表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
駒唄  作者: 無二エル
9/93

悲しいけどこれ将棋なのよね

 1月 第二例会


 3級になってからの成績。

 ○○○●○●○○●●○


 7勝4敗か。

 昇級には、6連勝か、良いとこ取りの9勝3敗・11勝4敗・13勝5敗・15勝6敗が必要となる。

 2勝1敗ペースでも上がれない。

 3連勝以上を挟まないと登れない仕組みになっている。


「君島さん、1戦目は僕とだよ」

「北条君」


 2級の北条君か。

 以前戦った時、私は4級で2級差だから駒落ち戦だったけど、今回は1級しか違わないから平手。


「僕、君島さんに勝てば昇級なんだ」

「!」


 でた、番外戦術だ。

 悪いけど遠慮しないよ?

 以前負けてるし、私の方が年上で、残された時間も少ないんだからね。


「でも、君島さんに負けると相当厳しくなるんだよね」

「し、知らないよ、私だって必死なんだから」

「僕の直近の成績表見る?」

「見ないよ、情に訴えるのやめて」


 見ないって言ってるのに無理やり見せて来た。

 ○○○○○●○○○●●●○○●○○●○○

 あらら、6連勝、9勝3敗、11勝4敗、13勝5敗をことごとく逃してる。

 私に勝てば15勝6敗で昇級だけど、負けたら最初の方の白星は効果を失い、直近の黒星が重くのしかかって来る。


「ふう・・・どちらにしろ、手加減は出来ないよ」

「君島さん、優しそうだから」

「いい加減にして!!」


 大きな声を出してしまった。

 回りが何事かと振り返る。

 奨励会幹事が来てしまい、何事かと尋ねられる。

 お互い気まずくなり、黙ってしまう。


「・・・あまり、騒がないようにね」


 幹事が立ち去る。

 北条君はおどけた顔で舌を出す。

 腹立つ、なんなのコイツ。

 絶対に負けたくないが熱くなってしまった。

 落ち着け、落ち着いて、私。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 勝負は167手で私が勝った。

 熱くなり、2度ほど詰み筋を見逃しての薄氷の勝利だった。

 北条君は目に見えて落胆している。

 それを無視して私はこの場を去る。


 ・・・まったく、実力で登らないと意味ないだろうに。

 最低だ、こんなに後味の悪い思いをさせて。

 

「君島さん?勝ったのかい?」


 奨励会幹事だ。

 やはり先程の事が気になっていたようだ。


「そうか・・・彼は親からのプレッシャーも強いみたいでね」


 話してしまった。

 親からのプレッシャー?

 聞けば北条君の親は福島で漁師をしていたらしい。

 震災以降、東京に引っ越して来たらしいが、定職に就いても馴染めず転職を繰り返しているとか。


「・・・ひょっとして、子供を棋士にして、収入に期待していると言う事でしょうか?」

「・・・・・・」


 幹事は何も言わない。

 でもおそらくそうなのだろうな。


 ・・・親が期待してるなら羨ましいくらいだ。

 私の親は私が棋士になる事を望んで無いのに。

 恵まれてるクセに甘ったれた事を・・・


 今後も絶対に負けたくない。

 プロになりたければ甘えは捨てるべきだ。

 少なくとも、2級くらいで容赦して貰ってたら先が無いと思う。


 その日、私はあと2勝し、直近の成績を10勝4敗にする事が出来た。



-----------------------------------------



 2月某日


 今日は玲奈の家に来ている。

 相変わらず凄い豪邸。

 以前より、将棋を教えろと五月蠅いから断り切れなかった。

 まあ最近煮詰まり気味だし、玲奈をボコボコにして気晴らししよう。


「こ、これ、タイトル戦の盤だよ?」

「それって凄いんですの?」


 凄いなんてもんじゃないよ!

 裏に、羽月先生の名前と森口もりぐち先生の名前が刻んである将棋盤だった。

 森口先生とは長年羽月さんのライバルと言われていた人だ。

 最近は順位戦A級から転落し、フリークラス宣言をした。

 一線からは退いてしまったが、永世称号も持つ大棋士。

 女流の竹原朱ちゃんの師匠でもある。


 ・・・15年前の名人戦第4局の盤か。

 い、いくらくらいしたんだろう。


「こんなの使えないよ、他に盤ないの?」

「しょうがないですわね、じいや、将棋盤を買って来て」

「かしこまりました、お嬢様」


 じいやが居るんだ。

 正座は嫌なので、卓上用で良いですよ。

 じいやは年齢を感じさせない素早さで出掛けて行った。

 さて、帰って来るまでどうしよう。

 

「玲奈、駒の動かし方は解るの?」

「はい、流石にズブの素人では失礼ですから『ねっと』で少し練習しましたのよ?」


 へえ、そうなんだ。

 ネットなら私、家からでも対局出来たのに。


「『ねっと』で人と対局が出来るんですの?」

「・・・玲奈は何と対戦したの?」

「ハムスターですわ!」


 ああ、あんなの子供用なんだけど・・・


「憎たらしいくらい強いんですのよ!」

「そ、そう」

「君島さん、わたくしの仇をうってくださいませ」


 ははは・・・

 別にいいけどさ。


「ま、まあ!こんなに早く勝てるんですの?」

「う、うん、平手なら50手くらいで・・・8枚落ちとかでも勝てると思うよ」

「ええ?!!!う、嘘ですわよね?」


 本当だよ、常に先回りをすれば・・・

 ほら勝てた。


「す、すんごおおおおおい!!!!」

「れ、玲奈落ち着いて」

コンコン「お嬢様、将棋盤をお持ちしました」

「あら・・・では君島さん、私と勝負ですわ?えーと十九枚落ちでお願いします」

「えええ?」


 王だけで戦えって?

