外に術は浮かんでこなかった。
「はい、じゃあ集合」
作業開始の前に、リーダーの掛け声で僕達は集まった。始まるのは、五分間の確認会。昨日の進捗はここまで。今日はここまでやる。昨日、こんなトラブルがあったから気を付けるように。ざっくりと言うと、こんな話がリーダーの口から簡潔に告げられる。
意図は、同じ失敗をチーム間で繰り返さないように共有することと、全体の進度の見える化と、今日の目標の周知。
提案者は、僕だった。
ただ、先週まではこの確認会が行われた光景は一度も見ることはなかった。悪者の僕の提案など検討するまでもなく却下されていた。
「昨日から始めたんだ」
隣にいた一年の男子から、僕はそう告げられた。彼の名前は確か……岡田太陽君。周囲に聞こえないくらいの小さな声で、彼は話を続けた。
「酷いもんだよな、皆の手のひら返しも」
「そう?」
「そうだろ。過労で倒れる奴が出る文化祭だなんて、普通じゃない。責任の所在をあろうことか下級生に押し付けて終電間際まで働かせるだなんて、あっちゃならない」
「あれは、僕の勝手な判断だ」
「第三者はそうは思わない。事実、今日坂本先生は物理室に姿を見せなかっただろ?」
「つまり?」
「きっと、職員室で大目玉だろうぜ。今頃職員会議だ」
いきり立つ岡田君には悪いが、それはない。
坂本先生なら多分、間近に迫った期末テストの準備に追われてこっちに来れない状況なだけだろう。
そもそも、一件は僕の体が弱かっただけで片付く話だ。守衛のおじさんには今朝確認したが、やはり彼も自己保身のために僕を宿直室に入れて終電間際まで働かせたことは告げていないらしい。
あくまで僕は、完全下校時間まで働き、登校可能な土日も学校に来て作業を進めたに過ぎない。
「それはないんじゃない?」
だから、僕はそう言った。
「お前は許せるの?」
「うん」
何が、だとか、どうして、だとか。そういう逆質問はしなかった。全てを理解した上で即頷けば、それ以上の詰問はしようがないはずだと思った。
「……俺は、許せないけどな」
岡田君は、続けた。
「結局、お前が倒れなかったら……正直者が馬鹿を見たんだ。先週の終わり時点で、正門作りへの出席率は五十%を切ってた。あそこで大声で号令を上げるリーダーだって適当な理由を付けてサボってた。あいつらは、それでのうのうと文化祭は楽しもうと考えていたんだぞ?」
返事を返す前に、リーダーの号令により確認会が締められた。バラバラと文化祭実行委員が持ち場に歩いて行った。
僕は、岡田君の背中を叩いて一緒の方向に歩き出した。今、彼の気分を解消させずに放っておくのは、多分最終的には良い方向に向かわないだろう。
今更ながら、彼は前回の時間軸の文化祭実行委員の時でさえ、毎日真面目に『正門作り』に参加していた。途中から僕はサボるようになったから、それまでの記憶だが……。
一旦、僕は岡田君の成りを見た。
染髪可の学校故に、暗めの茶色に染められた髪に、耳にはピアス穴。その明るい風貌から、彼が女性陣から人気であることは小耳に挟んだことがあった。
でも、意外と彼は……その成りに似合わず、生真面目な人らしい。
「ごめんね」
僕は謝罪した。
「え?」
「僕も……昨日、サボってしまったから」
「……ち、違うっ。俺は別に、お前を責めたいわけじゃ……」
「そう?」
「おう。……お前の休んだ理由は、仕方ない」
「大人になったら、どんな理由であれ仕事を遅らせたら怒られるものさ」
まるで働いたことがあるかのような口ぶりで、僕は遠くを見ながら言った。
「……気にするなよ。遅れはないんだから」
「そう。遅れはないんだ。チーム全体で作業への遅延はない状況。確かに今回、正直者は馬鹿を見たかもしれない。でも、正直者だけがずっと苦労したわけじゃない。チーム全体で、僕達は苦楽を共にしている。程度に差はあれ、ね?」
「でも、人により作業進度に差がある」
「君は、とても手先が器用だ」
「あん?」
「それに比べて……ごめん。僕は手先が不器用でね、君の仕事よりも作業が遅れてる。その癖、昨日は休んでしまったね」
「い、いや……だからだなあ……」
岡田君は、呆れたようにため息を吐いた。
「もういいよ。当事者であるお前が連中を断罪する気がないのなら、それでいい」
「うん。ありがとう」
僕は微笑んだ。そしてその口ぶりで、なんとなく察せられるところがあった。
「悪かったね、心配をかけて。これからは迷惑をかけないように体に気を付ける」
「おう。……あと、無茶する前に相談の一つくらいしろよ」
彼はつまり、連中に僕が潰されたと思って怒りを覚えていたのだろう。
その癖、最初は自分が不利益を被りそうだからと念頭に置いて文句を並べて偽って……実に素直じゃない人だ。
大して仲が良くない僕に、よくもまあ無茶の共有を提案するものだ。
大したお人好しだ。
そして、その癖あまのじゃくな言い振り。
「君って、もしかしてツンデレ?」
「ち、違うわっ」
頬を染めて否定する彼に苦笑しながら、僕は作業を始めた。
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