執念
2月下旬、棋玉戦の予選3回戦が行われた。
結果は余裕で勝ち、次は準決か、そろそろ難しい相手が来そう。
現在タイトル五番勝負も並行して行われている棋玉戦。
私が戦っているのは来期の為の予選だ。
予選トーナメントの後に、挑戦者決定トーナメントを行い挑戦者が決まる。
五番勝負の方は2戦終って1勝1敗で両者譲らず。
挑戦者の斉上さんには頑張って欲しいな。
大学 サークル
「花音ちゃん、前夜祭は楽しかった?」
「福坂 文六 九段が居たのだ。面白かったのだ」
その棋玉戦のタイトル第一戦に行った花音ちゃん。
親の会社が協賛になったので、タイトルホルダーに花を渡す役目を任され四国に帰ってた。
「福坂さんか、私はまだ会った事無いな」
「君島先輩の事をイジってたのだ」
「ええ?」
関西所属の福坂 文六 九段。
独特の風貌と軽快な関西弁トークで人気の棋士だ。
自虐ネタも多いが、人をイジる事も多い。
現会長の兄弟子でもある。
「面識ないのに何言われたんだろ?」
「CMに出たり、儲けている事をイジられていたのだ。それに比べて自分は貧乏だって」
ああ、いつもの自虐ネタの振りに使われたのね。
それくらいならまあ、気にしなくて良いレベルだ。
「川に入ってお茶飲むだけなら自分にも出来る。そんな訳でCM募集中らしいのだ」
「・・・」
若くて綺麗な女の子とハゲちらかしたおじさんじゃあ絵的にかなり変わって来ると思うけど。
まあ冗談で言ってるんだろうけどね。
「そんな事より君島先輩、親の会社のCMお願いしますなのだ。正式に連盟に打診したらしいのだ」
「ああうん、任せといて」
どこで撮影するの?吉野川?また川?
私と川はセットなのかな。
お、丁度連盟からメールが来た。
花音ちゃんの親の会社のCMともう一つ仕事依頼が。
・・・海外の取材?
日本でしか人気の無い将棋だが、海外の情報誌から取材依頼が来たようだ。
なんで興味持たれたんだろ?
「まあ、ニューズウォーク誌じゃないですか」
「玲奈」
玲奈が寄って来た。
アメリカの雑誌で結構有名らしい。
「是非受けるべき仕事だと思いますわよ」
そう?じゃあ受けよっかな。
でも将棋やっててアメリカの雑誌から取材受けるとはなー。
やっぱこれもビジュアルのお陰かなー。
取材は来月か。
楽しみにしておこう。
「君島さん、今年もA級順位戦の最終局を皆で部室で見るんですが」
「いいね。でも私は現地に行かないといけないんだ」
「やはりですか」
玲奈が残念そう。私も一緒に見たかったけどね。
去年は三段リーグの最終日を控えてたから家に居たし、一昨年は連盟で見たんだよね。
でもごめんね。A級順位戦の最終局は、例年新四段が記録係をする事が多いんだよ。
私も呼ばれてるんだよね。
「長時間の記録になりますが、大丈夫なのですか?」
「うん、憂鬱・・・だけど勉強になるから」
記録係も久し振りだなぁ。
でもA級棋士の真剣勝負を間近で見れるんだからまたとないチャンスだ。
きっと得られる物が多いはず。
「まあ記録係としての私の雄姿を中継で見てよ」
「くすっ、解りましたわ」
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3月初旬 A級順位戦最終日
静岡の料亭に来た。
「ええ?私リポーターなんですか?」
「はい」
ええ?聞いてないんだけど。
てっきり記録係をやらされるものと・・・
「でもリポーターって?」
「中継で見たことありませんか?現地の様子や昼食の紹介やら、色々ですよ」
見たことはあるけど、女流がやってる事が多いような。
あ、アババで一度高美さんがやってるのも見たわね。
「でも、なんで私が?」
「ビジュアルが良いからです」
そ、そうですか。
連盟の職員さんも開き直って来た。
「今回は49生、アババ両方の中継に出て貰います」
「え?両方との契約なんですか?」
「はい、両社とも是非君島さんにと」
そんなダブルブッキングみたいな事許されるんだ?
