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❶ 私の姉はサイボーグ   作者: 内藤晴夢
潜入
3/4

サメ型潜水ドローン 対 弐式回天

島での戦闘はあまりにも悲惨で、妹の麗華は精神的に打ちのめされてしまった。


 今回の報告は姉の私雪が行うこととする。


 これまで私は麗華のおかげで何度も窮地を救われてきたが、そのために味方が大勢殺されたということはなかった。


 大概、姉の私が敵に追い詰められたところで、麗華が登場。後片付けをするという筋書きだった。


 私がボロボロになっているので、彼女も敵を倒す事に集中し、戦闘での見方の死傷者がでても作戦遂行に迷いはなかった。


 ところが今回は、妹の出した指示によって洞窟内の味方がすべて惨殺されてしまった。麗華は責任を感じ、父母のところに身を寄せて引きこもるようになった。


 亡くなった隊員の家族と面談したときは、自責の念でおしつぶされそうになり、麗華の口からは謝罪の言葉すら出なかった。それがまた隊員家族の気持ちを逆なでした。なかには、麗華を罵倒する家族もいた。


「相手を殲滅せんめつする技術があるなら、なぜ息子が殺される前に使わなかったのか。なぜ隊員を危険な場所に置き去りにしたのか。」家族は怒りを麗華にぶつけることで悲しみを解消しようとした。


 なんといっても大勢の隊員よりも身内である私一人を心配して持ち場を離れたのだ。身びいきといわれても仕方がなかった。


 しかし、そのおかげで私はこうして報告書を書くことができている。


 後悔が妹を襲う。


 それにしても、あれだけのサイボーグ兵を一瞬にして殲滅した技はなんだったのか、何が起きたのか、今もってわからない。・・・私の高性能の義眼でさえ視認できないほどの速さだった。


 生身の人間である麗華が、いかに剱に仕掛けがあるとはいえそんな速さで動けるものなのだろうか。




 父によれば「それはスピードではなく次元を越える技」ということだった。


 見えないような動きは神と一体になった時に無意識におきるという異次元の移動術なのだろうか。昔の忍者は修験道からこの技術を学んで時々使っていたらしい。合気道の開祖もこれを披露したことが記録に残っている。その技は頻繁に使えるものではなく、年単位で命を縮めるらしいが、彼らほそれを意図的に使えたのである。


 そんな、荒唐無稽とも思われる話を隊員の家族に信じてもらうのは難しい。


 まの当たりにした私でさえ半信半疑なのだ。


「あんたは昔から不思議を信じなかったからねえ。」母はいうが、科学技術で生きながらえている私がそうそう神の奇跡など信じられるものではない。


 麗華はうつろな面もちで、ほとんど一日、実家の縁側に腰掛けて庭の椿を眺めていた。


 私としては妹を回復するまでゆっくりと側についていてやるべきなのだろうが、軍に戻った手前、いつまでも妹の憂鬱に付き合ってはいられなかった。


 本部から連絡が入った。


 敵国が新型の兵器を開発したのですぐ来てほしいというのだ。


「新型というのは?」


「空飛ぶサイボーグだ。作戦会議に加わってくれ。」


「空を飛ぶ?そんなことは私にもできない。」


「地上に引き寄せるから戦ってくれ。」


「数は?」


「五百から千。」


「ば、ばかな。私はワンダーウーマンじゃないんだから!」


「島では100体を相手にしたと聞いたが。」


「そのためにどんな犠牲をはらったかわかっているのですか?」


 上官の認識の甘さにさすがに脳がオーバーヒートしそうになった。


 敵はとてつもないスピードでバージョンアップしている。千体の空飛ぶサイボーグ兵士と戦って勝てるわけがない。


 これは作戦なんてもんじゃない。サイボーグを使い捨てる特攻だ?


