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駒唄  作者: 無二エル
78/93

タイトルホルダーとの闘い

 11月初旬


 今月から新人王戦が始まる。

 26歳以下、六段以下、成績優秀な女流4人、アマ1人、残りは奨励会成績上位者の中から選抜され計40人で争われる若手主体の一般棋戦。

 決勝は来年の10月だから丸一年もかかる長いスパンの棋戦。

 1回戦は奨励会員、女流、アマで行われるので私の出番は当分先になる。


 新人王か。

 規定内なら何回も出れるから3回くらい取ってる人も居る。

 若い内しか出れないから私も一回くらいは取ってみたいな。

 ただ持ち時間が3時間だ。もっと短いと嬉しいんだけどな。

 まあ私の出番は多分来年の2月くらい、誰が勝ち上がって来るか楽しみだ。




 3日後、C2順位戦の6回戦が行われる。

 相手は現在C2一位。

 前回私が一位を倒したから繰り上げで一位になった人だ。


「高美永王、今日はよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 そう、今日の相手は現役タイトルホルダー。

 高美さんはC2なのにタイトルを持っている。

 永王戦は新しいタイトル戦だからか波乱続きなんだよね。


 普段は礼儀正しい高美永王だが、中継ではサービス精神満点で、面白い人。

 気遣いも出来る人で、一度祝賀会にも来てくれたっけ。

 今日は敵だけど憎めない人なんだよね。


 さて、正直C2で一番の強敵だと思ってる人だ。

 向こうはここまで無敗、勝てるだろうか。

 対局が始まった。



----------



~49動~


『おや?君島さんの今の手は・・・』

『どうしました先生?何かおかしいんですか?』

『おかしくは無いけど随分消極的な手だね。いつもなら攻めの楔を作る場面だと思うんだけど』


 相手は穴熊で来た。今日は私も玉を固める。

 手数が多くなりそうな将棋だ。


 順位戦の持ち時間は6時間、私は長い対局が苦手だ。

 苦手意識からか、以前の対局では早く終わらせようと攻め急いだ気がする。

 それがここまでの成績、3勝2敗に繋がったと思う。

 膝と腰が持つか解らないけど、今日はゆっくり指すつもり。

 それが正しいかも解らない。けど取りあえず試してみようと思った。


 いたた、だが膝がすぐに痛くなる。

 はあ、しびれを誤魔化す為にトイレに行くか。

 自分の手番で今日何度目かの離席。

 廊下に出た瞬間伸びをし、軽く腕を回す。

 それから屈伸、わわ、スカートがふわりと浮かび上がる。

 危ない危ない、誰も見てないよね?


 トイレに入るけど手を洗うだけで出て来る。

 用を足したい訳じゃ無いからね。

 ふう、あと何回トイレに立つことになるだろうか。


 すぐには対局室には戻らない。

 5分だけ女流棋士室に行こうかな。正座の痛みを少しでも和らげたい。

 

 女流棋士室は連盟5階にある女性専用の休憩所。

 私は正規の棋士だけどセクシャルな理由でここを使わせて貰っている。

 この部屋があるので私の対局は5階で行われる事が多い。

 対局室は4階にもあるんだけどね。

 畳では無く、椅子が置いてあるので非常に助かる。


 でも出来ればソファがあればいいのにな。

 横になって、疲れを休める事が出来れば・・・

 寝てしまうと大変だけどさ。


「あ、お疲れさまです」

「お疲れさまです」


 部屋に入ると女流棋士が居た。

 初めて会う人だ。

 確か綾部 優衣さん。

 

