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駒唄  作者: 無二エル
74/93

優勝

 龍王戦初戦は羽月さんの勝利で終わった。

 中盤までは挑戦者有利の逆転勝利。

 終盤の攻めは見事だったな・・・

 

「見ごたえのある戦いでしたわね」

「玲奈」

「森村さんも惜しかったねぇ」

「頼子」


 大盤解説会を観覧した後の2人と鉢合わせ。

 私はゲストだったけど、ちょこっと中継に出ただけで楽な物だった。


「惜しかったね。森村先生も受けきれそうだったのに」

「まさか羽月先生があんな手を出して来るとは、君島さんは気づいてたんですか?」


 気付いてなかった。

 控え室が騒然としたから他の誰も気づいてなかったと思う。


「でも私も違う逆転の手を見つけていたんだよ?」

「ええ?そうだったんですの?」

「あの局面でぇ、他にも逆転の手があるのぉ?」


 あるにはあった。

 でも防がれる恐れもある手だった。

 羽月さんの指した手の方がより確実だと思えた。

 ハッキリと上を行かれたと感じた。


 50を越えてまだあんな手を出せるなんて。

 私が目指す先は長いな。


「ではホテルに帰りますわ」

「2人は明日帰るんだよね?」

「朝一の飛行機だよぉ。午後には授業あるから大学行かないとぉ」

「あらあら、なかなか忙しいのね。暇なら観光に誘おうかと思ったのに」

「山口県てぇ、何があるのぉ?」

「うーん、そう言われると・・・」


 なんか、大きな橋があるって聞いたくらいだ。

 橋見るだけってのもなぁ。

 一人で行ってもしょうがないし、私は授業無いけど一緒に帰ろうかな。


「棋士は帰りの飛行機の時間が決まってないんですの?」

「うん、自由だよ。別に電車で帰っても良いんじゃないかな?}


 交通費は立て替えて、後で領収書を渡して連盟から貰う。

 さすがに高額の領収書を渡したら怒られると思うけど、結構自由だ。

 だから予定が無い人は観光してから帰ったりするらしい。


「優雅な仕事ですわね」

「一応自由業だからね。優雅かどうかは解んないけど」


 対局の時は長時間正座で唸ってるよ。

 拷問受けてる気分になる時もある。


「頼子は美味しい物が食べれたからもう満足だよぉ」


 フグが美味しい山口県。

 お昼に食べた鯛茶漬けもビックリするくらい美味しかったな。

 そだね、良い対局も見れたしこれ以上贅沢言ったらバチが当たるかも。


 そんな訳で私も次の日2人と一緒に帰った。



-----------------



 5日後、加古川激流戦の決勝戦が行われる。

 決勝は三番勝負、持ち時間1時間で初日に第一局、2日目に第二局と第三局を執り行なう。

 四段と奨励会員、女流代表2人とアマ代表3人で争う大会だが、一度だけアマも優勝した事のある若手主体の一般棋戦。

 私は一年目でそれの決勝戦まで来た。


 制限のある大会とは言え、これで優勝出来ればまた一つ、将棋界の歴史に名前を残す事が出来る。

 女の私にとっては大きな一歩だ。

 

 決勝の相手はこの10月からプロに昇格した18歳の新四段の人。

 棋戦が始まった時は奨励会員だったけど、決勝では立場が変わったね。

 今どんな気持ちかな。

 浮かれてて舞い上がってるか。それともいきなり優勝してやろうと意気込んでるか。


「やあ君島さん!前期の三段リーグでは涙を飲んだけど、僕もプロになれたよ!」


 わー、目に見えて浮かれてる。

 私が昇格したリーグでは3位だった人。

 あの時は気にする余裕も無かったけど、恨まれてなくて良かった。

 それとも報われたから、気持ちの変化があったのかな。

 今となっては知る由もない。


 でもプロになって初めての対局が棋戦の決勝三番勝負か

 緊張しててもおかしくないはずなのに、まだ嬉しさが上回っているのかな。

 それとも決勝の相手が私だから舐められているのかな。


「いやぁ、親戚中からお祝いされて、5kgも太っちゃったw」


 油断だな、これは。

 準決まではまだ三段リーグ途中だったから緊張感を持って挑んでいたはずだ。

 その糸がぷっつり切れた顔をしている。


 プロになる事がゴールでは無い。

 嬉しいのは解るけど、そこから先がより大変なのだ。

 私も半年とは言えプロの先輩、その事を教える為にもここは負けられないな。

 

