学業も忘れずに
1月某日
「あら?君島さん。見ましたわよ?」
「玲奈」
彼女の名前は三ノ宮 玲奈。
面白い人。
どうやら先日の、私が記録係を務めたネット対局を見たようだ。
「それであの、一つお聞きしたい事があるんですの。『スケバン』って、何の事ですの?」
「・・・・・・」
今日は学校に来ている。
冬休みが終わり、最初の登校日。
今まで話に出なかったけど、私はお嬢様学校に通っている。
「私も良く知らない」
「まあ・・・わたくし、『ねっと』と言う物をあまり見ない物ですから、あの中の皆さんが何を言っているのか、良く解らなくて」
うん、私も解らない時がある。
独自の文化だから気にしなくて良いと思うよ。
「そんな訳にはまいりません!君島さんの事を、しきりにスケバン、スケバンと」
「うー、うーん、あだ名みたいな物だから」
「まあ!じゃあ、わたくしも君島さんの事をスケバンとお呼びした方がよろしくて?」
「そ、それはやめて」
「先生ー!君島さんがスケバンになられたんですのよー!」
「ちょ!!!!!」
怒られた。
説明がとてもめんどくさかった。
「もう、玲奈のせいで怒られたでしょ?」
「わ、わたくしのせいですの?スケバンの意味を知ってたのなら、教えてくだされば良かったのに・・・」
「・・・・・・」ポコ
「いたっ!た、叩きましたわね?じゅ、十倍返しですわ!」ポコココココ
「い、いたた!」
罪の擦り付け合い。
別に、本気で擦り付けてる訳では無い。
仲の良い友達とのコミュニケーション。
「はあ、もう、わたくし達ももう大人なのですから」
「だったらムキにならないでよ」
「それより、本当に3月で一度将棋をやめるんですの?」
「うん。私も白湯女に入りたいから」
「まあ!わたくしと同じ志望校ですの?」
白湯女。
正式名称 白湯の水女子大学。
日本一頭の良い女子大。
文句のつけようがない一流大学。
玲奈は推薦で入れるくらい頭が良い。
私はと言うと、もうちょっと頑張らないと駄目だ。
「ふふふ、大丈夫ですわよ。君島さんなら」
「そうかなー?」
キャッキャウフフ
私も学生の時はこんな感じ。
「今度わたくしにも将棋を教えてくださる?」
「玲奈に?・・・でも将棋盤が無いんだよね」
「あら、わたくしのお家にはありますわよ」
「へえ・・・玲奈の家にあるのって高いヤツじゃ」
玲奈の家はお金持ち。
ウチは中流よりちょっと上なくらい。
「これくらいの・・・」
「七寸盤だね」
「碁の盤もありますわ」
「家族の誰かが好きなの?」
「いいえ。お父様の収集癖でして」
コレクションなの?
それ使ったらマズいやつじゃ無いかな。
高いのになると価格は天井知らずだよ。
「まあ、機会があったらね」
ムッ「・・・社交辞令ですわね。あ、理事長!君島さんがスケバンになられましたのよー」
「ちょ、ちょっとぉ?!」
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1月 第一例会
今日3勝できれば昇級なのだが。
・・・1戦目が黒森君か。
私の試験の時の相手で現在同じ3級。
あの時は勝つ事が出来たけど、あれは姉弟子のデータがあったからだと思っている。
ソフトの研究を良くしている子で、事前に対策出来た。
さて、あれからどれくらい強くなってるかな。
・・・完敗。
子供の修正能力の凄さをまざまざと見せられる敗戦。
ここまで抑え込まれるとは・・・
3級でもこんな子が居るんだもんな。
しかも自分より若く、まだまだ伸びそう。
それを考えると、自分なんかはプロになれないんじゃないかと弱気になる。
・・・私だってまだ伸びるはず。
1回負けたくらいで弱気になってたらこの先やってけない。
気を取り成して次は勝たないと。
・・・2戦目も負けてしまった。
はあ、今日は負け越し決定か。
でも今のは相手の会心譜、全く付け入る隙が無かった。
こういう事もある、将棋はすべて勝てるものでは無い。
王太君でも勝率は8割5分。
これはとてつもなく優秀な数字。
将棋とは勝率6割でも優秀だと言われる世界だから。
羽月さんは生涯勝率7割だけど、これはちょっと意味合いが違う。
長年TOPで活躍する羽月さんは、対戦相手が上位の強い人ばかり。
その中での勝率7割、これは数字以上に高い勝率だと言える。
うーん・・・
こんなとこでモタモタしてる場合じゃないな、これは。
TOPはどんどん実績を作って自分との差を広げ続けてる。
それなのに3月には休会か、歯がゆい・・・
3戦目は勝つ事が出来た。
ふう、ホっとした。
帰る準備をしていると、師匠に声をかけられる。
「流歌、今度研究会をやろうと思うんだが来なさい」
「研究会・・・ですか?」
師匠の研究会か、誰が来るんだろう?
