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駒唄  作者: 無二エル
87/93

完敗

 2月中旬


 本日は夕日杯準決勝の日。

 勝者はそのまま決勝まで進み、優勝者が決まる日。


 ベスト4まで残ったのは私と準決で戦う王太君。

 向こうの山では羽月さんと佐川名人が残っている。

 うわあ、私以外はタイトルホルダーのビックネームばかりじゃないの。


 私大丈夫なのかな?

 王太君との対局もそうだし、もしかしたら決勝で羽月さんと戦えるかも。

 気持ちが浮つくけど目の前の対局が難戦だし。

 私みたいなのが一日で相手をするような面子じゃないよ。


 今日も公開対局、会場の熱気が凄い。

 ああ、今ちょっと脚がガクガクしてる。

 困ったな、思った以上に緊張してるかも。


 アナウンスがされ、対局者が会場に入場する。

 凄い拍手、気圧されそう。

 はあ、落ち着いて流歌、研究通りやれば良い。

 無様な将棋だけは指しては駄目。



--------------



 あれ?どうしてこうなったの?

 勝負は中盤、ここまで特に何の動きも無く指し進めて来た。

 でも、気が付くと形勢が悪くなってるような。

 え?どこで?どこでおかしくなったの?


 少しの違和感を感じたのは5手前。

 でもあれだって定石どおりの普通な手だ。

 なんで違和感?その時は気にしなかったけど、あの一手に何があったと言うの?


~アババTV~


『君島さん、藤谷玉座の仕組んだ迷路に迷い込んでしまいましたね』

『駒はまだぶつかっていませんが、君島さんが苦しそうに見えますね』

『どう指しても不利になるように見えます』


 あの時の一手で劇的に不利になったとは考えにくい。

 だったら少しずつ仕組まれてた?

 いつから?なんで全然気づかなかったの?


 ・・・定石に惑わされたのかな。

 思えば素直に指し過ぎた気がする。

 持ち時間も短いし、無駄に使いたくなかったから気にも留めなかったけど・・・

 王太君相手に軽率だったのかも知れない。


 なるべくダメージの少ない手を選び、指す。

 瞬時に指し返される・・・そうなるよね。

 指し進める事に、ジワジワと王太君の攻撃が食い込んで来る。

 ・・・ここまで悪くなるなんて。


~アババTV~


『一方的です。君島さんは全く良い所が無いですね』

『先生、君島さんはどこが悪かったんですか?』

『無いです。少し緊張しているようにも見えましたが、悪い手は一手も指してないです』

『・・・と、言う事は』

『藤谷玉座の底知れぬ力でしょうね。今対局ではいかんなくその力を発揮したように見えます』


 王太君は勿論強い。

 全棋士の中でも1、2を争う強さだと思う。

 その王太君が私との対局で全力を出して来たと考えて良いだろう。

 でも、椅子対局の得意な私が、ここまで一方的に追い込まれるなんて・・・

 ここで善戦すらできなければ、今後が・・・


『おや、勝負は終盤ですが、ここに来て君島さんが面白い手を指して来ましたね』

『これは・・・どういう意味なのでしょうか?』

『撹乱・・・いえ、そうか、一発逆転の手かもしれません』

『ええ?』

『藤谷玉座の手が止まりました。ここは慎重になると思いますよ』


 苦しい中での会心の手。

 良い手を出せたと思うけど・・・

 王太君の表情は変わらない。

 残り時間が減って行く。


 あ、王太君の眼に力がこもった様な。

 そして強く盤面に次の一手を繰り出す。

 ・・・読み切られたか。


「負けました」


 私は深く頭を下げる。

 完敗だった。



-------------



「気付かないうちに悪くなっていました。少し素直に指し過ぎたかもしれません」


 対局が終わり、両対局者にインタビュー。

 カメラのフラッシュが凄い。

 注目されていたと解かる。


「藤谷玉座、これで夕日杯六年連続優勝に王手ですが」

「はい、どの対局も難しく、紙一重の差で・・・」


 嘘だ。

 少なくとも私に手ごたえが無い。

 最後にささやかな抵抗を出来ただけで、王太君は冷や汗すらかかなかったと思う。


「君島四段、初めて公式戦で藤谷玉座と対局した感想を」

「・・・内容は完敗でした。・・・ですがその内容以上に、力の差を感じたと言うか」


 ああ私、ショックを受けている。

 ここまで手も足も出ないとは・・・

 今後この人に勝つ未来図が見えない。


 成長で近づけるだろうか?

 でも相手は年下。私以上にまだまだ成長するんじゃないの?

 現時点でこんなに差があるのに、追いつけだなんて・・・


 気もそぞろでインタビューを受け続ける。

 私の反応が鈍いせいか、記者さんも怪訝な顔だ。

 変な記事を書かれたくないから、普通にしたいけど気持ちが追いつかない。


「それでは藤谷玉座、決勝戦も楽しみにしています」


 ・・・終わってしまった。

 ああ、一体どうしたら・・・

 この一敗はちょっと洒落にならないくらい引きずってしまいそう。

 そのくらいの衝撃を受けてしまった。



--------------



 呆然自失の中で、控え室で決勝戦を見守る。

 向こうは羽月さんが勝ったんだね。

 すごいな、もう五十を越えているのに。

 若手が有利だと言われる持ち時間の短い棋戦でまだ決勝まで来る力があるのか。


「君島さん、お疲れさま」

「・・・ああ、会長、いらしてたんですね」

「おや?大丈夫?広池さんみたいな顔してるよ」


 広池さんみたいな顔?

