将棋イベント
6月初旬
はあ、腰の痛みで有耶無耶になっちゃったけど、私、龍王戦負けちゃったんだな。
羽月さんに挑戦出来る機会が無くなってしまったんだな。
落ち着いて考えるとその事が一番残念だ。
連勝も4で止まってしまった。
救いなのは実力で負けたと報じられなかった事だろうか。
いや、想定外の負け方をしたんだ。ネガティブに捉えられても仕方がない。
私に対する評価は賛否あると思う。
しかし、切り替えて行かないと。
腰をサポートするベルトを何種類か買った。
素材、形、機能性、色々あるんだね。
それぞれ試して最適な物を見つけ出さねば。
さて、次は棋精戦の一次予選か。
これは持ち時間が1時間だから良いとして・・・
6月中旬からいよいよ順位戦が始まる。
持ち時間6時間の私にとっては一番の鬼門になるであろう棋戦。
腰を万全な状態に戻し、絶対にこの前のような事が無いようにして挑まないと。
連盟から連絡が入る。
都内の将棋イベントの仕事ですか?
1週間後?随分急ですね。
龍王戦負けたしヒマになっただろって?悪かったわね。
どういう内容の物ですか?
・・・トークショーやサイン会や指導対局、そしてメインはステージで正座して公開対局ですか。
うーん。
「今は腰に不安がある状態なので・・・メイン以外の仕事なら引き受けますよ」
『解りました。本来はメインの公開対局を君島さんにやって貰いたかったんですが・・・』
今が旬の私にメインの仕事を割り振ってくれたのは連盟の配慮だろう。
でもすみません。完治してないんです。
『サイン会やトークショーは大丈夫ですか?』
「はい・・・トークショーは上手く出来るか解りませんが、何事も経験ですので」
『相手は藤屋九段です』
ああ、藤屋九段なんだ。
藤屋システム開発者の。
殆んど面識ないんだけどな。
オール学生大会でちらっと声かけられたくらいだっけ。
大丈夫なのかな
まあいいですよ。1週間後の日曜ですね。解りました。
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1週間後 都内の将棋イベント
うわあ、500人くらい集まってるんですか?
凄いですね。大きなイベントだったんだ。
「いつもはこの半分くらいですよ。今回は君島さんが急遽出演してくださると言う事でこれだけ集まったのだと思います。もっと早く告知したらもっと来てたかも」
こないだ負けたけどまだまだ私の旬は続いているのね。
嬉しいけど、こんなに来ちゃうとプレッシャーも凄いな。
まずは指導対局。
四面指しですか?
抽選で選ばれた4人との対局か。
それぞれの棋力に合わせた駒落ちで対局。
うーん、指導対局は出来れば勝たせてあげないと駄目なんだよね。
そうは言っても相手がへボ手を指して来たらどうしようも出来ない。
上手く正解を指してくるよう導ければいいんだけど。
強さもばらばらの4人。
おじいさんと年配のおじさんが2人、もう一人は小さな女の子。
ギャラリーが凄いな。4人の後ろを取り囲む。
口出しはやめてあげてくださいね。
「えへへ、綺麗だねぇ」
「ありがとうございます」
おじさんの一人は明らかに下心だけだ。しきりに話しかけて来る。
将棋なんてどうでも良いみたいだし、弱い。
「この手はどうじゃ?」
「悪くないですけど、最近はこっちで受ける流行りになってますね。この方が後々・・・」
おじいちゃんはそこそこ指せるけど定石が古いみたい。
まだまだ向上心はあるようで私の話を真剣に理解しようとしてくれてる。
「・・・」パチン
「・・・よく勉強されてますね」
「あってた?でもこの先もややこしそうだよね」
もう一人のおじさんは強い人だ。
とぼけてるけど相当指せる人。
手に迷いが無い。
「この歩取らないで欲しいんだけど」
「そ、そう言われても、成られるとお姉ちゃんも困っちゃうよ」
「でも、他に攻め手が・・・」
「この辺薄いよ?良く考えてみて」
女の子は覚えたてみたい。
大丈夫、簡単に見つかるよ。
・・・うん、そうそうあってるよ。
「ねえねえ休みの日は何してるの?」
将棋に興味の無いおじさんは関係無い事ばかり。
でも無下にも出来ないから面倒だな。
こういう人にこそ、将棋を好きになって貰いたいし。
「将棋の研究です。学生なので休みの日に集中してやらないと」
「で、でも、それだとデートするヒマもないじゃない?」
・・・何を聞きたいんだろうこの人。
セクハラ、セクハラ。
はあ、女流と同じ扱いなのかな。
アイドルかなにかだと思われてる気がする。
女流だって本来は将棋を指すのが仕事だ。
でも中途半端な存在になってしまっている。
「彼氏は居ませんし、作るつもりもありません」
「え、えー?綺麗なのに勿体ないよ」
何が勿体ないんだろう。
綺麗な女は常に彼氏が居るべきなの?