でも最近は49動主催の永王戦をアババで中継したりもしてるから、制限が緩くなったのかな。
ライバルから共存関係へと移行したのかも知れない。
「うーん、解りました」
「じゃあよろしくお願いします」
うーん、引き受けちゃったけど、なんだか拍子抜けだ。
A級棋士のひりひりした対局を肌で感じるつもりだったのに。
リポーター用のマイクを持たされ、イヤホンを付けさせられる。
さて、やるからには頑張らねば。
「最初は棋士の出勤風景をリポートしてください」
「ええ?ピリピリしてんだからそんな事したら・・・」
声が聞こえただけで睨まれかねないよ?
今日は皆さんいつも以上に集中してるんだから。
邪魔になるような事は私だってしたくない。
「では、声が届かない場所から」
「はあ」
「スタジオとの掛け合いは無いのでキューを出したら挨拶して始めてください」
「え?は、はあ」
映像が垂れ流しになってるらしい。
な、なんだかスタッフさんもバタバタだな。
そりゃそうか、毎年中継もバタバタになる将棋界の一番長い日。
私はひょっとしたらすごく大変な役回りを引き受けたのかも。
「もうすぐ一人目の棋士が来ます。始めてください」
は、はあ。
もう写ってんの?
「皆さんこんにちは、現地リポーターを務めさせていただく君島 流歌です。現地では対局者の到着を今か今かとたくさんのカメラが待ち構えている状況です」
お、一人目が現れた。
王太君だ。
「現在6勝2敗で単独2位につけている藤谷 王太玉座、真剣な顔つきで対局場に向かって行きます」
うーん、間が空いてしまう。
中継で一人で喋るって変な感じ。
上手く出来てるのかなぁ。
「二人目の対局者が来ました。千駄ヶ谷の守り師こと森村九段、龍王タイトル戦は残念でしたが順位戦ではここまで4勝4敗、残留を決めています」
対局者が旅館の中へと消えて行く。
ひりつく空気が静寂へと変わる。
ふう、これがあと8人続くのか。
「二浦 行広九段です。現在2勝6敗で本日残留を決められるかどうかの瀬戸際、表情が厳しいですが、頑張って欲しいです」
カンペが出た。
特定の棋士を応援しちゃ駄目?
公平なリポートをお望みですか。
あ、ナベだ。
「渡邊棋玉です。現在棋玉のタイトル戦も同時並行で行われていますが、難しい対局が続く中で順位戦ではここまで5勝3敗です」
ナベは残留を決めているのよね。
一位の豊縞さんが1敗しかしてないから名人挑戦もないんだけどね。
その豊縞さんが来た。
「現在7勝1敗でA級一位、豊縞二冠が来ました。今日勝てば晴れて名人挑戦、負けても藤谷玉座が負ければ挑戦が決まります」
ちょっと言葉がおかしかったかな。
スタッフさんもバタバタしてて気にする余裕も無いみたい。
ちゃんと出来てるか不安だよー。
その後、3人ほど通り過ぎる。
・・・待ちかねた人が来た。
「羽月龍王です。ここまで5勝3敗で今期の名人挑戦は潰えましたが、A級在籍30期を越え、年齢も50を越えてなおトップを走り続ける将棋界の至宝、対局場へと向かって行きます」
問題ないですか?
スタッフももう聞いちゃいない。もっと褒めたたえれば良かった。
・・・でも、対局者の緊張が伝わって来て、間違ってもおかしな事は言えない雰囲気。
後一人か。早く一息つきたい。
その後、糸山さんが来て出勤終了。
ふう、疲れた。
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午前中に対局場所の紹介やら静岡のゆるキャラとの絡みやら。
49生の中継だったりアババの中継だったり。
なんで次から次へとこんなに駆り出されるの?
局面が穏やかなうちにいろいろやっときたい?
うーん、解るけど・・・
「本日の昼食はこちらになります」
豪華な松花堂弁当。
ちょっとだけ味見して食レポ。
これを49生、アババと2回やらされる。
とても美味しいけど、本日の対局者達は味わう余裕があるのかな。
昼食休憩に入った。
私もちょっと休みたいんですけど。
「アババから中継来ますよ」
「ええ?わ、解りました」
『君島さーん、二浦糸山戦の局面なんですが』
ええ?局面は全然見れてないよ。
スタッフが慌てて棋譜を渡してくれた。
わあ、進みが早いね。
糸山さんは時間使わないからな。
「・・・ああ、二浦九段が優勢なんですね」
『ええ?スタジオでは糸山優勢との見解なんですが』
「いやだって、次の一手で香を上げれば」
『香?』『香?』
スタジオで解説と聞き手が驚いている。
見えてなかったのかな。
香車は初期配置だと端っこだから戦況に影響を与えにくい。
前にしか進めないから下手に上げたら守りが薄くなる。
確かに気づきにくいんだけど。
『た、確かに、そうかこんな手が・・・』
「二浦九段なら当然気付いてると思います。ですから自分の手番で昼食休憩に入ったのではないかと」
『こ、これは休憩明けが楽しみですね』
中継が切られた。
ふう・・・
「49生から中継が来ます」
「ええ?」
49生は昼食中は詰将棋出してるのに。
今日は違うのかしら?