 ・・・ああ、魂抜けてるって意味ですか?


 広池 明人 八段。

 数年前、自身のタイトルを羽月さんに獲られた時に、酷い顔をしてたんだよね。

 それが写真に撮られ、ネットで魂抜かれたとまで揶揄されてしまった。


「私の美しい顔がそんな事になってますか?」

「ははは、なんだ大丈夫そうだね」


 ・・・・・・

 大丈夫では無い、今回は尾を引きそう。

 はあ、心が折れてしまったかもしれない。


「君島さんは、決勝はどっちが勝つと思う?」

「・・・・・・」


 希望では羽月さんだ。

 でも、王太君のあの強さを見てしまうと・・・

 それに、王太君はこの大会5年連続優勝だし。


「私は羽月さんが勝つと思うよ」

「・・・え?」

「あの人はまた強くなったんじゃないかな?準決での対局は、新しい羽月さんを見る思いだったよ」


 ・・・50を超え、まだ進化すると言うの?

 普通ならあり得ない話だ。現状維持すら無理な年齢だ。


「ほら、羽月さんが勝負手を指して来たよ」

「・・・!」


 うわっ、凄い。

 指されて見て初めて分かるややこしい手。

 どう応戦する?次の一手が難しい。


「王太君も流石だね」

「・・・!」


 全然予想してない手を返して来た。

 ええ?それで凌げるの?

 ・・・凌げるんだろうな。今までそんな局面を何度見たか。


 局面が進み、膠着状態に入る。

 双方流石だな。さっきの攻防をもう気にしていないように見える。

 勝負手を先に放たれた王太君と凌がれた羽月さん。

 少しの動揺も無いなんて。

 ・・・・・・


「また、羽月さんが仕掛けたね」

「・・・この手はひょっとして」

「AIが指しそうな手だね」


 羽月さんがAIの手を指して来たか。

 AI棋士と呼ばれる王太君としてはお株を奪われた形。


「藤谷君は困ってるね」


 見えてなかった手なのだろうか。

 いや、見えていたとしても、ベテランがAIの手を指して来る予想はしにくい。

 考える時間が貴重な持ち時間の短い棋戦では、候補から外してしまったのかも知れない。


「藤谷君も、君島さんとの対局の時は指しやすそうだったけど・・・」

「え?」

「同じAI棋士でしょ?予想が立てやすいんじゃないかな」


 そうか、その通りだ。

 やっぱり私は素直に指し過ぎたのだろう。

 AIの最善手を出し過ぎた。


「そうでしたか・・・私としては手も足も出ない印象だったんですけど」

「藤谷君は確かに強いよ?でも将棋って10割勝てる物じゃ無いから、君島さんならすぐに勝てると思うけどな」

「え?!」


 会長にはそう見えるんですか?

 さっき完膚なきまで叩き伏せられた相手に、そこまでポジティブな印象を持てない。


「苦手意識を持つのは良くないよ。勝てるものも勝てなくなる」


 その通りだ。

 これから私が伸し上っていく為には、どうしたって打ち破らねばならぬ壁。


「私も羽月さんにはずいぶん痛い目に・・・」

「苦手意識を持った時期があったと言う事ですか?」

「あったねぇ。でも勝ちたいから頑張って克服したよ」


 ・・・乗り越えたんだ。

 凄いな、私に出来るだろうか。


「君島さんは良い根性してるから大丈夫でしょ」

「ええ?そんな事無いですよ。自分では小心者だと思ってるんですが」

「その図太さなら大丈夫だよ」


 褒められたのかな。皮肉にも聞こえるけど。

 いや、心配して励ましてくれたのか。

 さすが会長。対局では敵になる事もあるのに懐が深い。


「ほら、羽月さんが勝つよ」

「あ・・・」


 すでに終盤だ。

 王太君も粘りを見せるが苦しそう。

 そうか、王太君が負けるんだ。

 さすが羽月さん・・・いや、私だって・・・



--------------



 夕日杯は羽月さんの優勝だった。

 王太君の連続優勝は途切れ、とても悔しそうな姿が印象的だった。

 あれだけ優勝しても、まだ悔しがれるんだね。

 凄いな、私には足りない欲深さかもしれない。


「羽月龍王、優勝のご感想を」

「夕日杯は久しぶりの優勝で、とてもうれしく思います」

「本日の対局では、今までの龍王とはまた違った一面を見るような印象でしたが」

「はい、私も最近AI中心の研究にシフトしたので」


 ざわ


 会場が少しどよめいた。


「最近はAI棋士の台頭が目覚ましいですから、私も追いつかなくてはと」

「龍王が追う立場ですか?失礼ですが羽月龍王は皆が目標とする将棋界の頂点だと思いますが」

「ですが、私はまだまだ強くなりたいんです。現状に満足していません」


 おお


 会場から感嘆の声が漏れる。

 五十を越え、まだ成長を辞めようとしない孤高の存在。

 ・・・しびれるほどかっこいい。


 ・・・五十を越えた人が諦めないのに私と来たら。

 一回負けたくらいでなんでショゲてんの?

 まったく・・・


 頬を軽く叩き、気持ちを引き締める。

 負けた物はしょうがない、切り替えて行かないと。

 他にも棋戦はたくさんあるんだ。いちいち凹んでたらキリが無いでしょ?

 今回は引きずらなくて済みそうだ。良かった。

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