「今日対局なんですか?」

「いいえ、連盟の仕事で来ているだけです」


 ・・・なんか気まずい。

 年下の子なんだけど、何となく敬語になってしまうのは、彼女の方が先に将棋界に入ったからかな。

 でも相手は女流棋士だから先輩ってのもおかしいんだよね。

 棋士と女流では、門戸の広さが違う。

 必然的に若くして女流になる人は多い。

 苦労して狭き門を潜り抜け、やっと棋士になったら20代半ばで同時期に女流を目指し始めた子の後輩になってたってのも変な話だ。

 どう接するのが正解なのか。


「・・・」


 向こうも気まずそう。

 一応敬語を使ってくれているのはこっちが年上だからだろうか。

 本音ではどう思っているのかな。

 女子同士だから打ち解ければ早いんだけどね。


「・・・あ、加古川激流戦優勝おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「・・・」


 会話止まっちゃった。

 まあいいや、今は対局中だしあまり話し過ぎるのも駄目だ。

 私語は禁止では無いけれど、助言貰ってると疑われたら面倒だからね。


「・・・」


 でも、何か言いたそう。

 なんだろう?チラチラこっちを見てるんだけど・・・


「き。君島さんは・・・そのー」

「はい?」

「す、好きな人とか居ますか?」


 なんだコイバナか。

 女の子の定番。

 変な事でも聞かれるかと思って緊張して損した。


「好きな人は羽月さんです」

「え?いやそうじゃなくて、付き合いたい好きと言うか・・・あ!ごめんなさい、ひょっとしてもう付き合ってる人が居るとか?」


 いや、居ないけど。

 そういう意味でなら好きな人も居ない。


「私、今好きな人が居て・・・」


 最初から自分の事を話したいのに、先にこっちの事を聞くのも女子の定番だ。

 はいはいそれで?


「相手はどんな人?」

「・・・高美さん」


 えー?そうなの?

 と言うか今それ言う?

 あ、そろそろ戻らないと・・・


「私そろそろ・・・」

「今日、高美さんと対局ですよね」

「・・・うん」


 彼女の目が鋭くなった。

 なんだろう、嫌な予感がする。

 

「わざと負けてくれとか無理だからね」

「そ、そんな事言いませんよ!」


 彼女も勝負の世界で生きるものの端くれ、さすがにそこまで愚かでは無かったか。

 でも恋愛脳の人ってそういう事平気で言いかねないからなぁ。


「好きにならないで欲しいんです」

「は、はぁ?」

「だって君島さんが相手じゃ私、敵わないし」


 恋する乙女の心配し過ぎだ。

 そりゃ絶対にそうならないとは誰にも言いきれない事だけどさ。

 でもだとしたら私と羽月さんが付き合う可能性も0ではないのではないだろうか。

 歳の差30、相手は既婚者、でも0では・・・

 おっと何馬鹿な事考えてるの。


「棋士と女流なら付き合う場合もあるだろうけど、私と高美さんは棋士同士だからね」

「・・・どういう意味?」

「戦う相手だって事。そんな人を恋人にしても上手く行かないと思う」


 対局では争って、プライベートではイチャイチャ。

 そんなに簡単に気持ちの切り換えが出来るだろうか。

 どちらかが必ず悔しい思いをする職業なのに。


 例えば過程の話だけど、二人でタイトルを争ったらどうだろうか。

 長く続くタイトル戦、その間の二人の関係はどうなるのだろうか?

 勝った方はまだ良い、けど負けた方は・・・

 自分を負かした相手に愛情を持って接する事が出来るのかな。


 器用な人なら出来るのかも知れない。

 でも私なら絶対にあたっちゃうな。

 気持ちを取り繕って、何事も無かったかのように振る舞う事は出来ない。


「私が棋士と付き合う事は無いよ。不幸な結末しか見えないからね」

「・・・本当に?」

「向こうが私を好きになる事は止められないけどね」

「え?えええ?」


 だってしょうがないじゃない。こんなに美人なんだよ?

 地球上のオスなら誰もが私に夢中になるでしょうが!