『君島さーん、今日の対局の勝敗予想を聞きたいんですが』
ええ?こんな早い段階で?
スタッフが慌てて五局分の棋譜を渡して来る。
「・・・二浦九段、羽月龍王、豊縞二冠、藤谷玉座が優勢だと思います。もう一つの対局は解らないですね」
『おお、と言う事は、名人挑戦は豊縞二冠だと?』
「さすがに現段階で断言はできないですよ」
『でも今言ったよね?』
今日の49生の解説は意地悪な人だ。
望月八段、北海道出身のサッカー好きの棋士。
結構人気がある人だけど、私は苦手なタイプ。
「では、私の予想では名人挑戦は豊縞さんと言う事で構いません」
『外れたらどうします?』
はあ?何か賭けろとでも言うの?
何このしょうもないやり取り。
「歌でも歌いましょうか?」
『おお、言いましたね?』
「当たったら望月さんは何をしてくれるんですか?」
『は?』
何よ、賭けなんじゃないの?
自分がリスクを背負うのは嫌なのかしら。
無茶振りして来るくせに、自分がイジられるのは嫌いみたいなんだよね。
『いや、僕は先輩だよ?』
出た、先輩なら何しても良いと思ってるタイプだ。
後輩を自分の遊び道具か何かだと思っているのだろうか。
ひょっとしたら良い所もあるのかも知れないが、私はまだ知らない。
『先生、それはズルいですよ。君島さんに一方的に押し付けると言うのは』
『え?!』
『後輩を助けるのが先輩だと思いますよ』
聞き手がフォローしてくれた。
その通りだよ。貴方は盛上げてるつもりかもしれないけど寒い無茶振りしてるだけ。
テレビの芸人の真似事をしてるだけ。
あれは無茶振りする側にも能力が求められるんだよ?
無茶振りされた側を美味しくしてあげなくちゃならないんだよ?
投げっぱなしにしか出来ないなら無茶振りなんかしちゃ駄目。
中継が終わった。
変な感じになったけど大丈夫かな。
「コメントでは君島さんを応援する声が多かったですよ」
そう?ならいいんだけど。
でも生意気だと思った人も居るだろうな。
だから能力の無い人にイジられるのは嫌なのよ。損しかないんだから。
「さて、午後からは局面がバタバタすると思うんで、君島さんはしばらくお休みです」
やっと休憩か、疲れたなぁ。
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料亭に作られた記者室で成り行きを見守る。
たくさんのモニターと脚の短い長机と座布団が敷き詰められた部屋。
ここに居ると対局の今後の展開を記者さんにやたら聞かれる。
ここはこうなると思いますよ。こっちはこうですよ。
全問正解とまでは行かないまでも、殆んどが予想通りになって行く。
「流石ですね君島さん。でもいちいち立たなくても」
だって正座だと見えない気がするんだもん。
A級棋士の対局を一度に五局も検討するのは大変なんですよ。
『でも凄いよな。A級棋士の指し手を次々当ててる』
『他の棋士だと濁される事も多いよなw』
聞こえてますよー。
悪口じゃないから別に良いんだけどね。
「君島さん、中継お願いします」
ええ?局面が面白くなって来てるんだから、邪魔にならない?
ああ、夕食の紹介ですか。
もうそんな時間か。
「ええ?これ全部紹介するんですか?」
昼は全員同じ弁当だったけど、夕食は各自好きな物を注文する。
なのでテーブルの上には10人分のメニューが並んでいた。
「これ、食レポもあるんですか?」
「全部は無理だと思うんで、気になる物をいくつかつまんで貰えれば」
ほ、安心した。
全部食べて感想聞かせろとか言われるかと思った。
「では対局者の夕食を紹介していきたいと思います。カツカレーとお寿司が多いですね」
ゲンを担いでカツを頼む人は多い。
寿司は食べやすさから選ぶ人が多い。
さて、どれを食べようかな。
私はカツカレーって食べにくいから苦手。
味が嫌いとかでは無いんだけど、カツとルーとご飯を同時に口に運ぶなんて至難の業じゃない?
