公爵令嬢の茶会(ミリア・ウィザーズ、1850年3月)
テーブルの上を彩るのは、季節外れの薔薇の生花と、その花を映さんばかりに磨かれたガラスの茶器一式。
「まぁ、ガラスだなんて、初めてですわ」
「さすがはミリア様のお茶会」
「素敵ですわ」
薔薇は魔法の力で咲かせることも可能だが、繊細に加工され、しかも熱に耐えるよう魔術を施されたガラスは、確かに珍しい。
貴重な銀器の数十倍の価値はあるはずだ。
「大したことは、ございませんのよ」
口々に誉める令嬢たちに、ミリアはおっとりと微笑んでみせた。
「腕の良い職人と術師のおかげですもの。どなたでも、頼めば手に入れられましてよ」
「まぁ……」
ミリアの発言に、令嬢たちがざわめく。
「ミリア様ったら、また謙遜されて」
「身分も高くて、センスも良くていらっしゃるのに、鼻にかけるところが全く無くて…… 本当に気持ちの良い方」
「だから、ジョルジュ様からも愛されていらっしゃるのね、きっと。羨ましいわ」
ひとりの令嬢が言い出すと、「本当に」 と賛同の和が広がる。
「王子様との縁談なんて、夢のまた夢、ですもの」
「わたくしたちも早く、これは、というお方に出会いたいものですわ」
「そういえば、次のセインツ卿の夜会ですけど…… ラッセル子爵様がいらっしゃるそうよ」
きゃあっ、と令嬢たちが色めきたった。
――― ラッセル子爵は、ラッセル伯爵家の長男。
年若いながら、騎士団の要職につき、かつ特別に子爵位を授かるなど国王の覚えもめでたく、ついでに容色も良かった。
「わたくし今度こそ、あの方からダンスを申し込まれたいわ」
「あら、難しいのではなくて。どなたとも踊らないという噂ですもの」
「そのような所も、かえって素敵ですわ……」
令嬢たちの発言ひとつひとつに微笑んでうなずきながら、つまらない、と思うミリア。
(きっと皆さま、わたくしのこと本当は、『あんな方と婚約が決まって、恋のひとつもできないだなんて可哀想』 とでも思っていらっしゃるんでしょうね……)
公爵家といえば、国で2家しかない由緒正しい家柄ではあるが、それゆえに制約も多い。
王族の血を引く貴族というのは、身も蓋もなく言ってしまえば、余った王族の受け皿であり、あるいは他国に差し出す人質要員であり…… といった一面もある。
現に、ミリアの夫となる予定のジョルジュは、妾腹の第三王子。
長子以外は他家へ婿に行くか、未婚が条件とされる聖騎士団の騎士となる、という慣習に従い、体よく公爵家へ払い出されるのだ…… 婿養子として。
(『愛されている』 ですって。当然ではないの。だって、あの方、わたくしと結婚する以外、後がないんですもの。
……きっと、わたくしでなくても、同じように振る舞われるに違いないのだわ)
きゃあきゃあと華やかに笑いさざめく令嬢たちに、鬱々とした内心を悟られぬよう、ミリアは口角を上げてみせる。
(この方たちも悪い方ではないのだけれど…… もう少し、わたくしの気持ちを分かってくださってもいいのに。
……けど、無神経なのも仕方がないのでしょうね、きっと。
だって、少しでも良い暮らしをするために、良い夫を見つけようとして必死なんだもの…… そう考えれば、かわいそうな人たち)
ミリアは、優雅に立ち上がり、令嬢たちのために手ずからお茶を淹れる。
使っているのは、紅茶ではなく、東洋の緑茶。普通では、なかなか手に入らない逸品だ。
ガラスに宝石のように映える色合いと、立ち上る芳しい香りに、令嬢たちの口からは、示し合わせたように、ほうっと溜め息が漏れた。
「素敵ですわ」 「わたくしも、ミリア様を見習いとうございますわ」 「本当に……」
「皆さまの方が、素敵ですわ」 と応じるミリアの視界に、ひとりの令嬢が飛び込んだ。
隅の方に座り、皆の話題に笑顔を取り繕いながら必死でうなずいているのは確か、セアラ・チェイルリー…… 最近、孤児院からチェイルリー子爵家の養女になった令嬢である。
彼女は色んな意味で、周りから浮いていた。
そもそもが、孤児院上がりということで、令嬢たちの密やかな嘲笑と無視の対象になっていたのだ。
それを気の毒に思い、ミリアは彼女を茶会に招待したのだが……。
(まさか、こんな服装でこられるなんて……家の方は、誰もアドバイスして差し上げなかったのかしら)
セアラのドレスは、膨らんだ袖にキツめのコルセット、これ見よがしなバッスルスカート。
一昔前ならありそうだが、今の茶会はもっとナチュラルなラインのドレスが主流だし、コルセットも着けない。
指に嵌めている金の指輪も、茶会用のアクセサリーというには古くさく仰々しいし、槌に2匹の蛇が絡んだ独特な紋様は、気持ち悪いと言っても良い。
……百歩譲って 『祖母の形見』 的なものだとしても、チェーンに通して首に掛け、他人から見えないように心遣いすることも、できように。
(このまま放っておいてはきっと、この方、皆さまから嗤われてしまいますわね。そうなっては、おかわいそう……)
何か手を打たなければ、と、ミリアは親しげな笑みを頬に刷いた。
「セアラさんのドレス、アンティークで豪華で、とっても素敵ですわね」
「はうッ……」
思わぬ注目を一身に集めることになったセアラ。
食べかけだったお菓子を丸ごと飲み込んでしまったらしく、目を白黒させている。
「うっ……げほっ…… あ、あの……っ どうも、すみません……」
「無作法だからって気にしなくても良いのよ」
ミリアは優しく言った。
「こちらが急に声をお掛けしたのが、いけなかったのだもの…… ところでそのドレス、素敵ね?」
「あ、は、はい……あの……祖母が……」
セアラの顔が真っ赤になる。
やはり、今の流行など全く知らなかったに違いない…… 恥をかかせる前に、言ってあげて良かったわ、とミリアは思った。
「まぁ、お祖母さまのお見立て?」
「ええ。そうなんです。……私が、ミリア様のお茶会に招かれたものですから、失礼の無いようにと」
「素敵。気を遣ってくださったのね? 嬉しいわ」
「は、はぁ……まぁ……」
モジモジと下を向く、セアラである。
その耳に、ミリアのはしゃいだ台詞が、届いた。
「このようなドレスも、たまには素敵ですわよね?
ねえ皆さま。次のお茶会は、皆で、一昔前の仮装をいたしませんこと?」
令嬢たちは一瞬沈黙したが、ひとりが 「素敵ですわね」 と声を上げると、次々に賛同した。
常日頃から、万事控えめで優しく思いやりにあふれる公爵令嬢、ミリア・ウィザーズ=シーズリー。
彼女に逆らう令嬢も、逆らおうと思う令嬢も、いない…… 何しろ彼女は 『とても良い人』 なのだから。