割り切り
五月初旬 龍王戦6組 準決勝
これに勝てば取りあえず来期の5組昇格が決まる。
そして次も勝てれば龍王戦本戦トーナメントに進出決定。
さて、今日の相手は関西の若手棋士だ。
なので昨日から関西に来ています。
大学を休みたくなかったので、ゴールデンウィークの中での対局にしてもらった。
でも失敗だったかな、新幹線すっごい混んでた。
サングラスとマスクで隠してたけど、モデルのような長い脚で注目を浴びて、バレちゃった。
お陰で大阪に着くまでの間ずっとサイン攻め。
はあ、すんごい疲れちゃったな。
精神的な疲れが抜けきっていない。今日の持ち時間の長い対局に耐えられるだろうか。
車で来れば良かったのかな。
いや、高速だって混んでるだろうし、こんな長距離走った事無いし。
帰りの事を考えるとまた憂鬱だな・・・
どこかで長いスカートを買って脚を隠そうかな。
はあ、これも新人故の経験の無さからくる失敗だ。
やれやれ、次からは気を付けないと。
さて、すっかり意気消沈しちゃったけど、切り替えないと。
相手はただでさえ強い棋士だ。
まあ、こんなトラブルに見舞われる事だってあるよね。
これから長い棋士人生を頑張って行くつもりだ。一々動揺してたらやってけないだろう。
開き直って頑張るしかない。
今日も記者がいっぱいだ。
ネット中継も2局入る。
ふう、無様な姿は見せられない。気持ちを引き締めないと。
~アババTV~
『今日も君島ちゃんは美しいねぇ』
『先生もファンなんですか?』
『ファンかと言われれば複雑だね。そのうち対局する相手だからね』
『君島さんの将棋をどう見ますか?』
『本人も言っているように、ソフトの影響を大きく受けている将棋だと思うよ?』
『豊縞先生や百田先生もソフト研究で有名ですが、では君島さんの強さも・・・』
『君島ちゃんがあの二人くらい強いかどうかはまだ解らないでしょ。確かに渡邊棋玉と百田に勝った将棋は見事だったけど、評価を下すのは早いよ』
『そうですね、では本日の6組準決勝はどうなりますか?』
『相手は西川、7割近い勝率を残してる強敵だよ。今日の対局は簡単では無いだろうね』
強い棋士と慣れない関西での対局か。
食事どうしようかな。こっちのメニューに詳しくないから迷いそう。
うどんも薄味だし、全体的に味が関東とは違う。
やっぱり無難に1階にある洋食屋さんから出前取ろうかな。
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昼食休憩が終わり、午後の対局へ。
手数はまだ40手ほどしか進んでない。
ここからの進行は更にゆっくりになるので眠くなるかも。
それは局面次第か。折角中継も入ってるし、退屈な展開にはならないで欲しい。
~49生~
『君島さん、今日は普通の昼食ですね』
『いつも鰻重って事は無いでしょう。それに関西へ行くと私も普段と勝手が違うので、迷う事が多いです』
『と、言いますと?』
『食事の量が読めないんですよ。思っていたよりボリュームがあったりとか。食べきれなければ残せばいいんですが、困るのは足りなかった場合でしょうか』
『ああ、スタミナ切れになっちゃうんですね』
『そうです。そんな時の為に一応カバンの中に携帯食を忍ばせては置くんですけどね』
『チョコレートを持って来る棋士は多いですね』
『脳への糖分補給も兼ねたチョコレートは棋士にとって優秀な携帯食と言えます』
『私も毎日チョコレートを食べてます(将棋の為にこれからもチョコ食べよう)』
『はあ(てめーは糖分取りすぎだよデブ)』
チョコはあまり食べない。
ママが、私の体型を気にして子供の頃からあまり与えてくれなかった。
好きだけど、大人になった今でもあまり食べないようにしてるかな。
私はグミを携帯している。
糖分補給にもなるし、噛む事で集中力が増すらしいので、受験勉強の時にも重宝していた。
噛みごたえがあって、顔の引き締めにも良さそうだし。
チョコは脂質とカロリーが高すぎる。
だから私は将棋の時はグミを食べる。
『あれは何でしょう?』
『グミじゃないですか?モグモグしてますね(キャラ作り?それともCM狙ってるの?)』
『グミですか(俺も今度真似てみよう)』
勝負は中盤、難しい局面になってしまった。
撹乱が上手だな。解りやすい罠と気付きにくい罠の2つを仕掛けられた。
前者はおとりで、後者が本命なのだろう。
2つの罠に気付いたけど、心理的にはもっと解りにくい罠が潜んでいるのではないかと思ってしまう。
