躍進
大学の春季大会個人戦最終日3日目に来た。
同日に女流戦も行われる。
1年生は今回お休み、皆6月の新人戦がデビュー。
木葉ちゃんだけは団体戦にエントリーするかも。
前回まで女流戦に出てた那由、頼子、シャリーも今回は個人戦にしたらしい。
だが男子の壁は厚く、3人共初日で予選落ち。
2日目のベスト64からの本戦には遥、織華ちゃんが勝ち進んだ。
玲奈は秋季大会でベスト4だったので今回は2日目からのシードだったらしい。
遥は結局2回勝ったけど3回戦負けてベスト16。
そして3日目からのベスト8まで進んだ玲奈と織華ちゃん。
ベスト16の敗者同士の戦いもあるらしく、10位まで決めるんだとか。
春季で10位に入れば5月下旬に行われる学生名人戦に出れるらしい。
あと、女流戦に出る花音ちゃんと、2年生の何人かを応援しに来た。
「凄いね、ちょっと前まで女が初日突破したこと無かったのに、今回はベスト8に2人」
「・・・アタシももうちょっとだったんだけどね」
遥は悔しそうだ。
これから忙しくなるからこの春季大会に賭けていたんだろうな。
でもまだ団体戦もあるし、今日2つ勝てれば名人戦だよ。
「・・・あ、スマホはやめて。もう大人なんだから常識考えて」
おっと、他校の出場者が私にスマホ向けてた。
遥が気付いて注意してくれた。
ごめんね、私の為に・・・来たの失敗だったかな。
「流歌ちゃんはぁ、悪くないよぉ」
「そうだよ!盗撮なんてボク許せないな!」
「オー、日本人シャイ、なんで声をかけないのデスカー?」
そうなんだよね、『写真良いですか?』の一言があれば全然違うのに。
節度を守ってくれるなら、一緒に撮らない事も無い。
まあ一人撮ると連鎖するから状況にもよるけど。
文科系のサークルの人は特にシャイと言うか。
声かける勇気が無いのかな。
だからって黙って撮るってのも・・・
盗撮を犯罪だと解ってないのだろうか?
有名人には何をしても良いと思ってるおかしな人も居ると聞く。
どこでそんな勘違いしちゃうんだろ。
遥が主催者に言って、主催者がアナウンスをしてくれた。
盗撮は犯罪ですよ。最悪将来が台無しになりますよ。
対局の準備が進んでいく。
優勝の可能性がある3人と、10位を目指す遥。
目標は違えどやる事は一緒だ。
どうかお願い、勝って。
「あ、対局が始まったみたいだよぉ」
応援と言っても遠目から見てるだけなんだけどね。
アドバイスになるから大きな声も送れない。
玲奈、織華ちゃん、花音ちゃん・・・絶対優勝して。
「流歌、絶対優勝は流石に・・・」
「え?那由、私、口に出してた?」
「う、うん」
聞こえてないと良いけど。
大丈夫、集中してるみたいだ。
私のプレッシャーは聞こえてない。
「勝ったのだ」
「ええ?早いね花音ちゃん」
「素人だったのだ、花音の敵では無いのだ」
ああ、女流は素人同然の子も出るのか。
確かスイス式トーナメントで4戦あるとか。
でもそうなると個人戦より1局多いんだね。
次も頑張って
「織華ちゃん、形勢悪そうだねぇ」
うん、厳しい顔してる。
悩む姿も可愛いな。
でもどうしても胸に目が行っちゃう。
「君島さん、いやらしい目はやめなさい」
「うわあ、玲奈、終わったの?」
「はい、勝ちましたわよ」
おお、これでベスト4?
去年の秋季大会に並んだね。
「・・・勝ったよ」
遥も勝った!
良い流れだ!
「ま、負けてもうた」
ガーン。
うう、織華ちゃん・・・私の胸で泣いていいよ?