 しかし、先週は山口に居たのに今回は兵庫だ。

 棋士はなかなか忙しないね。

 移動の多い仕事は楽じゃないよ。

 玲奈は優雅って言ったけど、傍から見ればそう見えるのだろうか。


「夕飯に神戸牛でるかなー?」


 私の対戦相手は呑気な物だ。

 これは楽勝なんじゃないかな 。

 まあ油断しないけどね。



-------------



~アババTV~


「加古川激流戦の決勝戦第二局が終わりました。2連勝で君島 流歌四段の優勝が決まりました!」

「危なげない優勝でしたね。しかしこれで男性棋士も参加する棋戦で初の女性優勝者となった訳ですが・・・ど、どうしました?」

「うぅ、こんな日が来るなんて」


 後で聞いた話だが、聞き手の女流が泣いてしまったそうだ。

 私が知らないところできっと、彼女も悔しい思いをして来たのだろう。

 その歴史を変える事が出来たのは嬉しいけど、私の夢はまだまだ先にある。

 こんな通過点で満足する気は無い。




「君島さん、棋士になって初の棋戦優勝ですが、ご感想を」

「今しか出れないかもしれない棋戦だったので、優勝出来て嬉しいです」

「女王のタイトルを取った時と、どちらが嬉しいですか?」

「え?」


 女王の方が賞金が上だし、何より響きが好きだった。

 比べるまでも無く女王なんだけど、そう答えるのもなぁ。

 棋士として頑張って行く以上、女流のタイトルに未練があるのはおかしい。

 記者さんも解ってて聞いてると思う。意地悪だな。


「でも女王でしょうか?高貴な印象ですし、権力がありそうなので」

「い、以外すぎる答え、ありがとうございます」


 主催者が苦笑い。

 勿論冗談ですよ。今はこの棋戦の優勝が何より嬉しいです。

 記者さんも本気で記事にしないでくださいね。どう捉えられるか解らないんだから。


「とにかく、私は実績を残せたことが嬉しいです。女の私の実力にまだ懐疑的な方も居たと思いますので」


 目立つ存在である以上、逆風は多かれ少なかれ存在する。

 気にしてるって程でも無いけれど、嫌な事を言われて気分が良い事は無い。

 少しずつでも変わっていってくれると良いな。



--------------



 10月下旬、箱根


 今日は女流玉将戦の三番勝負の第二戦。

 私は現地の大盤解説会の解説として呼ばれた。

 前日の前夜祭から参加、最近県外ばかりで忙しいな。

 でも遂に解説デビューか、女流の対局とは言え、異例の速さらしい。


「君島さん!今回も一緒のお仕事嬉しいです!」


 水上 咲子も一緒だ。

 彼女も聞き手デビューなんだよね。

 今日も元気に超ミニスカセーラー。

 あれ?こないだ着てたやつと違わない?それ?


「受けが良かったので、学生服専門店でちゃんとしたのを作ったんですよ」


 へ、へえ。

 こないだの物はホンキホーテの既製品だった。

 多分2000円とかの裏地も無い安いヤツ。

 と言うか自分の学校に制服は無いの?

