07_喫茶店
私はシャオにフィッシュ&タコスを食べさせた。手が砂だらけになっていたので、ペットに餌を与えるように、直接口に欠片をほおり込んだ。シャオは「ふぅーん、むにゃむにゃ、むにゃむにゃ、ごっくん、うまい!」と、私に報告してくれた。「でしょ、もう一ついる?」と私が聞くと、「くれっ、くれっ」と、飛び跳ねながらねだってきたので、私は「お行儀の悪い子にはあげませーん」と言ってやった。シャオは、ピンッ、と気をつけをし、ゆっくりと口をぱっくり開けた。「よろしい」と言って、私がシャオに餌をやろうとしていると、ミッシェルが「馬鹿なことをしてるんじゃないよ、さっさと食え!」と横取りして残りを全て食べてしまった。「うむ、なかなかだ」とミッシェルが言ったあと、私とシャオは、悲しく哀れな「あああああ……」をミッシェルに訴えて、その場から崩れ落ちた。
「ひどいよぉー、もっと食べたかったよ!」シャオが物足りなそうに言った。
「別にいいだろ、どうせこれからまた食べるんだから……」ミッシェルは右手を腰に当てながら面倒くさそうにしていた。
シャオは、「待ちきれないよー」と悲しそうな目で言った。ミッシェルは「すまなかったな」と言って、スタスタと先に歩いて行ってしまった。シャオと私は急いでミッシェルを追いかけた。少し歩いたところで、ミッシェルが「ここだ!」と言った。「なにが?」と聞いてみると、「最近、知ったんだよここ」と、ミッシェルが、両側に葉の簾がかかり、間から階段が見える、古そうな建物を指差した。私にはそれが店には見えなかったが、ミッシェルがそういうのだから、そうなのだろうと思って、階段を上った。階段は少し急になっており、シャオは階段に手をついて登っていた。階段を上ると目の前にドアがあり、開けると、風鈴のような音がした。すると、「いらっしゃいませー」と、可愛らしい女性店員が私達をむかえた。私達は案内されるままに、席についた。私達の席は、店のベランダを出てすぐのところで、ちょうど日陰になっていた。涼しい風がたえずふいていたので、あまり暑く感じなかった。机と椅子は竹を編み込んだようなつくりで、またそれが、涼しさを演出していた。外には海に面している大きな川が見えた。川には観光船が二隻いて、船の屋根に、赤と白のシマシマの囚人服のようなシャツと、麦わら帽子をかぶった船乗りが片足に体重をのせて立っていた。
ミッシェルが「良い感じだろ、ここ」と自慢げに言った。確かにいいところだった。この場所でなら、日が暮れるまで外をじっと眺めていても、飽きることはないだろうと思えた。それは、『平和』という題で美術館に飾っておけるほどの、絵に描いたような美しい光景であった。
「ねぇ、そういえば、魔王とやらはどうなったの?」私はミッシェルに質問した。
「消えたよ、きれいさっぱりね」
「魔王はどこで消えたの?」
「魔王の城だよ、まぁ、そんなことは、もう済んだことなんだから、どうだっていいだろ、知ってどうするんだ、知ったところで、飯の足しにもならないはなしだよ」
「でも、知っておきたいよ、だって、魔王を倒したのはソフィアなんでしょ? だったらいまその姿をしている私が知っていたほうが……」
ミッシェルが周りに人がいないことを確認してから言った。
「はぁ、分かったよ、実はな、魔王はまだ生きているんだよ、きっとまだピンピンしているよ」
「えっ、生きてるの! 倒したんじゃないの?」
「静かに! 周りに聞こえたらえらいことになるんだから!」ミッシェルは囁くように私に注意した。
「あ、ごめん、でもなんで?」
すると、シャオが話に割り込んできた。
