龍王戦前夜祭
10月初旬、順位戦の第五戦が行われた。
相手は現在全勝のC2順位1位。
さて、すでに2敗している私としては、生き残りの為にどこまで上位を苦しめられるかが課題となって来る訳だけど。
相手は30代前半独身の棋士。
草食系で女に免疫が無さそうな人なんだよね。
なのでちょっとズルいけど一際短いスカートで対局に望んだ。
見てる見てる、チラチラ見てる。
ドギマギしてるのが丸解りだ。
でもなかなか悪手を指さないなぁ。
考えが甘すぎたかなw
世の中そんなに甘いもんじゃない。
普通に指すけど両者とも形勢互角。
いたた、膝に来始めたか。
脚を組み直して・・・うわあ、物凄い見られてる。
そしてついにその時は訪れた。
「え?・・・あの・・・二歩ですよ」
「え?・・・あ!あああ!!」
頭を抱えてうずくまる対戦者。
二歩はそれ程恥ずかしいミス。
まさか、ここまで動揺させてしまうとは。
勝ったけど後味が悪い。
「う、うう、その服装は、さ、作戦だったの?」
ドキィ!「え?!い、いえ、お洒落です!」
「そ、そうだよね、ごめんね変な事言って」
良い人だったから更に罪悪感が増した。
ごめんなさい、もう貴方にはこんなことしません。
他の棋士にはするかもだけどね。
3日後、棋精戦の一次予選3回戦が行われる。
相手は始めてみる人、中継とかでも見たこと無い人。
メディア嫌いと言う噂だ。でもならどうして棋士になったのだろう。
注目されてなんぼの商売なのに。
結果は勝利、あっけない、これなら事前の対策も必要なかったな。
「・・・最近、将棋界が賑やかすぎていけない」
はあ?急に何言ってんのこの人。
「騒がしい、私は静かに将棋を指したいだけなのに」
「主催者他、スポンサーにも支えられている世界ですよ?注目を集めなければスポンサーにとってもメリットがありません。世間が騒ぐほどに将棋界にとっては喜ばしい事だと思いますが」
「・・・私は静かに指したいんだ」
私がその騒がしさの原因とでも言う様に、恨めし気な目で見られる。
確かにそうだけど、何も悪い事はしていない。
宣伝効果が無ければスポンサーだって離れてしまう。
貴方の給料がどこから来るか解っているのだろうか。
自分の言ってる事の矛盾に気付いてほしいけど、恐らく無理だろうな。
と言うか、それは建前で本当は人前が苦手とか単純な理由だと思う。
「静かに指したいだけならプロじゃなくていいはずです」
「・・・私はレベルの高い中で闘いたいんだ」
ならなんでアンタは弱いのよ。
弱いくせに強い者と戦いたい?
どこまで自分勝手なのよ。
「自分の理想の世界を作りたければ、強くなって力を得るか、自分で団体を作るしかないと思いますよ」
「・・・」
無理でしょ?
おそらくは負けた腹いせに泣き言言いたいだけでしょ?
しょうもない、私も相手する必要なんてないのに。
「・・・私は、ただ静かに指したいだけなんだ」
まだ言ってる。
対局が無駄な内容だったのに、終わっても悩まされるとは。
はあ、これも番外戦術なのかな。
あれ?確かにちょっと苦手意識を持ち始めている。
「・・・私は、ただしず」
「お疲れさまでした。本日は勉強させていただきありがとうございました」
「・・・」
無理矢理切り上げた。
ふう、危ない危ない、術中にはまる所だった。
恐らくアレがあの人の戦法なのだろう。
うんざりさせる事で、相手に心理的な苦手意識を植え付けるのだろう。
それが恐らくは次回の対局に影響してくるのだと思う。
色々あるんだね。
この前色気を使った私には何も言う権利は無いけどさ。
みんなあの手この手で勝とうと必死なんだね。
10月中旬、宇宙戦の3回戦が行われる。
持ち時間の短い一般棋戦なので勝てば同日に4回戦も行われる。
だが3回戦は勝てたけど、4回戦で負けてしまった。
3連勝しか出来なかったか・・・
ブロックで最多連勝した人も決勝トーナメントに進めるんだけど、3連勝じゃな・・・
結果を待つほかないけどちょっと厳しくなったと思う。
そして2日後、永王戦の四段予選準決勝が行われる。
勝てば同日に決勝なんだけど、準決で負けてしまった。
うーん、持ち時間の短い体に負担がかからない棋戦を立て続けに落としてしまったか。
いや、まだ宇宙戦の方は結果出てないけどさ。
対局が立て込んだせいか集中力が無かったかもしれない。
下旬には加古川激流戦の決勝三番勝負も控えてるし・・・
でもその前に龍王のタイトル戦が始まる。
こちらはゲストとしての仕事だけど、会わなくてはいけない相手が居るから心に引っかかってる。
・・・はあ、負けた原因それかもな。
