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駒唄  作者: 無二エル
7/93

記録係初仕事

 12月某日


 本日は 藤谷 王太七段の対局の日。

 棋星戦の二次予選だが、ネット中継が2局入る。


 持ち時間は一人3時間。

 結構長いけど、他の棋戦ほどでは無い。

 正座は相変わらず苦手だけど、昼に一度休憩が入るし、結構楽な対局を回せて貰えたんじゃないかな?


 セーラー服にマスクで記録係に望む私、君島 流歌。

 自分がどんな風に映ってるのか、気になるなぁ。


 制服は勿論、冬服にさせて貰った。

 マスクしてるのに、夏服だと馬鹿みたいじゃないか。

 あの子、風邪ひいてるのに何で薄着なの?って言われちゃうじゃないか。

 そもそも12月に夏服なんて馬鹿そのものじゃないか。


 さて、このかんに例会が一度あった。

 結果は2勝1敗、悪くないペースだ。

 3級になってから現在6勝2敗。

 なんとか9勝3敗で上がれないかな・・・


 記録係の研修にも行った。

 お茶の入れ方まで習った。

 お茶を入れるのも記録係の仕事なんだよね。


 さて、対局場に向かおう。

 記録係は、棋士の皆さんより早く待機しなくてはいけない。

 振り駒緊張するなぁ、秒読み上手く出来るかな。


 カメラマンの方が入って来た。

 さすが王太君、注目度が高い。

 ・・・何故か私の写真を撮ってる、練習だろうか?

 マスク外せ?駄目駄目。

 なんなの?もう。


 ・・・王太君が来た。

 関西からお疲れさまです。

 昨日はこっちに泊まったのかな?


 対戦相手が入って来た。

 座布団を念入りに直されてしまう、私の置き方がマズかったのだろうか。


 しばし沈黙。

 対局開始までお互い瞑想中・・・

 私どうしてればいいんだろう。

 緊張するなぁ。

 隣で姉弟子も緊張してる。


 え?

 あ、姉弟子?

 いつの間にか、私の隣に凛さんが座ってる。

 ど、どうしたんですか?


 何かを手渡される。

 え?開けて見ろって?

 ・・・記録係の細かい作業内容が書いてあった。

 研修で習わないけど、ここはこうした方が良いよ的な事まで・・・


 ありがとうございます、凛さん。

 会釈をするとニッコリ笑ってくれた。

 ・・・・・・

 あれ、帰らないのかな・・・


 姉弟子に心配そうに見守られながら対局の時間が近づく。

 振り駒の時間だ。

 凛さんはハラハラ。

 よ、よし、棋譜取らないと。

 凛さんはハラハラ。

 私が何をするにも凛さんはハラハラ。

 

 な、なんなのこれ

 なんか記録係の介護されてるような気分なんだけど。


 対局者は気にならないのかな?

 2人共盤面に集中してる。

 棋士の先生が対局を見に来る事はたまにある。

 許容範囲なのかな。


 でも凛さんが見に来てるのは絶対私だもの。

 盤面を見ずにこっち向いてるもの。

 そ、そんなに私って心配な子なのかな。


 しばらくして師匠が来てくれた。

 なんだか凄く慌てていた。

 凛さんに部屋を出るように言う。

 悲しそうな顔をする凛さん。

 物凄く後ろ髪引かれる目で出て行った。

 なんだろこれ。


 はあ、なんだか物凄く疲れた。

 局面は40手まで進んだみたい。

 ふう・・・間違って無いよね?

 凛さんがずっと確認してくれてたから大丈夫だと思うけど。


(あ、もう、昼食休憩か)


