綱渡り
11月下旬 3回目の三段リーグ
現在4勝が5人。
私は順位の差で5位に付けている状況だ。
そろそろ星を取りこぼす者が出てくるはず。
私は勝って順位をあげたいところだが・・・
1局目は4連敗してる人。
簡単では無かったが、何とか勝つ事が出来た。
2局目は1敗の人。
この人だって上位に食らいつきたいと思っているはず。
そして私を負かせば同じ一敗同士、順位の差で上に行ける。
絶対に簡単には勝たせて貰えないはずだ。
なのにあっさり勝てた。
どうしたの?中盤の急所で焦ったの?
この人とはお互い三段になる前に戦った事があるけど、もっと老獪な指し回しだったような・・・
三段リーグのプレッシャーに飲まれたの?
まあいい、これで6連勝?ちょっと順調すぎて怖い。
だけど上位も崩れてなかった。
6局目が終わった時点で前代未聞の6勝5人。
何してるのよ下位は、もっと頑張りなさいよ。
それか直接対決で潰しあいなさいよ。
あ、私、次の例会で上位2人と当たるんだった。
すでに対戦相手は最終日まで決まってる。
これで、とにかく全勝が1人か2人減る事になる。
厳しい相手だけど・・・2勝狙わないと。
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ある日、今日は49生で将棋中継を見ている。
『三段リーグは物凄い事になってますね』
『開幕6勝が5人でしたっけ?こんな事ってあるんですか?』
無いよ。調べたけど無かった。異常事態だよ。
6連勝が3人と言うのは過去に何度かあったみたいだけど。
『このまま5人が全勝で最後まで行くとどうなるんですか?』
『いえ、直接対決があるので全員が全勝はありえません』
当たり前じゃないの、この聞き手何言ってんの?
女流は三段リーグの仕組みも知らないのか。
・・・ああ、私、荒れてるな。
だって6連勝なのに未だ5位だよ?
それに、その直接対決の当事者が私です。
次の例会で2位と4位にあたります。
下手したら一気に2敗で差をつけられる可能性がある。
ナーバスにもなるよ。
『それに、過去最高でも16勝2敗です』
『全勝達成者はいないんですか?』
『はい、開幕から14連勝で早々と昇段が決まり、残りは力を抜いたのかな?って棋士はいるんですが』
ああ、西川四段ね。
ん?今五段だっけ?
『それに前半で勝ち星を重ねても、負け始めると一気に崩れて昇段を逃すケースも珍しくは無いです』
そうなんだよね。流れってモノがあるから。
やっぱり将棋はメンタル大事なんだと思う。
『女の子が一人頑張ってますね!私応援してるんです!』
女流!!お前良い奴だったか!さっきはごめん!!
『女王 君島 流歌さんですね』
奨励会員はプロになれない可能性があるので、あまり個人情報を言わないのが通例だが、私は別。
だってタイトル取ってんだもん。
『彼女も食らい付いていますね。今回はレベルが高すぎるので抜けられるかどうか解りませんが・・・』
てめえ!解説!調子に乗んなよ!!!
『女性の三段リーグでの過去最高成績は11勝7敗、それを塗り替える事が出来るかが注目です』
ふざけんな!11勝くらいで終わるか!私はプロになるわよ!
ああ駄目だ。ナーバスになりすぎだ。
体に良くない。見るのやめよ。
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12月初旬 大学
「君島さん、三段リーグ絶好調ですわね」
「ごめん玲奈、その話はやめて。上位が詰まってるから落ちる想像しか出来ないの」
「まあ・・・」
三段リーグって精神的に良くない。
勝ってるのにこの焦りは何なの?