 通信中の私の顔がひきつるのをみて母が言った。


「次は千体ね。」


「え?」


 母はこれも見通していたのだ。


 父は真顔で話し始めた。


「武器の開発はとどまることを知らない。母さんはずいぶん以前にそのことを予知して聞いていた。おまえは敵地に潜入せざるを得ないだろう。」


「あの予知を話した時は、お父さん押し入れに引きこもったのよ。」


 私が一対千の戦に出るというのに両親の落ち着きようは何なのだ。


「なにか策があるとでもいうの?」


「お前達は今度も切り抜ける。だから真っ二つにされてもあきらめるな。」


「なんてこというのよ、親のくせに!」笑いながら私は出撃の仕度を始めた。




 だが、この父の言葉が文字通りであることが分かったのは、後になってからだった。






 戦略本部はサンシャインビルの地下十二階に作られていた。高速エレベーターを使って降りる。政府はここが秘密の戦略本部であることを隠している。




 初めて知った時には、なんてところに作るんだと思った。ここはかつての戦犯がととじこめられていた巣鴨刑務所の跡地である。昭和の生き残りが太平洋戦争の無念を引き継ぐとでもいうのだろうか。




 現在も日本国憲法は専守防衛であり、自衛隊は軍隊ではないとの建前を貫いている。何度か国会で憲法改正が議題に上がったが、野党の反対がすさまじく、改正に至っていない。憲法が現実に一致していない。米国が日本を弱体化するためにつくった憲法であったとしても、天皇がそれを支持している限りにおいて、日本の世論もギリギリのところで一致しない。




 平和のために戦うことができない。


 では相手が襲ってきて妻子供を虐殺したとしても笑顔で話し合えというのだろうか。こういう議論は戦場から離れたやからがスクリーンを通して話し合ってばかりいるから起きる。民間人の大量虐殺され、巻き込みまれるのを目のあたりにして、それを止めようとして抵抗するのは生物の防衛本能である。


 守るために「武」は必要である。




 だが、確かにこの憲法があるからこそ、わが軍がアメリカの言いなりにならないで済んでいるという面もある。屈折した状況だ。




 エレベーターを降りるとまっすぐに廊下があり、その先に戦略会議室がある。ドアが開くと、忙しそうにスタッフが動きまわっている。




「少佐、お待ちしておりました。」




 隊での私の階級は少佐という事になっている。中央のテーブルには総理大臣をはじめ国防大臣、官僚、技官がいる。




 おのおのの自己紹介を済ませて、私もテーブルについた。




 総理は戦場経験がある自衛隊出身。戦時にあっては適材といわれている。ここに戦略室を作り、自衛隊出身の国防大臣に仕切らせるようにしたのは、悪くない。




 だが、官僚たちはいわば事務屋である、戦争や技術に疎い輩も多く、そういう輩が作戦に口を出すと、こちらがいかに優秀でも犠牲がでる。彼らに言わせれば私たちは法律や人権を知らなさすぎるというわけだ。




 しかし、戦争がエスカレートすると、往々にして一線を越えてしまうことがある。国際法や国内法の専門家がいないと後々問題になることもある。官僚たちに頼らざるを得ない局面もある。一発の発砲が大戦の引き金ともなるのだ。満州事変が世界大戦に拡大したことを総理は学んでいた。




 若い技官が敵の新兵器について説明し始めた。


「敵はサイボーグを飛行させる技術を開発しています。これが先日竹島で撮影したサーボーグですが、御覧のとおり、脚の下にボードをつけて時速二百キロで飛んでいました。」




 空を飛ぶというのはこういう事か。サイボーグ自体に飛行能力を装備するのではなく、一種の乗り物を使ってサイボーグを飛ばすという事なのだ。これだと敵地に着いた後、飛行装置をはずして身軽になることができる。