「で、でも、学生名人戦は出れるんで」
ベスト8に入った時点で玲奈と織華ちゃんの出場権は決まっている。
後は遥が10位に入れば・・・白湯女から3人出れるって事?
ねえこれって凄い事なんじゃないの?
関東ベスト10が白湯女に3人居るって事だよ?
団体戦もA級くらい行けるんじゃ・・・
「うーん、ボクらがもっと強ければね・・・」
「団体戦はぁ、7人制だからねぇ」
そっか、ちょっと興奮して失念してた。
初日で涙を飲んだ3人と、女流でどこまで行けるか解らない花音ちゃん。
この4人にA級を目指せと言うのは酷かもなぁ。
それに6月から遥と那由が抜けるんだっけ。
A級に居る皆を見たいけど、それは私の我儘か。
2局目が始まったようだ。
「玲奈の相手って、さっき織華ちゃんが負けた人?」
「はい、優勝候補みたいです」
玲奈も厳しい顔してるなぁ。
と言うか、ベスト4なんて強い人しか居ないに決まってる。
玲奈はよく戦ってるよ。
「勝ったのだ」
「ええ?早すぎない?」
「花音ちゃんは最近持ち時間を使わんのやわ」
「速指しにハマってるのだ」
それで勝てるのなら良いけど・・・
あ、遥はどうかな。
「遥先輩も厳しそうやわ」
「うん、相手の顔に余裕があるね」
じりじりするなあ。
元々見てるだけと言うのは性に合わない方だ。
持ち時間がどんどん減って行く。
玲奈も遥も粘ってる。
「あ、玲奈のとこ1分将棋になったみたい」
「遥のところもだよ」
双方両者とも1分将棋か。
個人戦の持ち時間は30分で切れたら一手60秒。
ただし対局時間が90分を越えたら一手30秒になるんだよね。
大会進行を考えた上で仕方のない時間制限。
まだ粘ってる。
手数がどんどん積み重なって行く。
「あぁ、主催者がぁ30秒の時計を準備してるよぉ」
「30秒なんて、シャリーには無理デース」
恐らくミスで決まる局面だ。
2人共、頑張って。
・・・あ!玲奈の対局相手が頭抱えた!
力強く玲奈が次の一手を指す。
相手が頭を下げた。
「やっ・・・」
「シー、那由、まだ遥の対局が終わってないよ」
「ご、ごめん」
で、でも玲奈、これで決勝進出だよ。
凄い・・・泣きそうだ。
後は遥、今どうなってんの?
指しては対局時計を押し、指しては押しの繰り返し。
顔は両者とも苦しそう。
クールビューティの遥があんなにも険しい顔をするなんて。
相手だって必死なんだ。学生名人戦に出たい気持ちは一緒なんだろうな。
駒台に駒がいっぱい・・・
泥仕合になってるのかな。
両者とどめを刺しきれない状態かな。
あ・・・遥の目に力が入ったように見えた。
力強く次の一手を指す。
相手は動かない。
でも遥の目を見ればわかる。
決まりなんだね。
プーーーーーーーー
対局時計が鳴り響いた。
それを聞いて相手が頭を下げる。
相手に次の一手を指す気力がもう無かったか。
「やった!!」
「す、凄いぃ遥ちゃん」
「オー、流歌がまた泣いてマース」
やった、やったね遥!
10位だよ!名人戦に出れるよ!