実際彼氏が居るって言ったら叩き始めるんじゃないの?
アイドル視してるくせに、本音とは裏腹な事を言ってる。
それとも自分が彼氏になるとか言い出すんじゃないでしょうね?
いい歳こいて・・・
「今は学生と棋士という二足の草鞋で頑張っています。恋愛に使う時間こそが無駄のように感じます」
「で、でも」
「おいおい、指導と関係の無い事を聞いてやるなよ」「そうだぞ」
ギャラリーが見るに見かねて助けてくれた。
抽選で選ばれた人がこんな奴だと腹立つよね。
他の皆さんも受けたかっただろうに。
「え?え?お、俺はただ・・・」
「盤面が先程から動いていませんよ。将棋の事、余りお好きではありませんか?」
「い、いや、そんな事無いけど」
「因みに、私の好きな男性のタイプは将棋を頑張る人です。強くなくてもひたむきに頑張る姿に惹かれます」
「!・・・お、俺、将棋頑張ろうかな」
「はい、頑張ってくださいね」
ちょろい・・・おっと、ゲフゲフ。
入り口は何でも良いけどせっかく興味を持ってくれたんだ。
これからも将棋界を見守ってください。
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指導対局が終わり、次はステージでお仕事。
まずは出演者の挨拶。
人気棋士数名と共に壇上に上がって紹介される。
どうもどうも、君島 流歌です。
私が紹介された時の拍手が凄い。
他の棋士に申し訳なくなるくらい長く続く。
自覚しよう、今日の主役は私なんだろう。
私目当てで来てる人が多い。
さて、次はトークショーですか?
はいはい、藤屋先生よろしくお願いします。
と言うか、2人きりなんですね。
他の棋士も交えればいいのに。
「君島さん、何というか普通に強いね」
「え?あ、ありがとうございます。この前負けちゃいましたけど」
「いや、ちょっと前までは女性が男性棋士に勝つのは稀だったからね。里理さんや伊東さんが少しずつ男性棋戦で勝つようにはなったけど、君島さんはトップ棋士にも普通に勝つから凄いよ」
会場から拍手が起こる。
わあ、嬉しいな。
なんだ、今日は私を褒める会なの?
「この前も腰を痛めなければ勝ってたんじゃないの?」
「いえ、相手は佐々森四段でしたからね。腰を痛めなくても厳しい対局だったと思いますよ」
「連勝止まっちゃったね。君島さんなら藤谷七段くらいの活躍をしてくれるかと・・・」
「流石に大天才と比べられるのは荷が重いです。私にはまだ棋士として厳しい対局を戦って行く準備も出来てなかったと、この間も反省したばかりで・・・」
「やっぱり正座は苦手なの?」
「はい、ですが馴れて行かなければいけないと思っています。もうすぐ順位戦も始まりますし」
「でも、千日手になったらどうします?」
「それは・・・」
うーん、藤屋先生は面白いけどイジワルなところもあるんだよね。
どう答えよう?
