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駒唄  作者: 無二エル
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先走り

 1月のある日。

 今日はテレビで羽月さんのインタビューが流れる。

 勿論気になるのでテレビの前に居ます。

 あ、始まった。


『最近、AI世代と呼ばれる若手が頑張ってますが、羽月龍王はこの流れをどう思いますか?』

『来るべくして来た流れだと思います。近年のAIの進化は目覚ましいですから』

『羽月龍王もAIで研究はするんですか?』

『はい、でも若い棋士は順応も早いですが、やはりベテランの私には理解が難しい事も多いですね』

『豊島二冠、藤谷玉座 等は特にAIの研究に特化した棋士で、結果も順調に残していますね』

『そうですね。今までにないような新しい指し筋を幾度となく見ました。かと思えば古い忘れられたような戦形がAIのお陰で見直されたり、おもしろい時代ですよ』

『女性で初めて棋士になった君島四段もAIで勉強している事で有名ですが』

『強いですよね。ただ正座だと本領を発揮出来ないのが残念です。椅子対局の棋譜を見ると二割り増しくらい強いですから』


 羽月さんの見立てでは二割り増しなのか。

 自分では五割り増しくらいだと思ってた。


『彼女だけ脚を崩せないのは不公平だと言う声もありますが』

『可哀そうだとは思いますが、こればっかりは主催者の意向もあるので・・・形式を重んじるのはタイトル戦の格式を保つためには必要な事だと思います。勿論これから先、時代の流れで変わって行く事もあるとは思いますが』


 ふと、嫌な事を思い出す。

 郡上 智仁は品位のかけらも無かったな。

 あいつが勝つほどに、将棋界の格式は穢されていく。


『羽月龍王自身は君島四段と戦うなら、正座対局と椅子対局のどちらが良いですか?』

『椅子対局です』

『おお、即答ですね』

『より強い相手と戦いたいと思うのは、勝負師なら当たり前の事ではないでしょうか?』


 そ、そうですね。

 でも長瀬さんと豊縞さんとはしばらくあたりたくないな。

 あんなに消耗する相手と頻繁に戦ってたらもたないよ。

 正座で戦う時の事を考えるとゾっとする。


『羽月龍王と新時代の棋士達との戦いをこれからも楽しみにしてます』

『はい、頑張ります』


 あれ?終わり?

 てっきり雷王戦の話が聞けるかもと・・・

 ・・・でもまだ時期尚早か。早まった事を言う人ではないから全部決まってからになるのかな。

 まあいいや、いつになるか解らないけどそれまで私も自分を高めよう。



-----------



 1月下旬、順位戦の8回戦が行われる。

 今日の相手は35歳の中堅の先生。

 夕日杯の中継で私の対局の解説をした人。

 

 聞きましたよ、今日の対局が正座で本当に良かったって言ったそうですね。

 椅子なら敵わないけど、正座なら勝てると言う意味ですか?

 申し訳ないけど、先生の棋力では正座でも私が優勢だと思うんですけど。

 悪気の無い一言かも知れないけど、なんか腑に落ちないんだよね。

 勝てるもんなら勝ってみなさいよ。


 はい、勝負は私の勝ち。

 まったく、ちょっとイライラしちゃったじゃないの。

 でも力の差をはっきり示せてよかった。



 龍王戦5組の2回戦が行われる。

 結果は勝ち、今日は上手く指せた。

 ・・・郡上も勝ってるか。まああいつは6組だけどさ。

 登ってくるようなら私が叩き潰す。その為には私も負けられない。

 

 

 棋玉戦と玉将戦の予選が始まった。

 さて、玉将戦は前にも言ったけど、私が一番軽視している棋戦だ。

 だって賞金が低いのに歴史があるってだけで持ち時間は長いし。

 タイトル戦なんて二日制で七番勝負だよ?まあタイトル戦なんて簡単に行けるもんじゃないけどさ。

 主催者には申し訳ないけど、この棋戦には力を入れられないよ。


 なので棋玉戦を頑張って、玉将戦は手を抜く。

 今の私には両方を頑張る事など出来ない。

 罪悪感もあるが、二兎追う者はって言葉もあるじゃないか。

 今回は棋玉戦の方を優先させて貰う。


 結果、棋玉戦は1回戦勝ち、玉将戦は1回戦負け。

 予定通りだけど、少しだけ心残り。

 ・・・いつか、私に余裕が出来たら、玉将位も狙いたい。



-----------------



 1月末 大学 サークル


 対局が混んでいたから久々になっちゃった。


「君島さん!雷王戦のタイムシフト見ましたわよ!」


 わ、なんか熱くなってる。

 お、面白かった?。


「良かったッス。塚本先生の根性には胸がグッと来たッス」

「ああ、あの対局は解説と聞き手も面白かったでしょ?」

「PVがまた良いよねぇ。斉上さんのが特に良かったぁ」

「解かる解かる。『背負って背負って背負う』ってやつだよね」

「『ミスを悔いて来た自分を見返したい』も良かったよぉ」

「ウチは二浦九段のPVが・・・」

「ああ、二浦さんは一番大変だったと思うよ。クラスタと戦わされたからなぁ」


 あはは、今頃雷王戦の話で盛り上がってる。

 もう何年も前の出来事なのに。


「感動したのだ。もっと早く見るべきだったのだ」

「わたくしもそう思いましたわ。てっきり将棋中継はのどかな物ばかりだと・・・」


 ど派手だったよね。

 お金もたくさんかかったんだろうな。


「君島さん、出るなら絶対勝ってくださいまし」

「え?玲奈、まだ何も決まってないんだから」

「ぶ、部長、あんまりプレッシャーをかけては」

「機械に負ける君島さんなんて見たくありません」

「玲奈・・・」

「そうなのだ。出来れば屋根男に勝ってほしいのだ」

「気持ちはすごーく解るけど、どのコンピューターが出て来るかも・・・」

「あいつは駄目なのだ。差し替えとか人間の屑なのだ」


 あったなぁ、そんな事。

 第三回の雷王戦だっけ?