 無い?じゃあ仕方ないね。


「君島さんは桜院だったんですよね?制服はいくらで売ったんですか?」

「売ってないわよ。なにその決めつけは」

「1600万の時計を貰ったと聞いて、金の亡者なのかと」


 そう言って、急にマジ顔になる咲子。

 だ、だれから聞いたのよ。

 さらっと言わないで、ドキッとしちゃったじゃないの。

 もう、スポンサーからの贈り物なんだから、変に邪推すると失礼になるんだからね。


「いいなー、咲子も欲しいです!」

「そんな高いもの貰ったら怖くない?私は正直身に付けられないよ」

「じゃあくださ・・・」

「そんな失礼な事出来ないわよ」


 他の女流にもプレゼントはしてるって話だよ。

 頑張れば貰えるんじゃないかしら。


「じゃあ今日も頑張ります」

「聞き手を頑張れって意味じゃないんだけど・・・いや、頑張るのは頑張って欲しいけどさ」


 将棋を頑張れば貰えるのかな。

 基準は私にも解らない。

 取りあえず今日トラブルだけは起こさないで。


「あ、エロそうな親父が居ますよ」

「主催者だよ。絶対失礼な事は言わないで」

「ええ?1600万の時計貰えないか聞いて来ます」


 やめなさいって。催促するもんじゃないでしょ。

 それに1600万があたり前とか思っちゃ駄目。

 あんなのあの老紳士限定の気まぐれとしか思えない。

 取りあえず挨拶はしないと、わあ、本当にエロそうな人だー。


「社長さぁん♥咲子のお願い聞いてほしいなぁ♥」

「え?な、なんなんだい?」

「キャバ嬢かあんたは、すみません突然」


 動揺はしたけどセーラー服にデレデレだ。

 わあ、私と咲子を交互に見て嬉しそう。

 でも駄目だよ。このタイプは絶対対価を求めて来ると思う。


 失礼の無いよう適当にやり過ごして挨拶終了。

 粘ろうとする咲子を引っ張って退避。


「もう、なんで邪魔するんですかぁ」

「あんた高校生なんだから何かあったら大問題だよ?」


 こんなマスコミの多い場所で不用意な真似しちゃ駄目。

 主催者が未成年との関係を怪しまれたら困るじゃないの。

 最悪棋戦が無くなるよ。


「そ、それは皆さんに恨まれそうで困ります」

「困るどころか連盟に居られなくなるでしょ」


 危機管理が低いなぁ。

 私達は公の場に出る立場、過剰なくらい慎重で良いと思うよ。


「じゃあ18になるまでの我慢ですか」トホホ

「そういう事じゃ無くて、成人になった所でスキャンダルには変わりがないんだから」

「でも、だとしたら君島さんの1600万もスキャンダルなのでは?」

「もし公になったらあらぬ疑いをかけられるでしょうね」

「・・・」

「何考えてるの?言う気じゃないでしょうね?」


 私を陥れれば自分が伸し上れると考えているのかな。

 目立つ私を恨んでるような事言ってたし・・・

 でも最悪の場合、将棋人気自体が落ちて全体的に尻つぼみだ。

 老紳士の会社は将棋界から撤退するだろうし、その責任を背負えるなら言えばいいじゃないの。


「うぅ、そんな脅しをかけてくるなんて」

「妙な事を考えなければそれでいいんだよ」

「確かに君島さんの人気に支えられている部分が大きいですからね・・・やっぱり細々と君島さんのファンを横取りする草の根活動を頑張ります」


 色々とおかしいけどそれくらいならまあ。

 ファンが離れて行ったら私の力不足だったという事だ。

 乗り換えるファンを責めはしないし、逆にファンを盗る事もあるだろうし。


「はあ、なんか本当にキャバ嬢の会話みたいに思えて来た」

「何処の世界も案外似てるのかも知れませんね」


 その通りかもね。

 あ、そろそろ前夜祭終わっちゃうよ?食事はとったの?


「明日は解説会に来た皆さまを虜にしたいので今日はダイエットです」


 そう、まあいいんじゃないかしら?

 でもたくさん話さないといけないんだからスタミナ切れにならないようにね。

 そんなこんなで前夜祭が終わった。

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