「正直今は指し直し局を戦う体力も無いので、回避すると思いますよ」
「不利になるとしても?」
「はい、指し直し局を戦うよりは、勝てる可能性が高いと思うので」
「そんな事言ったら、みんな千日手か持将棋を狙って来るよ?」
「嫌ですねwでもそれなら局面が悪くならないうちに回避も視野に入れないといけなくなりますね」
プロには簡単に千日手を作って来る者も居る。
怖いよね、直前で気付いたら手遅れだろう。
「女の子なんだからペタンコ座りも織り交ぜたら?時々男性棋士もやってるけど」
「あれは腰にもっと悪いらしいですよ、骨盤にも悪いしO脚にもなるらしく・・・」
「調べてるんだ?いろいろ苦労してるんだね」
「何か良い方法が無いかと探してはいるんですが・・・」
結局は正座しかないのだろうか。
本当、どうして楽な体制でやらせて貰えないんだろう。
ふう、伝統でしたね。考えても無駄な部分だ。
「順位戦C2は何期で抜けるつもりなの?」
「ええ?解らないですよ。皆さん必死ですし、持ち時間の長い対局を簡単に克服できるとは・・・」
「君島さんなら1期で抜けるんだろうね」
「聞いてますか?先生こそA級復帰お願いしますよ」
「無茶振りに無茶振りで返しちゃ駄目」
「何言ってんですかw」
会場が笑いに包まれる。
藤屋先生は独特の空気を持ってるな。
観客を楽しませる雰囲気を漂わせている。
「ところで君島さんは将棋の駒で何が一番好き?」
「は、話が飛び過ぎのような・・・王です」
「へえ、珍しいね。他の棋士は気取って桂馬とか言うのに」
「王が一番偉いので・・・女王のタイトル返したくなかったな」
「何か本音が聞こえたような気がしますが」
「女王 君島 流歌って響きが好きだったな・・・」
「おーい」
会場が笑いに包まれる。
はっ、いけない。仕事中仕事中。
しかしこんなので笑ってくれるなんて将棋ファンは微笑ましいな。
私達は将棋のプロだけど、話す事が得意な訳じゃ無い。
トークショーなんて本当なら専門外だろう。
それなのに楽しんでくれてるって不思議な感じだな。
少なくとも、将棋ファンにとって私達は憧れの存在なのだろう。
だから話も聞いてくれる。知りたいと思って貰える。
有り難い事だな、もっと気の利いた事を話せればいいんだけど。
ファンサービスだって大事な仕事。
「ところで藤屋システムをどう思う?」
「ええ?ご本人の前でそんな・・・」
「なんだか、余り良い印象を持ってないみたいに聞こえるけど」
「そ、そんな事無いですよ」
25年くらい前に産まれた藤屋システム。
当時は革新的な戦型だった。
でも私が産まれる前なんですよ。
その時の衝撃を知らない世代なんですよ。
「そっか、僕の藤谷システムは時代遅れと」
「言ってません。でも研究が進んでしまっている戦型なのでなかなか使いどころが難しいですよ」
一世を風靡した藤屋システムも、最近はあまり見なくなった。
でもまた再評価される日が来るかもしれないじゃないですか。
「君島さんが藤屋システムを復活させてよ」
「なんでですか、ご自分でどうぞ」
「君島さんが使ってくれると藤屋システムも浮かばれると思うんだよね」
「成仏してどうするんですか」
会場が笑いに包まれる。
藤屋先生の自虐とツッコミ誘導。
うーん、本当に凄い。
「あ、そろそろ時間みたいですよ」
「もう?あらら押してるの?」
会場から残念そうな声が上がる。
良かった、何とか乗り切った。
初めてにしては上出来だけど、ほぼ藤屋先生の手柄だろう。
流石の貫禄だった。
その後、ステージでは公開対局が行われる。
私は一端休憩。
最後のサイン会でまた出番らしい。
藤屋先生はそのまま公開対局の大盤解説か。
出ずっぱりで大変だなぁ。
でも楽しそう。イベントが好きなんだろうな。
「君島さん、お疲れさま」
「ああ、お疲れさまです」
同じく休憩中の浦賀女流初段に話しかけられた。
中堅の主婦棋士さんだ。
正直、今日出演している棋士の中では一番人気の無い人だ。
「君島さんは女流の事どう思ってるの?」
「え?どういう意味ですか?」
「いや・・・やっぱり軽く見られてるのかな、と」
デリケートな部分をはっきり聞かれてしまった。
結構気が強そうな人だ。
さて、どう答えようかな。
「女流でもトップの方は棋士の下の方より強いと思ってますよ」
「・・・・・・」
し、失敗したかな。
浦賀さんは中位の方だもんなぁ。
「収入的に見て、私なら女流の道を選ばなかったのは確かだと思います。それは軽く見てると言うより、現実的に厳しいからです」
「・・・今はイベントやネット中継で聞き手の仕事を頑張ればそれなりには」
「仕事が増えたのはネットの普及や藤谷 王太先生の活躍で将棋人気が上がったからでは?それだってずっと続くとは限らないですよ」
ブームは落ちて来る。
王太君人気もすでに絶頂期から比べるとかなり落ち着いたと言って良いだろう。
今は私の方がブームを作り出してる。
ネットの中継もいつ無くなるか解らない。
49生もアババも赤字だからね。
ITビジネスは結構あっさり終わったりする。
駄目だと判断されたら決断は早い。
「あと、私は羽月先生と対局してみたかったので棋士を目指したんです」
「はぁ?羽月先生に勝とうと思ってるの?」
あらら、馬鹿にしてる顔だ。
ああ、私この人嫌いだわ。
「棋士になれたんですから頑張れば羽月さんとの対局も夢じゃないと思ってますよ。現に夕日杯ではいいとこまで行ったので、組み合わせ次第では対局出来てました」
「そ、そうかもしれないけど」
「浦賀さんは私にどんな答えを期待してたんですか?」
「私は、女流棋士にも一定の地位をと」
「だとしたら、UPSAの理念の方が浦賀さんにはあってるのでは?どうして連盟に残ったんですか?」
「そ、それは・・・」
何が女流の地位よ。
どうせ自分の事しか考えてないくせに。
貴方みたいなのより、自分の力で立とうと思ったUPSAの皆さんの方が立派だよ。
「それに、女性が羽月先生に挑戦してもいいはずです。女を軽く見てるのは貴方の方じゃないんですか?」
「!」
「どこかで女を軽く見てるんですよ。だから羽月先生に挑戦する事を身の程知らずみたいに言うんですよ。男性棋士は普通に挑戦してるのに」
「・・・」
あーあ、やっちゃった。
生意気だと噂されるかもな。
でもこんな人許せないよ。
女流だって頑張ってる人は居る。
姉弟子がそうだし、トップの人達の殆どがそうだろう。
アイドル的な存在の人達だって頑張っている。
男では出来ない愛想を振りまきながら、普及活動にいそしんでいる。
貴方は何をしてると言うの?