なんて、人のせいにしちゃ駄目か。
順位戦はズルして勝ったようなもんだし、自業自得と思う事にしよう。
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龍王戦第一局前日
山口県に来た。
由緒ある料理旅館でタイトル戦の第一局が行われる。
観光して検分して夜は前夜祭だ。
ああ、羽月さんと一緒に観光が出来るなんて。
話しかけたいけどなかなか・・・ああ、今チャンスかも。
「は、羽月先生、対局応援しています」
「ありがとう」
「おいおい、おじさんの事は応援してくれないのかい?」
「も、森村先生」
今回の挑戦者は千駄ヶ谷の守り師、森村九段だ。
五十代なのに挑戦者に躍り出たのは凄いな。
円熟味を増し、ますます盛んな人。
数多く挑戦者にはなっているのだが、タイトルを取れた事は無い。
「森村九段も応援していますよ。3勝くらいしてほしいです」
「七番勝負で3勝だと負けちゃうじゃないか」
しょうがないじゃないの。どっちかが負けるんだから。
でも出来れば最終局まで楽しませてほしいです。
「おじさんもこれが最後のチャンスかもしれないんだよ?応援しておくれよー」
そ、そんな事言われてもな。
私の中で羽月さんが一番なのは取り換えの利かない存在なのだ。
絶対に裏切る事は出来ない。
「まあまあ森村さん、君島さんが困ってるよ」
「あはは、僕も緊張してるから、ちょっと君島さんをからかってほぐそうかと」
ぐぬぬ、からかわれたのか。
取りあえず第一局は負けろハゲ。
前夜祭
「玲奈、頼子」
「あら君島さん、もう自由にしててよろしいんですの?」
ゲストの挨拶終ったし大丈夫だよ。
一般の抽選で来場した2人と合流。
しかし山口まではるばるよく来たね。
「2人でお泊りして明日明後日はイベントと大盤解説会を楽しませていただきますわ」
「学生なのに優雅だね」
今回は土日を挟むから私も呼ばれたんだけどね。
さすがに平日4日休むのは学生にはハードルが高い。
「それより玲奈、例の人はどこ?」
「あの方がそうですわよ」
少し離れた場所で座ってるお爺ちゃん。
・・・今は挨拶の人がいっぱいだな。
スポンサーだから丁重に扱われている。
しょうがない・・・あ、人が途切れたかも!。
「玲奈、行くわよ」
「はいはい」「えぇ?頼子一人にされちゃうのぉ?」
「アンタの狙いは佐々本 元気七段でしょ?ほれあそこでスキップしてるわよ」
「えぇえ?一人で話しかけるのは無理だよぉ」
あんな変わった人に話しかけるのは確かにハードルが高い。
でも頑張ってきなさい。こっちも忙しいから。
「渋沢さん、ご無沙汰しておりますわ」
「おや?三ノ宮家の・・・おお、そしてそちらは」
「あの、その節は大変素敵な物を頂いて・・・」
腰の曲がったお爺ちゃん。
色んな事をしているグループ会社の会長さんだ。
先祖にはお札になりそうなくらいの功績を残した人物も居るのだとか。
「あんな高価なもの良かったのでしょうか?何かの間違いなのでは?」
「いやいや、私が送りたくて送らせて貰ったんだよ」
にこやかに笑う老紳士。
でも見ず知らずの人にあんな高いものを貰うのは怖いんですよ。
その辺の庶民感覚は解って貰えるだろうか。
「突然でびっくりしたかもしれないが」
「はい、正直戸惑いました」
「そうか、それは申し訳ない事をしたのかのう」
元気が無くなるお爺ちゃん。
も、申し訳ないって事は無いんですけど。
「何故私にあんな高価な物を?」
「・・・孫にそっくりでね」
ほらやっぱり!
お孫さんはクレオパトラの生まれ変わりか何かですか?
「将棋が得意な訳では無かったけれど、羽月龍王の大ファンだったんだよ」
「・・・そうだったんですか」
「・・・聞いているかい?私の孫娘は」
言わなくて良いですよ。
そんな悲しい顔で話されると泣いてしまいそうです。
「君島さんは羽月龍王に憧れて棋士になったと聞いたよ。それもライバルになりたいと」
「はい、尊敬する人ですが戦いたいと思ったんです。この人と美しい棋譜を作りたいと」
「美しい棋譜、名局はけして一人では産まれない、か」
そう、拮抗した力の相手が居て初めて名局は産まれる。
ヒ○ルの碁で本因坊のお爺ちゃんも言ってた。
「私はそれになりたいんです。孤高の存在と並び立つ双竜に」
「龍王と並び立つ存在か。ふぉっふぉっふぉ」
「み、身の程知らずとお思いでしょうが・・・」
「いやいや、けしておかしくて笑った訳じゃ無いですぞ。未来ある若者の頼もしい言葉は、老い先短い者を笑顔にさせるのですよ」
笑うお爺ちゃんの眼から涙が。
な、何で泣くんですか?そんなに可笑しかったの?
