ハイファン好きが今頃フリーレン1期を観て記す
タイトル通り、今頃になってフリーレンを観始めました。面白いですね。
何を今頃って思うかもしれませんが(苦笑)。
地上波放送が無くてすっかり出遅れてしまいました。見逃し配信もだいぶ回を重ねてから気づいて、途中からはな・・・・・・ってスルーしてしまってました。
今回、1期から無料で楽しめるところを見つけたので遅蒔きながら見始めた次第であります。観たのはまだ15話くらいですが、そろそろ書きたくてうずうずしてきたので書きます。
亡くした人を回想する。思い起こすことが葬送になっているんだなって思って、回を進めるともう1つの意味がわかりました。
物語の終わりや終盤が冒頭に描かれて、読者・視聴者に「どうして?/何があったの?」とアンカーを置いた上で物語の最初から進めていくというパターンはよくあります。でも、魔王討伐成功までの道のりが始まることはなく、パーティーは完全に解散して1話にして勇者が寿命を迎えるという早い展開に驚きました。
私が気に入ったのは動きと音楽と風景。
髪や草木の揺れのランダムさ、服を着るなどの所作から生まれる服のシワの寄り方や動き。なにげない細かな所まで表現している作画に唸りました。
音楽と風景の美しさもはずせませんね。
この点が好きって人も多いんじゃないでしょうか。ケルト音楽と言っていいのかわかりませんが、北欧っぽい雰囲気がファンタジー世界に凄くあっていると思います。
あとは効果音!
靴音や机に物を置いたときの音。少しくぐもっているようで重みがある音に温かさを感じたり。土の上を歩いていると感じられる音だから温かみを受けるのかもしれない。
時間の過ぎる早さは人もエルフも同じはずなのに、人生の長さが加わると感覚が変わってしまう。旅をした10年の捉え方から人とエルフの時間感覚のズレを知らせて、その後のヒンメルとの別れまであれよあれよと流れてしまう。それはまるでフリーレンの時間を共に生きているみたいだった。50年があっという間だった。
そして、フリーレンと一緒にヒンメルの姿に驚いた。
アニメの演出ではパタパタと場面が転換されていくだけだけれど、50年経っていたんだ。これはまるで浦島太郎現象だ(笑)。楽しくのんびりあれこれと過ごしているフリーレンを見ていただけなのに50年が過ぎていただなんて!
人の50年は人生の半分より多い時間だけど、エルフには4・5年くらいの感覚なのかな。ヒンメル達も話していたけど、冒険した10年なんて半年程もないのかもしれない。
ヒンメルの死でフリーレンが大泣きするところはグッときちゃいましたね。
大切な人との別れを経験して「どうしてもっと」と後悔の年にかられる。それは少なからず使われてきたモチーフ。でもさ、エルフのその後って長いよね。人の何倍もの時間後悔して生きるのは辛すぎる。
ヒンメルのフリーレンへの愛情の深さを、私たちは彼女の回想と一緒に追体験する。毎回切なくて温かくて悲しい。
フリーレンがパーティーメンバーと再会するまでに50年。その間も仲間を思い出すことはあっただろうけど、それほど深くは思わなかったんだろうね。彼らはまだ生きていたし、彼女は1人旅だっった。
1人旅でいいのは自分のしたいことに集中できること。それは充実した旅になると思うけれど、過去を思い返すきっかけは少ないように思う。
フェルンとシュタルクが仲間になることで自分の思考とは違う出来事が起こって、それをきっかけに過去を思い出す事が増えていく。そして、人と関わることで変化していく。
人に対して興味が薄かったフリーレンの心をヒンメルが動かした。そして人に関心をもち、シュタルクの誕生日の祝いのためにハンバーグのレシピをもらうということすらするようになっている。
人を知ろうとして人のことを思うようになったフリーレンは、人間であるフェルンやシュタルクとも死という別れがやってくる。そう思うと今から辛い。
第2期が始まっていて、フェルンもシュタルクも出演しているようだから、彼らとフリーレンの別れはまだまだ先なんだろう。今からそんなに先を思って泣くなって感じだけど、変なところで先読み癖がでてしまいました。
葬送をしているのはフリーレンだけじゃなく、フェルンもシュタルクも亡くした人の事を思い起こして心で送っている。3人の旅は続き思い出も増えて、出会いや別れを繰り返していく。
まだ1期の途中、死に別れた時にお墓にいるシーンはありますが、これから先墓標に足を向けるシーンはあるんでしょうか。いえ、ネタばらししないでくださいませ(笑)。
天国で待つ仲間やまだ若い仲間。エルフからすれば人の一生は短い。魔法を集めながら墓標を巡る旅が訪れることもあるだろうと思うと寂しくもあり、目的がる旅になるなら仲間の死も悲しいだけじゃなくなるのかもしれないとも思う。
■魔法収集
フリーレンの趣味とする魔法収集についても面白く思いました。
フェルンには呆れられているけれど、魔法の解釈が面白い。
銅像のさびを落とすとかふわふわのかき氷を作る魔法とか、些細で一見大したことがないように見える魔法の数々に私もくすりとなりました。
でも、納得する部分もありました。
生きた年数と鍛練で魔法の力は強くなる。しかし、科学的に解明することで理解が深まって応用ができるようになるという話は面白かった。
細やかな魔法が沢山あることもなるほどと思ったところ。
例えば機械を直す魔法があるとして、その壊れている部分や不具合がどこからきているのかを知らないと直せないですよね。電気系統なのか経年劣化による破損なのか。
壊れた部品を直すのは簡単そうだけど、壊れた部品を見つける魔法がないと破損箇所を見つけるまでに時間がかかりそう。
人の治療でも1つの魔法では済まないかもしれない。
風邪やO157みたいなウイルスや菌などを退治する魔法は傷には効かなさそう。
ひとくちに傷を直すと言っても、フリーレンの世界で使われる魔法の考え方からすると複数必要になりそう。いや、医学の知識が必要かもしれない。
石像の修復なら簡単そうだけど人の体は結構複雑だ。皮膚に筋肉、血管や神経、それぞれに特化した魔法があるかもしれない。複数の魔法を同時進行で使いこなすにはやはり高度な魔力が必要になってくるんだろうな。
ところで、浮遊魔法なんですが。
海岸で座礁した船を魔法で持ち上げているシーンがあったように思うですけど、飛行系の魔物に馬車を持ち上げられた時に馬車は浮かせられなかったの本当かな?
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