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駒唄  作者: 無二エル
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憎悪

 玉位戦の予選3回戦があった。

 結果は勝ち、最近対局が無かったから余裕を持って指せたな。

 そろそろ予選突破を意識し始める。

 後2回勝てば予選突破、でもその後に予選通過者とシードによるリーグ戦があって、更に2つのリーグの優勝者同士でタイトル挑戦者を決めて・・・

 挑戦者になるまでの道のりが長いけど、出来るだけ上まで行きたいな。


 そして棋精戦の一次予選が決勝行われた。

 相手は複数回のタイトル挑戦がある50代のベテランの先生。

 でもそれは若い頃の話。今は第一線から離れてしばらく経つ先生だったんだけど・・・


「自分でもビックリするくらい上手く指せたよ」

「ここの手順は綺麗でした。これでかなり分が悪くなって・・・」

「不思議なもんだね、特に何かあった訳でも無いのに、上手く行くときは怖いくらい上手く行く」


 負けちゃった。

 先生の最近の棋譜からは想像出来ないくらいの会心譜を出された。

 将棋はこういう事があるからなぁ。


「よし!君島さんに勝ったし、このままタイトル奪取を目指すぞ!」

「・・・」


 ぽ、ポジティブだなぁ。

 まだ一次予選を突破しただけなのに。


 50を越えて、そう思える気持ちは大事だ。

 負けたけど、何故か頑張って欲しいと思えた。



 さて、明日から12月。

 今月は対局少なかったけど、来月からは忙しくなる。

 

 まずは順位戦の7回戦。

 私は現在4勝2敗で12位に付けている。

 昇級は厳しいけど来期の為にも頑張り続ける他ない。

 上位に楽をさせない戦いをしたいと思う。


 次に、待ちに待った夕日杯2次予選。

 私は前回ベスト8だったからシードで2次予選からなんだよね。

 得意な椅子対局、今回も上を目指したい。


 そして、来期の龍王戦の予選も始まる。

 私は前回6組の決勝まで行ったから今回は5組。

 将棋界最高峰にして羽月さんのタイトル、もっとも気合の入る棋戦だ。


 あ、現在行われている龍王タイトル戦は羽月さんの3勝1敗。

 あと1勝で防衛に王手をかけています。


 その他、年末だから将棋イベントもいっぱいだ。

 私も地方の将棋大会の審査員やらサイン会やらクリスマスイベントやら・・・

 あと来年の正月番組のテレビ収録もある。

 国営放送の超逆転将棋と言う番組で、私は将棋会館からVTRで出演者の芸能人に詰将棋を出すだけなんだけどね。

 予定が一杯過ぎて今から憂鬱だ。



---------------



 12月初旬


 C2順位戦7回戦が行われた。

 相手は70歳を越える現役最年長棋士。

 年齢の割に気迫は凄いんだけど、流石に寄る年波には敵わない。

 ここまで6戦全敗、C2での降級点もすでに2つ点いている。

 引退にリーチがかかっている状態だ。


 勝負はあっけなく終わる。

 相手の簡単な見落としで勝つ事が出来た。


「わしも頑張って来たが、流石に今期で引退かのう」

「そんな事言わないでください。寂しくなるじゃないですか」


 かつてはタイトルを4期獲った事もある大棋士。

 だからこそ、70を越えても現役を続けられたんだろうけど。


「女が初めて棋士になり、新しい時代が来たと予感がするよ。いつまでも老兵が居座ってちゃいかんのかもな」

「そんな事は・・・残りを勝てばまだ望みはあるじゃないですか」

「残り3局か、最後に連勝したのは2年前だしなぁ」

「・・・・・・」


 き、気まずい。

 でも引退を決める対局の対戦相手じゃなくて良かった。

 引導を渡す人はもっと気まずいだろうなあ。


「そ、それでも死ぬ気になれば3連勝も不可能じゃ・・・」

「死ぬ目前だから死ぬ気にはなってるよ」

「・・・・・・」


 言葉間違えた。

 私が死にたい。

 その後、気まずい雰囲気の中長々と若い頃の話を聞かされた。

 疲れた。




 3日後、将棋会館で正月番組のVTR収録を行った。

 誰かが用意した詰将棋を私が考えたと偽って収録。

 テレビの裏側ってこんな物だよね。

 思ったより早く終わったから良かったけどさ。

 大人の汚い企画に手を貸し、視聴者を騙す行為。

 私も共犯なんだろね。

 心の綺麗な私は胸が痛んだけど、次の日には忘れた。



 12月中旬


 夕日杯2次予選が行われた。

 一回戦を勝てば決勝、持ち時間が短いので同日に行われる。


「去年のリベンジだぜ!」


 一回戦の相手は桐生だった。難なく快勝。

 そして2次予選決勝の相手は・・・


 長瀬 拓海七段。

 うわー千日手名人が来ちゃったよー。

 でも今日は椅子対局、ラッキーだ。

 何回指し直しになっても体への負担が無い。


 初対決が椅子対決なのは本当にラッキーだ。

 正座だと勝てる気がしない相手なんだよね。

 実力は勿論、粘りに負けそう。

 苦手意識もっちゃいけないんだけど、この人だけは戦う前から苦手。


 対局が始まった。

 うーむ、いやらしい打ち筋だなー。

 でも手が見えるよ。

 やっぱり椅子対局の私は一味違う。


 あ、また罠張って来た。

 華麗に回避・・・いや待て、ここだと千日手の筋があるか。

 罠を避け、千日手を避けながらの攻防。


 長瀬七段の顔が険しくなって来た。

 どうやら私は上手く指せているようだ。

 そして、私は次の手で絶妙手を出した。


 これには長瀬七段も眼を見開いた。

 見えてなかった手だったみたい。

 ここで王手だとは思わなかったでしょ?

