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駒唄  作者: 無二エル
61/93

龍王戦6組決勝

 5月最終日


 本日は龍王戦6組決勝が行われる。

 これに勝てれば決勝トーナメント入り。

 相手は佐々森 大海四段。


 彼は奨励会で、次点を2回取りプロ入りした。

 異例って程では無いんだけど、ちょっと特殊な昇段の仕方なんだよね。


 通常、プロになれるのは奨励会三段リーグで2位まで。

 それとは別に、3位を2回取れば昇段できると言う特例処置がある。

 ただし、2位までに入れば順位戦C2からプロ生活が始まるのだが、次点2回での昇段はフリークラスというカテゴリーから始まる。

 フリークラスとは、順位戦に参加できないクラス。

 順位戦から落ちた、言い方は悪いが弱い人が集まるクラスだ。


 フリークラスからC2に這い上がるには厳しい条件がある。

 全部言ってるとキリが無いので端折るけど、彼は10カ月で見事条件を突破し、順位戦に駆け上った。

 その後も好成績を残している、強い棋士だ。


 フリークラスを10カ月で抜けたと言うのは、実は物凄く早い。

 三段リーグで2位にはなれなかったけど、元々自力のある人だったのだろう。

 勝率も未だ7割を保ってるし。

 そんな人が相手か・・・


 はあ、強い人との対局も緊張しちゃうけど、今日からまた持ち時間の長い対局に逆戻りか。

 最近短い対局が続いたから憂鬱だな。

 なんでこんなに長時間正座をしなくちゃいけないのよ・・・

 ああ、愚痴ってしまいそうだ。態度に出ないよう気を付けないと。



 対局が始まり、すぐに異変が起こった。

 ・・・やっちゃった、また腰に来てしまった。

 痛い。激痛に顔が歪む。


~アババTV~


『あらら、君島さん腰を抑えてますね』

『痛めたのでしょうか?大丈夫ですかね?』

『元々正座が苦手だと聞いていますが、腰まで痛めたとなると・・・』

『対局にどれくらい影響が出るでしょうか?』


 最悪だ。まだ序盤なのに。

 棄権が頭に浮かぶけど、羽月さんのタイトルを諦めたくない。

 何より中継が入ってるんだ。こんな序盤でやめる訳にも・・・

 楽しみにしてくれてた視聴者をガッカリさせたくない。

 なんとか昼食休憩まで指し続けた。


 昼食休憩


 いたた、駄目だ。昼食を食べる元気が無い。

 長い対局なのに、少しでも食べないといけないのに。

 くぅ!このいきなり来る衝動的な痛みに耐え続けなければいけないなんて。

 ああ、負けたくないけど・・・

 心が折れてしまいそうだ。



 昼食休憩後


~49生~


『うわ、これは考えられない悪手ですね』

『君島さん、大丈夫なんでしょうか?』

『明らかに今までの君島さんとは違います』

『・・・今聞いた情報によると、君島さんは昼食に手を付けなかったようです』

『ええ?それだと消耗する一方ですよ?』

『ここまでプロ入りから連勝を続けていた君島さんですが・・・』

『・・・厳しいでしょうね。すでに評価値は2000差がついています』


 うう!痛いよぉ。

 ・・・今日は無理だ。勝てない。

 でもなんとか夕休までは・・・

 ぐっ!でも今やめた方が、ダメージは少ないかも・・・

 解らない。やめて良いのかな?

 ・・・絶対女は根性ないって揶揄されそう。

 駄目だ。やめれない。

 負けるにしても意地がある。負けるにしたって形作りはしないと。

 棋譜は残るんだ。半端な将棋を指す訳にはいかない。



~アババTV~


『おおお、君島さん、根性の一手ですよ』

『ここでこれを指しますか。戦局はどうなりましたか?』

『いや、そうは言っても佐々森有利は変わらないです』

『先程の悪手が大きく響いていますね』



 ああ、出来れば椅子に座って休みたい。

 でも長時間の離席は不正を疑われる原因になる。

 はあ、私この世界でやって行けるのかな?