以前、他の奨励会員に研究会に誘われた事あったけど、どうせ女の子私一人だから嫌で断っちゃったんだよな。
興味はあったんだけど・・・
「凛と鍋島君が来るよ」
姉弟子と順位戦B2の鍋島先生か。
39歳七段の中堅棋士。
順位戦とはA級・B級1組・B級2組・C級1組・C級2組の5クラスからなる将棋界の格付けみたいな物。
棋士の基本給はこれで決まる。
A級で一番成績のいい人は名人にも挑戦できる。
タイトル戦とも絡んだ重要な棋戦。
AクラスからEクラスで良い気もするけど、何故こんな分け方なのかは謎。
でもB2の棋士と研究できるなんて・・・
言っては悪いが、師匠はC2だ。
姉弟子は女流だし私は奨励会3級だし。
鍋島先生側にメリットがあまりないような・・・
「昔から親交があってね。今回は流歌を鍛えて貰えないかとこちらからお願いしたんだ」
し、師匠、私の為に・・・
行きます。勿論行きますとも。
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そして土曜日。
「姉弟子。私、師匠の家初めてです」
ふんふん「・・・・・・」
出掛けようとしたら家の前に姉弟子が居た。
迎えに来てくれたらしい。
相変わらず過保護だ。
結構こじんまりとしたお家。
築年数も結構経ってそう。
・・・師匠は、あまり強い方では無い。
棋士も下の方はあまり収入が良くない。
師匠の奥さんに出迎えられる。
優しそうな人だった。
奥に案内される。
「あ、すみません。遅くなりました」
鍋島先生が先に来ていた。
マズいな。私の方が先に来ていなければならない立場なのに。
「ええよ!いやしかし綺麗やなー」
軽い人だった。
解説で何回か見たことあるけど、その時の印象も一緒。
「先生は関西ですよね?」
「ああ、昨日こっちで対局があったんよ」
そのついでに研究会に参加してくれたのか。
お疲れの所、ありがとうございます。
「ソフトの勉強をようしとるんやて?」
「はい」
「そうか、正直言うて、俺はああいうもん苦手でなー」
ソフトの勉強を全くしてないらしい。
現代では逆に珍しいタイプ。
「じゃあ早速指すかね?」
「はい、よろしくお願いします」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「どや!」
「・・・・・・」
強かった。一歩足りず負け。
私の勝負手に動じず切り込まれた。
「そこが勝負手やったんか?うーん、只の悪手としか」
「この後、こう変化する予定だったんです」
「おお!なるほどなぁ、気付かへんかったわ!」
無防備故の切り込みか。
奨励会3級相手に警戒なんてするはずもない。
「まあ、これを指したんが羽月さんなら、悩むところやけどな」
実績からくる警戒か。
悪手も好手に見せる迫力があるのだろう。
奨励会3級がひっくり返っても出せない威圧感。
「流歌、ここはどういう意図だったんだい?」
「そこは確かに迷ったんですが・・・」
ここ ここ「・・・・・・」
「ああ、確かにそっちの方が良かったかも」
「辛い手やな。凛ちゃんは容赦ないな」
四方からああでもない、こうでもない、研究会ってこんな感じなんだ。
人の見解を聞けるのは、面白いかも知れないな。
ソフトは指し手を示してはくれるけど、意味を理解するのに時間がかかる時がある。
全く意味が理解出来ずストレスが溜まるだけの時もある。
・・・こういう勉強も、良いかも知れない。
「流歌ちゃんはもっと人間と指した方が良いと思うで、相手と向き合う中でしか解らんもんもあると俺は思うで」
・・・確かに、大局観がソフトとの勉強では見えてこないんだよね。
評価値で表されてもピンと来ない事がある。
人間相手なら表情が見える。
自分の手の手ごたえを、直に感じとれる。
感情の無いコンピューターでは効いているのか解らない。
・・・しかし人間相手か。
将棋道場にでも行ってみようかな?
強い人が居るかどうか不安だけど、駒落ちで戦えば良いし・・・
そして日曜日。
「この姉ちゃん奨励会員らしいぞ」
「どれ、俺が揉んでやろう」
「鈴木さん、セクハラはやめなよ」
都内の強い人が集まると言う噂の将棋道場に来た。
棋力はどれくらいですか?
平手で?さすがにそれは・・・
全然引いてくれない。
「しかし姉ちゃん綺麗だな。女流になればいいのに」
「・・・・・・」
無責任な言葉。
女流の収入知ってるんだろうか?
不安定な職業を進めていると言う自覚はあるのだろうか。
「姉ちゃんならすぐに香山女流よりも人気になるよ」
「・・・・・・」
香山女流か。
眼がパッチリで日本美人の将棋界のアイドル。
だけど私は河口女流の方がスリムで綺麗だと思うけどな。
というか、何なんだろうこの人。
「お、俺、応援しちゃうよ~」
ゾゾっとした。
あー、早く終わらせて帰ろう。
はい、これで勝ち、終了。
一局差しただけで出て来ちゃった。
駄目だ、私にはあわないや。
でもプロになったら笑顔でファンに接しないといけないんだよね・・・
将棋以外も頑張らないといけないんだよね。
私に出来るのかな。
ちょっと自信無くした。