「・・・ははは、水上さんの言ったとおりの人なんだね」

「ええ?何よ。あの女が何を言ったの?」

「悪い人じゃ無いけど自惚れ屋、でもその自惚れも根拠のある物だから余計タチが悪いって」


 あの女、こないだ送ってあげたのに。

 ん?言い方悪いだけで褒めてるのかな。


「でも見習いたいって言ってたよ。勝負の世界で生きるにはあれくらいぶっ飛んでた方が良いって」

「もうちょっと素直に褒めてくれればいいのに」

「それも嫌なんじゃないかな?何となく気持ち解かるけどな」


 私は微妙な気持ちで苦笑い。

 それを見て綾部さんがクスクス笑う。


「とにかく私が高美さんと・・・あ!やば!対局に戻らないと!」

「ご、ごめんね。変な話して」


 いいから早く戻らないと。

 いつの間にか普通に話してたなぁ。

 これが女子のコミュ能力。



~アババTV~


『やっと戻ってきましたよ。長い離席でしたね』

『女子には色々あるんですよ』

『はあ(生理だな)』


~49生~


『さきほど先生は、ここで何か勝負手を考えているのではないかとおっしゃってましたが』

『ここは普通なら悩む場面じゃないんだけどね。でもこれだけ長い離席だと、何かあるとしか・・・』

『指しました・・・普通の手ですね』

『なんだよ』がっくし


 はあ、30分くらい減っちゃった。

 持ち時間の長い対局で良かったな。

 でもあんまり離席が長いと不正を疑われるから気を付けないと。


 おや、高美さんが動かないな。

 ここは取る一手だと思うけど・・・

 長考返しかな、意味の無い長考をされると、やり返すと言う・・・

 お、怒ってます?

 こっちにも色々あったんですよ。高美さんも無関係じゃないんだからね。

 むしろ当事者なんだからアンタにも責任あんだからね。


 持ち時間を20分使って指して来た。ごく普通の手だ。

 良かった、図らずも持ち時間の差が回復した。

 気を取り直してここから真剣に勝ちに行かないと。



---------------



~アババTV~


『高美永王、時間を使っていますね』

『君島さんが先回りして指す手を潰しているね』


 相手が次に指しそうな場所に先回り。

 私も全然攻めれてないけど、高美さんの時間を使わせる事には成功している。


 もう先に一分将棋にさせて、ミスを待つしかないな。

 私は少しでも多く時間を残してその時を待つ。

 かと言って急いで指せばこっちがミスをしそうだ。

 焦らず慎重によく考えて。



~49生~


『ここで高美叡王の一分将棋です』

『・・・お!これは面白い手を指して来ましたよ』


 やばい、考えてなかった手を指して来た。

 私の時間は?まだ40分残ってる。

 でも次の手がすぐに決まりそうにない。

 土壇場で憎い手を指すなぁ。


『君島さん悩んでますね』

『先生ならどこに指しますか?』

『全然思いつかないよ。コンピューターはなんて言ってるの?』

『見てみますか?・・・1九角ですね』

『い、1九角?!嘘でしょ?』

『よく解らない手ですね。2八銀打ちで簡単に取られてしまいますが』

『・・・あ、なるほど、銀を使わせれば・・・そうか攻め手も無くなるし良い手なのかも』

『2八銀、同角、同飛車・・・』

『飛車が動いちゃうのも痛いね。銀が取られて飛車が玉から遠くなり守りが薄くなる。角は手に入るけど指す場所が無いように見える』

『かと言って1九角を無視も出来ませんよね?5五角成で攻めにも守りにも効果的に働きます』

『取るしかない一手か。君島さんはこれに気付くかどうか』


 

 ・・・1九角。

 コンピューターならここを選ぶよね。

 だが人間は大駒を捨てる事を躊躇する。

 角が一方向にしか動けない場所に指す事を躊躇する。

 すぐには答えが出ない。


 改めて思う、気持ちの揺らがないコンピューターは強い。

 回りの意見に振り回されず、極端な手でも感情なく示して来る。

 そんな強さを人間は手にする事は出来ない。



~アババTV~


『君島さん悩んでますね』

『悩む姿も美しいですね・・・先生、私は何故こんな子が将棋を?って思わずにはいられません』

『というと?』

『生まれ持った容姿だけで生きていける人だと思うんですよ。頑張らなくてもチヤホヤされ、素敵な男性を選り取り見取りで・・・』

『かも知れませんね』

『棋士なんて若い頃から苦労して、ほかの全てを犠牲にしてもなれるかどうか解らない職業じゃないですか?こんなに綺麗な人が一番良い時期を犠牲にして将棋に打ち込む姿というのがどうにも・・・』

