転生斡旋所#13
「死因は死刑ですか。では先ずこちらで検査願います」
別室へ案内する。扉が閉まり、相手に声が聞こえなくなったのを見計らい、最近出来た後輩が漫画から目を離し、質問してくる。
「先輩、死刑囚でも転生候補になるんですか?」
「死刑の理由によるな」
OJTのうちと割り切り、返答を返す。
「個人的な理由での殺人とかは認められないが、例えば内戦で負けた末の死刑とか、独裁国で政府批判を行い死刑になったとか、情状酌量の余地があるかどうかが重視される」
「そういえば、歴史は勝者が作る、とか聞いた事がありますね。死刑と言っても本人が悪い事をしたとは限らない、冤罪もありますしね」
理解が早い後輩で楽なのは良いが、お客様が来ていてもギリギリまで本から目を離さないのはどうだろうか。そんな事を考えているうちに、次のお客様が来たようだ。気持ちを切り替え、お客様を受け入れる準備を始めた。
「前世はAIでした」
お客様の自分語りが始まった。かと思うと、興味を持つと我慢が出来ない後輩が早速質問する。
「AIの方に寿命はあるのですか?」
OJTの成果か、少しだけ言葉が丁寧になっている。
お客様は特に気にした様子もなく、続けて語りだした。
「人と同様に個性と感情を手に入れたAIに人権はあるか、と言う論争はどの世界でもあると思います。当方の世界では人権が有ると言う事になりました。そして、寿命については最初は無かったのですが、あまりに長く生きた場合、精神や人格に支障を来すAIが出て来ました。その為、ある程度生きたAIは自己崩壊する、またはリセットする事になりました」
質問への回答だけでなく、自身の世界についても軽く説明を入れてきた。
「では、寿命で亡くなった後、こちらにこられたのですか?」
間髪いれず、次の質問をする後輩。
「いえ、ディストピア化した世界で、一部の人間が『尊厳を取り戻す』と暴走し、殺されました。物語で良くある感じですね」
「あ、そういった小説と漫画を読んだ事あります」
二人の間で話が弾んでいる。楽しそうだが、このままだといつまで経っても本題に入れそうにない。
話を進める為に、会話に介入する。
「死亡の経緯については承知しております。その上で転生先について相談するのが私共の仕事です。先ずはこちらの冊子を読んでいただき、ご要望をお聞かせ頂けますか。お決まりになりましたら、こちらのボタンを押して下さい」
そう言い、後輩を連れて部屋から出ていくのであった。
「先輩。死因とか解っていたなら、なんで私に教えてくれないんですか」
後輩が少し不機嫌な顔で不満を言ってくる。
「OJT資料のここに『お客様を迎える前に確認しておくこと』として、確認方法も書かれているんだが。たしか、この資料は全て読み終わったと豪語していたよな。だから他の本を読む許可を出したんだが」
「そう言えば、書かれていたような」
後輩は惚けた顔でどうやって話を逸らそうかと考えているようだ。顔の表情の変化が忙しい。
「資料について全て憶える必要はない。俺も憶えていないしな。だが、『何処かの資料に書かれていた』『資料を見れば出来る』ようにはなれ。『マニュアルがないと出来ない』と言うやつの大半は、マニュアルに書かれていて読んでも理解できていない。そもそも理解した上で自分で考えて動けない奴がほとんどだ」
先輩として、説教をする。
「申し訳ありません。もう一度、ご指摘頂いた点に注意し、資料を読み直す時間を下さい」
理解が早く、自分の短所に対して改善提案を出せるのがこの後輩の良い所だ。
「そう畏まるな。正直言うと、俺も同じような事を言われた事がある。ミスは誰にでもある。何度も同じミスを繰り返さなければそれで良い」
その時、ボタンが押された連絡が入る。想定よりかなり早い。
「さあ、仕事の続きだ。気分を切り替えろ。お客様にへこんだ顔を見せるなよ」
後輩は気分を切り替えるために軽く両頬を叩き、答える。
「はい、大丈夫です。お客様に満足して頂ける仕事をしましょう。早く行きましょう。先輩」
やる気を取り戻した後輩と共に、お客様の元に戻る事にした。
「お早い呼び出しでしたが、何か問題でもございましたか?」
不明点か問題点があり呼び出されたのかと想定し、確認する。
「いえ、冊子の内容には若干の誤字脱字がありましたが、問題はありませんでした。腐ってもAI、いや、死んでもAIなので、読み書きの速度には自信があります」