別々に食べるならカツカレーの意味が無いような気がするし、口の小さな女子には難易度が高いメニューなのよね。
なのでカツカレーはスルー。
「こちらのお寿司を戴いてみます」
ウニ、イクラ、トロ、赤身、サーモン、何だか解らない白身がいくつか、あと卵。
ウニを行きたいけど高い物を選んだら印象悪いかな。
サーモンにしておくか。
モグモグ「美味しいです!私はお寿司の中ではマグロよりサーモンが好きで」
安くて程よく脂の乗ってるサーモンが好き。
赤身は血の味がする気がするし、トロは美味しいけど高すぎるよ。
カンペが出た。
もう一つ食べろって。
何だか解らない白身にしておくか。
モグモグ「これは・・・タイ?でしょうか。美味しいです」
カンペが出た。
鰆だったらしい。
ぐぐ、ミスってしまった。
でも白身魚ってお寿司にするとどれも似たようなもんじゃない?
エンガワくらいしか区別がつかない。
因みにエンガワもヒラメの一部だと知ったのは高校生の時だ。
サーモンばかり食べてたから白身魚に興味無かったんだよね。
中継が終わった。
「君島さん、食レポは相変わらずですねw」
「・・・」
だったらやらせないでよ。
え?ヘタクソだけど人気なの?
どうせ笑う為でしょ。
「恐らく今ので最後の中継になると思いますが、急遽呼ばれる事もあるかもしれないので一応準備はしておいてください」
「解りました」
出来ればこの後は盤面に集中したい。
不測の事態が起こらない事を祈ろう。
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夕食休憩が終わって、勝負は佳境へ。
ここからが将棋界の一番長い日の醍醐味とも言える。
中継のモニターの中がしっちゃかめっちゃか。
あらら、やっぱりこっちより向こうの方が大変なのかも。
『ここは決まりそうだな』
『二浦九段の残留決定か』
進行の早い対局が終わり始める。
・・・今年は順調に終わりそう。
順調と言うのは、千日手や持将棋が無いと言う意味。
「君島さん、ここは森村先生が優勢ですか?」
「はい、かなり差がつきましたね」
ほぼ予想通りになったかな。
昼の予想では森村さんのとこだけ全く差が無かったけど、今は歴然だ。
『よし、名人挑戦は豊縞二冠で記事を作りはじめろ』
『藤谷玉座は挑戦ならずか』
少しがっかりしている記者さんも居る。
まあ、世間的には王太君が挑戦の方が盛り上がるからだろう。
でも今期の順位戦での豊縞さんの強さは神がかってた。
棋士としては納得の名人挑戦だ。
お、羽月さんも勝ったみたい。
「昼の49動での君島さんの予想通りになりそうですね」
「あはは、当てずっぽうで言ったんですけどね」
あの段階で正確に勝敗を当てるなんて無理な話。
でも実際当たっちゃうと、記者さんも私を見る目が違って来る。
少なくとも悪い印象にはならない。
その後、王太君が勝って、豊縞さんが勝った。
これで名人挑戦が決まった。
残りは森村九段の対局だけなんだけど・・・
『森村さん、悪手を刺したな』
『一気にわからなくなったけど・・・』
ほとんど勝ちが決まってた森村さんが悪手を刺した。
でももう名人挑戦は決まったし、始まる前から森村さんも相手も降格する事は無い状況だ。
これはどう決着をつけるのかな。
『おいおいこれって』
『ええ?まさか千日手?』
両対局者とも舵を切った。
お互い合意の上での千日手に見える。
凄いな、もう名人挑戦も降格も無いのに。
来期の順位の為だけの指し直しか。
『凄いね、そこまでするかね』
『まあいい、どのみち影響のない対局だ。記事作っちまえ』
本当に凄い。
勝負にかける執念だね。
「この場面、君島さんならどうしてました?」
「・・・私ならひざや腰の事を考え、不利になったとしても局面を進めたでしょうね」
「なるほど、人それぞれなんですね」
順位戦の持ち時間は各6時間、12時間以上の対局だ。
私には戦う体力が足りない。
でも、勝負師としては勝ちを目指すべきなのかな。
高校野球の世界のように、後先考えず200球、300球投げるべきなのかな。
観る者はそれで感動するかも知れない。
でも・・・
「君島さん、千日手が成立したので中継を」
「え?あ、はい」
その後の指し直しで森村さんは勝利し、来期A級5位でのスタートを決めた。