 昼食休憩に入る事を対局者に告げる。

 取りあえず午前中が終わった。



----------------------



「い、いいですよ、凛さん」

フルフル「・・・・・・」


 休憩室に行くと、凛さんが待ち構えていた。

 身振り手振りで横になれと言う。

 疲れただろう?マッサージをしてあげるとジェスチャー。

 なんで喋ってくれないんだろう。


「棋士の皆さんを差し置いて、記録がそんな偉そうな事・・・それも姉弟子に、そんな事させられませんよ」

イヤイヤ「・・・・・・」

「せ、正座も、思ったほどキツくなかったですし(凛さんが気になってそれどころじゃなかった)」

ダメダメ「・・・・・・」

「そ、そもそも、どうして私にそこまで」

イヤンイヤン「・・・・・・」


 ど、どうしよう。

 凛さんが言う事聞いてくれない。


「・・・やらせてあげなさい」

「師匠」


 ここは女性の休憩室なので、廊下から遠慮がちに声をかける師匠。


「可愛い妹弟子の為に何かしてあげたいと言ってたからね」

「私に何か言ってくれると嬉しいんですけど」

ぽんぽん「・・・・・・」

「ええ?膝枕ですか?」


 こ、子供じゃないんだけどな。

 ずっとぽんぽんしてるし。


「・・・じゃあちょっとだけ」

コクコク「・・・・・・」


 ・・・ああ、気持ち良いかも。

 凛さんの足、柔らかいな、眠ってしまいそう。


パクパク「・・・・・・」

「ご飯も食べなきゃ駄目だよ?ですか?」

ウンウン「・・・・・・」

「はい、でももうちょっと横になってて良いですか?」

コクコク「・・・・・・」


 ああ、優しい人。

 棋士にしておくの勿体ないな。

 勝負の世界で戦えるのだろうか。

 時間いっぱい、面倒を見てくれた。



------------------------------



 午後の対局


 眠い・・・

 局面が全然動かない、もう一時間以上も長考してる。


 王太君が立ち上がる。

 相手はずーっと唸ってる。

 劣勢を、どうにか挽回したいと唸っている。


 私も時間だけは有ったので、散々手を探してみた。

 だが見つからない。どう指しても戦局は引っ繰り返りそうもない。

 相手の持ち時間が減って行く。


 指した、だがその手は私も考えた。

 あまり、戦局に影響のない手だと思ったが・・・

 私の考えの先を行く変化があるのだろうか。


 王太君が指し返す・・・へえ、そう返すんだ。

 指されてみたら、なるほどの一手。


 局面は引っ繰り返るどころか、更に王太君有利になった。

 これはもう・・・


 対戦相手の最後の粘り。

 王太君のミスを期待した撹乱かくらん

 だが王太君は間違えない。

 相手の表情が、諦めへと変わって行く。


 ・・・なるほど。

 記録係も面白いかも知れない。

 棋士の駆け引きが間近で見れる。

 自分が今有利なのか不利なのか、棋士の心情を感じ取る事が出来る。


 でも、やはり評価値が見たいな。

 対局中、その事ばかりが気になってた。

 今の局面でどれくらい差が付いたとか。

 自分が思いついた差し手だと、どうなったのかだとか。

 自分の認識とソフトの認識を照らし合わせてみたかった。


 記録係が無駄だとは言わない。

 でも対局を見ながら、色々試せた方が勉強になる。

 ・・・体に負担が来ない事を考えれば、家で見てる方が良いと思った。



--------------------------



 対局は結局、王太君の勝ち、お疲れさま。


 対局後の感想戦。

 記者とカメラマンが雪崩れ込んで来る。

 ・・・ああ、そこでそういう変化も考えてたんだ。

 そこに指したら、こう指すつもりだった?ふーん。

 え?今なんて?

 カメラのシャッター音で聞こえなかったな、気になる・・・


 感想戦も終わり、棋士の2人が帰って行く。

 私は後片付けしないと。

 ・・・姉弟子が手伝ってくれた、まだ居たんだ。


「流歌、お疲れさま」

「師匠もまだいらしたんですか?」

「ああ、私は検討室に居たんだよ」


 検討室

 棋士が集まって対局を見ながら色々検討する場所。

 誰も気づかない好手を見つけたらヒーローになれるらしい。


「どうだった?初記録係は」

「え、えーと、そうですね・・・」


 たまにやるくらいならいい。

 頻繁に駆り出されるのは辛いです。


「そうか」

「すみません師匠。これも修行なのに」

「いや、学生だし今回は連盟が無理を言ったのだから大丈夫だろう」


 そうですね。

 どのみち冬休みはすぐ終わるし、3月には一度休会だ。

 もう私に回ってくる事は無いだろう。



-------------------------



「流歌ちゃん。綺麗だったわよ」

「そ、そう?」


 家に帰るとママに声をかけられた。

 ネット中継を見たらしい。


 私も気になり、部屋のパソコンを立ち上げる。

 TSタイムシフトを見てみるか

 ・・・・・・

 え?来場者数45万?

 結構いったんだな・・・

 

「す、スケバンって」


 私はセーラー服にマスクだった為か、スケバンと呼ばれていた。

 このサイトの住人は、安易にあだ名を付けるからなぁ。


 あ、凛さんだ。

 私全然気づいてない。

 コメントが盛り上がる、凛さん小さくて可愛いからなー。

 そっか、ネット民には私みたいなのより、凛さんの方が人気なのかも。

 ロリ・・・小さい女の子が好きな人々だもんなぁ。

 ちょっと自意識過剰だったかもしれない。


 ・・・マスクで目元しか見えてない私。

 私に触れるコメントも多いけど、それ以上に凛さん人気が凄い。

 不良少女の更生頑張れって応援されてる、誰が不良少女よ!

 元々女流棋士としての人気も高いからなぁ、凛さん。

 聞き手とか全然してないのに。


 ふう、取り越し苦労だった。

 私の私生活への影響は全くないと思う。

 ・・・凛さんが被ってくれたのかな。

 そこまで考えてたとは思えないけど・・・

 とにかく、優しい姉弟子に感謝。

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