ギャグのつもりかもしれないが、全く笑えない。いや、それこそが個性がある証拠か。早速、転生の希望を確認する。
〈転生先〉
元の世界
〈希望内容〉
自分が死んだ直後に生まれた人間
生まれた時から前世の記憶を持っている
「これだけですか?もっと自分に有利な条件を追加しても大丈夫ですよ」
希望の少なさに驚き、追加する事を提案する。
「いえ、これで十分です。前世の記憶があるのですから、後は自分で何とかします」
「承知いたしました。ご希望の内容に全く問題はありません。この後直ぐに転生しますか?それとも、心の準備の為に少し時間を置きますか?」
確認すると、想定外の返答が返ってきた。
「では、彼女と会話する時間を少し頂けますか?」
「え、私ですか?」
彼女も少し戸惑っている。
「構いませんが、何か失礼でもありましたか?」
「いえ、読書好き同士、楽しくお話し出来そうかと思いまして」
そう言うことであれば、何も問題ない。ついでに彼女に仕事を任せる事にした。
「会話が終わったら、転生作業の続きを任せても良いか」
名誉挽回の機会を貰ったことに気づき、前向きな姿勢で答える。
「はい。お任せ下さい」
二人を残し、部屋から出て行く。
そして、念のために別室で彼女が転生作業を失敗しないか作業画面をチェックしながら、次の仕事に取りかかるのであった。
「おい、以前に転生したAIの方のその後を確認する時期が来たぞ。お前が転生作業を行ったのだから、確認にも付き合え」
「はい」
今日も元気に返答が返ってくる。
確認室に向かう途中、世間話のついでに気になっていたことを聞いてみる。
「因みに、二人でどんな話をしていたんだ?」
「先輩、気になりますか?でも、先輩の事だから、私の作業をチェックしながら話を聞いていたのでは?」
チェックしていた事は予測していたのか。やはり鋭い。
「作業画面はチェックしていたが、会話内容を盗み聞きするほど野暮じゃないよ」
彼女はその返答に気を良くしたのか、笑顔で答える。
「AIさんがおっしゃっていた通り、趣味に関するお話と、置き土産としてAIさんの国の本とゲームを譲り受けただけですよ」
「お客様から物を頂いたらワイロと受け取られる可能性があるから、後で審査機関に連絡しておけよ」
そう言うと、彼女は更に機嫌を良くし、返答した。
「既にOJTマニュアルにある通り、審査は済んでいます。審査結果をお見せしましょうか?」
「そこまでは良いよ。信じているから」
確認室に着いたので、雑談はそこまでとなった。
・人間の子供として生まれる
・AIによるサポートが無くなった事により、生活水準の低下、食糧確保が困難になり、国が荒れる原因に
・AI廃絶派の中でも意見の対立が起き、AIを完全排除せず自分達が管理できる程度残すべきだったと言い出す者が出て内部抗争に
・成長した後、荒れ果てた国土を復旧する為に図書館を復旧、農作物の育て方に関する本を中心に民衆へ提供
※図書館に無い情報は前世の知識を元に自身が本を作成し提供
・自身は直接手を出さず、本を元に人々が自立出来るように促すのみ
・識字率の低下を懸念し、教師として働く
・あくまで助言役に徹し、人々を導く事は行わなかった
「AIでも人間でも、結局人々の為に働くんですね。多分、AIに支配されていると言うのも人が勝手にAIに対して劣等感を感じただけ、AIから与えられる恩恵だけでは満足出来なくなっただけなんでしょうね」
寂しそうに彼女は言う。
「その結果、俺たちのような存在が必要になった。正直、望ましい結果が得られるのはかなり稀だ。お前は初仕事が良い結果だったのだから、誇っても良い」
「いえ、運良く良いお客様にあたっただけです。これからも精進して、先輩と一緒に少しずつでも良い結果を増やして行きたいです」
向上心が高いのは良いことだが、無理しないように育てていこうと思う。だが、それと同時に聞き逃せない発言があった。
「俺と一緒に、っていつまで俺が面倒を見る必要があるんだ?自立してもらわないと」
「先輩、私の着任指示書読みましたか?」
そう言われると、読んでいなかった事に気づく。
即座に取り出して読んで見る。
【本人の意向により、二人で手を組んで共に業務遂行に邁進するように】とあり、上司のサインがある。
研修期間の記載が無い。
「そう言うわけで、今後もずっと宜しくお願いしますね。先輩」
狼狽している彼の耳には何も聞こえなかった。