 実はもう・・・もう詰みまで見えています。


 今の一手から始まる23手詰め。

 ここからは王手ラッシュになりますよ。


「負けました」


 長瀬さんも気づいたか。流石だ。

 打ち切らなかったのは意外ではあるけど。


「この手、いつ気付いたの?僕うまく誘導された?」

「いえ、気づいたのは直前ですし、形が出来たのはたまたまです」


 これは本当。

 長瀬さん相手に誘導する余裕なんてありませんでしたよ。

 勝ちはしたけど、凄く疲れたもの。


「こんな手筋があるなんてね・・・ありがとう、勉強になったよ」


 今日の対局も、長瀬さんの血肉になって行く。

 対局して改めて思った。

 これが正座で長時間の対局ならはたして・・・

 今の私では絶対勝てない相手だと感じた。



 3日後、富山


「本日審査員を務めさせていただく君島 流歌です」


 将棋大会のイベントに来た。

 会場は超満員。

 将棋大会だから当然全員が大会参加者になるのだが超満員って。

 この人達全員将棋するの?


「素人だらけみたいです」


 主催者が困惑してる。こんな事は初めてみたい。

 私の人気を侮ったんじゃないでしょうね?

 でも自分の知名度が全国的だと実感した。


「入場を制限すれば・・・」

「毎年この大会を楽しみにしてる人が後から来たら可哀そうで」

「前売り券にしとけば・・・」

「素人の将棋大会で前売り券なんて」


 そりゃそうか、聞いた事無い。

 本来は参加する人自体が少ないもんね。


『盤が足りないので2回に分けまーす』

『持ち時間半分にしまーす』


 関係者が慌ただしく動いてる。

 てんやわんやですね。

 この後サイン会もあるのに時間大丈夫なんですか?


『負けたらサイン貰ってさっさと帰ってくださーい』

「あ、君島さんはこっちの机でサインを」

「・・・」


 審査員とか言う役割は何処へやら。

 大会が終わるまでずっとサイン書いてた。



 12月下旬


 竜王戦の5組トーナメントが始まった。

 あ、今年の竜王戦は羽月さんの防衛で幕を閉じてるよ。

 来年の今頃は私が挑戦者となって、羽月さんと対峙してるといいな。

 なんて、そんな簡単な話じゃないんだけどね。


 5組にあがりはしたものの、条件は6組の時とほとんど変わらない。

 5組のトーナメントで優勝して、条件の悪い決勝トーナメントで優勝して初めて挑戦者に躍り出ることが出来る。

 因みに過去5組から挑戦者になった人はいない。

 4組からタイトル取った人は2人居るんだけどね。


 龍王戦ドリームと言う言葉がある。

 優勝賞金4320万円、勝ちさえすれば新人でも一年目からタイトルに手が届く。


 アマチュアに初めて門戸が開かれたタイトル戦としても知られている。

 6組から始まるが、こちらも優勝出来れば多額の賞金と対局料が手に入る。

 まさに一攫千金ドリーム。


 さて、ちょっと気になってる事があるんだよね。

 6組のアマ枠に郡上 智仁の名があった。

 夏の大学オール団体戦で、私達に難癖付けて来た心が未熟な東大の子。

 どうやらアマ龍王だったらしい。


 でも将棋辞めるって言ってなかったっけ?

 サークル辞めるって言っただけだったかな。

 よく覚えてないや。


 それに正座で将棋とか馬鹿見たいってツイートしてたって木葉ちゃん言ってたような。

 何でエントリーしたんだろ。

 アマ龍王を獲得したとはいえ、辞退は出来るはずだ。


 やっぱお金に眼がくらんだのかな。

 所詮はその程度の男なのね。

 そんな訳で、今日は笑ってやろうと思って彼の対局を将棋会館に見に来た。

 それは冗談で、この神聖な場所にあいつが足を踏み入れてるのが気持ち悪くて気になったんだけど。



(あ、あいつ・・・ッ!)


 4階の対局室の前に来た。

 こっそり中を覗くと衝撃的な光景が目に飛び込んでくる。


 立膝、後ろに手を突いて対局中の郡上 智仁。

 ダルそうに対局相手をを見つめてる。

 そして更に衝撃的な声が聞こえた。


『チッ、おっせーな』


 な!何だあいつ!

 目の前のプロに尊敬も無く、舌打ちして文句言いやがった!

 ちょっとどういう事?!


