師弟対決
2月上旬
C2順位戦の9回戦が行われた。
結果は勝ち、これで7勝2敗だ。
・・・現在6位か。
うーむ、最初の躓きがあったけど、結構良い位置につけてる。
ひょっとしたら昇級出来るのでは・・・?
残り試合は1局で、現在1敗が1人と2敗が5人。
私は今期からのプロなので順位的には最下位になる。
私が勝って、他の2敗の人達が3人負ければ昇級3枠に滑り込めるかも?
・・・いや、やっぱり難しいか。
順位的には1敗の人を絶対に上回る事は出来ないし、私にとっては実質2枠だ。
それによく見たら2位と3位が直接対決だ。
どちらかが必ず1敗で終え、昇級する状況。
と言う事は実質1枠か。
三段リーグの時のような奇跡をまた期待するのもな・・・
勝ちは目指すけど、自分が頑張るだけで達成できる目標とは違う。
考えても無駄か、淡い期待はやめておこう。
棋玉戦の予選2回戦が行われた。
「師匠、本日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
初の師弟対決だった。
師匠は前期の順位戦でフリークラスに落ち、すでに引退を控えている。
棋戦で勝ち上がり続けない限り、今期を最後に棋士としての役割を終える。
「流歌、玉将戦は手を抜いただろう?」
ギクゥ「そ、そんな事無いですよ」
「いいんだよ、別に全ての対局で全力を尽くせとは言わない。だが今日は本気で戦って欲しい」
「え?」
「一度はこの神聖な場で流歌と本気で戦ってみたかったんだ。夢が叶って嬉しいよ」
師匠・・・
それが、孝行だと言うのなら。
解りました、全力で行きます。
~49生~
『勝負は中盤に差し掛かりましたが、すでに差がついています』
『君島さんは師匠相手に容赦ないですね』
厳しい手を指し続ける。
師匠、私の成長を見てください。
ここで師匠が憎い手を指して来る。
だが予想手の一つだ。冷静に切り換えす。
~アババTV~
『強い将棋ですね。自分の師にこれでもかと見せつけています』
『先生、先生はお弟子さんと対局した事はあるんですか?』
『ありますよ、私の場合は1勝1敗で良い勝負をしてますね』
『どうなんでしょう?お弟子さんとの対局は複雑な物なのでしょうか?』
『そうですね。頑張って貰いたい気持ちも勿論ありますが、自分との対局の時には私にも生活があるので・・・』
『荒木七段は引退を控えている訳ですが、また違う気持ちなんでしょうか?』
『・・・そうでしょうね。荒木先生はたしか君島さんと同じ二十歳で棋士になった筈です。長年将棋界で生きていて、自分の棋士人生が終わろうとしている。その中でこれからこの世界で頑張って行く弟子を、去りゆく者としてどんな気持ちで見ているか、私には想像も出来ません』
終盤だ。
一手一手に思いを感じる。
対局が終わってしまうのを惜しむかのように。
これからの私の活躍を願うかのように。
「負けました」
自己の引退と弟子へのエール。
複雑な思いの詰まった対局が終わった。
「師匠、今日はありがとうございました」
「流歌、強くなったね。私の想像以上に強くなったよ」
・・・師匠は当初、スタートの遅かった私が棋士になるのは無理だと思っていた節がある。
大人しく女流になってくれればと思っていたはずだ。
「見誤ったんだろうね。自分の弟子を信じきれてなかった」
「そんな事・・・節目節目で背中を押してくれたじゃないですか」
「いや、こうして初めて真剣の場で戦って改めて思ったよ。私には才能を見抜く眼すらなかった。愚かな師で申し訳なく思うよ」
そんな・・・
私は荒木師匠で本当に良かったと思ってます。
師匠と姉弟子の優しさに何度救われた事か。
「優秀な弟子達に囲まれて幸せだよ。引退しても孫に自慢できる」
お孫さん・・・?
居てもおかしくない年齢だけど、初めて聞いたかも。
おいくつなんですか?
へえ、6歳?男の子?
やっぱり将来は棋士にするんですか?