「ジェットエンジンを搭載し、操縦は足の下のペダルでバランスをとりながら行います。」




「滞空時間は?」




「現在確認されている時間は最長で約30分です。」




「背中にリュックのようなものを背負っているようだが。」




「おそらくはパラシュートだと思われます。」




「しかしこれでは武器は持てまい。」




「武器は体内に格納しているようです。ほら、この映像では右腕が銃に変化しているのが見えるでしょう。」




「こんな小さなボードで空を飛べるとは驚きだ。しかし、通常兵器で、例えば機関銃で落とせないことはないだろう。」




「当たれば落とせます。」




「というと?」




「高く舞い上がれば地上からの発砲はあたりにくくなります。」




「そんなに高く飛び上がれるのか?」




「彼らが呼吸や体温操作をコントロールできれば数百メートルでも可能です。」




「数百メートルなら私が狙えば当たる。だが狙える数がさほど多くなければだ。彼らの標的と対応策は?」その程度なら私の体内の装備でねらえる。




「目標は原子力施設か、または国の中枢、国会、ここ戦略室でしょう。対応策はいまのところ開発中のレーザー兵器と・・・」




みなの目線が私に注がれた。




「・・・・みんな私に期待しているようだが、私には飛行能力はない。我が国が同じような板を開発していれば別だが・・・・。」と私がいったところで別の技官が立ち上がった。




「その同じようなもの。いやより高性能なものを我が国ではすでに開発しています。ただのりこなすには、かなりの身体能力を要します。」




「敵は一体二体ではないだろう。どのように戦えというのですか。」




 戦いありきの議論が少しカンに障った。どうせ先頭に加わるのは私や私の夫であり、立案者や技官は本部でスクリーンを眺めて評論するのだろう。




「この飛行ボードの弱点は装甲がないということと、飛行が通常の飛行物体よりも不安定という事です。」




「それはこちらも同じ条件だろう。撃たれればすぐに墜落する。機械の不調でも墜落する。」




「そのためにパラシュートを・・。」




「パラシュートは有効な高度を下回れば間に合わない。」




「それではハングライダーを・・」




「そんなものもって戦えるか。敵が上から来たときはさらに上にゆかねばならない。開発するなら、飛行装置を担ぐムササビスーツにしてくれ。」




 ムササビスーツとは腕と足の間に丈夫なカーボン製の布を張ってムササビのように飛ぶ方法である。






「分かりました。」




 技術者はいとも簡単に承諾した。おそらくこうした注文が出ることを予想してある程度の開発はすでに進めているのだろう。日本の技術チームは優秀だ。だが政治的決断が邪魔して金が出ないことがあるだけだ。そういう場合には実績あるものが後押しするだけでいい。




「敵の施設はどの程度わかっているのか?」




「アメリカから提供されている監視衛星により、敵が出てくる位置が数か所判明しています。しかし、それ以外にも工場はあると思われます。」




「そこをミサイルかターミネーターで叩くことはできないのか?」




 ターミネーターとは爆撃機能を搭載した無人機である。




「ミサイルならおそらく可能でしょう。しかし我が国は専守防衛ですから、こちらから先制攻撃を仕掛けるわけにはいきません。ターミネーターでは近づく前に敵のカモメに撃ち落とされるでしょう。こちらに近づいてきた敵を現在開発中のレーザーで撃ち落とすのが精いっぱいです。」




「敵の基地をできるだけ多くみつけ、秘密裏に叩く必要があるなあ。」




 会議が終わった後、私は作戦室の隣にある窓のない部屋に向かった。




 ドアには第二課別室と書いてある知らなければ物置部屋と思って通り過ぎるところだ。




 ドアをノックすると中から返事があった。「どうぞ。」




 中では数名の職員がコンピューターに向かって作業していた。


 眼鏡をかけた背の高い男が責任者の篠崎中佐である。




「やはり、やるしかないようですね。」




「そうか。わかった。では地下の装備室に行ってくれ。必要なものは用意しておいてある。」




「感謝します。」




 私はエレベーターで更に下に降り、装備室に向かった。




 手術室のようなドアを足で蹴って開く。




「お待ちしておりました。」科学者3名が迎えた。




 私は白衣を来た若い科学者風の男の前でためらいなく衣類を脱いで裸体をさらし、慣れたしぐさでリクライニングシートの上に横たわった。




 ここで裸になる必要があるのかって?




