奨励会で頑張るぞ!
奨励会 9月第二例会
試験から約1か月半、本日より私は奨励会に参加する。
三段リーグは別物として6級から二段まで、現在100人弱。
関東だけでこの人数、関西にも50人強居るらしい。
(その中から、毎年棋士になるのは4人・・・)
どの子も選ばれし精鋭。
地元じゃ無敵、アマの大会に出れば優勝と言う子達。
関東には私の他にも女の子が3人居る。
あ、あの人は知ってる、女王取った事がある人だ。
隣は現女王だっけ?
女王とは女流棋戦のタイトル、奨励会員でも女なら参加が許される。
(私も本当は出たいんだけどな~)
優勝出来たら賞金500万。
女流のタイトルでも実績を残せば、親も心変わりしてくれるかも。
だが、長期に渡って開催される大会の決勝は来年の4月以降。
私は取りあえず高2の三月で一端リミットが来てしまうから諦めるしかない。
まあ私が出るとしたら予備予選からなんだけど、どのみちとっくに終わっちゃってるんだよね。
他にも私でも参加できる女流玉座戦があるんだけど、こっちも似たようなものなので割愛。
(男性棋戦の龍王戦には出れないのかなぁ)
アマにも解放されてるタイトル戦は女流じゃ無くてもある。
しかも向こうは優勝賞金4320万!
でもアマの大会で実績を残さなければならないし、それこそ長い長い予選からの参加になってしまうのだが。
(・・・何を夢みたいなことを、私の実力はまだまだだ)
奨励会試験はストレートで通った。
だが自分の実力を自己分析してみると・・・
級位者とは何とか渡り合えるかもしれない、でも段位者相手ではまだ厳しいと思っている。
(これからここで揉まれて実力を上げていくんだ。龍王戦優勝なんてまだ夢の話)
今は一歩ずつ確実に登って行こう。
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「くっ・・・」
記念すべき奨励会第一戦は負けてしまった。
相手は同じ4級。
「お姉さん、駒指すのヘタだよね?」
「・・・・・・」
指し回しが悪いと言われた訳では無い。
単純に、私は駒を持って、盤面に指すのがヘタクソだ。
「・・・家に将棋盤も無いからね」
「へえ、じゃあやっぱりネットで指してるの?」
「うん」
「そういう人、結構増えてるみたいだけどね」
対局中、この長い脚も邪魔だと感じた。
正座で折りたたんでも、人より盤面が遠くなってしまう。
相手の陣地に指し込む時に、随分身を乗り出さなければならない。
それが、腰に来てしまった。
今まではそんな事無かったのに、今日このタイミングで腰に来てしまった。
結果、駒を指すたびに起こる衝撃的な激痛を気にして、集中する事が出来ず負けてしまった。
(確かに、将棋盤で指す経験も足りないんだろうな、いたたた)
まだ1戦しか終わってないのに、腰も膝も痛い。
今日は後2戦か・・・厳しいな。
これ以上痛めないよう気をつけないと。
その後、流歌は3連敗でその日を終える。
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「いたたた」
「大丈夫?流歌ちゃんは腰も細いものねぇ」
「ママが体型には気を付けろっていつも言うからでしょ?いたたた」
痛さのあまり、人のせいにしてしまった。
3連敗で荒れてるせいもあった。
「おい流歌!お母さんはお前の為に言ってくれてるのに・・・!」
「・・・ごめんなさい」
「アナタ、私の事は良いから」
「・・・今度そんな事言ったら承知しねえぞ」
「・・・はい」
パパが凄い顔で怒って怖かった。
解ってる、ママは私に綺麗であってほしいと思ってる。
子供に向ける愛情なんだから当然だ。
それを、邪魔のように言ってしまったのはマズかった。
我儘言ってやっと好きな事をやらせてもらえる事になったのに、つまずいてしまった。
幸先の悪さが、私に精神的なダメージを与えた。
体の痛みも含め、上手くいかないものだな・・・
でも時間が無いんだ、切り換えるしかない。
「ぱ、パパ、腹筋やれば、腰強くなるかな?」
「あ、ああ、でも腰の痛みが無くなってからにしろよ?あ、あと背筋もやった方が良い」
お互い、気まずい気持ちで仲直り。
パパは翌日、腰を痛めずに腹筋を鍛える補助器具や、EMSのベルトを買って来てくれた。
なんだかんだ言って、娘を心配してくれてる。
「うう、このビリビリ痛いよぉ」
「慣れるらしいけどなぁ」
「ぱ、パパもダイエットしたら?」
「辛いのは嫌だ」
うう、せ、せっかく娘が一緒にダイエットしよーって言ってるのに。
こんなに可愛い娘にそんな事言われたら、普通の父親は嬉し泣きをするものなんじゃないの?