 また弱気になってしまいそうだ。


 対局相手も心配してる顔だ。

 気にしないでください。これも私の準備不足なんだと思います。

 はあ、戦ってる相手にまで余計な心配をさせてしまうとは情けない。


~49生~


『先生、やはり君島さんだけが足を崩せないと言うのはちょっと可愛そうな気がします』

『いや、例えば胡坐だともっと腰に負担がかかるし、女性の横座りも腰に負担がかかるらしいよ?正座は膝に負担がかかるけど、腰には本来優しいはずなんだけどね』

『でしたら、椅子対局と言う訳にはいかないのでしょうか?』

『うーん(難しいだろうな。それだと彼女だけ特別扱いだ)』

『・・・(将棋界は女性初の棋士を大切に育てる気は無いのかしら)』


 痛みでボーっとする意識の中で考える。

 駄目だ、全然手が浮かばない。

 ヘタに指すとまた悪手を・・・これ以上無様な将棋は指せない。

 ・・・時間切れギリギリまで待って、投了するか。

 なるべく体を動かさず、ただ時間が過ぎるのを待とう。


 ごめんなさい、折角見てくれている人たちに申し訳ない。

 もっと面白い勝負を期待していたはずだ。

 でも今の私には対局を成立させる事しか出来ないよ。

 ただ時間が過ぎるのを待って、形だけでも頑張った振りをする事しか出来ないよ。


 動かない局面でごめんなさい。

 解説も聞き手も繋ぐのに大変だろうな。

 無様な私をネタに面白おかしくして貰って構いませんから。

 


 やっと夕休か。

 相手の残り時間はまだ2時間以上ある。

 私の残り時間はもう10分くらい。

 夕休明けに、すぐに投了する事になるだろう。


 いたた、夕食も一応頼んだけど、まったく食べる気しない。

 お腹空いてるはずなのに、痛みで麻痺しちゃってる。

 はあ、こんな形で今期の龍王戦が終わっちゃうんだな。

 簡単に勝ち上がれるとも思ってなかったけど、勝負以前の問題でチャンスを逃してしまう事になるとは。


 この先もいつ再発するか解んないし、腰をカバーするサポーターでも買おうかな。

 若いのにみっともないし、腰回りが一回り太くなるのが嫌で今まで避けていたけどさ。

 勝負に対する姿勢が甘かったんだな。

 はあ、またため息が出る。


 夕休後


「負けました。すみません、感想戦は無しでお願いします」


 終わった。

 ・・・ああ、何やってんだろ私。

 棋士として、中途半端な勝負になってしまった。

 折角注目されているのに、つまらない物を見せてしまった。

 ただ情けなさだけが心に残る。

 はあ、今日何度目の溜息だろうか。


「君島さん、取材は大丈夫ですか?」


 椅子に座ってでも良いですか?

 ちょっと腰を痛めてしまいまして。


「対局中の異変は腰を痛めたことによるものだったんですね」

「奨励会の時にも一度痛めたんですが再発してしまったようです。今日は不甲斐ない対局になってしまい、期待してくださった方々に申し訳なく思っています」

「やはり、正座での長い対局は厳しいんですか?」

「いえ、条件は他の棋士も一緒ですので、私だけが泣き言を言う訳にもいきません」

「条件は一緒と言いましたが、君島さんは胡坐をかけないので条件は厳しいと言って良いと思いますが」

「・・・」


 そんな事言われても規則なんだから仕方ないですよ。

 将棋界の伝統なんだから仕方ないですよ。

 

「フェミニストの団体が君島さんは椅子対局にしろと言いだしているのをご存知ですか?」

「ええ?初めて聞きました」

「それについてはどう思いますか?」

「えと・・・」


 困ったな、言葉を選ばないと。

 ああいう団体はなんだかんだ言って平等とかじゃなく、贔屓を求めているからな。

 悪い風に言うと逆切れするし。

 正直味方して貰っても厄介としか思えない団体だ。


 将棋界には将棋界のルールがある。

 それを良く知りもしない団体が、上辺だけを見て口を出して来るなんておこがましいのよ。

 自分達を何様だと思っているのかしら。


「私は現行の規則で対局に望むのが筋だと思っています。私の為に伝統を変えろとは思っていません。今回腰を痛めてしまったのは私の準備不足です。私自身の問題ですので他団体に口出しして貰いたくありません」


