公爵令嬢の茶会(アデレード・ハワード、1850年3月)
「……と、こういうことが、ありましてぇ……」
セアラはミリアの茶会を回想しつつ、肩を落とした。
手にもったカップの中の紅茶が揺れ、そこに映っていた背の高い庭木と空を漂う雲が、ゆらりと崩れる。
――― 贅を尽くしたかのような、先日の茶会とは違い、今日のそれは、至ってシンプルだ。庭園に設けられたテーブルと、東洋の磁器のティーセット。主人1人に、来客も1人。
気のおけない友人同士のお茶会で、山盛りのクッキーをかじりつつ、彼女は大いに落ち込んでいた。
「あっはははは」
令嬢らしからぬ大声で、それを笑い飛ばすのは、アデレード・ハワード=カッスル…… ハワード公爵家の令嬢にして、ミリアの従姉にあたる女性だ。
が、その言動は、とてもミリアの血縁とは思えないものだった。
「だから、あの方のお茶会なんて行くことないと、申し上げたのよ」
底意地の悪そうな笑顔で紅茶をひとくち含み、言い放つ。
「招待状に気づかない振りでもして無視しておけば良かったのに。いたたまれなかったでしょう?」
「はい、あの、でも、ミリア様に悪気はなくて…… 終始親切にしてくださいましたし、きっと……」
「きっと、何かしら?」
「ドレスのことだって、私のためを思って、言ってくださったんだと思うのです……」
「ふうん」
面白がっているような口調は崩さぬままに、アデレードの目付きは、ほんの少し険しくなっている。
「でも結果として、あなたは余計に恥をかいたと感じたし、皆にも迷惑をかけたと思っている…… さて、誰のせいで?」
「ミ、ミリア様のせいとかじゃ、ありません……っ! 私が、あんなドレスで行ったのが、良くなかったんです……!」
「そう? 明らかに、あの方が仕組んだことのように見受けられるのですけれど……」
「仕組んだ、だなんて、そんな……っ!」
セアラは拳を握りしめた。
アデレードはセアラから見れば、雲の上のような存在だが、それでも気さくに友人として振る舞ってくれる。
けれども、社交界にほとんど顔も出さなければ、社交としてのお茶会を開くこともない……
つまり 『人付き合いなど一生懸命しなくても、身分でなんとかなるから』 とでも言いたげな振る舞いが日頃から目立つ、変人でもある。
――― だからセアラは、ミリア・ウィザーズ公爵令嬢が声をかけてくれたのが、嬉しかった。
アデレードは大切な友人ではあるが、もっと普通の人付き合いも、したかったのだ。
そのミリアを悪く言うだなんて……。
「アデレード様は…… もしかして、ミリア様のことがお嫌いなんですか?」
「あら、わたくしたちは皆、仲良くして人々に模範を示さねばならぬのよ?」
アデレードは小首をかしげ、紅茶をひとくち飲んで、ゆったりと微笑んだ。
「ただ、大変残念なことに…… ミリアとは、そうね…… 少々、話が合わないところは、ございますわ」
「あんなにお優しい方ですのに……」
「そうそう、優しいわね」
クスッと、アデレードが笑う。
「なにしろあの方、『優しい自分』 が大好きですからね」
「……それって、いけないことなんですか?」
セアラは首をかしげて、冷めた紅茶を飲んだ。
猫舌な彼女は、お茶は冷まさなければ飲めないのだ…… そういえば、ミリアは 「熱いうちの方が美味しくてよ?」 と勧めてくれたっけ。
ひとくちはなんとか飲んだものの、舌を火傷してしまって、結局全部は無理だった。
申し訳ないことをした、と、今さらながらに思うセアラである。
一方、アデレードは悠然とクッキーを口に運んでいる。
「さあ? わたくしは自分の判断を、あなたに押し付ける気はなくてよ?」
「なら申し上げますけど…… 私、アデレード様のミリア様に対するお考えは…… 少し、意地悪のように感じますわ」
「そうかしら?」
「ええ……」
アデレードは一瞬考え込み、そうねぇ、と冷めた紅茶をひとくち、ふたくちと含む。
「強いて申し上げるなら、理解は、できませんからね。……本当のお気持ちを、ご自身に対してすら、誤魔化していらっしゃる方ですもの。
わたくしのような、賢くない者には、とてもとても」
「…………そんなこと」
「あるわよ? 言動の底を探っても、核となる芯がちっともわからないのですもの。
わたくし単純ですから、困ってしまうわ」
「…………」
セアラは少し顔をしかめて、クッキーをかじった。
――― そういえば、子爵家に来たときにまず 『人前ではいつも微笑んでいなさい』 と教えられたものだが、アデレードと話していると、そういうものが飛んでしまう。
きっとアデレードは、そういった建前が嫌いなのだろう、とセアラは解釈した。
――― それは彼女の魅力でもあるし、そんなアデレードといるのは、セアラとしても楽しい。
けれど一方で、貴族社会は建前で成り立っている、とも思う。
「私、アデレード様が賢くないとは思いませんし、ミリア様はやっぱり、お優しい良い方だと思いますわ」
「そうかもしれませんわね」
アデレードはまた、クスクスと笑った。