時間を使わされる。
~アババTV~
『君島ちゃんは西川の罠に気付いてるね』
『はあ、ここの誘いですか?(こんなの私だって気付くわよ)』
『いや、それはフェイクで本命はここの・・・』
『な、なるほど(本当だ、先走って恥かいちゃった)』
『だから馬を引いたんだろうね(引くまで気付かなかった。やばいやばい)』
慎重な局面が続く。
もう夕食休憩?うーん、時間使いすぎちゃったかも。
持ち時間で30分の差が付いちゃった。
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夕食を食べてすぐに対局場に戻る。
休憩時間は続いてるけど、相手が休んでいる間も考えないと。
そう思ってるのに、相手も食べてすぐに戻って来た。
お互い難しい局面だと考えているのだろう。
局面は互角に見える。
お互い攻め手に欠ける展開。
どうしよう、千日手の手順が見える。
それは避けたいな。私は体力無いし。
かと言って攻め急ぐと明らかに分が悪い。
何か都合よく鋭い一手を思いつければ良いんだけどなぁ。
なんて、そんな簡単に思いつく訳も無い。
そう言えば夕食の味解んなかったな、勿体ない。
休憩終了まであと5分か、一度トイレに行っておこう。
この後はなるべく立ちたくない。
持ち時間をトイレで消費したくない。
トイレから戻ってくると、入れ替わりで対局相手がトイレに行った。
相手も同じ考えか。持ち時間の消費を極力抑えたいのだろう。
・・・相手が居ないうちに、ちょっと相手側から盤面を見てみようかな。
四五六先生がよくやってた『しごろんアイ』だ。
相手側から遠目に立ちながら盤面を見る。
・・・こうして見ると、私の戦型の守りの薄い場所が解るような気がする。
畳みかけられると受けきれるだろうか。
一度、自分側からも見てみよう。
・・・こっちから見ると、そこまで危ないようにも見えないけど。
あれ?逆に相手のあの場所が薄く見えて来た。
もう一度相手側から・・・あ、相手が戻って来ちゃった。
なんだろう、微かにだけど、有利になる手順が見えたような。
確信は無いけどこのままじゃ膠着状態だし攻めてみようかな。
休憩が終わり、私は夕休後の一手目を指した。
~49生~
『せ、先生、評価値が1000動きましたよ?』
『君島さんの+1000ですか!』
『どういう事ですか?』
『・・・(さっぱり解らん)』
~アババTV~
『ほう・・・これはまたややこしい手を』
『先生、どういう事ですか?』
『うん、僕もまだ見えている訳じゃ無いけど、こうなって、こうなって・・・いや違う、こうなって・・・うん?いやこれだと受けられるか、じゃあこう・・・』
『・・・あ!先生、ひょっとしてここでは?』
『おお!これが見えてるのか?!』
解らない。
何かあるような気がするんだけど・・・
?・・・相手が何かを気にしたような。
何だろう、何があるんだろう。
解らないけど涼しい顔をしていよう。
多分何かあるんだ。ここから相手は長考に入るはず。
その間に私も見つければ良いや。
持ち時間が逆転していく。
相手は難しい顔をしながら時々私の顔色を窺う。
私は涼しい顔。まだ見つかってないんだけどね。
でも相手はとっくに気付いているようだ。困ったなぁ。
相手がゆっくりと一手を指す。
逆襲を怯えるような少し震える指先。
・・・なるほど、そこだったのね。
相手の指した手で一気に見えた。
そっかぁ、そこにそんな秘密が隠されていたのか。
相手の手は一応邪魔をする手だけど、隙だらけだ。
苦渋の一手だったのが伝わって来る。
さて、見えたからには一気に攻めよう。
最初から解っていたとでも言う様に。
待ちかねたと言わんばかりに。
じわじわと、相手の玉に迫って行く。
~49生~
『評価値が・・・』
『西川五段はまだ粘れますが、ほぼ勝負は決まったでしょう』
『君島さんは夕食休憩前からこの手が見えていたのでしょうか?』
『どうでしょうね?しごろんアイは光明を見つける為だったのか、それとも自分の攻めの確認の為だったのか』
『どちらにしろ、局面が進むまで私には解りませんでした』
『・・・(俺もだよ)』
攻める。
相手は受けに必死だ。
手が進む度に私が有利になって行く。
相手の持ち時間が無くなって行く。
もうちょっとで相手の詰みが見えそうだ。
ああしたらこうして、こうしたらああして。
―負けました―
相手があっさり投了して来た。
受けきっても打つ手なしと判断しての事だろう。
ここに来るまでに、私はかなり駒得したからね。