「・・・つ、疲れた」
「わたくしもです。次、頑張れるでしょうか?」
2人共疲労困憊だ。
遥はこれで決まりだけど、玲奈は決勝・・・
「先に行って来るのだ」
「花音ちゃん、頑張るんやよ」
女流の3局目が始まる。
女流に出てる他の2年生の子は勝ったり負けたりだそうだ。
個人戦は長引いちゃったからもうちょっと休憩貰えるみたい。
「玲奈、取りあえず少しでも頭を休めて」
「冷えピタモッテルヨー」
「玲奈ちゃん、飲みものいるぅ?」
「ボク肩揉もうか?」
決勝を頑張って欲しいから過保護になった。
玲奈も疲れてるせいかされるがままだ。
「勝てば、優勝、ですわ」
「玲奈?」
ぼんやりしてる・・・
玲奈・・・キツいならそんなに無理しなくていいよ。
ここまで来ただけでも立派だよ。
「どうせなら勝ちたいですわ」
「解かるけど・・・」
「君島さん、男だらけの世界に飛び込んだ貴方は立派ですわ。女でもやれる事を見せてくれた事を誇りに思いますわ」
「玲奈?」
「わたくしは、それに続きたいのです。将棋界での女の地位の低さを・・・大学将棋でも、最初はナメられるばかりで、悔しい思いをたくさんしましたから」
玲奈・・・もう貴方達をナメる奴なんて居ないよ。
対局相手の顔見てみなよ。
集中してる、余裕も慢心も無い顔だ。
「それでもまだ、女に負けると恥のように思ってる者は居ますわ。優勝者が女なら、自分の負けを受け入れる事が出来るのではないですか?」
プライドか。
玲奈は認識を変えたいんだね。
まぐれで女に負けたとか、言わせない為に。
「それと同時に、今まで女が不甲斐なかったのも事実ですわ。負けても平然としている他校の女子に、何度苛立ちを感じた事か」
負けても仕方がない、だってまわりは男ばっかりだもの。
軽い気持ちで出場し、無駄に負けを重ねて来た訳か。
女がナメられる原因を作り上げて来た。
「勝ったのだ」
「うわあ、花音ちゃん、びっくりした。これで3連勝?次勝てば優勝じゃないの」
「花音も次は個人戦に出るのだ。女流戦は逃げのように思えて来たのだ」
「逃げだなんて・・・」
「楽しくやるならそれでもいいのだ。でも花音は強くなりたいのだ」
・・・そだね。やる気を強要しても仕方ないけど、向上心があるのなら。
あ、個人戦も決勝が始まるみたい。
「行ってきますわ」
「玲奈!見てるからね!個人戦かも知れないけど、私達も一緒に戦ってると思って!」
「ふふ、心強いですわね」
席に着き、始まりを待つ。
疲れは取れたかな?集中出来てるかな?
・・・相手、強そうだな。
「那由、何してるの?」
「何って念を送ってるんだよ!流歌もやってよ、弱いボクの念じゃ意味ないかも」
念って・・・
でもそういうのって大事かも、今は何にでもすがりたい。
思いを乗せて、念を送る。
「Our Father, Who art in Heaven, God bless Reina」
シャリーも祈ってる。
ネイティブ発音だと何言ってるか解んないけど、多分、お腹空いたとかでは無いと思う。
対局が始まった。
応援と敗者達が見守る中で頂点が決まる。
序盤はテンポよく進んでいく。
持ち時間は30分。ここで時間を使う事は無い。
玲奈の手が止まる。
何を迷ってるんだろう?ここからじゃ局面が見えない。
難しい形になってるのかな。
お願い、玲奈にひらめきを・・・
打開する力を・・・
玲奈の手が動き始めた。
少しずつ局面が進んでいくけど、相手も時間を使い始めた。
・・・え?迷った?今、相手の手が迷ったね。
玲奈、一体どんな攻撃を仕掛けているの?
何が起こってるのか解らないけど、玲奈の顔にも余裕は無い。
目が盤面の隅々まで行ったり来たり走っているのが解る。
見落としがないように、間違いが無いように。
ここで相手の渾身の一撃。
指し方で解る。自信のある手を繰り出したのだろう。
玲奈も動きが止まった。
「玲奈ちゃぁん・・・」
「み、見てられない。流歌、ボクの代わりに念を・・・」
「見てあげて那由、皆の思いを背負った部長を見ていてあげて」
「う、うん」
「・・・玲奈、落ち着いて」
遥も休憩を終え、玲奈を見守る。
あ、花音ちゃん、4回戦が始まるの?