『若い時は目移りしますし誘惑も多いですからね』

『それに・・・嫉妬もあるのでしょうか?こんなに綺麗なのに将棋も強いなんてズルいなと』

『げふげふ、ど、どうしました?』

『先生は、自分より上の人を引き合いに出されて、お前は頑張ってないと言われた事はありませんか?』

『・・・ありますね。もちろん自分では努力しているつもりなんですが』

『才能や努力なんて言葉で片付けるのは簡単ですが、どうあがいても手に入らない物もあると思います。じゃあどうしたらいいのって、何度も自答するけど答えは無くて』

『回りは簡単に言うけど何も知らない無責任な言葉も多いですからね。棋士になれば誰もが一度は突き当たる壁かも知れません』

『・・・同時に、女で初めて棋士になった君島さんはもっと大きな壁と戦っている事も解るんです。それなのに私ったら小さな事でグジグジと・・・それでまた自己嫌悪になって』

『・・・貴方だけでは無いですよ。誰だって悔しい思いをして泣きながら立ち上がるんです』

『先生・・・』



 ふう、どうしよう。

 スタジオでは今頃どんな話をしてるのかな。

 まさか慰め合って良い感じになってるような事は無いと思うけど。

 ・・・よし



~49生~


『おお!先生!1九角ですよ!』

『す、凄いね。高美永王が天を仰いだよ』



 さあ勝負だ。1分で考えてよね。

 私の残り時間は・・・20分か。

 必ず競り勝ってみせる。


 秒読みの中で最善手を返して来る高美永王。

 間違えないな、私の残り時間が削られていく。

 撹乱の手を指せればいいんだけどそれも見当たらない。

 


『状況は君島さん優位ですが両者攻め手をかいています。おっと、君島さんがまた膝を気にし始めましたね』

『残り時間が少ないね。ここは立ちにくいだろうね』


 痛い、何なのこんな時に。

 お願い、もう少しだけもって。


~アババTV~


『先生、高美永王の今の手は?』

『・・・ちょっと判断できませんが、何かあるのでしょうか』


 

 凄い、この状況下で罠を張って来た。

 受け間違えたら必至だ。

 でも、私は気づいたよ。


『君島さんが指しましたね』

『ああ、そういう・・・でも君島さんに凌がれましたね。これで高美永王打つ手なしでは無いでしょうか?』



 どう?まだあるの?

 30秒、秒読みが進んでいく。

 痛い、さっきからずっと膝が悲鳴を上げている。

 あと10秒、あと5秒。


「負けました」


 目の前の男の人がそう絞り出した。



----------



~49生~


『いやー激戦でしたね』

『最近は王太君一色の将棋界だったけど、まだまだ頼もしい若手が将棋界にはたくさん居るね。特に君島さんは加古川激流戦優勝が伊達では無いと、この対局で証明してくれたと思うよ』

『どうなんでしょう?女性初の八大タイトル優勝の可能性は・・・』

『・・・近い将来、起こりうることなのかもしれないね』




 疲れた。

 疲労困憊だ。

 感想戦の前に取りあえずトイレに行かせてください。

 いたた、しびれが酷すぎて立つのにも時間がかかりそう。



~アババTV~


『今節の対戦でC2順位戦は無敗が居なくなりました』

『1敗が5人で2敗が7人ですか』

『高美永王は2位、君島さんは12位ですね。3枠しか無い昇級の狭き門を勝ち取るのは誰になるでしょうか?』

『混戦ですね。これからも眼が離せませんよ』



 ・・・12位か。

 最初の躓きを考えれば健闘出来ている方だな。

 いや、健闘なんかで満足するな。

 残り全部勝って棚ぼたでも良いから今期上がってやりたい。

 それくらいの気持ちでいよう。


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