「き、君島さん、時計を貰ってやってください。先に逝く者からのお願いだ」
「ど、どうしてそんなに・・・」
「時計は時を刻むもの、決して戻りはしない・・・後悔せぬよう・・・」
・・・気まぐれで送った訳ではなさそうだ。
何かを後悔している?・・・お孫さんの死と関係あるのかな・・・
「・・・君島さん、ご年長の方を泣かすものではないですわ」
「れ、玲奈?私が泣かしたの?」
「長い時を生きて来た方の思いですのよ?若輩者が深い理由も無く断るべきではありませんわ」
深い理由・・・
確かにないけど。
でも、そもそもが貰う理由が無いと言うか。
「君島さんには無くても、渋沢さんにはあるのだと思いますわ」
「・・・・・・」
お爺ちゃんに泣かれ、玲奈にここまで言われたらもう無理だ。
大人しく、有り難く頂くしかない。
「有難う君島さん、これからの活躍を、生きる限り見守らせていただきますぞ」
言葉が引っかかる。
死を連想させられると何も言えなくなる。
はあ、解りましたよ。頑張ります。
今まで自分の為に頑張るもんだと思ってたけど、おじいちゃんの思いも背負いますよ。
詳しい事は解んないけどさ。
「頑張るからすぐに死なないでよね。流石に1、2年じゃ上り詰めるの無理だからさ」
「き、君島さん!」
「ふぉっふぉっふぉ、その意気ですぞ」
まあ私に任せておきなさいよ。
1600万の時計くらいじゃ安かったんじゃないの?ってくらいに活躍してやるわ。
・・・って言おうと思ったけど流石にやめておいた。
じゃあね、おじいちゃん、健康に気を付けてね。
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頼子の元に戻ろうとしたら・・・
あ!佐々本七段と話してる。
ウソ?やるわね頼子!
「何だか様子がおかしいですわよ」
「頼子の顔が引きつってるね」
頼子が私達を見つけた。
佐々本七段に二言、三言話して、逃げるようにこっちに向かって来る頼子。
あらら、ほったらかしにしていいの?
「どうしたのよ?チャンスだったんじゃないの?」「良かったのですか?」
「えぇーん、だって延々自慢話を聞かされてたんだよぉ?」
ああ、そういうタイプなんだ。
何となく予想通りだけどね。
「やっぱり頼子にはぁ、斉上玉座しか居ないのかもぉ」
「いや、アンタはそうでも向こうがそうだとは・・・」
目移りしたくせに一途みたいな事言いだされても。
玲奈も何か言ってあげなさいよ。
「片瀬さん、君島さんは1600万の時計を貰いましたわよ」
「えぇえ?!!」「ちょ、ちょっと玲奈」
「物の価値が人間の価値とは直結しませんが、君島さんはそれだけの魅力のある女性なのだと思います」
「す、凄ぃね」「むしろ私は1600万程度の女じゃないけどね」
「勝手に相手に期待をして、理想と違ったら次へ行くと言うのは余りにも節操がありませんわ。それよりも自分を磨くことも大切なのではないでしょうか?そうすれば自然に向こうから来てくれますわよ」
うん、その通りだね。
玲奈は良い事を言った。
「る、流歌ちゃん!誰に1600万貰ったの?!」
「あれ?全然聞いてないね」「無駄骨でしたわ」
ほら、あちらの老紳士だよ。
言っとくけどあんまり口外しないでよ?面倒な事になるだけなんだから。
「お爺ちゃんだねぇ、あの人の愛人になったのぉ?」
「なってないわよ」
男が苦手だった頼子がこんな事を言うようになるなんて。
成長なのか擦れたのか。
「私も貰えるかなぁ?」
「そんな訳無いじゃないですか」「配ってる訳じゃ無いんだよ」
「ズルいぃ」
ズルい・・・か。
確かにそうかも。
芸能人や著名人は優遇される事が多い。
その分面倒事も多いんだけどね。
「まあいいか。それよりお腹が空いたわ」
「頼子もぉ、入場券分は元を取らないとぉ」
「待ってください。わたくしも行きますわ」
取りあえずお礼は言ったし肩の荷が下りた。
明日からの龍王戦を楽しもう。




