1001.バスケットボールで異世界転生
「シュート!」
今、俺は異世界でバスケの監督をしている。目の前では前回大会優勝者であるエルフのチームと、挑戦者である俺が率いるドワーフのチームがバスケの決勝戦を戦っていた。
この大会はこの異世界で規模が一番大きく、そして、なぜかバスケが超人気になっているので、優勝したチームは大きな名誉となる。
過去、ドワーフのチームは一度も予選を突破したことがない。そんな種族が初の決勝トーナメント進出、さらに決勝にまで駒を進めたことで大会は別の盛り上がりを見せていた。
ドワーフの放ったスリーポイントシュートはリングに蹴られて大きく弾む。
「リバウンド!」
「スクリーン!!」
得点は十点ビハインド。残り時間はロスタイムのみ。
正直、勝つには厳しい状況だ。しかし、ドワーフたちの目は死んでいない。まだ勝つことをあきらめていなかった。
この世界ではなぜかバスケで強いことが外交上の強みとなる。今まで負け続けだったドワーフたちは、初優勝の大きな期待を俺のドワーフチームにかけている。観客席には俺たちのチームの快進撃を聞きつけて世界各地からドワーフたちが応援に駆け付けていた。
リバウンドはエルフチームに取られ、カウンター攻撃を受ける……はずだった。
「あれ。これはチャンスでは?」
エルフチームは明らかに足が動いていない。
「スティール!」
ドワーフのポイントガードが甘くドリブルしたボールを弾く。そのボールはちょうどよい位置にいるドワーフのフォワードが取り、すかさずスリーポイントシュートを打った。
――パスっ!
リングに吸い込まれるようにゴールが決まる。ボールとネットの擦れる音が聞こえた瞬間にドワーフの観客が歓声を上げる。
「あと三本! オールコートマンツーだ」
もう時間がない。オールコートでプレッシャーをかけて相手のミスを狙うしかない。
早なる鼓動に全身の筋肉に力が入る。俺は冷静さを欠いていた。
★☆★☆★
時は転生前に戻る。
誰だったか、コロナウィルスを優秀なイノベーターであると言っていた人がいた。
確かにコロナ禍の中、日本の電子政府化は急激に進み、外食産業は壊滅し、テイクアウトや出前サービスが急激に増殖する。自動販売の機械がたくさん設置され、ドンドンと技術革新が起こっている。それは利用する消費者の心理も変えているのだろう。
プログラマである俺もリモートワークに切り替わり、外出する機会が急激に減るのに反比例するように体重が激増していた。
毎日の一時間の通勤の代わりに、運動しなければならないのは明白で散歩などをしていたのだが、そう遠くへ行けないので毎日同じ道でモチベーションが続かなかった。
どうしたものかと思っていたのだが、ふと近くの公園に設置されているフープを思い出したのだ。
ストリートバスケ用のゴールだが、あまり使われていないので、通勤時間帯なんか俺一人しかいない。もっとも夜中になれば中学生やら高校生やらがストリートバスケをしているようでゴールネットは定期的にボロボロになっているのだが。
中学時代に部活動でバスケを始めて以来、バスケを趣味に大学時代にも友達を誘って体育館でバスケをしたりしていた。社会人になって二十年も経った今ではプレーすることも少なくなってしまったが。
とりあえず、ストリートバスケ用のボールとバッシュことバスケットボール用シューズを買いそろえ、初の練習に勇ましくフープに登場した。
まあ、誰もいないけど。
「シュート練習かな」
適当にドリブルをしながら、久しぶりに目の当たりにするバスケットゴールに、ちょっとした興奮を覚えていた。
ボールを頭の上で構えると、一気に放つ。フォロースルーもしっかりと決めて。
高く投げられたボールはリングに一直線に向かっていく。
はずだった。
ちょっと、いや、かなり筋肉が弱っていたのだろう。俺の投げたボールはリングの手前に当たり、ものすごい速度で俺の方へ飛んできた。
「やばい」
と思った瞬間にはボールが俺の頭を直撃。バスケットボールとは思えないような衝撃が俺を襲う。いや、何年もバスケットボールやってるけど、これほどの衝撃は受けたことはなかった。
気を失ったことはないが、目を開けているのに目の前が真っ暗になり、就寝時のすーっと考える力が失われていく感覚。
――リモートワークまでに起きれるかな。
誰も来ないフープで俺は気を失った。
★☆★☆★
「大丈夫ですか?」
女の子の高い声が聞こえてきた。あそこで倒れてどれぐらい時間が経ったんだろう。
「は、はい」
俺は身を起こしながら、痛む頭を抑えた。
その時に感じたちょっとした違和感。この時はまだその正体に気が付いてなかった。
俺から見れば目の前には幼い感じの、具体的には中学生ぐらいの女の子が俺の背中を支えてくれていた。しかし、着ている服は制服でも中学生が着るような私服でもなく、強いて言えば欧州の民族衣装のような服だ。
どこかのファミレスの制服にしては色あせていて生活感がある。
なにより、耳が少しとんがっている。そして、丸い鼻。
俺は直感的にドワーフの女の子なんだと感じた。
「ここは?」
「ツヴェルク共和国の端にあるドルヅェン村の近くです」
まったく聞いたことのない国の名前。
「あの、お名前は?」
苗字を思い出そうとしたが思い出せなかった。なぜか名前だけしか覚えていないようだ。
「ああ、俺は……マコトです」
でも、俺がプログラマでおじさんでバスケをしようとしていたことまでは覚えている。もちろん、日本の常識的な知識も思い出せる。苗字だけがすっぽりと記憶から抜けていた。