「職員さん?!あいつ失格に出来ないんですか!」

「き、君島さん、落ち着いて、対局室に聞こえますよ」


 廊下に居た職員さんに詰め寄る。

 礼節ってもんがあるでしょう!

 あんなの野放しにしていいの?。


「あんな失礼な奴の相手させられて対局者が可哀そうよ!」

「い、今、主催者に確認を取ってます。連盟だけで決められる事では無くて」


 主催者か。

 読買新聞だってあんなの許す訳無い。

 記者は来てないの?初日なんだから居るでしょ?どこよ!


「えー、読買新聞としましては、アマチュアに門戸を開いている以上、強ければ例外なく参加させる方針でして・・・」


 読買新聞の記者がバツの悪そうな顔でもごもご言ってる。

 でも、棋戦を穢す行為でもあると思いますよ?

 主催者としてそれでいいの?


「わ、私では判断できません」


 もっと上の人間じゃないと駄目か。

 ちょっと職員さん!問い合わせはどうなったのよ!


「ええと、実際に見てみないと何とも言えないと」

「記者が見てるでしょ。上の人間が見ないと駄目って意味ですか?」

「よ、よく解りません」


 なんなのよ!はっきりしないわね!

 中継無いの?カメラの前に引きずり出してやろうかしら。


 その時、対局室の襖が大きく音を立てて空いた。

 ・・・郡上が出て来た。


「なんだ?チッ、お前かよ」

「お前にお前と呼ばれる筋合いはないわ?」


 襖、開けっ放し・・・

 どういう神経してるのよ。


「行儀が悪すぎない?どんな育て方されたらそうなるの?」

「うるせえな、勝ちさえすればどうでも良いだろうが!」

「勝ちさえすれば?勝てると思ってんの?」

「ふん、もう勝ったよ。だから出て来たんだろうが」


 勝った・・・?

 対局者の先生、こんな奴に負けたの?

 悔しいだろうな。


「感想戦は?」

「はっ、やんねーよ。つまんねーし」

「どこまで身勝手なのよ」

「うるせえ!終わったから帰るんだよ!大体バカバカしいんだよ!正座で将棋とか意味が解んねーよ」


 それは、私にも思うところがある。

 いや、思うところがあった、と言うべきか。

 今理由が解ったよ。


「将棋は一人で指せる訳じゃ無い、だから対局者に敬意を払う、だから正座なの」

「けっ、弱い相手に敬意を払う意味が解んねー」

「だとしたら、負けたら敬意を払うの?」

「・・・・・・」


 黙った。やっぱり子供だ。

 都合が悪くなると答えないのか。


「へっ、負けねーよ。このまま優勝してやるよ」

「・・・それは、羽月さんにも勝つって言ってるのね」

「当たり前だろうが」


 ・・・体の中心から熱くなって来る。

 それが少しずつ大きくなり、私の体全体を支配する。


 ・・・身の程を知れよこの野郎。

 お前なんかを羽月さんの前に出せるか。

 拝む事すら許してやらない。


 他の棋士に止められなくても私が絶対に止める。

 お前の前に立ちふさがって、地面に這いつくばらせてやる。

 泣こうが喚こうが絶対に許さない。


ビク「な、なんだよ、俺は帰るぞ」

「・・・・・・」


 郡上がエレベーターに乗って降りて行った。

 私は怒りが収まらない。


「き、君島さん」

「・・・なんですか?」


 職員が心配そうに見つめてた。

 徐々に熱が冷めて来る。


「び、びっくりしました。あんなに怖い顔をするなんて」


 私、そんなに怖かったですか?

 自分では見えないから解らない。

 でも無茶苦茶怒ってたのは事実ですよ


 対局相手が出て来た。

 40代の中堅の先生。


「先生、今日は災難でしたね。心中お察しいたします」

「・・・ああ、何度も注意しようと思ったんだが・・・」

「・・・先生?」

「いや、強い子だった。あっという間に不利になって、ここで注意したら負け惜しみだと思われそうで、時期を逃したよ」


 強かった、か。

 夏の大会で対局した頼子の話では、コンピューターみたいだったと言う話だが。


「一度の対局だと力量を正確には測れないが、相当強いと感じたよ」

「そこまで言う程なんですか?」

「ああ、常に最善手を指す、遊びも何も無い効率的な将棋だ」


 ・・・後で棋譜を見るか。

 頼子は夏の大会の手順を覚えてるかな?

 ・・・多分覚えてないよね。


 ふう、ムカつくけど私も帰ろうかな。

 職員さんは先生をねぎらってあげてください。

 我慢したのは凄いですよ。私はまだそこまで大人にはなれない。


 思い出すとまた憎悪が渦巻いて来る。

 髪の毛が逆立つような感覚。

 もし対局する事になったらどうしてくれようか。


 ・・・潰してやる。

 二度とこんな場所に出ようと思わないように、恥をかかせて終わらせてやる。

 苦渋に塗れ、恥辱に震え、嗚咽を漏らす機会を与えてやる。

 

 君島 流歌は、今日ほど怒りに燃えた日は無い。

 将棋を穢すあいつを絶対に許さない。

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