頑張って、そっちも見てるからね。
・・・探している。
玲奈の目が縦横無尽に動き回り、打開策を探している。
止まった。一か所をじっと見つめる玲奈。
見つかったの?
玲奈の手が動き始める。
相手も予想していたのか、すぐに指し返す。
玲奈の顔が変わった。すぐに指し返す。
「・・・相手が誘いに乗ってくれたみたいだね」
「え?解るの?遥」
「・・・うん、アタシが玲奈と一番指してるから解る」
回りには解らない微妙な変化なのだろう。
でも遥には解るようだ。
「・・・ほら、相手の動きが止まった」
指し進めるうちに、玲奈が有利になったようだ。
今度は相手が悩む番か。
見てるだけでも疲れる。
でも玲奈はもっと大変なはず。
応援が泣き言言ってどうする。
全身全霊で念を送り続けろ。
あれ?花音ちゃんが頭抱えてる。
解りやすい悔しがり方で悶えてる。
「ああ・・・花音ちゃん、多分ミスしたんやわ」
そうなの?織華ちゃん。
もう、早指しなんてするから・・・
どっちも心配、どっち見ればいいのよ。
玲奈の方は終盤。
どうなの?勝ってるの?
表情では解らない。
ただどちらも苦しそうに見える。
相手の陣で手が動いてるように見えるけど・・・
攻めてるんだよね?
玲奈の駒台に駒が少ないのが気になる。
もう、終局間近なら良いんだけど・・・
あれ?花音ちゃんの表情が復活してる。
何があったの?
「多分、投げやりで指した手が好手になったんやと思います」
「そ、そこまで解るの?」
「はい、花音ちゃんと一番指してるのはウチですから」
・・・玲奈に対する遥と、花音ちゃんに対する織華ちゃんか。
相手を知り尽くしてるんだね。
「・・・流歌、見て。玲奈が勝つよ」
「え?!」
ほ、本当に?
私にはさっきと変わらなく見えるけど。
・・・いや、確かに目の力が違うかも。
勝って。玲奈勝って。
那由が念を送っているよ。
シャリーも頼子も祈りを送っているよ。
皆の思いを受け取って!
玲奈がゆっくりと息を吐く
もう盤面を見ていない。
呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。
対局時計をチラッと見る
ゆっくりと駒を持ち、一手進めた。
―まいりました―
やっ・・・!
まだだ。
まだ花音ちゃんが終わってない。
溢れ出そうになる涙が邪魔だ。見えなくなるじゃないか。
ああ、また花音ちゃん苦しそうになってる。
何か失敗したの?
玲奈も対局席から動かず、ただ花音ちゃんを見守っている。
「花音ちゃん、苦しそうなのにまだ早指ししてるけど」
「手拍子で相手が指して、ミスを誘導する以外無くなってるんやと思います」
形勢は不利なのか。
持ち時間はまだまだ残ってそうだけど。
花音ちゃんの表情を見ると、形勢はかなり不利なのだろう。
それでも早指しを辞めないのは、花音ちゃんが考えてる時間が、相手の考える時間にもなるから。
少しでも相手が考える時間を無くしたいから。
早指しのプレッシャーは持ち時間の差となり、相手にのしかかる。
局面が有利でも、自分の持ち時間が少なければ嫌な物だ。
だって、後で考えたい局面が来るかもしれないんだから。
未来への保険が少なければ人はプレッシャーを感じる。
そして、持ち時間を減らしたくない心理に陥った相手は手拍子で手を返す事がある。
それが、悪手だと思わずに。
「!」
「どうしたの?織華ちゃん」
「花音ちゃんの鼻の穴が一瞬膨らみましてん。反撃開始かも知れまへん!」
そんな癖があるんだね。
ああ、手つきで息を吹き返したのが解るよ!
花音ちゃんの駒音が対局場に響き渡る。
相手の女の子がここに来て焦ってるのが解る。
しかも1分将棋になったみたいだ。
花音ちゃんの時間はまだまだ残ってるはず。
あ、本当だ。鼻の穴が膨らんだ!