「まぁ、話すと長くなるけどな、色々あったんだよ、もちろん、倒したことには倒したけど、そいつの中からなんかが出てきたんだ。で、恐らくだが、まだ誰かの中に潜んでるって訳だ……」
「あぁ、そうだな、そういえば、シャオ、手洗って来い」
シャオが「はーい」と言って席を立った。
「で、そいつはなにか悪いことをしたの?」
「ああ、そうだな……平たく言えば、この街はもちろんだが、世界中を恐怖で支配しようとしたんだ」
「ふーん……でっ、今どこにいるの?」
「さぁ、それはわからない」
「本当は知ってたり……」
「さぁ、知らない」
「はいはい! じゃ……あの執事!」
「え? 違う違う、どう見たって、ただの無口なやつだろ、まぁ……変装したら似合いそうだけど……」
「もしかして……魔王って……はっ! フリーダ? だからあんなに洋服がそろって……」
「――っんなわけねーだろ! なんで魔王が勇者のメイドをやるんだよ」
「じゃー、シャオ!」
ミッシェルが少し離れたところにいるシャオを指さして言った。
「一番ないよ……あれだぞ……」
シャオは、女性店員にお願いして、蛇口から水を垂らしてもらい、手の砂を落としていた。そのあと石鹸で手を洗い、泡でシャボン玉を作って遊んでいた、それを見た女性店員は、思わず、シャオに微笑んだ。
「うーん、わかった! フィッシュ&タコスを売っていた、あのリザードマン! 簡単ね! ちょっと魔王っぽかった!」
「阿保か……テキトーにもほどがあるってもんだよ」
「あぁ、確かに、ないね、じゃぁ、ミッシェル!」
「はいはい、もう正解でいいよ……」
「え、ほんとに!」
「ちがうに決まってんだろ」
「ま、まっさかー、本当はそうなんじゃないのー、なんて……じゃあ、私?」
「なるほど……。それじゃ、実はこうして、本性を表すのを、今か今かと待っていたり……して……みたいな?」ミッシェルが私をじっと見て言った。
「……えっ!」
「大丈夫だよ、直ぐに食ってかかるつもりはないからな!」
「んっ! どっち!」
「なんてね……」
「何それ、意味わかんなーい」
「まぁ、あんまり気にしないことだ……」
私は「ふーん」と言って頬杖をつき、ミッシェルから目をそらすように、戻ってくるシャオを見た。シャオの手は先ほどよりもきれいになった。そういえば、自分も少し手が汚れていることに気がつき、席を立って、女性店員に手洗い場を貸してもらい、手の砂を落とした。
私達は軽食を済ませ、店を出た。その頃には、日差しもピークを迎えていて、店の階段を下りていくと、石の地面に反射した光に目が眩むほどだった。私が先に階段を下りて、その次にミッシェルが階段をおりようとしていた。シャオは店に並べられたケーキが気に入ったらしく、ミッシェルが勘定を終えたあとも、目を離さなかった。ミッシェルが「いい加減いくぞ」とシャオに言った。その時、階段を下りていた私に、誰かがぶつかってきた。「いたたっ!」と私が声を上げると、そいつは、何も言わずにどこかへ行ってしまった。ミッシェルが「大丈夫か?」と階段を下りながら言い、私のそばにきた。「いたたたた、なんだ、今の……」と誰かがぶつかってきた方向を見ながら私が言うと、ミッシェルが「おい、ペンダントはどうした!」と言ったので私は、胸のあたりを触ってみたが、確かにペンダントが無くなっていた。私は、足元や服の中を探してみたが、見つけることができなかった。私がふと顔を上げると、ミッシェルが「あいつだ!」と言って、遠くを指さした。その指の先には、小さな影があり、それは子供の陰であるようだった。ミッシェルが「シャオ! 走るぞ!」と声をかけて、遠くの影を追いかけて行ったので、私もそれに続こうとした。シャオは、「えぇ、なに! えぇ?」と言っていて、状況が呑み込めていなかったようであった。