忘却
ストックが!
一日で消えた!
前回の時間軸での文化祭実行委員の活動は、最序盤はほとんど似たようなものだった。役職決めから始まり、そうして文化祭実行委員長から告げられたやる気を削ぐ日程感と役割の多さ。最初からキャパオーバーになることは目に見えていたそれに、いきなり僕の文化祭実行委員に対するモチベーションは大きく削がれるのだった。
『まあまあ、皆で頑張って楽しい文化祭にしましょ?』
僕含めた大多数の文化祭へのやる気が削がれる中、一人紗枝は今回と同じように皆を盛り上げるようにと激励の言葉を送っていた。
ただ、今回同様にその言葉が皆に届いていたかと言えば、そんなことはまるでなかった。
むしろ、やはり紗枝のことを空気の読めない下級生として捉え、そうして目の仇にする風潮が広がっていたような気がする。
そんな中、一人の生徒に対する当人からすれば謂れのないやっかみもありつつ、文化祭実行委員の仕事はスタートした。
僕は、今回同様に『正門作り』に役割分担され、そうして帰宅部であったにも関わらず、放課後はそれの作業に没頭させられ、内心で面倒だな、と苛立ちを覚えていた。
あの時の僕は、一人悪者にされつつある紗枝にフォローの言葉の一つもかけることはなかった。今回みたいに、泥を被って助けてやろうなどと思うこともなかった。
むしろ、馬鹿な奴だと内心で呆れてさえいた。
そんなことを言って、奮い立つ人は一体どれだけいようか。そんなことを言って、お前を目の仇にしない奴がどれくらいいようか。
勿論、僕が紗枝を目の仇にすることはなかった。
紗枝の性格は、昔からよくわかっていた。馬鹿みたいに生真面目で、少しだけ荒い口調になることもあるが性格は良くて、そして、僕の想い人だった。
でも、そんな彼女の苦行に救いの手を差し伸べなかったのは……僕の中にある事なかれ主義の精神と、そして怠惰な気持ちだったのだろう。
紗枝は、きっと一人でもこの苦行をなんとか乗り越えられる。自分が助ける幕はない。
そう思って、そう考えて言い訳して、僕はあの時……紗枝に何もしなかった。
文化祭実行委員の仕事は、順調とは程遠い最悪な進捗具合だった。週一回の定例会、皆々の告げる進捗具合の言葉は、遅れている。間に合わない。そんな言葉ばかりだった。
彼女一人のせいとは言えないが、文化祭実行委員長の新田先輩もさしてそれを聞いて何かする、ということはなかった。ただ大変だね、と曖昧な相槌を打っていた。
人員の増員を紗枝が度々先輩に要請していたことは知っている。それでも、結局最後まで……自発的に手伝いに応じてくれた人以外の追加増員が成されることはなかった。恐らく、紗枝の要請は新田先輩の手により握りつぶされたのだろう。
坂本先生が定例会に参加したのは、最初の二回だけだった。当人も文化祭の後にある期末テストの準備や諸々で忙しかったのだろう。だから、新田先輩が手助けを要請出来る人がいなかった、という状況もあった。
でも一番は、皆が皆、文化祭へ向けての熱意が欠けていたことがあの事態がまるで解決に導かれなかった一番の要因だと思う。
皆……僕も含めて、思っていた。
文化祭は楽しむ場所。
どんな形であれ、騒げればそれだけで楽しい場所。
出来なりでも楽しいものは楽しい。
それでいいじゃないか。
だから僕達は……仕事をおざなりにして手を抜いた。出来なりでいいじゃないかと言い訳し、堕落した。
契機は、すぐに訪れた。
放課後。
『正門作り』にやってきた生徒は、いつの間にか当初の三分の二程になっていた。
最初に比べて減った人員に、僕は内心、怒りを感じていた。僕だってこんな仕事、やりたくてやっていたわけじゃない。なのに、他の連中はサボってやりたいことをやって……そんな連中のせいで、僕のやりたいことをやる時間が減らされる。
それが我慢ならなかった。
僕は、『正門作り』の仕事をサボるようになった。
どうせ、出来なりでも文化祭は行われる。
どうせ、人員はもっともっと減っていく。
僕一人抜けたところで、僕以外の人にも同じ十字架は背負わされる。
ならば……それでいいじゃないか。
そう思って、サボるようになった。
紗枝は、文化祭実行委員の仕事をサボるようになった僕に何も言うことはなかった。そんなことを言える状況になかったのかもしれない。ギスギスした文化祭実行委員の空気で、一番の悪者に仕立て上げられて……それでも紗枝は黙々と仕事を続けて。
針の筵だっただろうに、馬鹿正直に仕事に打ち込んで……。
ああ、そうか。
ようやく思い出した。
いつも通り、僕はあの日も文化祭実行委員の仕事をサボった。
まるで盗人になった気分の中、コソコソとしながら紗枝にバレないように教室を出て……そして、その日は少しだけ図書館で時間を潰して帰ろうと思ったのだ。
ひとしきり時間を潰して帰路に付いた時だった。『設営の準備』を任されていた紗枝が……板野君と仲睦まじげに作業に明け暮れていたのを見たのは。
板野君からしたら、日に日に減っていく文化祭実行委員の人員を見て……放っておけなくなったのだろう。
そして紗枝からしたら……板野君は、苦行の中で自分を助けてくれる救いのヒーローだった。
思えば、共に文化祭実行委員に選出され一緒に仕事をしたからと言って、紗枝の気持ちが板野君に傾くのは中々に想像がつかなかった。
紗枝は、友達想いの優しい人だったが、それと同時に自分の状況を弁えられる頭の良い人だった。
紗枝は知っていた。自分が、たくさんの人に好かれている状況を。そしてそんな状況において、自分が誰かと付き合うことで、誰かを悲しませることを知っていた。
紗枝は、色恋沙汰に消極的だった。
そんな紗枝に心変わりをさせるには、ただ一緒に文化祭実行委員の仕事をしただけでは中々難しい話だろう。
ただ、そうじゃなかった。
そういう経緯があったから……紗枝は、板野君のことが好きになったのだ。
……そして。
『あんたの顔なんて、もう二度と見たくないっ』
だからこそ紗枝は……あの時、板野君を中傷されていたと知って、僕にあんなことを言ったのかもしれない。
思っていた通りだった。
あまりにも、思っていた通りだった。
あの時……タイムリープして再会して、発熱して倒れた時……邪な感情に振り回されなくて良かった。
やはり、僕は紗枝と結ばれる資格などない。
それだけじゃない。
やはり紗枝は……板野君と、結ばれるべきなんだ。
優しく、頼り甲斐があって……そして、ヒーローになりうる素質のある彼と……。
でも、僕はまもなく気付いた。
紗枝と板野君の関係のターニングポイントは、文化祭実行委員でのいざこざが原因だった。
しかし今回、僕が躍起になったせいで……板野君が出るまでもなく、問題は解決してしまった。
紗枝と板野君のターニングポイントを、僕はみすみす消してしまったのだ。
「修也、顔色悪いけど……大丈夫?」
僕は、紗枝の言葉に返事出来なかった。
二言三言しか喋ってない登場人物の評価が爆上がりしていく小説。
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