「うーん、なりたいと言うなら目指して欲しいとも思うけど」
「お子さんは何をされているんですか?」
「普通のサラリーマンだよ。子供の頃は棋士になりたいと言ってたんだけどね・・・現実を知って諦めたみたいだ」
才能が無かったのかな。
それとも本当に稼げるのはトップの一部だけだと知って、甘くないと悟ったのか。
「引退して隠居生活になったら暇つぶしに孫を育ててみるのも良いかも知れないね」
いいですね。
幼いころから元プロに英才教育か。
羨ましい環境だ。
「まあしばらくは観戦記者をやろうかと思ってるんだけどね」
観戦記者とは対局の観戦をし記事を執筆する記者のこと。
現役の棋士がやる事もある。
師匠は本も売れたし記事も注目されるだろう。
引退しても、忙しそうで何よりです。
将棋界に携わり、私と姉弟子の活躍を見守り続けて欲しいな。
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新人王戦の二回戦が行われる。
若手の棋士と女流棋士、アマチュア、奨励会員の計40名が参加するトーナメント。
一回戦は奨励会員、アマ、女流が主で四段は二回戦から。
私は去年奨励会三段だったけど、順位が下だったから出れなかった大会だ。
制限があってそのうち出れなくなる大会は一度くらいは優勝しておきたい。
制限内なら何回でも出れるんだけどね。
藤屋九段なんて3回も優勝してるし。
羨ましい。
さて、本日の相手は黒森君だ。
奨励会時代、私の前に要所要所で立ち塞がって来た子。
順調に三段まで駆け上がり、出場権を獲得してきたか。
「奨励会今期は苦戦して8位だけど、前期は5位だったからね」
「苦戦して8位とか他の子が聞いたら怒るよ?」
「僕にとっては苦戦だよ。中学生棋士を目指していたのに」
黒森君は現在15歳、中三だっけ。
すでに今期の三段リーグも終盤だし昇級は絶望的なのかな。
「でも来期は必ずプロになるからね」
「おお、言い切るって凄いね」
「受験が無ければもうプロになれてたと思うよ。親がうるさくってね」
どこの親も一緒だねw
不安定な世界に子供が飛び込む事に心配しかないんだろうな。
「そんな訳で今日は僕が勝って弾みをつけさせてもらいます」
「そうはいかないわ?」
対局前からバチバチ。
プロの先輩として洗礼を浴びせてあげようじゃないの。
対局は終盤。
勝負は拮抗している。
相変わらず強いなぁ。
私は豊縞さんや長瀬さんにも勝ったんだよ?
それなのに臆す事無く切り込んで来る黒森君。
これが若さか、私だってまだ若いけど勢いに飲まれそうだ。
ぐう、まだそんな手を指して来るのか。
正直新人王戦で使うには勿体ないような良い手。
私ならもっと重要な対局か、棋譜の残らない三段リーグで使うけどな。
出し惜しみしないのも若さだろうか?悔しいけどここはいったん退こう。
引いた事により防戦一方になる。
逃げ道を確保して、先周りに気を付けて。
ああ、ぐいぐい攻めて来るなぁ。
でも若さは時として過信に繋がる事もあるよ?
ほら、それは無理攻めだよ。
ここから反撃開始だ。
私の切り返しに顔が曇る黒森君。
自分の失敗にすぐに気づく。
私の顔をチラリと盗み見る黒森君。
涼しい顔をしてよーっと。
どう?まだ反撃の手があるの?
「はあ、参ったな・・・」
ボヤキか。
若いのにおじさんみたいな・・・
・・・いや待って、ボヤキは罠の可能性も高い。
諦めたような手つきで次の一手を指して来る黒森君。
・・・変な手だ。
これは・・・絶対に何かある気がする。
ここは時間を使おう。
・・・でも解んないな、どう見ても意味が無いような・・・
黒森君の顔を見る。
・・・目が合った、プイってされた、絶対なんかある!
残り時間が減って行く。
駄目だ、全然見つからない。
本当に何かあるの?
・・・ひょっとして、何かあるフリをされた?
だとしたら、熟練のカマシを黒森君が使って来た事になる訳だけど。
若くて強いのにそんな心理戦まで使って来るかな?
・・・いや、かつて黒森君には勝利の執念に苦しめられた。
勝つためにはなりふり構わない子だ。
私は冷静に、相手の玉に迫る手を指す。
黒森君が諦めの溜息を漏らす。
これもフェイク?それとも本当に何か策があるの?
そのまま何手か進む。
「負けました」
・・・結局何も無かった。
ふう、勝ちはしたけど少し翻弄されてしまった。
この疑心暗鬼は調子を狂わされる物だ。
転んでもただで起きない狡猾な強さを黒森君は手にしたのだろうか。
「揺さぶりも効かないなんて君島さんはどこまで強くなる気なの?」
や、やっぱり揺さぶられてたんだ。
効きはしたよ、勝てたけどね。
勝ちはしたけど今後の対戦でより警戒度を高める事になりそうな勝負だった。
改めて思ったよ、黒森君は強いって。
「・・・すぐ、追いつくからね」
感想戦の終わり際に黒森君がさりげなく呟いた一言。
背中にゾクっと冷たい物が走る感覚だった。
強いのはトップの人達だけでは無い。下からも上がって来るのだと感じた。