賢明な判断とも言えるだろう。
記者が雪崩れ込んできて、フラッシュが焚かれる。
う、光が辛い。
目が相当疲れていたようだ。
そして脱力感に襲われる。
気を張っていて気付かなかったが、疲労感が凄い。
「君島さん、夕食休憩の後の一手は見事でした」
「・・・実はハッキリと見えていた訳では無いんです。何かあるなとは思ったんですが」
「おお、それでよく踏み切りましたね」
「綱渡りの一手だったと思います。内心はヒヤヒヤしていました」
相手の顔色が変わる。
私が実は気付いてなかったと言う事実。
相手は悔しいというより、ホッとしたように見えた。
相手を上回った訳では無いのだ。
相手の方が先に気付いて、受けの手で気付かせて貰った。
まったく見当違いの手を指されたら次につながる手を指せなかったと思う。
相手が強く無ければ気付きもしなかっただろう。
今日は指導対局をして貰い、勝たせて貰えたという印象に近い。
「これで、龍王戦6組 決勝戦に進出です」
「そうですね、取りあえずは5組に昇格を決められて良かったでしょうか。次も勝って決勝トーナメントに進めれば良いですが・・・」
疲れていたためか、尻切れになっちゃった。
相手がどんどん強くなる中で、自分の実力も体力も足りてないと思えた。
~アババTV~
『君島ちゃん、随分疲れてるね』
『やはり女性にこの長い持ち時間はキツいのではないでしょうか?胡坐もかけませんし』
『うん。ちょっと可愛そうだね』
『はい・・・ずっと正座と言うのは、男性と女性の対局でフェアじゃない気が・・・』
『確かにね(でもどうしようも・・・)』
『君島さんとの対局時には男性も胡坐禁止とか』
『ええ?そっち?負担を減らす方向で考えた方が建設的だと思うよ』
『では、楽々正座椅子のような物を使うのは?』
『あれか・・・あれは見栄えが悪いでしょ』
『そうですか(将棋界の考え方は古いのよ)』
感想戦の前にちょっとトイレへ・・・
いたた、すぐに立てないな。
はあ、足を投げ出してマッサージしたいけど、まだカメラが回ってる。
相手の前で失礼になるし・・・
はあ、堅苦しい世界。
相手が感想戦を早く切り上げてくれた。
良い人だったんだね。
いたた、ホテルに帰ってすぐにお風呂に入って寝たい。
はあ・・・ああ、ため息が多いな。
・・・ちょっとトイレで鏡を見よう。
・・・疲れた顔。
2、3歳、老けたように見える。
軽くショックを受けるとともに、こんな事をしてたら持たないかも知れないと思い始める。
今は一晩寝れば元に戻るけど、これが、対局が混んで来たらどうだろうか?
持ち時間の長い対局が続いたら、私の体は持つのかな?
もっと体力をつけなくちゃと思っていたけど、それだけじゃ駄目かも
順位戦とかはもっと長いんだ。取捨選択をしていか無ければならないかもしれない。
まず龍王戦。
タイトル戦で8時間、本戦・ランキング戦で5時間の持ち時間。
これは羽月さんのタイトルだから頑張りたい。
次に名人戦・順位戦。
タイトル戦で9時間、順位戦で6時間の持ち時間。
これはリーグ戦だから負けても規定数の対局を強制参加。
自分の基本給にも関わって来るから頑張りたい。
その他のタイトルは正直どうしようかな。
全部頑張ってたら持たない気がする。
持ち時間の短い永王戦や棋精戦は良いけど、正直賞金が安いのに持ち時間の長い玉将戦なんかを頑張ってたら割に合わないのではないだろうか。
玉将戦は歴史ある棋戦。
その為か、タイトル戦は2日制だし、七番勝負だ。
予選の後の本戦はリーグ戦で対局数が多い。
でも賞金が安い、大変な割に得られるものが少ない。
永世称号も10期獲らないと駄目とか、他の棋戦よりもハードルが高い。
正直一番軽視したいタイトル戦だ。
一般棋戦の夕日杯や宇宙戦の方がよっぽど魅力的だ。
棋士ならすべての対局を全力で挑めと思われるかもしれないが、そんなの建前だよ。
・・・羽月さんなら、全てを頑張るんだけどね。
だからあの人は龍王と名人の永世称号が遅れたのだと思う。
それに集中すれば、もっと早く獲れたはずだ。
でもあの人はその全てを全力で獲りに行く。
出来ればあの人のように頑張りたい。
憧れの人だ。同じような心構えで行きたい。
でも、やっぱり私には無理だと思う。
元々体力で女は男に絶対敵わない。そのハンデを乗り越えていく為には・・・
ここから先、無理をせずに負ける場面や、ひょっとしたら捨てる対局も出てくるかもしれない。
本意ではないが仕方が無いのだ。割り切りたい。




