多忙な日々
「君島さん、橙龍門に参加しませんか?」
取材があると聞いて連盟に行ったら、若手棋士に話しかけれた。
橙龍門とは関東の若手棋士が将棋の普及活動を目的として作ったユニット。
イベントとか独自にやってたはず。
参加は自由のはずだけど、断ったら角が立つかな?
「えーと、私もまだ学生なので、大学を卒業したら考えさせていただきたいんですが・・・」
「そうですか・・・」
うわー、明らかに残念そう。
そうだよね、私は今が旬だからね。
今欲しい人材だったんだと思う。
でもやること一杯で忙しいんです。
棋士、大学、サークルで手一杯なんです。
連盟の仕事も入るかもしれないし、これ以上は抱えきれない。
「では、イベントの時に臨時で手伝って貰うと言う形では?」
ええ?それって所属してるのと、どう違うんだろう。
どれくらいの頻度でどんなイベントやってたっけ?
うーん、詳しく聞いちゃうと藪蛇のような気もするし・・・
ここはやはり、キッパリお断りしよう。
「現在は取材も多く、多方面の仕事をお断りしている状況なんです。そういう現状ですからこれ以上の役回りを抱えてしまうのは・・・」
「そうですか・・・」
ごめんなさい。
普及活動を頑張るなら私はもっとメディアの仕事を受けるべきなんです。
それを断ってる状態で普及活動を目的としたユニットに参加しても、見当違いと言うか。
言っては悪いが、裾野を大きく広げられる仕事を断って、隙間産業に力を入れる気分だ。
だって、若手棋士のイベントって、すでに将棋に興味がある人しか来ないもの。
意味が無いとまでは言わないが、それって普及では無いと思う。
まあ私の場合、今の所テレビで話題だから普及活動を達成してるんだよ。
調子に乗ってると思われそうだから言わないけどね。
王太君の時に子供の将棋人口が増えたように、女の将棋人口が増え始めたとも聞いている。
だったらそれをもっと伸ばす為には、勝つ事が一番大事だと思う。
弱ければまぐれで棋士になれたと思われるだけだからね。
この火を絶やさない為にも取捨選択はします。
理屈は通ってると思います、生意気だとしてもね。
はあ、断っちゃって後味悪いけど、取材に行かないと。
・・・羽月さんは忙しいスケジュールの中で、普及活動にも力を入れてるって聞くなぁ。
理想はそうありたいけど、私は自分にそこまでの才能があるとは思ってないんだよ。
二十歳で新四段の私が羽月さんと同じ事が出来るなんておこがましい事思ってないんだよ。
結局はキャパシティのオーバーなんだ。
そういう訳だからごめんなさい。
「君島さん、先日の朝の情報番組を見たんですが、可愛らしい少女時代でした」
「ありがとうございます」
この前の白湯女将棋部の取材の映像が、お茶の間に流れた。
なかなか反響が大きかったらしい。
「将棋を指している写真は無いんですか?」
「無いです。私はパソコンで指していたので、今でも木の将棋盤は家にありません」
「なるほど、家に将棋盤が無いというのは、伝説の真剣師 小池 重朋みたいでカッコいいですね」
小池 重朋か。
荒んだ家庭に生まれた不遇の天才だ。
私としては引き合いに出されてもあんまり嬉しい人じゃ無いかな。
だって自業自得でプロになれなかったんだもん。
「別に伝説の真剣師を気取っている訳では無いです。塩ビ盤ならありますし、木の盤駒も欲しいなとは思ってるんです」
「お好みの物はありますか?盤駒も色々ありますが・・・」
「そこまでこだわりは特に無いですね。盤は別にヒバでも桂でも新榧でも良いですし、駒も別に堀駒でも・・・あ、虎斑だけは苦手ですね。字が見えにくいので」
盤駒には色々ある。
価格も天井知らず。
私は別に、盤は卓上用の一枚板で良いし、駒もそんなに高くなくて良いと思ってる。
「君島さんは正座が苦手みたいですね。やはり脚付きの盤は必要ないと?」
「少なくとも家では使わないと思います。畳も無いですし、置き場に困るかも」
「なるほど、それぞれのスタイルがあるとは思いますが、少し寂しい気もしますね」
伝統を大事にしてないと思われそうな発言だったかな。
ちょっと新四段としては生意気だったかも。
そんなだから正座が苦手なんだって言われそう。
記者さんの理想は、家でも畳の上で正座して、姿勢よく将棋の勉強をしてる姿なんだろうな。
そういう人も居るだろうけどね。
「私は、リラックスした状態の方が頭が働いて、良い手も浮かびやすいと思っています」
「ああ、椅子対局の夕日杯の強さは別格でしたもんね」
「別格・・・やはりそう思いますか」
「?」
別格か。
自分でもそう思ってるんだよね。
私は畳の上では力のすべてを出せてない。
この前の龍王戦も相手の指し手で自分の勝負手を気付かせて貰った。
あれが、椅子対局なら自分で気付く自信があるのに。
「先日の中継内でも出た話なんですが、男は胡坐をかけるのに、女は正座を崩せないというのはどう思いますか?」
「ああ・・・肘掛けがあるので横座りが許されると嬉しいでしょうか?」
横座りもあんまりした事無いけど。
楽なのかなあれ。
でも絶対行儀が悪いって言う人は居るよね。
見方によっては色っぽいし。
「奨励会時代の竹野 さより女流は胡坐かいてたらしいですけどねw」
「・・・」
しかも、丸坊主だったんでしょ?