相手の子の狼狽が酷い。ミスを連発してるのかも!
躊躇せず攻め続ける花音ちゃん
相手も時間ぎりぎりで手を返すものの、迷いながらなのが伝わって来る。
指し手がフワフワしてる。
プーーーーーーーーー
!!
相手の時間切れ負け?
決まったの?
相手が唇を噛みしめてる。
握りしめた拳で解る。悔しいんだね。
おそらく大差で勝っていたのだろう。
それを、心理戦でひっくり返された。
でも挨拶はしなきゃ駄目だよ。
悔しくても認めなきゃ駄目。
『負けました』って言わなきゃ駄目。
そんな態度だから女がナメられるんだよ。
玲奈と花音ちゃんが立ち上がる。
もういいよね?私達は走りだす。
白湯女将棋部メンバーは、2人に雪崩れ込む。
「きゃああ!」「うわあ!なんなのだー」
2人を抱きしめ、力の限りに引き寄せる。
もみくちゃにされる玲奈と花音ちゃん。
「み、皆さん、落ち着いて」
「無理、今日は玲奈を離さない」
「君島さん・・・」
「織華、泣きすぎなのだ」
「だって、優勝やよ?」
2人共優勝だよ!
本当に本当におめでとう!
そして思いに答えてくれてありがとう!
表彰式が行われる。
女流に出た他の2年生も順位悪くなかったんだね。
ごめんね、あんまり見れなくて。
個人戦優勝の玲奈と女流戦優勝の花音ちゃんに賞状と賞品が贈られる。
賞品はなんなの?粗品なんだ。まあそんなもんか。
優勝と言う栄誉が大事なんだね。
ともあれ、玲奈と遥、織華ちゃんの学生名人戦への出場も決まった訳だし・・・
女流出場者には今回何も無いの?
秋季の時は女流名人戦に出場できる権利があったよね?
・・・無いのか。まあ秋季の出場権も適当な物だったし、そんなもんなのか。
「どっかでお祝いする?玲奈と花音ちゃん、食べたい物は?」
「では、ウナギを食べてみたいですわ」「花音もなのだ」
「2人共ウナギ食べたこと無いの?」
「スーパーのならあるのだ」
「無いですわ。我が家は洋食ばかりでお刺身とかもあまり・・・」
お嬢様なのに無いのか。
まず家族でお店で外食する事があまり無いらしい。
「君島さんがあれほど絶賛するのですから、食べてみたくなりましたわ」
「花音もなのだ。連盟の近くの店が良いのだ」
あそこか。ここから近いけど、あんまり綺麗なお店じゃないよ?
「シャリーも食べた事ナイヨー」
「で、でもぉ、ウナギって高いよぉ?」
でもせっかくのお祝いだしな。
食べたいと言うのなら、食べさせてあげたい。
「なんでしたらわたくしが・・・」
「ちょっと、玲奈が払ってどうすんのよ。お祝いなんだから私に任せないさいよ」
「ええ?流歌一人で払う気?」「12人居るよぉ」
だ、大丈夫だよ。女王の賞金まだ殆んど手つかずだし。
ちょっと怖い気もするけど好きなだけ食べていいよ。
そんな訳で皆でうなぎ屋へ向かう。
私と遥の車になんとか乗りきった。
うなぎ屋
「美味しい!何これ!おかわり!」
「・・・那由、ウナギでしょ、アタシもおかわり」
「本当に美味しいですわね。わたくしもおかわり」
「時間がかかるから先に注文しとくのだ。おかわり」
「頼子は食がぁ細くってぇ。蒲焼きだけおかわりぃ」
「ウナギは確か、関西と関東で焼き方違うってどうでもええか。ウチもおかわり」
やばいなこれ。10万超えそう。
食事でそんなに支払ったら人生観が変わってしまいそう。
「よう!お前らどうしたんだ?」
「まあ尊敬する桐生先生、今日は本当に良いタイミングで来ましたね」
「へ?」
都合よく桐生が来た。
連盟が近いせいか、棋士何人かで来たらしい。
「いつも記録係を頑張ってくれている玲奈が関東大学春季個人戦で優勝したんです」
「ま、マジでか?すげえな!」
「そして記録係はやってないけど、花音ちゃんが女流戦優勝です」
「お、おう、おめでとう」
「言葉だけですか?」
「え?」
私の言いたい事を察したみたいだが、流石に躊躇する桐生。
そうよね、アンタの給料だと10万は厳しいか。
そこで相談なんですが、私と割り勘に・・・
あまり考えずに仲良く2人で払いましょうよ。
「私が払うよ」
え?聞いた事のある声・・・
この声は・・・
「は、羽月先生!!」
な、なんで?