 さすがにそれは・・・


「あ、勝った」

「うそでしょおおおおおおおお?!!!!!」


 もんどりうって悔しがる玲奈。

 やっぱり面白い子。


「く、悔しいですわ、もう一回」

「ええ?流石に2回目ともなると玲奈も学習するでしょ?」

「はい、最初のミスを繰り返しはしませんわ」


 負けた。


「ひゃっほーーーい!!!!」

「そ、そんなに飛び上がるほど喜ばなくても」


 玲奈は頭が良い。

 これぐらいはすぐに吸収する。


「では次は十枚落ちで」

「はいはい」


 こちらは歩と王だけの布陣。

 勝ち、勝ち、3回目で負け。


「なるほど、王が届かない場所の歩から狙っていけば良いんですのね」

「それが解ってしまったらもう十枚落ちじゃ勝てないよ」


 八枚落ち。

 歩と金と王の布陣。


「う、うーん、急に守りが硬くなりましたわね」


 攻めあぐねる玲奈。

 金があるのは大きい。

 こちらは受け続けて駒得を繰り返し、勝機を待てば良いんだ。

 奨励会在籍者としてはこれ以上素人の進行を許す訳には行かない。


「か、勝てませんわ」

「思い知ったか」

「く、悔しい、何かインチキをしてますわよね?」

「してないよw」


 歯を食いしばって悔しがる玲奈。

 まあ今日一日で強くなった方だよ?


「むむむ、取りあえずはハムスターに勝てるよう頑張りますわ」

「頑張るの?・・・将棋にハマったの?」

「楽しいですわよ?君島さんは楽しくないのに将棋をしているんですか?」


 ・・・どうなのかな。

 元々は楽しいから指していたんだろうけど、今は強くなりたいから指している。


「君島さんは職業として考えているんですものね」

「うん・・・だから苦しい時もあるよ」

「・・・何故、将棋なのですか?」


 棋士を目指すきっかけか・・・


 小学2年の時、TVで羽月さんを見た。

 何気なく見た将棋の番組で、解説の羽月さんが示した次の一手に聞き手のお姉さんが衝撃を受けていた。

 当時はルールを知ってるくらいの知識しか無かった私には、最初は意味が解らなかったけど、羽月さんの説明を聞くうちに羽月さんの示した手がはっきり勝負を決める物だと理解する事が出来た。

 ただ、実際対局中の棋士はその手を指さなかったんだよね。

 そして、その手を指さなかったが為に負けてしまった。

 一つ間違えただけで形勢は悪くなり、勝機を逃がしてしまった。

 見えていた羽月さんと、見えていないその他大勢。

 ・・・カッコいいと思ってしまった。

 子供だから、この人は特別な力があると思ってしまったのかも知れない。

 その時から羽月さんは私の中でも特別な存在になった。

 自分もそうなりたいと、思ってしまったのだ。

 

「憧れの人の存在ですか」

「お、おかしいかな?」

「いえ、解らないでも無いですわ。その為に自らも憧れの人の居る世界へ飛び込もうと考える君島さんも素敵だと思いますわ」

「そ、そう、ありがとう」

「きっと物凄い鍛錬を積んだのでしょうね・・・だからハムスターにも余裕で」

「ハムスターくらいなら玲奈もすぐ勝てるようになるよ。あんなの幼稚園児用・・・」

ムッ「な、なんですって」

「・・・あんなのに負けるのはよっぽどのスットコドッコイ」

「ぐぬぬ、お、おのれあのハムスター野郎」


 奮起してパソコンに向かう玲奈

 そんなにムキにならなくてもいいのに

 私達も来年は受験なんだから程々にね


「心配しなくても大丈夫ですわ?勉強を頑張るのは君島さんのほうでしょう?」

「うっ、そうでした・・・」

「わたくしは海外留学でも良かったのですが、水があわないのであえて・・・白湯女さゆじょに行くんですからね」

「はいはい、硬水があわないんだっけ?」

「ええ、アレルギーが・・・あ!またこのネズミもどきが!!」ムキ―

「お、落ち着いて」


 いたっ!暴れないでよ。

 そんなにクリックしても死なないから!

 

「このマウスも良く見たら憎たらしいですわね」ジー

「周辺機器にまであたりだしちゃった」

「クリックミスで負けただけですのよ?」

「角道に気付いてなかったクセに」


 ああでもないこうでもない。

 ・・・楽しいな。

 私も以前は純粋に楽しめていたんだよね。

 今は楽しさより、強さを求めてしまっている。

 それが羽月さんに近づく為の近道だと信じて。

ブラックモードで見ると星表示が真逆になるから要注意だ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