 正直素っ裸になる必要はなかったが、頭脳を誇示したがる若い科学者へのけん制とでも言っておこう。まあこの若い男の子をからかってやろうという気持ちが働いた事を否定はしない。




 若い科学者は一瞬照れくさそうに目を落としたが、瞬きをしながら自分の仕事にとりかかった。




「少佐のお父様が作ったナノ技術は素晴らしいものです。生体と機械の接合部を安定させるだけでなく、人工皮膚の色や形態を変化させることができます。つまり、あなたの体表を覆っている大部分の皮膚を変化させることができます。」




「知らなかったわ。どうやって?」




「あなたがなりたいイメージを意識して、ア、オ、ウ、エ、イと発音してください。それがスイッチになります。」




「声が出せないときには、意識で音を念じてください。」




 私は妹の姿をイメージして、発音した。」




「・・・ア、オ、ウ、エ、イ・・・・・」




 すると顔や体中にむず痒い感覚が走った。




「どうぞご覧になってください。」




 若い科学者が自分の身体が写ったモニターを横たわった私の前に引き寄せた。




 そこには妹の姿をした私がいた。




「これから話すことは、デリケートな内容になりますがどうかお気になさらないでください。」




「なんでも話せ。」




「少佐の頭部は半分が最初の戦闘で破損されましたので、機械によって置き換えられています。機械といってもバイオメタルを使っていますので金属探知機、磁石には反応しません。




 さらに有機細胞をもとにして作成したコンピューターを使っています。顔の皮膚の大部分は消失してしましたので、大部分を人工皮膚にしなくてはなりませんでした。ナノロボットはこの人工皮膚と相性が良く、皮膚と人工筋肉の緊張を自在に変えてくれます。」




「つまり損傷された部分が多いだけ、化けやすくなったというわけだな。」




「い、いやその、つまり。」




「遠慮はいらない。」




「そうです。変装は顔認証、指紋、光彩認証のレベルまで一致させることができます。」




「その前提として、なり替わる相手の情報が必要だと思うが。」




「少佐にはこの女に変装していただきます。」モニターに相手の顔が映し出される。




「リー・ピョン・ジン?」




「はい。敵国のサイボーグ研究の第一人者です。」




「家族はいるのか?」




「結婚はしていませんが、母親と一緒に住んでいます。ほとんど一生をサイボーグ研究にささげています。彼女のデータを今転送します。」




 頭部の枕から頭へ彼女のデーターが入ってくる。私の脳は一部電子頭脳である、記憶容量とスピードは昔の私からは想像できないほど大きい。昔はかなり天然なやんちゃでだったが、今やノーベル賞を何個もとれるほどの知識と演算能力をもっている・・まあ、そんなことはどうでもいい。




「みかけはきゃしゃな東洋の女性といった感じだが・・。身長差があるな、少し。私の方が大きい」




 そういうやいなや私は手足の関節部分を調整し骨盤と胸郭のサイズを彼女に近づけた。




「髪は黒髪、ショートカットか・・。」




 自分の頭髪の色を金髪から黒に変化させ、長い頭髪が頭部に引き込まれてショートカットになる。




「こんなものか・・」




黒髪に変身








 室長の篠崎中佐がやってきた。裸体でリクライニングシートに横たわる私をみても眉一つ動かさない。見慣れているのか、同性愛者か?




 リー・ピョン・ジンはロボット工学教授の父と生体工学の研究者の母から生まれIQはなんと280。天才教育を受け、幼少期から国に尽くすために育てられた。




「最近の生活データはありませんか。」中佐相手には私だって敬語を使う。




「警護が厳しく入手困難なのです。」




「それでは話にならない。すぐにバレます。」




「彼女を拉致してすぐに彼女の脳データーを取り、それを君にインプットするほかない。」




「あっちに行ってそれをやる装置はあるのですか?」




「大使館の地下のラボにはある。」




 リー・ピョン・ジンは最重要人物であり、彼女には最高の待遇と警備が与えられていた。彼女とすり替わることは至難の技だったが、自宅に帰る時がチャンスだった。警護も薄く、接近しやすい。