「気分転換でもしたらどうですか?」
「うん・・・考えてるんだけどね。でも何をして良いのか、将棋の研究をせずそんな事してていいのかって結論にたどり着くの」
「ですが、何というか煮詰まってると言うか・・・閉塞感を感じてように見えますわ」
閉塞感か。
先行きの見えない状態か、間違って無い。
「どうでしょう?皆でカフェでも行きませんか?」
「うん・・・いや、今はつまんない事であたっちゃいそうな気分だから」
「君島さんが棋士になる為でしたら、我慢しますわよ?」
「いや・・・それはそれで後で自己嫌悪になると言うか」
「そうですか・・・」
ごめんね、心配かけて。
何かしてあげたいと思ってるんだろうけど、突き放してごめん。
はあ、まるで家族に気を使われまくる受験生だ。
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12月上旬 4回目の三段リーグ
はあ、憂鬱だ。
なんで私が上位と戦わなきゃいけないの。
それも一気に2人となんて。
せめて1人ずつにして欲しかった。
気分が上がらない。こういう時は大抵結果が良くない。
解ってはいるんだけど・・・
どうしたって嫌な物は嫌。
1局目、乱戦になる。
そこで私はちょっと自棄になった手を指してしまう。
あーあ、こんな手を指しちゃって・・・
・・・あれ?これ意外と良いかも。
というか、絶妙手なんじゃないの?これ?
困ってる。相手が困ってる。
何だか一気に元気が出て来た。
相手も粘るが徐々に形勢は私の勝利へと向かっていく。
120手目、相手が投了。
うわあ!2位に勝てたよ!
続けて2局目。
中盤で差をつけられ、形勢は不利だ。
ああ、今度こそ無理だ。勝ち筋が見つからない。
駒も全然足りない。相手は余裕の表情。
何か無いかと考えるも、空虚な気持ちが残るだけ。
こんなの誰が見たって・・・
・・・あれ?何するの?
え?・・・駒を指しちゃった。
私がまだ指してないのに相手が駒を指しちゃった。
二手差しだ。
気付いて頭を抱える対局相手。
な、なんで?勝ちを焦っちゃった?
対局時計は私の時間が動いてるでしょ?
なんだろう?
普段なら絶対しないようなミスをしてしまうのは三段リーグの魔物かな?
こんな形で勝ちを拾えるとは・・・
ふう、なんだか釈然とはしない。
ケチがついてしまうような勝ちだ。
でも、ともかく私は全勝を守った。
明らかな運だ。それでも8連勝。
『全勝が2人になったな』
ああ、1位と3位も直接対決だったのか。
落ちたのは3位、1位は崩れない。
私は2位に駆け上がった。
それを追う1敗が3人、2敗が4人。
まだまだ予断を許さない状況だ。
次は1カ月後、年明けか。
凄いな、三段リーグを負けなしで今年を終える事が出来たんだ。
ちょっと出来過ぎ、明日死なないと良いけど。
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12月中旬 夕日杯二次予選1回戦が行われる。
二次予選は2回勝てば本戦出場決定。
持ち時間の短い対局なので、本日中に二次決勝まで行われる。
「うはは、意外と早よう上がって来たな!」
「お久しぶりです。鍋島先生」
3年くらい前に一度だけ研究会をして貰った鍋島先生が1回戦の相手。
今は42歳、順位戦は相変わらずB2。
「しかし、よお百田に勝ったなぁ。俺なんか1回しか勝った事ないんよ」
はい、まあ、私もそのたまたまの1回が出たんだと思います。
と言うか、対局前にこんなに話してて良いのだろうか。
「三段リーグも絶好調!こらあ、今日は勝てへんかもな」
その手には乗りませんよ?
