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駒唄  作者: 無二エル
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記録係、かぁ・・・

 1週間後 12月第一例会


「記録係の研修ですか?」


 その日の対局を2勝1敗で勝ち越す事が出来、ホっとしてたら師匠に話しかけられた。


「ああ、学生にはあまり行かない仕事なんだけど、もうすぐ冬休みだろう?」


 記録係とは文字通り、棋士の公式戦を記録する係。

 奨励会員の修行の一つと言われている。

 冬休みには学生に依頼が来るかもしれないので、やり方を覚える為に人を集め研修会を開くらしい。


 正直言うと、記録係は随分前から不人気職だ。

 一応少なからず報酬は出るのだが、持ち時間の長い棋戦だと、長時間正座で座りっぱなし。

 千日手指し直しになろうものなら、夜中になるのは当たり前。

 棋士は立つ事が出来るのに、記録は立ってはいけない。

 記録係は修行の為に脚を崩す事も許されない。

 食事休憩以外では、トイレにも立てないので水分も取りづらい。

 長時間座ってるだけより、その分将棋の勉強をした方が自分の為だ、等々。


 あげればキリがないほど不人気の理由が出て来る。

 私としても、腰と膝に不安を持つ立場としては、人の記録で体痛めたら本末転倒な気がしてる。

 それも自分の対局で経験した事の無い、長時間の正座となると・・・


「・・・あまり、乗り気じゃないようだね」

「はい、昔はそれも勉強だったのかも知れませんが・・・」


 棋士の対局を身近で見れて、自分で差し手を考える事も出来る。

 でも、今ではネットですぐに棋譜が手に入るようになった。

 一日かけて、一つの対局を研究するより、ネットでいくつもの棋譜を研究した方が勉強効率が良い気がする。


「ううむ・・・実はね、冬休みに 藤谷 王太七段の記録を、連盟は流歌にやらせたいみたいでね」

「王太君の?・・・と言う事は中継ありですよね?」


 ああ、そう言う事か。

 添え物か。


 今、王太君の対局は必ずと言っていいほどネット中継が入る。

 あまり将棋を知らない人にも注目されて、来場者数は鰻登り。

 ただ、将棋の中継はヘタをしたら1時間以上局面が動かない事がある。

 解説や聞き手がなんとか場を繋ぐのだが、「将棋ってつまらないね」と思われる事もしばしば。

 そりゃそうだよね、1時間も動き無しでは。

 本当に好きな人でないとなかなか耐えられない。


 だが、そんな中に見目麗しい女性わ・た・しが座っていたらどうでしょうか?