 MVPには車が送られる事になり、車欲しさに出場予定のソフトに改良加えちゃったおじさんが居た。

 レギュレーション違反で元に戻されたけどね。

 しょうもない人だけど、結局棋士に勝っちゃったんだよなぁ。


「わたくしとしてはTHE ponan(ザ・ポナン)に勝ってほしいですわ」

「その気持ちも解るけど、あの人は開発を辞めちゃったからなぁ」


 対プロ棋士戦7戦7勝の化物ソフト。

 開発は終わってしまったが、未だに最強ソフトとしての呼び声も高い。

 現役プロ棋士に初めて土を付けたソフトとしても知られる。

 そして唯一、タイトルホルダーにも勝った事がある。


「まあ私が初めて土をつけてあげたかったけどね」ふっふっふ

「おお、凄い自信なのだ」

「出てこないと思って大口を叩いている訳じゃありませんわよね?」


 そういう訳じゃ無いよ。

 可能なら本当に戦ってみたかったんだ。

 次々敗れるプロの雪辱を私が果たしてやりたいと思った。


「当時は子供だったけど、他人事なのに凄く悔しかったのを覚えてる。絶対に強くなって私が勝ってやるって思ってたよ」

「・・・悔しいですわよね。対局者の先生がいたたまれなくて見ていられませんでした」


 最初の犠牲者となった阿藤 慎治さんの事だろうな。

 彼はコンピューターに初めて負けたプロ棋士として、不名誉な形で名前が残ってしまった。

 当時やってたブログは荒れ、多方面からの攻撃を受け、それ以来調子が上がらないままだ。


「ウチは、フェブラリーを打ち負かして欲しいです」

「え?あのソフトは負けてるよね?」

「はい、でもイベントを台無しにした開発者が許せまへん」

「あー」


 雷王戦ファイナル5局目の話だ。

 開発者は元奨励会員。

 前局まで2対2で迎えた最終戦。

 その対局でお互いの陣営の勝ち越しが決まる対局だった。


 棋士はハメ手を使った。

 これについての議論は多々あるが、棋士側の意見としては、相手の弱点を見つけてそれを突くのは当たり前の事。穴がある方が悪い。

 そんな欠陥品を出して来るなと言う話。


 だが、ソフト側はハメ手が成立した時点で諦めてしまった。

 早々と投了し、イベントとしては消化不良の形で終わってしまう。

 

 主催者は予想外の速さで終わってしまったイベントの対応に奔走し、解説と聞き手は時間稼ぎに追われ、しっちゃかめっちゃかになったんだよね。

 そりゃそうだよ、皆が楽しみにしていた勝負があっけなく終わったんだから。

 客も入れてるし、中継もしてるんだから。


 しかも、対局後のインタビューでソフト開発者は棋士を非難し始めた。

 ソフトに欠陥があるのは仕方ない。

 でもそこを突いて来るのはズルい的な事を言いだしたんだよね。


 もうね、呆れちゃった。

 やっぱり棋士になれなかった人だなと思った。


 イベントを台無しにし、それを自分のせいではないと言い続ける醜い姿。

 責任感無く投げ出し、人のせいにする姿。

 あんな人が曲がり間違って棋士になるような事が無くて本当に良かった。


「まあ、ソフト側も個性的な人が多かったよね。だから盛り上がったとも言えるし」

「そう言えるなんて君島先輩は大人やわ」

「君島さんが大人?そんなはず無いじゃないですか」

「うるさいわね」


 私も今は棋士、好き勝手言える一般人では無い。

 軽蔑してる相手でも、ハッキリ態度に出せないのが辛い立場だ。

 まあ郡上は別だけどね。


「皆、思いをはせるのは自由だし、私もプロとしてその思いに答えてあげたいけど、本当にまだ何も決まってないんだからね」

「確かに先走りすぎましたわね」

「勝手に盛り上がっちゃったねぇ」


 だからこの話はここでいったんお終い。

 私も直近の棋戦を頑張って行かないと。

 いざ雷王戦が本決まりになった時に、出場者として異論が出るような成績では困るし。


「でも今も機械は強くなってるのでしょう?少しでも早く行った方が良いのでは・・・」

「玲奈もどこかで棋士側が負けると思ってるんだね」

「ええ?ち、違いますわ?で、でも、少しでも有利な状況でとは・・・」


 負けないよ。少なくとも私は負けない。

 根拠なくそんな事言われても納得できないかも知れないけど信じてよ。


「親友の言う事が信じられないの?」

「親友ですけど信頼はそれ程・・・」


 ひどいな。

 過去に裏切るような事があったっけ?


 まあさ、どのみち今から気張ってたらもたないよ。

 成り行きを見守って、いざ自分の出番が来たら頑張れば良いんだよ。

 それくらい楽な気持ちでいた方が良い。


「・・・解りましたわ」

「人類の行く末を見守るのだ」

「花音ちゃん、壮大やから」


 そうそう、見守ってよ。

 でも何か協力して欲しい時が来たら、頼むかもしれない。

 その時は私を支えて欲しい。

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