 私はオペ台のようなシートから降り、下着をつけ、ちょっとおしゃれなワンピースを着てコートを羽織り、空港に向かった。


大使館に到着してからまず、大使館の情報員から情報を得てリー・ピョン・ジンの女性警護官に変身した。彼女の記憶を読み取り、すりかわって潜入した。本物の警護官は大使館に監禁した。未だに大使館があることが驚きだが、今度の作戦後には二国間の関係はさらに悪化するであろうから、大使館は撤収の準備を進めている。




 相手の脳の情報を読みとる技術は我が国の方が進んでいる。脳波と刺激を加えて帰ってくる信号の反応で、私生活、生育歴、癖や研究内容まで読み取ることができるようになっていた。




読み取った後どういうわけかこの警護官のこれからが気になった。警護官にも人生がある。手引きしたとなればこの国では処刑だろう。




「この警護官は日本へ連れかえって、普通の生活をさせてあげて。」 


 妙な同情心がわいて私はこの女警護官を救うことにした。この女警護官には家族はいない。日本に連れ帰っても人質になる家族はいない。彼女は洗脳され国に忠誠を誓っていた。日本の生活を見せ、この国の首領がやっていることを説明すれば味方になるかもしれない。




 警護官に成りすました私は、彼女の記憶にしたがってリー・ピョン・ジンに近づいた。他にも護衛が6人いたが誰も私が変装しているとは気づかなかった。




 私は彼女の住まいに忍び込んだ。彼女が自宅でトイレに入った瞬間、天上にセットされていた催眠ガスが噴霧され、彼女は気を失った。


 大使館付きの我が国の工作員が、トイレの後ろの壁を開いて、彼女をゴミ処理車に偽装した車にひきずり込んだ。そしてそのまま彼女を大使館に運んだ。




 変身した私はすり替わり、トイレに入り、何食わぬ顔でリビングへ、移動した。




 大使館の地下では、記憶転写装置で彼女の記憶を読み取り、そのデータを私の脳に伝送した。


 しかし残念ながら彼女もサイボーグ計画全体を知っているわけではなかった。どこの国でも極秘研究を行う場合には個々の科学者に軍事計画の全体を教えない。私が彼女から得たデータはサイボーグ研究だけだった。




 戦闘に特化したサイボーグは、想像以上に兵器をたくさん内蔵しており、戦闘能力は非常に高い。だが、耐用年数やサイボーグ化した人間のことなどあまり重視していないため、壊れたら捨てる。つまりは使い捨てだ。そのため機械部分と生身の部分の接合についての研究が遅れていた。 




 私自身は父が開発したナノ薬剤で驚くほど身体が楽になった。だがこのナノ技術はまだこの国には知られておらず、多くのサーボーグ兵士が機械との不適合で苦しんでいることが分かった。おそらく千体の兵士を作る為に一万人の兵士を実験台に載せただろう。失敗作は消去されている。




 私は、周囲の同僚に気づかれることなく作業しながら、手掛かりを探った。不用意にコンピューターを探れば怪しまれる。




「例のアルゴリズムはできたかい?」




 不意に上司に声をかけられた。




「ええ、できていますわ。」




 リー・ピョン・ジンの記憶から、アルゴリズム依頼の件を検索抽出する。こういった一つ一つのやり取りがうまくできないと、潜入はばれてしまう。




 上官は、しきりに声をかけてくる。どうやら、気があるらしい。邪険に扱うわけにはゆかない。




 敵の全基地のデータがほしい。おそらく極秘でごく一部の軍人しか知らない。端末から探ればばれる。どうすればいいのか。私は同僚たちに怪しまれないように仕事をしながら、全基地の探索方法を考えていた。




 この国の軍事上の指導者なら最高機密を入手できるだろうが、さすがに将軍の宮殿に忍び込むのは今は不可能だった。我が国の諜報員も将軍の宮殿までには侵入できてはいない。




 時間だけがむなしく過ぎていった。サイボーグの機能に関する機密に関してはほとんど入手できた。しかしその開発の規模がわからなかった。一部を倒しても、また製造されれば、元の木阿弥である。