 ネット中継を見てると、連盟職員の女性が昼食の注文取りに来ただけでも、コメント欄はザワつく。

 ちょっとしたハプニングが起こっただけでもザワつく。

 動かないから、視聴者も変化に敏感になる。


 まあ、言うなれば、私は場繋ぎ要員として期待されている訳だ。

 変化が起こらない中での、観賞要員と言った方が適当だろうか。

 見た目から来る、客寄せパンダ的な意味合いもあるのだろう。

 将棋の実力とはまた別の所で期待されているのだろう。


 付加価値がある事は悪い事じゃないと思ってる。

 それだけで注目されるのだから。

 注目されてなんぼの世界に入ろうとしているのだから。


「・・・解りました。やります」

「ひ、引き受けてくれるのかい?」

「将棋界に少しでも貢献したいので」


 3月には1度休会しちゃうんだ。

 少しは貢献して風当たりを良くしておかないと。


「でも記録やるならスーツとか作った方が良いですか?」

「いや、君は学生なんだから制服で良いと思うよ」


 セーラー服か。それだけでおじさん層が食いつきそう。


「というか絶対に制服でやってほしいそうだ」

「なんですかそれ」

「出来れば夏服にして欲しいそうだ」

「12月ですよ?!だ、誰の趣味ですか!!」


 い、いやらしい。

 ・・・でも実際そんな物なんだろうな。

 過去には女流がメイド喫茶をやったりしてる画像を見た事がある。

 あれは当時流行ってた漫画とのコラボ企画だったのかな・・・

 詳しい事は解んないけど、大変だなぁと漠然と思った。


 男性棋士だって体張ってる人居るし、現代では棋士の仕事も多様化してるのかな。

 古臭い将棋のイメージを変えようと、色々模索してるようにも見える。

 だったら記録もチェスみたいにAI導入したらいいのに。

 手当を払わなくて済むんだから一石二鳥のような気もするけど・・・


「とにかくセーラー服で頼むよ!」

「念を押さないでください」


 師匠の趣味なのかな。

 弟子入り先を間違えたのだろうか。



--------------------------



「ええ?テレビに出るの?」

「ネットだよママ」

「・・・そんな未成年なのに。パパは許してくれるかしら?」


 あ・・・

 確かに反対されるかも、早まったかな。


 パパが帰って来た。

 日曜なのにどこ行ってたの?


「王太君の記録係?」

「連盟がどうしてもって」

「ふむ・・・」


 考えてる。

 頭っから拒否では無いみたい。


「お前が棋士になったらテレビにでもなんでも出るのは当たり前の事だと思うが・・・」

「まだ奨励会員だから駄目?」

「・・・それは、注目度のある番組なんだろ?生活しづらくなるんじゃないのか?」


 どうなんだろう?

 芸能人みたいに有名になれば当然顔を隠して歩かなければならないだろう。

 でも、棋士の先生達ですら、その辺歩いててもそんなに声をかけられないって聞くけど。

 勿論、羽月先生くらいになれば、また別の話なんだろうけど。

 うーん、ネットで記録係やったくらいでそこまでの影響はあるだろうか?


「お前は自分の見た目の事を、自分でどう評価しているのか分からないけど」

「可愛い方だと思ってます」

「そ、そうか、親としては心配なんだよ。ストーカーとか」


 うーん、まあ・・・無いとは言えないけれど。

 ・・・女流の竹原たけはらあかちゃんは、高校生の頃からテレビに出てたよね。

 それに比べれば・・・


「朱ちゃんは事務所に所属してるだろ?事務所が守ってくれるんだよ」

「そうなんだ」

「お前は移動も公共機関なんだから、自己防衛になるんだぞ?」


 そう言われると不安になって来た。

 将棋だけに打ち込みたい時に、余計な心配を背負いこむ事になるんじゃないだろうか?

 連盟はどれくらい守ってくれるのかな?

 奨励会員を、そこまで特別扱いするとも・・・

 うーーん。


「だからマスクして出るなら良いぞ」

「え?マスク?」

「連盟とのしがらみもあるだろ?先の事を考えれば断るのも良くない。だからマスクをしろ」


 マスク?

 風邪ひいた時にする、あのマスクだよね?


「当たり前だろ。プロレスラーみたいなマスクだと怒られるだろ」

「う、うん多分。それはそれでコメント欄盛り上がりそうだけど」

「こないだアババTV見てたら、マスクして記録取ってる子居たぞ?」

「パパ、将棋の中継見るんだ?」

「お前が飛び込もうとしてる世界なんだから、気になるじゃないか。何やってるか全然解んなかったけどな」


 ありがとうパパ。

 でもマスクか、それは連盟の狙いから外れるんじゃないだろうか。

 あのセクハラ団体は、もっと違う期待をしているんじゃないだろうか。


『ああ、マスクか。良いんじゃないかい?』


 師匠に電話で聞いてみたら意外にもOKが出た。


『綺麗な目元だけが覗いていた方が、あの子どんな顔なんだろ?って気になって、より興味を引けるかもしれない』

「・・・・・・」


 将棋界って、なんなんだろう。

 私は進路を間違えたのかな。

 はあ。


 記録がマスクをする理由は、風邪だからとは限らない。

 対局中、咳払いや鼻をかむ、鼻をすする音すら気が散るからやめろと言う棋士もいるらしい。

 でも、人間そんな訳には行かないよね。

 だから記録も気を使ってマスクをして音が漏れないようにするんだけど・・・

 ・・・・・・記録係減るよそりゃ。


 まあいいか。

 記録係の減少を私が嘆いても仕方ない。

 取りあえず親の許可が出たし、当日頑張ろう。

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