第一話 名探偵、明智阿歩郎を訪ねて5年後
ダンジョン街の外れの静かな住宅街の家に住む男を尋ねるためにやってきた女がいた。彼女の名前はシンシア・ジーニといった。
「こんにちわ。今日こちらに引っ越してきたんですが、名探偵、明智 阿歩郎さんの家をご存じですか」
シンシアが屋台の机から見上げると、銀色のメガネとエプロンをかけた白髪のおじいさんがちょうど焼きそばを焼いているところだった。
「アポロ……? ああ、アホさんのことか。なら、そこを曲がって、すぐだよ。青い屋根の家だから、この辺じゃ珍しいからすぐわかるよ」
「ありがとうございます!」
そういって、シンシアは走っていこうとして、見事に地面の石につまづいて転んだ。「あ」
「おい! 大丈夫か! 嬢ちゃん!」
「いたたあ。前に進もうとしたら、勢いがありすぎて、地球にぶつかっちゃった。私は大丈夫です!」
「痛いなら痛いといえばいいんだよ。涙もでてるし。それになんだかとても悲しそうだ。本当に大丈夫かい?」
「はい! ご迷惑おかけしました!」
「ちょっと待って。お嬢ちゃん。これを持っていきなさい」
「ジュース? よろしいんですか! 私感動しちゃうなあ!」
シンシアはボロボロと大粒の涙を地面を落とした。
「辛いこともみんな、嬉しいことや楽しいことがあれば乗り越えれる。だから、無理しなくていいんだよ。つらいときは泣いて。我慢しないでいいんだよ」
「私はもう大丈夫です! このジュースがあれば元気いっぱいに生きていけます! じゃあ、おじさん。さようなら! お元気で!」
今度こそ、シンシアは走って、手を振りながら後ろを振り返らずに去っていった。
「なんて前向きな子なんだ。だけど、我慢している。どうしてそんなにも強くなろうとするんだい」
店主は茫然とシンシアが去った路地を眺めていた。焼きそばが黒い煙と焦げた臭いを放つまでは。「あちゃあああやっちゃったああああ」
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シンシアは照りつける太陽に目を細めた。
暑い。
とはいえ、家の中に入れば涼しいはずだ。早くドアがひらかないものかなっと、口元を開けてのどの渇きを感じた。
シンシアは汗で濡れて服が肌にくっつくのがなんだか落ち着かなかったので、胸元をひらひらして、風を送った。閑静な住宅街でよかったと思った。
「どちら様でしょうか」
家の主がでてきた。シンシアは慌てて口を閉じ、姿勢を正した。
「私、魔法使いをやっております。シンシア・ジーニといいます。明智先生。どうか私をここで住み込みで働かせてください」
金髪碧眼で白いスカートと青いブラウスを着た少女は地面に土下座してみせた。赤いリボンを右の髪を結んだ姿はまるで蝶が小さな花にとまったようだ。「そんなことをする必要はない。立ち上がって、シンシアさん」
「ここではなんです。家の中で冷たいお茶でも飲みながら話を聞かせてください」
家の中は薄暗く、昼間だというのに窓も開けずに、電灯ランプの光がついていた。案内されるまま椅子に座って、お茶が来るのを待つことにした。
寝起きだろうか。布団が乱れた感じがするし、アポロの髪がボサボサだ。
手早くお茶を入れる後姿が様になっている。
「理由を聞いてもよろしいかな? シンシアさん」
アポロはお茶を飲むように、シンシアの目の前のテーブルに置いた。とても起きたばかりのようには思えない知的な目だった。対面に座ると、足を組み、手を祈るようにしてシンシアの話をどこか楽しむように感じた。
「はい。実はお金の持ち合わせがなくて、先生にお願いしたいことがありまして」
「なるほど。理解した
一瞬にして状況を理解した。シンシアは着の身着のまま、ここへやってきて、ほとんどお金がないはずだ。所詮子供だ。むしろよくやったというべきだろう。
シンシアは明るくまじめな子だ。物言いも礼儀正しい。年の割にはずいぶんと大人びた感じもする。魔法も使えるということだし、教育も親から受けていたに違いない。
つまり、これが意味する答えは、貴族の令嬢ということだろう。
そうだね。シンシア?」
「はい? なんのことでしょう?」
いかんいかん。悪いっ癖だ。そう思い、アポロは煙管をとると、煙草に火をつけて落ち着こうとした。
「あの、先生。できれば、窓を開けて吸ってもらえますか?」
「すまない。てっきり成人した令嬢だと勘違いしていた」