 私が施設で捜査を続けている間、リー・ピョン・ジン本人は大使館地下のホテル並みの監禁部屋で過ごしていた。




「日本がうらやましい。」日本の状況を映像などで見せられ、リー・ピョン・ジンの心が揺れていた。彼女が将軍につかえるのは、反対すれば母親ともども殺されるからである。心から将軍に忠誠を誓っているわけではなかった。科学者は軍人とは違う。海外の文献を読みながら海外の文化に触れる機会がある。もともと頭が悪いわけではないからおのずと自分の置かれている状況がどれほど異常なのかもわかってきていた。




 最初の作戦ではリー・ピョン・ジンは元の仕事場に戻すことになっていた。ところが彼女は日本への亡命を希望し始めていた。




 大使館員が日本政府に打診したところ、政府は彼女の亡命を許可した。日本にとっても彼女の頭脳はメリットがあるとみたのである。 私は大使館からの電脳通信でその事実を確認。彼女を戻さない前提でありったけのデータを脳に詰め込み、逃げ出すことに決まった。




 逃げ道を確保し、幹部のコンピューターからハッキング。この施設から連絡をとって連携している基地が5つあることが分かった。更に探ろうとしたが、警報がなった。みつかったのだ。コンピューターはシャットダウンされた。今回はとりあえずこの情報を持ち帰り、作戦を立て直さなければならない。




 私はドアを蹴破り、廊下を駆け抜ける。普通の人間に追いつけるスピードではない。後ろで発砲する音も聞こえるが、音から弾道を計算して弾をよける。




 すでに門の近くに来ている。塀を一気に飛び越え、走り抜ける。車もバイクも追いつけない。今回私に装着された脚は前回よりバージョンアップしている。課題はバージョンアップするたびにやや太くなることで、私はそのたびに若い研究者をにらみつける。しかし今はそれに救われている。




 自分だけが逃げるのなら大使館までたどり着けばいい。だが、日本人だとわかれば国際問題に発展する。だから大使館とは違う方向に駆け抜けながら相手をまく必要がある。しかも変装がばれないようにしないといけない。




 敵が車だけならどうということはない。10体のサイボーグが、飛ぶ板に乗って追いかけてくる。




 しかし想定済みだ。




 私が大使館と反対方向に走り出したのは、その先に装着型の飛行装置を隠してあったからだ。街角のブロックを破壊するとアタッシュケース程度大きさの装置が姿を現す。私はその装置を背負う、操作は私仕様に電脳でできるようになっている。




 飛行装置のエンジンをかけた。




 装置から噴射が始まるとともに、白衣が派手な赤と紺のデザインに変化し、白衣手足の間に分厚いカーボン製の布が広がった。




救出






「なんてデザインだ。」




 あの若い科学者は私の要望に応え、見事ムササビ型飛行装置を開発した。この形では腕で武器の操作がしにくいが、スピードは板型よりも速い。つまり逃げるときにはこっちのほうがいい。




 私は海岸に向かった。水面すれすれを飛び、レーダーを回避し、日本の海域まで飛びぬける作戦だった。




 崖からシュッと滑り出し、海上数メートルをまっすぐに飛び始めた。瞬く間に背後のサイボーグたちを引き離した。




 このまま日本海に抜け、待機している潜水艦に拾われれば問題はなかった。




 だが、油断していた。




 数分飛び続けたところで、水面にサメの群れが現れた。




 「しまった。」と思ったときには、サメが飛び上がって右膝に咬みついて、私を水面下に引きずり落とした。通常のサメなら噛まれたくらいで破損する脚ではない。だが右足の骨格があらわになり、動かなくなった。




 このサメは敵国のロボットだったのだ。うかつだった。前の戦闘でサメロボットを使っていたことを計算に入れておくべきだった。前回はロボットというよりは魚雷に絵を描いたようなものだったが。今回は動きが実際にサメに似ている。




