01_知らない名前
目が覚めると私は勇者になっていた。勇者だと気がついたのは少し経ってからだが、いつものように体を起こし、目をこすり、開けると見たこともない部屋にいた。外からは大きな鐘の音――おそらく教会の鐘――が鳴り響いていた。いったいここはどこだろう、洋風の部屋でベットが一つ、大きめの鏡、ここはホテルのなかなのだろうか……。
考えていると、ドアをノックする音が聞こえ、部屋の外から女性の声がした。
「勇者さま、お目覚めになりましたか? 朝食の準備が整いました」
勇者さまって、何かの冗談か? 最近のホテルはルームサービスでそんなプレイを要求できるのか、まさか昨日の飲み会で酒に酔って言ってしまったのかね。私は彼女が何を言っているのかがわからなかったがとりあえず返事をした。
「わかりました、今からいきます」
さて、それでは今から朝食に向かわなければならないようだ。しかし、困ったことにクローゼットの中には見たこともない種類の服が並んでいた。いいや、たしかに実際に見たことはなかったが、中世を描いた映画で登場するような服がそこにはあった。仕方がないので、当たり障りなさそうな上下黒のスーツのような服を何とか見つけ、朝食が食べられるという場所に向かうことにした。
ドアにカギを掛けようとしたが、ドアには鍵穴がなかった。そして部屋のどこを探しても鍵らしいものはなかった。オートロックのカードキー式かと最初は思ったが、それも違うようだ。まぁいい、開かなくなったらフロントに行って鍵を開けてもらおう。
ところで、朝食が食べられる場所とは一体どこだろうか、普通ホテルにはそういうことを案内するためのものが置いてあるはずだがどこにも見当たらない。まぁ、エレベーターに行けば書いてあるだろう。
「エレベーター、エレーベーター、エベレータ」
独り言を言いながら私はエベレータを探した。しかし廊下は広く、どこまでもまっすぐ続いているだけであった。どこにもない、しかもこのホテル滅茶苦茶でかい、天井も高くて、まるで城の中にいるようだ。これは困った、このままでは一生かかっても朝食にたどり着けない。
頭を抱えていると凛々しいがどこか時代遅れな服を着た女性が歩いていたので、声を掛けた。
「仕事中すまないねぇ、ちょっと聞きたいのだけど」
「はぁ? なに?」女は私を軽蔑するように言う。
女の言動に私は度肝をぬかれたが、それは置いておくことにした。
「いやー、すまないね。ちょっと道に迷ってしまって、朝食の場所ってどこかしってる?」
「何かの冗談? ソフィア――」女は眉をひそめる。
ソフィアとは私の名前だろうか、それともニックネームか何かだろうか? わかったぞ、これは新手のルームサービスだ! 徹底しているなこれは、全く素晴らしい。それではこちらも合わせていかないとせっかくのサービスが台無しになってしまう。
「あー、そうそう、私はソフィア、いやー、マイッタ、マイッタ」
「なんのつもりだ! ふざけているのか」女はこちらを睨み付けて言った。
「いやいや、そういうつもりはないんだって、ただ、朝食の準備ができたっていうからそこに向かおうとしているんだけど場所がわからないの……」
「いや、当たり前でしょ、そんな状態じゃ一生ここで彷徨い続けるしかないじゃない、あなた、このままじゃ自分の部屋にだってもどれないわよ」女はまた軽蔑するような目で言った。
そんな設定があったとは、全く想定していなかった!
「なななんだって! それは大変だ!」
女は溜息をついた後、言った。
「防犯用の魔法を知らないの? ここは城の中なのよ、専用の宝石をつけていないと同じ場所に閉じ込められるの。分かったら自分の部屋にもどりなさい! 私がついていれば大丈夫だから」
私はその女の言う通り部屋に戻った。そして鏡の前に置いてあったペンダントをつけて部屋を出た。宝石はサファイヤのように青色に輝いていた。私は宝石鑑定士ではないが、売れば目玉が飛び出るくらいの値段がすることは理解ができた。
「それじゃ、朝食ね。私も行くところだから、ついてきなさい」
この女と私は一体どのような関係という設定なのだろうか、先ほどからまるで友人のように接してくるが、もちろん私はこの女のことなどしらない。それに、なんだかこの設定にもう疲れてきた。ここらで普段通りにもどしてもらうことにしよう。
「あのー、そろそろもういいかなっていうか、もうお腹いっぱいというか」
「お腹いっぱい? 朝食はいらないのか?」
「いいや、そういう意味じゃなくて、この設定にもう疲れてきたので、そろそろ通常モードに戻ってほしいなぁーなんて思っているのですが……」
「設定? 通常モード? おまえ、一体なにを言っているんだ」
まさかホテルの従業員に『おまえ』と呼ばれるとは、なんだろうか、私は酒に酔って『おまえ』と呼ばれるようなことでもしてしまったのだろうか、心当たりがない。
「いや、もしかしたら、昨日は申し訳ないことをしてしまったかもしれない、酒に酔っていた上、全く記憶がないのです」
「あー、もういいわ、付き合ってられない! いいから黙ってついてきなさい」
完全に私は彼女に嫌われているようだ。私はそのあと彼女と一言もしゃべらず歩いた。すると遠くから誰かが走ってきて跳びかかってきた。
「おっはよーございまーす。ソフィアさまー、今から朝食ですかー、それでは私もお供させていただきまーす。いやーそれにしても相変わらずお肌すべすべで、まさかあの魔王を討伐されたとは思えない――グへェー!!」
女がその跳びかかってきた誰かを殴り飛ばした。
「おい、シャオ! 馬鹿なことをしているんじゃない、朝からもうこっちは疲れているんだ、全く、たまにはおとなしくできないのか」
跳びかかってきたやつを見ると頭には獣の耳、お尻には長いしっぽが生えており小柄で犬のコスプレをしているようだった。
「あいたたたー、何ですかミッシェル! せっかく私とソフィアさまの愛を確かめ合っていたというのに! それとも何ですか、私とソフィア様がイチャイチャしているのがそんなにゆるせないのですか、全く最近の女騎士はうぶばかりで困ったものですねー、ねーソフィアさまー、わんわん!」
私は耳やしっぽの完成度に関心していた。これは触らずにはいられない! 触って感触を確かめなければ!
「あぁっう! そ、そんなソフィアさまぅん、そんなところ、あぁっうん!」
「良いのか! ここが良いのか! まったく、まったくけしからん! けしからんのです! ――ッムフフフフ」
ミッシェルは私がシャオと戯れている光景を見ながら言った。
「いいから、さっさと歩けーーーい!」