アポロは窓を開けて、テーブルから持ってきた椅子に腰かけると、丸い輪っかを窓の外へと飛ばした。
「失礼」
ドアをノックもせずに入ってきた。男の名はマグラーレ警部といった。
色褪せたスーツと帽子を被っていて、いつも忙しそうにしている。警部とは昔から仲もいい方だとアポロは自認していた。
「マグラーレ警部。今は取り込み中なので、またあとにしてもらえますか」
「それがそうもいかんのだ。大量殺人鬼がこの近くに逃げたという本部からの通達があった。アポロは下手に動くなよ。また事件がややこしくなる」
「僕がそれではトラブルメーカーみたいな言い方ですね。ひどいなあ警部は」
「そうだと言ってるんだが。事件を解決するのは警部の私であって、君じゃない」
「ええ。たしかに僕は一般人だ。ですぎたことをいままでしてきてすみませんでした」
アポロは深く感謝の気持ちを込めてお辞儀をした。謝る気持ちはなかった。面倒見がよくて友人のようにアポロは思っていた。
「くっ。ま、まあ、今後は気をつけるんだな。失礼する」
マグラーレ警部は照れ隠しをするように帽子を深くかぶって、顔を隠すと、急ぎ足で部屋から外に出て行った。
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雪が降るのは寒いので、二人は暖炉の近くで寄り添っていた。母は椅子に腰かけて、娘を膝の上にのせていた。母は金髪碧眼で長い髪を後ろでやさしく赤いリボンで結んでいた。母親はニコニコしながら、期待と嬉しさの混じった眼を娘に向けて、魔法について話をしていた。
魔法使い。
修練によってマナを積み、好きな呪文を鍛えることによって、魔法を会得する。
「なら、剣士はどうなのかですって?
剣士は鍛えることでマナを積み、それをつかい武技を修練するのよ。
シンシアならいずれ立派な魔法使いになれるだろうけど、今は剣士の道も女の私たちは選択できる時代なの」
「へー、すごいね! ちなみにお母さんはどっちになったの?」
「私は魔法剣士よ。ギルドでチームを組んでたから、魔法だけじゃなくて、みんなの力になろうと思ったの」
「あたしもお母さんみたいになる! みんなの力になりたい!」
「みんなって、私とお父さんを守るのかしら」
ふふふっと母は笑って見せた。
母からたくさんの魔法を学んだ。小さい頃からずっとマナを魔法にする修練をつんできた。この努力こそが私であることを小さいながらに実感できた。生きてることが楽しかった。幸せだった。私は魔法を信じて疑わなかった。「5年前までは」
5年前。世界から魔法が消えた。無属性魔法の使い手がやってきたのだ。彼は勇者だと自ら名乗った。そして、民衆達の前で魔女魔王こそ、この世界の人々の魂を捕らえ、深淵の底に人々をつき落とす滅びの魔王なのだと勇者はいった。だが、民衆たちは誰もそんな言葉を信じなかった。当然だ。魔法とは生活に欠かせないものであって、ましてやその魔法の生みの親といわれる魔女魔王様がすべての人間を滅ぼそうとしているなど、恍惚無形な話もいいところだった。
そして、あるとき勇者は人々を次々に剣で殺した。一方的だった。みんな勇者の前では魔法も武技も使うことができなかった。それ以前に彼が魔法界に来てから、世界から魔法が消えたのだ。そして、私のお母さんとお父さんも……
「これが救いなのだ。わかってほしい」
そんな話知ったことではなかった。勇者は狂人だった。常軌を逸脱した異世界人だった。
勇者は一歩、シンシアに近づき、真っ赤に血で染まった剣を強く握りしめた。ついにシンシアを殺そうとした。だが、そのときだった。
とおりすがりの男が、「たとえ、嘘だとしても、生きてるなら殺してはいけない」といって、勇者をボコボコにして、シンシアの目の前で殺してしまった。
あまりの衝撃的な出来事にシンシアは気絶してしまい、勇者を殺したのが誰だったのか覚えてなかった。
シンシアはその人を探していた。もう一度会って、お礼がしたかった。
それから悲しい日が続いた。泣いても誰も助けてくれはしなかった。冬の中、寒い夜を何日も一人ですごした。だが、シンシアは負けなかった。希望があったから、そして、決意したシンシアは家の中から持ち出せるものを持って、家をでた。
「探そう。きっと見つかるから。私は諦めない」
勇者が死んだあと、世界に再び魔法が蘇り、人々はこれを記念し、世界再誕の日として、クリスタスとなづけた。
不定期更新ですが、私が面白いと思えるものを書けたらなっと思います。