油断させておいてガブリは中堅が良く使う手。
二次の1回戦まではアマチュアでも上がって来た事がある。
棋士になるつもりで居る以上、アマチュアの記録くらいは越えたい。
これで勝てれば取りあえず達成できる。
「ほな、始めよか」
いやいや、定刻にならないと。
自分のペースにしたいのかな。記録も困ってるよ。
取りあえず振り駒どうぞ。
先手番か、ついてる。
早く始まらないかな・・・
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「いやあ、強すぎるで、椅子対局に強いゆうんはホンマなんやな」
勝負は私が勝った。今は感想戦。
私が椅子対局が得意だと言うのは以前インタビューで言った事がある。
鍋島先生はどこかで記事を見たのだろう。
「読みも深いし、判断も早い。もう中盤くらいで諦めたわ」
正直圧倒出来たと思う。
でも夕日杯は早指し戦、若い人が活躍する棋戦でもある。
年齢と共に、早指しは苦手になって行く。
「はようプロになりい。持ち時間の長い棋戦で戦いたいわ」
「激励・・・と受け取っていいんですか?」
「いや、リベンジしたいだけや。正座なら負けへんで?」
そ、そうですか。
なんか前向きなような後ろ向きなような。
ともかくこれで二次決勝進出。次も頑張るぞ!
「意外と早く上がって来たな」
「それ流行ってるんですか?桐生先生」
二次決勝の相手は桐生だった。
貴方もなかなかやるじゃないの。ここまで上がって来るなんて。
「以前、プロまで上がって来たら、容赦しないって言ったの覚えてるか?」
「覚えてますよ。あれは奨励会入会試験の時ですね」
「今日はそれを見せてやるよ!」
「・・・私はまだプロじゃないですけど」
桐生の顔が見る見る赤くなる。
自分ではカッコいいセリフのつもりだったのだろう。
でも早とちりは良くない。
「と、とにかく容赦しねえからな!」
「対局前なんだから静かにしましょうよ」
記録君が困ってるじゃないの。
振り駒よろしく。
後手か、使えないわね。
「よーし、目にもの見せてやるぜ!」
はいはい、こっちだって全力でやりますよ。
これで勝てば本戦16人。
その中に女の名前を刻む事の重要性が貴方に解るかしら?
・・・絶対に勝つ!
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「嘘だァーーー!」
桐生がひっくり返った。
椅子なんだから危ないよ?
もうマナーもへったくれも無いな。
「強すぎんだろ!まるで一昔前の郷中さんと戦ってる気分になったぞ?」
勝負は私の勝ち。
郷中 正隆九段か。
名人を始め、タイトル6期取った事のある実力派じゃないの。
そこまで褒めるの?
「はぁ、棋士になってから女に負けたの初めてだよ」
「私は椅子対局が得意なので」
「いやでもよ、ここまで強いなら優勝も・・・いやそれは無いか」
なんなのよ、上げたり下げたり。
私だって流石にそこまでは・・・
正直本戦に名前を連ねる事が出来ただけで十分です。
どう考えても上手く行きすぎだもの。
棋士になるなら常に上を目指すべきかもしれないけど、今はもっと大事な三段リーグもある。
そろそろそっちに集中したい。
それに次は必ず本戦シード者と当たる。
タイトルホルダーやらA級ばっかりだよ?
流石に勝てるなんて思えない。
「君島さん、夕日杯本戦トーナメント進出おめでとうございます」
取材だ。
棋士以外の本戦出場は初めてなので、記者も興奮している。
「次は公開対局になりますね」
そっか、一般のファンに見守られながらやるんだっけ。
初めての事だからよく解んないと言うのが本音です。
「三段リーグも好調なので、いよいよ女性初の棋士誕生かとの呼び声も高いですが」
「上位は詰まっているのでまだ油断は出来ません」
その辺の質問はナーバスになるからやめて欲しい。
こないだだって相手のミスが無ければ・・・
「夕日杯の本戦1回戦は、渡邊 昭棋玉に決まりました」
え?
「何か、意気込みを・・・」
「・・・タイトルホルダーですが、ひるまず挑みたいと思います」
渡邊棋玉か。
もう十分だと思っていたけど。
三段リーグに集中したいと思っていたけど。
勝ちたい相手が来てしまった。