おこぼれで連盟から仕事貰ってるだけなんじゃないの?
「・・・指導対局の時、私の所には誰も来なかったわ。あなたの所には人が群がって」
なんだ、嫉妬したのか。
それで難癖付けようと思ったのかな。
「自分で言うのも何ですが、今は仕方ないと思いますよ。女性初の棋士と言う事で世間が持ち上げている状態ですから」
「・・・」
「私の人気だっていつまでも続くとは思っていません。目新しさが無くなれば、人の興味は移って行きますからね。勝てなければ人気は衰えて行くし、女はどうしても歳をとると人気が無くなります」
「じゃ、じゃあ、私みたいなのはどうしろって言うのよ」
「そもそも人に何とかして貰おうと思ってませんか?自分で立つ覚悟がないから女は今まで棋士になれなかったんだと思いますよ」
「な!」
異性に求めるのはATM機能と言った女流が居た。
結婚のメリットは、相手に浮気されて離婚した時に慰謝料がもらえると言った女流が居た。
なんでそんな物に期待してんの?
自分で稼ぐ覚悟が無いからでしょ!
甘ったれるんじゃないわよ!
だから女がナメられるのよ!
「大学の将棋部の友達が言ってましたよ。将棋だと女はどこに行ってもナメられると」
「・・・TVに出てたあの子達ね」
「その友達は関東大会で優勝しましたよ。逆境に打ち勝ったその友達を私は誇りに思います」
「・・・」
「女流だって、タイトルをすべて取れば年収2000万以上は稼げます。それを諦めてませんか?」
「・・・」
「私は棋士になったばかりです。確かに希望に満ち溢れ、夢を見ているように見えるかもしれません。ですが、自分が諦めてしまったからと言って私にも無理だと思わないでください」
あーあ、どうしよ。
絶対に言いすぎだ。
悪い噂を広められるかもしれない。
「そこまで言うのなら、これからも頑張って貰うわよ」
「え?」
「おこぼれでも良いわ、ブームを長く続けて、私の仕事を多くして」
ははは・・・
変わんなかったか。
でも恨まれるよりは良いや。
「腹の中で恨みはするわよ。でもそれを隠して、貴方のマイナスになるような事はしないわ」
それが、自分の為か。
あまり前向きじゃないけど、大人ではあるのだろう。
「言われなくても頑張りますよ。自分の為ですけどね」
浦賀さんは軽く笑ってどこかへ行った。
この後サイン会のはずだけど・・・
・・・サインもあまり求められないのかな。
「おいこら君島さん、そっちのサイン待ちの行列が凄いじゃないか」
「藤屋先生まで嫉妬しないでくださいよw」
しょうがないでしょ、旬なんだから。
将棋界に現れた若きニュースターの誕生を喜んでくださいよ。
「しょうがない、こっちはサインの他に写真撮影もしますよー」
おお、客が流れた。
てかどんだけ負けず嫌いなのよ。
「こんな小娘今だけですよー」
「藤屋先生、それが本音ですか」
「多分すぐにフライデーされますよ」
「ちょっとw」
もう、大人げないなぁ。
大丈夫ですよ、君島 流歌は将棋が恋人ですから。
「一昔前のアイドルみたいな事言ってやんの」
「もうw邪魔しないでくださいよ」
やれやれ、恐ろしい人だ。
対戦する時は番外戦術にも気を付けよう。