なんで桐生なんかと一緒に居るの??
と言うか、泣きそう!
え?って言うか、羽月先生に奢らせる訳には・・・
「個人戦で優勝って凄いね。大学将棋はレベルが高いのに」
「ありがとうございます。羽月先生」
「それに、いつも記録係を引き受けてくれてありがとう。助かっているよ」
ちょ、ちょっと玲奈、その場所変わって。
でも私が優勝した訳じゃ無いしな。おかしいか。
ぐぐ、話しかけて貰えて羨ましい。
「羽月先生なのだ?」
「君も女流戦優勝おめでとう。凄いね白湯の水女子大で優勝独占したの?」
「そうなのだ。白湯女将棋部は強いのだ。団体戦も頑張るのだ」
「羽月先生、ボクお腹が空いたからもう1杯食べたいんだけど」
「構わないよ」
え、遠慮してよ、那由!
いっぱい食べる集団だと思われたら恥かしいでしょ!
ああ、話に入って行きたいけど入っていけない。
遥と頼子と織華ちゃんも突然の羽月さん登場に固まってる。
将棋好きなら誰もが憧れる存在。恋する乙女モードだ。
「じゃあごゆっくり」
ああ、行ってしまった。
でも狭い店だから姿が見えるな。
お代わりがどんどん運ばれてくる。恥かしい。
会いたかったけど、こんな形で会いたくなかった。
「君島さん、羽月先生に会ったのは初めてですの?」
「うん・・・え?玲奈会った事あるの?」
「はい、連盟で何度か、記録は取った事ありませんけど」
「ボクもあるよ」「シャリーもダヨー」
「那由、アンタ遠慮しなさいよ」
「・・・羨ましい」
私と遥と頼子と織華ちゃんは初めてだった。
お代わりが運ばれてきても胸がいっぱいで箸が動かないみたい。
私は頼まなかったので、暴食軍団の一員だと思わないでください。
遥と頼子も大食らいだと思われたくなかったのか、お代わりを那由に押し付ける。
織華ちゃんは花音ちゃんに押し付けてた。
「お、お腹いっぱいなのだ」「さ、さすがに苦しいよ」
残さず食べたのは褒めてあげるわ。
羽月さんの奢りをそんな罰当たりな事出来ないじゃない。
さ、さて、帰る?羽月さんにお礼言うよね?
じゃ、じゃあ私が代表で。
「は、羽月先生、ご馳走様でした」
「ああ、君島さん。遅れたけど女性初の四段昇格おめでとう。これからも期待しているからね」
「は・・・・・・はいぃ~」
「き、君島さん?!」「・・・ええ?腰が抜けたの?」「た、大変だぁ!」
その後の事は良く覚えていないけど、とにかく恥ずかしかった。
ああ、こんなとこで会いたくなかった。
もっと素敵な出会いをするはずだったのに。
違うんですよ、羽月さん、これは違うんです。
普段はアクアパッツァとかラタトゥイユとかそんなお洒落な料理しか食べないんです。
今日はたまたま鰻重を掻き込んでいただけですからね。




