変貌
翌朝、あれほど気だるげだった体は動くようになっていた。今日は学校に行けそうだ。それが少しだけ……嫌だった。
「あ。おはよ、修也」
朝ごはんを食べて玄関を出ると、紗枝がいた。
中学までは腐れ縁で一緒に登校していたが……高校に入ってから、思えばこうして紗枝が我が家の前で待っている、というのも久しい気がした。この前のアイスの時は、本当に偶然すれ違っただけで、偶然一緒に登校しただけだったから。
「おはよう、どうしたの?」
「どうしたのって……」
途端、紗枝は頬を染めて俯いた。
思えば、今この場に彼女がいる時点でそんな質問をするのは、あまりにやぶさかだった。
「昨日、発熱して休んだ癖に、随分と元気そうだね」
「そうだね。もしかして、心配してくれた?」
「そ、そうだけど……悪い?」
「……全然」
そう言った途端、紗枝の顔が晴れ渡った。
どうやら紗枝は、昨日また熱で倒れ学校を休んだ僕の身を案じて、わざわざ来るかもわからない僕の家の前で僕を待っていてくれたらしい。
少しだけ嬉しかった。
でも、僕の頭の中では昨日思い出した前回の時間軸での思い出がちらついていた。
……嬉しがっていたらいけないのだろう。
昨日の一件で、余計に身に染みたはずじゃないか。
紗枝には、板野君が必要なのだと。
紗枝には、僕なんか不要なんだと。
なのに、嬉しいだなんて……そんなこと思ったらいけない。いけないんだ……。
「行こうか」
「うんっ」
快活に微笑む紗枝の隣を、僕は歩く。
この場所で歩く資格などないのに、歩いていく……。
学校に着くと、クラスはいつも通り騒がしかった。
「おはようっ」
紗枝の快活な声が教室に響いた。
いつにもまして大きな快活な声に、僕は少しだけ安堵していた。前回の時間軸での紗枝は、この時期は非常に元気がなかった。それだけ傷心だったからこそ、紗枝も板野君の優しさに心打たれたのだろう。
僕はいつも通り、紗枝の陰に隠れて自席へ歩いた。
「おはよう、修也」
自席に着くや否や、背後にいた板野君に僕は声をかけられた。
「おはよう、板野君」
「お前、また熱出したんだって? 大丈夫か?」
「大丈夫。もう熱は下がったよ。心配してくれてありがとう」
内心、僕は板野君に謝罪をしていた。
紗枝との幸せな時間を奪ったことを、心から申し訳ないと思っていた。勿論、そんなことは口が裂けても言えないが。
「本当、体調には気を付けろよ。お前がいない日は、紗枝も少し元気がなさそうだ」
「そっか」
「相思相愛ってやつ? いやはや、微笑ましいね」
……まずい。
板野君の中で、紗枝に対する感情が薄れている気がする。いやそもそも、板野君の中で紗枝に対する感情が如何ほどのものかは僕には知りようもない話。
でも、やはり一つのターニングポイントを逃した失態のツケが早速やってきたように感じた。
どうすればいいのだろう。
そんなことを考えて悩み耽る内に、一日はあっさりと過ぎていった。
どうしよう。
そんなことを考える僕の前に、次の面倒事がやってきた。
「修也」
僕の机の傍まで来たのは、紗枝だった。
「どうしたの?」
「……一人だと、物理室に行き辛いかなって思って。昨日休んだこと、それなりに気にしていたみたいだし」
染めた頬を掻きながら、紗枝が言った。
つまり、一緒に行こう、ということだろう。
断る理由は……。
「よし。お二人さん、それじゃあ今日も頑張ってきてくれよ。俺は部活頑張ってくる」
たった今、無くなった。
それは余計にまずいことなのだが、今はそれでも良いと思った。下手に断って紗枝の悲しそうな顔を見るのは、御免だった。
「うん。辰雄も頑張って」
「おう」
板野君が教室を後にした。
「行こうか」
「うん」
そして僕達も、物理室へと歩き出した。
物理室に辿り着くと、僕はすぐに異様な光景に気付いた。
放課後になってすぐだと言うのに、物理室には既に全学年の文化祭実行委員がいた。サボりがちだった人さえ、そこにはいた。
「あっ、徳井君っ!」
活発な物議を交わしていた新田先輩が、僕達に気付いた。
ただ、これは滅多にない光景だった。
僕は基本、紗枝の腰ぎんちゃくだったから……紗枝より先に僕に声がかかる機会は、滅多になかった。
「もう体は大丈夫? 本当、心配したんだよ?」
「だ、大丈夫です。ご心配をおかけしました……」
僕に気付いた文化祭実行委員が、次々とこちらにやってきた。そして、僕にかける言葉は労いの言葉と謝罪の言葉。
「徳井君のおかげで、皆一致団結出来たんだよ」
「……それは、良かったです。でも、出しゃばった真似をしてすいません」
昨日紗枝に言ったように、いくら好意的に解釈されようと……僕のした行為は利己的なものに違いはない。
だから、強い違和感を僕は感じていた。
「いいの。……徳井君の想いを守衛さんから聞いて、あたし達目が覚めたの」
「そうだよ。一生に三度しかない文化祭だからな。そりゃあ、一生の思い出になるようなより良いものにした方が楽しいに決まってる」
「あたし達なんて最後の文化祭だもんね。センターも近くなってきたけど……この学校で自分のやった成果、もっと残したいっ」
……その言葉は、前回の時間軸でも、紗枝にも言ってやって欲しかった。
そう思ったが、僕にそんなことを言う資格は当然ない。前の時間軸で紗枝の味方をした人は、この文化祭実行委員の中にはいない。
板野君だけなんだ。
薄っぺらい人間だと思う。皆も。僕も……。
「良かったね」
ふふっ、と微笑んだ紗枝が、背後から僕にそう囁いた。
……彼女がそう思ってくれていることが、せめてもの救いだった。
薄っぺらい人間だと思うわ。俺も。作者も。ミソネタ・ドザえもんも。
薄っぺらくない皆さん、評価、ブクマ、感想よろしくお願いします。
今更だけどこの作者名絶対マイナスイメージよな。