ウチは結構会話のある方だからなぁ。いたたた!
「大丈夫か?あんまり暴れるとまた腰を痛めるぞ?」
「う、うん。気をつけてる。い、痛いいい!」
「泣くなよw」
だ、だって、これ本当に・・・ッ!!
お腹に凄い力が入るから、か、確実に効いてるのは解るんだけど・・・ううッ。
「将棋なのに体も鍛えなきゃいけないなんてな」
「う、うん。く、勿論、体力は必要だって、うう、聞いてたんだけどね」
「はー、大変だ」
ひ、他人事だと思ってる態度だなぁ。
まあEMSを買ってくれたのは、感謝します。
「ううッ!!」
「・・・テレビ聞こえないな」
ボリューム大きくされて、後は知らん顔。
与えたらそれまでですか、まあいいけどさ。
「流歌ちゃん。お部屋でやったら?」
「う、うんママ。明日からはそうする」
頑張ってるぞアピールは今日でだけでいいや。
お腹出して恥ずかしいし・・・ううッ!
本当に慣れるのかなこれ。
はあ、将棋の修行の為とはいえ大変だ。
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2カ月後 11月第二例会
「君島さん、今日勝てば昇級?」
「はい」
奨励会幹事に尋ねられた。
1戦目で勝てば6連勝、今日2つ負けても、3戦目に勝てば9勝3敗で昇級。
出だしはつまづいたけど、その後調子を取り戻し、良いペースで勝てている。
この2カ月で腹筋の真ん中がうっすら割れて来た。
もうちょっと頑張れば6つに割れそうだったけど、ママが渋い顔をするので最近は腹筋を鍛えるペースを緩めている。
ムキムキの娘は嫌みたい。
私としても現状をキープ出来ればそれでいいと思ってる。
正座も少しだが慣れた。
以前よりはマシになった程度で、苦手な事に変わりはないけど。
級クラスの持ち時間は一人1時間、これぐらいならなんとか誤魔化しながら耐えれるようになった。
段になったら一人1時間半になるんだよね・・・
先を考えると気が重いが、耐えられるようにならないと。
一戦目であっさり勝ち、昇級を決める。
やっと3級か・・・
「最近調子いいね」
「北条君」
北条君は中学生で2級。
一度戦ったけど、北条君が香の駒落ち戦で負けてしまった。
駒落ちの定石も勉強しては居たのだが、定石を意図的に外されて混乱した挙句、簡単な詰みを見逃して負けてしまった
後で解ったんだけど、わざと悪手を指したみたい。
対局中は、悪手なのか好手なのか判断が付かなかった。
不慣れな駒落ち戦での駆け引きで負け、私はその時も、自分の経験の無さを痛感した。
「平手だと、僕勝てないと思うよ」
謙遜かな。
いや、私も平手なら100%とは言わないまでも自信がある。
定石外しにも惑わされない。
でも、なぜわざわざそんな事を言うのか勘繰ってしまう。
一度負けると疑り深くなる。
「今日もお洒落だよね」
「ママの見立てだよ」
「ああ、元モデルさんなんだっけ」
試験の時は制服で来たが、例会は普段着だ。
将棋指すだけだし楽な服の方が良いんだけど、ママが・・・
女が楽を選んだら終わりらしい。
「次が始まるみたいだね」
「うん。お互い頑張ろうね」
社交辞令の激励。
本当は自分の事で精一杯、人の事なんて構ってられない。
その日、あと2つ勝ち、3連勝で終わる事が出来た。