 ちょっと強めの口調になってしまったけど、拒絶の意思は伝えておかないと。

 はあ、ちゃんと伝わってくれるのかな。


 女性の権利を求めだすと、以前に連盟から離れてしまった別団体みたいになってしまいそうで嫌なのよ。

 不幸な道を歩んでしまったとしか思えない、あの団体みたいにはなりたくないのよ。



 UPSAという団体がある。

 正式名称はウーマンプロフェッショナル将棋アソシエーションだったかな。

 十数年前に連盟から離れて作られた女流だけの組織。


 女流の待遇を改善という名目で作られた組織。

 当初は連盟も独立を後押ししたとまで言われている。

 それくらい当時の将棋界の財政は切迫していた。


 だが、いざ独立の為の寄付を集め出すと、思いの外多額のお金が集まり始める。

 それを聞いて連盟の態度は一変する事となる。

 焦っちゃったんだろうね。

 ゴルフの世界のように、女子の方が人気が出る心配をし始めたらしい。


 今度は独立に圧力をかけ始める連盟。

 連盟の態度の変化に翻弄される女流達。

 そして、何人もの人達が不幸になった。

 馬鹿丸出しの茶番劇。



 元々、女流枠なんて作るからそんな事になるんだよ。

 花が欲しいから作ったんだろうけどさ。

 以前、新しく女流になった水上さんが連盟は顔の良い女流が欲しいだけって言ってたっけ。

 それも、本音ではその通りなんだろうなと思うんだよね。

 実力が無い以上、求められる物が変わって来ると言うか。


 でも当然ながら、都合よく綺麗な子ばかりが集まる訳でも無い。

 綺麗な子ばかり集めれば、それこそ反差別団体の餌食だ。

 安い賃金で綺麗な子だけを集めたいと考える連盟がおかしいんだけど。


 女流だって自分の食い扶持くらいは自分で確保するべきだ。

 誰も注目しない対局を年に数回やって、誰も見ない棋譜を作ってお金貰えるんじゃおかしい。

 色々矛盾だらけの中途半端な存在になってしまったような気がする。


 その中でもうまくやってる人は居るんだけどね。

 個性でなんとか前に出て、人気を得ている人も居る。

 かと思えば、連盟のHPを見てこんな人居たっけ?と思うような人も。

 それは男性棋士も一緒か。



 それを考えれば私は恵まれてるんだよ。

 容姿に恵まれ、注目も浴びる事が出来て。

 それなのに正座は嫌とか我儘言って悪目立ちしたくないよ。

 勘違いが始まると不幸な道へ進み始める気がしてならない。



「再度言いますが、私の為の特別配慮は不要です。時代の流れの中での変化なら受け止めますが、自分の為の処置であれば私は将棋界にとって異物になってしまうのだと思います」

「な、なにもそこまで深く考えなくても」

「いえ、郷に入っては郷に従えと、そういう事なのだと思います。なんでもかんでも変化が必要だと考える人も居ますが、私自身はその考えに賛同できません」


 これは本音だ。

 だから私は棋士を選んだんだ。

 最初から対等な道を選んだんだ。

 特別扱いではその道から外れてしまう。


「では、これからも変わらず現行の制度のまま、対局を続けると?」

「はい、ただし今回のような自分の準備不足で観戦してくださる皆さまをガッカリさせるような事が無いよう心がけます」

「・・・解りました。取材ありがとうございました」


 頑なだと思ってる顔だな。

 悪いけど記者さんが考えないような計算があるんだよ。

 私には私の考えがあるんだよ。

 そしてそれは生意気だと思われそうだから話せない事なんだよ。

 理解してとは言わないけど、騒ぎ立ててややこしくはしないで欲しい。

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