そんなの真似出来る訳無いでしょ。
「ともかく棋士の中で君島さんだけが足を崩せないと言うのは、私もどうなのかと思います」
「うーん、そう言って貰えるのは嬉しいんですけど」
何の実績も無い新四段の女がいきなり将棋界を変えようなんておこがましい。
女が入った途端、自分が有利になる主張をするのなら、疎まれるだろう。
まだ時期尚早だと思うんだよね。
「今は君島さんブームですよ?恩恵を受けている連盟や主催者も、耳を傾けるのでは?」
「いやいや、いくら私が旬って言っても」
正座には正座の美しさがあるのも解ってる。
それを大事にしたい連盟の意向も解らないでもないんだ。
タイトル戦は和服だし、和服なら椅子より正座の方があってると思う。
将棋は日本の文化、それを大事にしたい連盟が、形に拘らないのはおかしい。
しかし現実的に、持ち時間の長い棋戦で不安があるのも事実だ。
特に頑張りたい龍王戦と順位戦が、特に持ち時間が長いんだもんな。
私はこの2つで上位に行けるだろうか?
ただでさえ他の棋士も力を入れる棋戦なのに。
「言ってみて損は無いと思いますけどねぇ」
「いえいえ、ブームを長く続かせたいなら生意気なのは駄目ですよ。すぐに手の平返されちゃうんだから」
「はははw、君島さん、なかなか計算高いですねw」
「・・・」
記者さんに喋りすぎちゃったかな。
無駄かも知れないけど、配慮をお願いしますね。
-------------
5月中旬 加古川激流戦が始まった。
加古川激流戦とは、四段と奨励会三段上位者、女流2人、アマ3人で行われる40人のトーナメント。
下位の棋士で争う一般棋戦とでも言えばいいかな。
私と一緒に四段になった子もこの棋戦から公式戦デビューする。
この棋戦も正座対局だけど、持ち時間が1時間なんだよね。
正座は勿論苦手だけど、短い時間なら耐えられる。
この棋戦は積極的に優勝を狙って行きたい。
一回戦はアマや女流、三段同士で行われ、四段は二回戦から。
そして私の相手は女流の伊東さんだった。
女流玉座戦で負けたリベンジの機会が来たか。
勝負は私の勝ち。
良かった、女流とはなかなか対局できないからね。
負け越したままじゃ気持ち悪いと思ってたんだよね。
そして同時期に、MADAYA挑戦杯が行われる。
これは大手家電量販店が主催の若手棋戦。
五段以下でプロ入り15年未満の棋士とアマチェア1名で争われる。
参加は36人か。
こっちは持ち時間がなんと20分!
全然正座が苦にならないよ!
そうは言っても勢いのある若手棋士達は強敵だ。
簡単に勝てる相手では無いが、今しか出れない棋戦、上位を狙いたい。
1回戦の相手は一人だけ参加のアマチュアだった。
新四段とアマチュアは他より悪い条件から始まるみたい。
トーナメントとしては、32人で始まれば一番都合がいいんだろうけど、あぶれた場合は新四段、アマ、成績下位者で一回戦多く戦って調整するのか。
まあ短い対局だから別に良いけどね。
対局が始まった。
ふむ、アマと言えど強いね。
多分三段リーグと同じくらい、プロの下位よりは全然強い。
でも気付いてるよ、私を随分意識してるでしょ?
さっきからカッコつけた手を指し過ぎ。
そんな派手な手を通すと思う?
こちらは堅実に受け続け、相手の攻めが切れた瞬間に一気に畳みかける。
簡単に勝てた。
よし、これでプロになってから4連勝。
世間の懐疑的な眼もそろそろ無くなって来ると良いけど。
さて、次は月末の龍王戦の6組決勝か。
また持ち時間の長い棋戦に逆戻りか。
しかも決勝、大一番だ。相手も並々ならぬ覚悟で来るはず。
準備を怠らず、挑みたいと思う。




