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駒唄  作者: 無二エル
49/93

追う者

 翌日 将棋会館5階 4949生放送用スタジオ


「高梨先生、本日はよろしくお願いします」


 優しい笑顔で返してくれる高梨先生。

 ああ、癒される・・・


 さて、昨日聞き忘れたんだけど、今日の中継はB1順位戦の最終局だった。

 それも、王太君の中継。

 王太君は私より1つ下だけど、すでにB1。

 そして、本日の対局でA級昇格なるかという重要な局面を向かえていた。


 凄いな、私より年下なのに、もうA級に手をかけているなんて。

 私なんてやっと四月から新四段なのに・・・


 放送はもう始まってる。

 時間が長いから私達の出番は昼過ぎからなんだよね。

 今日はひょっとしたら深夜を越えるかも。


 はい、出番ですか?

 台本台本、と。


「ただいま対局場の様子が映し出されています。第○期順位戦B級最終戦―――


 私もまだ2回目なのにこなれた物だな。

 あ、コメント盛り上がってる。

 私の四段昇進祝福コメントが多い。嬉しいな。

 

「解説は高梨 満雄九段です。先生本日はよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」

「聞き手を務めさせていただく君島 流歌です。皆様よろしくお願いします」


 会釈をする。

 わーコメント多すぎて全然読めない。

 なになに?やっぱり私が可愛いって?


「さて、本日の対局ではA級昇格者が決まる訳ですが」

「藤谷君は凄いね。もうA級に手が届くところまで来ているなんて」

「それでは初手から解説お願いできますか?」


 台本通り進めて行く。

 うーん、流石に解りやすい解説。

 勉強になるなぁ。


 とはいえ局面が止まってしまっている。

 なにか雑談して繋がないと。


「そう言えば君島さん、四段昇格おめでとう」

「あ、はい、ありがとうございます」


 先に言われちゃった。

 またコメントが祝福コメで埋めつくされる。


「凄いね、実質2年3カ月で四段になった訳でしょう?新記録じゃないかな?」

「いえいえ、本当はもっと早く奨励会に挑戦したかったんですが、なかなか親から許しが貰えなくて」


 細かく経緯を話した。

 コメントではパパが悪者になってるな。

 そうじゃないのよ。


「厳しい世界に女が飛び込んでいくのが心配だったみたいです」

「うん、親御さんの気持ちも良く解るよ」

「私、正座も禁止だったんですよ?母親の教育で―――


 コメントではふーんとかへーとか流れている。

 退屈な話だったかな。


「先生、実は私、奨励会試験の時に先生の事をお見かけしたんですよ」

「うん、僕も覚えてるよ。女の子は目立つからね」


 わあ、覚えていてくれたんだ。

 全然話もしなかったのに。

 ちょっと感動だなぁ。


「スラッとして綺麗でね、『こんな子が将棋を?』って思ったよ」

「ははは、お陰様で172cmまで育ってしまいました」


――モデルか――

――169cmの俺に謝れ――

――スリーサイズも言え――


 コメントが騒がしいな。

 スリーサイズは81・57・84よ。

 言わないけどね。


「あの時先生は、お弟子さんを見に来られてたんですか?」

「うん。13歳の子なんだけどね。今も奨励会で頑張ってるよ」


 そっかー、じゃあ一緒に試験受けた子かな。

 棋士になれると良いですね。


「そう言えば、荒木門下にもまた弟子が入ったらしいね?」

「え?そうなんですか?私知らない・・・」

「つい先日らしいよ。たしか女の子だよ。これも多分君島さんがプロになったからだろうね」


 そ、そうだったのか。

 師匠何にも言わないんだもんな。

 こっちもバタバタしてて、全然連絡取ってないけど。


「あ、姉弟子も聖麗のタイトルを取ったので、それもあるかと思います」

「そうだね。荒木門下の躍進は凄いね」


 巷では、女を育てるなら荒木門下とにわかに言われ始めているらしい。

 良かったですね。師匠。



「なるほど、ところで君島さんはアニメは見るかい?」

「え?!・・・ま、漫画なら、少しは読みますが」


 コメントが一気に盛り上がる。

 みんな待ちかねてたみたいだ。


「何の漫画?」

「え、と・・・ちは○ふるです」


――かるたかよ――

――かるたかよ――

――かるたかよ――


 一気に私は裏切者になった。

 面白いんだからしょうがないじゃない!

 ほら、賛同コメも結構ある。


「僕の今期のオススメはね」


 え?私の話はスルーなの?

 先生興味無かったのかな。

 うわー全然知らないタイトルが並んでいく。

 確か可愛い女の子が出て来る優しい作品が好きなんだよね。


「そう言う訳だから君島さんも見てみてよ」

「え?は、はあ・・・あ!先生!局面が動きましたよ」

「見てみてよ」

「えと・・・先生、局面」

「見てみてよ」


 ぐぬぬ、逃げれないのか・・・

 実は以前、先生の解説している放送を見て、その時言ってたアニメを興味本位で見てみたことがあるんだよね。

 でも、正直何が面白いのかさっぱり解らなかった。

 ちょっと幼稚に思えたと言うか・・・

 作品の雰囲気から優しい先生なんだなと言う事は伝わってきたんだけど。


「先生、私は学生ですし、将棋も頑張りたいのであまり遊んでる暇も無くてですね」

「アニメ見る時間くらいあるでしょ?」

「無いです」


 バッサリ切っちゃった。

 ああ、先生しょんぼりしちゃった。

 でも、嘘はつきたくないし。

 コメントでは鬼だの酷いだの言われてる。


「私はまだ強くないから勉強が必要なんです。彼氏も作らず頑張ってるんですから・・・あ」


 よ、余計な事言っちゃった。

 コメントが一気に盛り上がる。

 あざとい?何でよ!!