 海中に落ちた私は、何十体ものサメの群れに手足を咬まれ、引きちぎられようとしていた。




 私はとっさにウナギのように全身から放電してサメに電気ショックを与えた。電気系統を狂わされたサメは活動を停止して海底に沈んでいったが、私の四肢もサメの攻撃により半ば活動機能を失った。




 私の体内には海水から酸素発生させる装置があるため、生身の部分の酸素供給に心配はなかった。しかも非常時は人工肺に酸素を送り、浮袋として使って浮上することができる。




 しかし、サメロボットの第二波がすぐさま近づいてきた。放電を繰り返せば消耗するし、生身の部分が焼けてしまう。




 その時、聞きなれた声が耳に鳴り響いた




「懲りないねえ。」




「麗華あんた。」




「トリのお出ましだよー。」




 麗華が潜水艦で救援にきてくれたのだ。




 潜水艦のマジックハンドで私を回収する作戦である。




 「気をつけて!ロボットサメがいるのよ。」




 サメは私の回収を妨げようと、潜水艦に襲いかかっていった。




 サメロボットは潜水艦に体当たりし、次々と爆発していった。ロボットサメの得意技である。




 潜水艦はダメージを受け、浮上せざるを得なくなった。だが浮上したところを、こんどはカモメロボットが襲ってきた。




 潜水艦は上下から攻撃に会い、今度は沈没し始めた。




 敵はほとんど無傷で攻撃を仕掛けてくる。麗華の脳裏には一瞬戦闘で味方を失った情景がよみがえった。




 その時、後方に味方の駆逐艦が現れた。駆逐艦からは追尾型ロケット、パックマン3が多数発射され、カモメロボットを次々と落とした。そして鮫が襲ってくると追尾型の魚雷が発射され、サメを追い回した。




 水中では潜水艦を乗り捨てた者達が、回天に似た小型の乗り物でサメを駆逐し始めた。




 回天はかつての日本軍の捨て身兵器である。日本軍はこれを、サメよりも駆動性に富んだ、水中パックマンという多弾頭兵器を装備した水中スクーターに改造していた。これにより、複数のサメを撃退した。




 麗華もこの回天に乗り込み、私の側までたどり着いた。




「あらあら、見えてるわよ。中身が」


 中の機械部分が露わになった私をみて麗花が軽口をたたく。




「ん~見せてんのよ。」わたしも負けずに返す。




 軽口をたたきながら麗華はユキをマジックハンドでつかみ、駆逐艦に向かって私を運んだ。駆逐艦は次々と現れ、サメとカモメロボットの数は減っていった。






駆逐艦が5メートル先に迫った時、背後から最後の巨大サメロボットが猛烈なスピードで迫って私の下半身にかみついた。




 振り返った麗華は声を出す暇もなく顔をひきつらせた。




 父の予言が現実のものとなった。






 私は冷静に瞬時に下半身を切り離してサメに食わせた。




サイボーグVSサメロボット








 数秒後、サメは大爆発を起し、巨大サメロボットは粉みじんになった。下半身に装填してあるミサイルを遠隔で爆発させたのだ。




 「女の下半身は武器なのよねえ~。」




 私はまた後世に残る名言を吐きながら、駆逐艦に助けあげられた。




 麗華は無残な姉の姿に目を向けながら、下半身に肉体部分があったのではないと心配していた。




「姉さん大丈夫なの?」




「私のどこが生身かは国家機密よ。狙われるからね。」


 私は妹を安心させようとまたおどけてみせた。


 正直、女としてここは憂いを見せるところだろうが、潜水艦を失い、気落ちしている麗華の前で私まで憂鬱そうな顔をするわけにはいかなかった。考えても仕方がないことは楽しむことにした。新しい装備がつけられると思えばいい




 今回は潜水艦の乗組員の半数以上が犠牲になった。回天は優れた兵器とはいえ、サメロボットとは互角だった。いやロボットは無人。人的被害を被ったこちらは負けと考えていい。




 麗華も雪もこの報告を聞いた時に軽口を言えなかった。




「早く。戦争を終わらせなきゃね。」麗華がやっとの思いで言った。






 だが戦争は公式にはまだ始まってさえいなかった。






 

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