02_覚めない夢
目が覚めてから時間が経ったせいだろうか、私はこの状況がおかしいと思いはじめてきた。私が昨日まで泊まっていたホテルはこんなに豪華な内装であっただろうか、加えて、私の好みを知ってここまで凝ったファンタジーな世界を演出してくれるような従業員がいるのだろうか、私の知る限り、そんな場所はあの有名な米国産の遊園地ぐらいだが、そことはかなり雰囲気が違う。
先ほどから長い廊下を愉快に歩いているが、一向に人が部屋から出てくる気配がない。遊園地のホテルであれば平日休日関係なく人がいてもおかしくないはずだ。私の感覚からして、だいぶ遅めの起床であった。もし、たった今、私がその遊園地にいるとすれば、もう既にいくつかのアトラクションは諦めなければならないという絶望的な状態で、私にとってこの問題は非常にけしからんことである。
いやいや、私は昨日まで、面接やらエントリーシートやらでそんなことをしている暇なんてなかったはずだ。頑張っている私にサプライズのつもりで誰かが計画したと考えてもみたが、やっぱり大みそかのお笑い番組じゃあるまいし、ありえないだろう。仮に、その計画をした人物がいたとして、私は迷惑という気持ちを押し殺し、映画俳優顔負けな心からの喜びを表現しなければならないのだろうか、善意であるか否は不明だが、とりあえずこれは、『誰かが私を驚かせようとしている』ということではないだろうか、もし、そうだとするなら、その計画した人物の目的は達成されたので、さっさとネタ晴らしの看板を抱えて出てきてほしい。
いやいや、そもそも前提を誤っている。私はそんなお金のかかる大作戦を実行するような人間がいる環境にいない、私は普通の大学生なのだから、それこそファンタジーである。そうだ、きっとこれは夢なのだ。なんでもないただの夢なのだ。それならば、この夢を思う存分楽しんでみようではないか、最近は息抜きもできていなかったし、丁度よい機会だ。そうだそうだ!
それにしてもコイツの尻尾はけしからん! シャオは相変わらず「はわわわわん、ソフィアさまぅん……もうらめでふぅん……」と言いながら嬉しそうに私に抱き着いていた。
シャオとの茶番が一通り済んだところで私は大広間へと案内された。大広間には大きなテーブルが一つ置いてあり、メイドと執事が扉の前に立っていた。
「おはようございます、ソフィア様、ミッシェル様、シャオ様、朝食の準備が整っておりますので、どうぞお好きな席に……」執事が私達に挨拶した。
シャオが「わーい、豪華な飯なのだ!」と言いながら近くの椅子にズドンと音がするぐらいの勢いで腰を下ろした。するとミッシェルが「行儀が悪い」とシャオに注意した。私はその様子を苦笑いしながら眺めていた。
「ところで、さっきから気になっていることがあるのだよ!」シャオが私のことを見ながら言う。
「な、なんでしょうか?」
「おまえ、ほんとにソフィアか?」シャオの顔は笑っていたが、声のトーンは急に下がった。
「え、いやだなぁー、シャオ、私のことを忘れたの?」私は緊張しながら答えた。
シャオは「ふーん」と鼻息を出しながらこっちを見ていた。
「何というか、いつもと違うのだよ、いつものソフィア様なら、もっとこう……」
「……まぁ、言っていることは少しわかる、ソフィア、なんだか変だぞ」ミッシェルが苦笑いを浮かべて言う。
私は、《ここは場の盛り上げ時だ!》と考え、思い切って演技をしてみることにした。
「くっくっくー、ばれてしまってはもう仕方がない! そうさ、私はソフィアではない! フゥアーハッハッハー」
「どうりで朝から様子が変だと思ったわけだ、それじゃお前は一体だれなんだ! 答えろ!」ミッシェルが身構えた。
「私の名前はそう! 名前は……あれだ!!」
「あれ……まさか……」ミッシェルとシャオの額から、急に汗が垂れる。
「フッフッフッー、そう! そのまさかだ」私は意味ありげに言う。
ミッシェルは「魔王め! ソフィアをどこへやった、うおおおおおお」と言いながら私に殴りかかってきた。
――三十秒後――
「シュミマシェン、グシュン、こんなに……グシュン、痛くされるなんて……グシュン、おも、おも、思わなかったからー、ヴ、ヴ、ヴェエエエエエエン……」
「うわー、ミッシェルサイテー、女の子泣かせたー」シャオがミッシェルに軽蔑するように言った。
「うーん……ほら、回復はしてやったからもう大丈夫だ。それと、本物のソフィアはどこだ、正直に言えば今回は大目にみてやる」気まずそうなミッシェル。
「ソフィア、誰それ?」
「テメー、とぼける気かー」ミッシェルは私に拳を見せながら言った。
「ちがいます、ちがいます、ちがいます、本当にしらないんです」
「あああああん?」
「まぁまぁ、ミッシェル、とりあえず今は朝食の時間なのだよ、続きは食べ終わってからとしようじゃないか」シャオがなだめるように言った。
見たこともない豪華な料理が運ばれてきて、目の前に並べられた。普段だったら喜んで片っ端からちょっとずつつまんで食べていくところだが、今は目の前にいるミッシェルに睨まれているせいか、美味しいのに美味しくないという矛盾が生じていた。それにしても痛かった。夢なのに痛かった……。骨から鳴っちゃいけない音がした……。
それにしても、こんなに痛いということは、夢ではないという証拠ではないだろうか、普通、寝ながらこんな痛みを感じたら、今すぐベットを飛び起きて天井に頭をぶつけているはずである。これはもう実際に起きている事なのだ。今はこの意味の分からない状況を理解して、対策を考えるしかない。