 君島 流歌 19歳、まだ誰の物でもありません!


「先生、そろそろ解説をお願いしますよ」

「そ、そうだね。局面は―――


 ふう、やっと軌道修正出来た。

 と言っても局面は明らかに王太君優勢。

 夕食前なのに随分差が付いたな・・・


「おそらくこのまま夕食休憩に入るだろうね」


 カンペが出た。


「それでは私達も夕食休憩に入らせていただきます」


 ふう、疲れた。

 今日はお弁当なんですか?

 わあ、綺麗な松花堂弁当。

 食べる所撮るんですか?

 前失敗しちゃったからな・・・今度は綺麗に撮ってくださいね。

 え?ウインクはいらない?

 何でよ可愛いのに。

 あざとい?解りましたよ普通にやればいいんでしょ。


「君島さんは、聞き手が2回目だと聞いたけど、緊張は無いようだね」

「ああ・・・多分1回目の時に泣いちゃったからですよ。それで色々吹っ切れたと言うか」

「なるほど、最初に恥かしい姿を見せてしまえば失うものは無いと・・・面白いね」


 高梨先生が感心している。

 別に、意図的だった訳じゃ無いんだけどな。


「それは、強さかも知れないね」

「強さ・・・ですか?」

「うん。自分をさらけ出すのはなかなか出来る事じゃないよ。特に男だとカッコつけて意地を張ってしまうからね。恥かしい姿を見せても挫けないと言うのは本当に強いと思うよ」


 ・・・褒められてるんだよね?

 まあ私の場合、泣いても可愛いので。

 でもあんまり泣きすぎるのもどうかと思ってます。はい。


「いいと思うよ?そうやって吐き出せるのは羨ましいよ。男はどうも貯めこみ過ぎるから良くない」


 なるほど、発散の場が無いんですね。男の場合。

 でもキャバクラとか行くのでは?

 うーん、棋士は文化人だしそういう場所も行きにくいのかな。


「お酒で発散する人も居るけど、僕は飲めないからねえ」

「そんな時はアニメ見て発散するんですか?」

「そうなのかもしれないね」


 なるほどね。

 棋士も一応有名人、簡単にはハメを外せない。

 皆、ストレスのやり場に苦労してるのかもな・・・



 休憩が終わり、対局者の食事紹介。

 王太君は相変わらず麺類だね。

 もっと良い物食べればいいのに。


「続いて私達の食事を紹介します」


 写真が出る。

 ・・・うわー、私あざとい。

 何そのポーズ、インスタの勘違いしてる人みたい。

 コメントでも指摘されてる。

 もう、また失敗しちゃったな。


「君島さんはその・・・テレビショッピングの人みたいだね」


 高梨先生の精一杯のフォロー。

 なんか本当にすみません。



 その後、王太君優勢のまま終盤へ。

 

「いよいよ藤谷先生のA級昇格が近づいていますね」

「うん。ここまで来れば間違いないだろうね」


 19歳でA級か。

 私は来期、二十歳でC2から始まる。

 追いつけるかな・・・

 というか、そこまで登れるだろうか。

 将棋界最高峰の10人。

 そしてその上の名人という頂点。


「そう言えばこの前、名人と来月号の将棋ワールドの表紙撮影に行って来たんですよ」

「へえ、どんな表紙になるの?」

「それは・・・言って良かったのかな?ちょっと判断出来ないので高梨先生も来月をお楽しみにしてください」

「ふふふ、解ったよ。楽しみにしてるからね」

「皆さんも買ってくださいね!」


――まじか、絶対買う――

――将棋ワールドって何?――

――グラビア?男はいらんぞ――

――へえ、そんな雑誌あるんだ――


 コメントは千差万別。

 でも興味を持ってもらえたようだ。

 売り上げアップに期待しよう。


「おや、相手が投了したみたいだよ」

「ついに来ましたか!この瞬間、藤谷先生のA級昇格が決まりました!来期はA級棋士として順位戦を戦い、名人挑戦を目指す事になります」


 ちょっと張り切りすぎたかな。

 普段の放送はもっと淡々と報告するよね。

 なんだろ?私のこのテンション。

 王太君の活躍に興奮しているのかも。


 カンペが出た。


「えー、十代でのA級昇格は鬼藤 四五六先生に続き、2人目の記録となります」

「鬼藤先生は18でA級になったからね」


 へえ、王太君より早いんだ。

 プロ入りからストレートでA級?と、とんでもないな。


「藤谷君は近い内にタイトルも取るだろうね」


 いよいよですか。

 うう、自分の立場が歯がゆい。

 まだ、プロへのスタートも切れてない。


 焦るな、焦るな、私。

 もう舞台は整っているんだ。

 ここから一歩一歩、登って行けば良い。


 そして3月末、私は二十歳になった

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