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駒唄  作者: 無二エル
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関西遠征

 11月初旬 2回目の三段リーグ


 今は関西に居る。

 今日は関西の三段と、関西将棋会館で対局する。

 

 三段リーグも棋戦のように、関東と関西を行ったり来たりする。

 なので関東の何人かの棋士とこちらに来ている。

 費用は連盟から出る。棋士と同じ扱いだ。


 昨日、関東では一足先に、2日目が行われた。

 私達と同じように、関西から数名が向かったはず。

 まだ始まったばかりだが、4勝の人が多い、これは合格ラインが高くなるかもしれない。


 キモオタと目があった。

 今日はこっちに居るんだと一睨み。

 眼を反らすキモオタ。

 ここで睨み返してくるくらいでないと、棋士になるのは難しいのではないだろうか。

 まあ別に心配してる訳じゃ無い。脱落してください。

 さて、キモオタの前で負けたくないし、今日も連勝したい。



---------------



 そうは言っても簡単な訳が無い。

 私は1局目から苦戦する。


(この人、私の棋譜をよく研究してる)


 私にとって不利なのは、私が棋戦に出ている事だろう。

 奨励会の棋譜は残らないが、棋戦の棋譜は残ってしまう。

 今まで出た女流棋戦、男性棋戦、20枚くらい残ってるかな。


 対してこちらは、初めて戦う関西の奨励会員。

 事前に対策も練れない。

 圧倒的不利な状況だ。


(でもそれを乗り越えて行かないと・・・あ、その手はちょっとおかしくない?)


 相手が変な手を指した。

 悪手に見えるけど・・・罠かな?

 ここで私は長考する。


 ・・・見つけた。そういう意図か。

 ちょっと勝利を急ぎ過ぎたんじゃない?

 私は相手の手を逆手に取る手を指す。


 これで有利になった。

 後は最後まで間違えずに指すだけ。

 ・・・・・・・・・勝った。


 ふう、当たり前だけど油断できない。

 むしろ3連勝は出来過ぎのような。

 いや、すでに4勝してる人が居るんだ。付いて行かないと。


『うう、女に負けた』

『俺らは棋士になるしかないのにな』

『女は女流の道があるやないか』


 また雑音だ。

 私は女流になる気は無い。

 だが男にとってみれば、保証があるように見える女が羨ましいのだろう。

 気持ちも解らないでも無い。しがみつけるのならどんな形でも、将棋の世界にしがみつきたいんだろうな。


 でも元々棋士に男女の壁は無いんだよ?

 保証なんて使わない道をこっちは選んでるんだよ。

 それを否定するの?


 棋士になれても、底辺でくすぶるくらいなら、女流でトップに居た方が収入も良い。

 私はあえて厳しい道を歩こうとしてるの。

 それが悪いと言うのなら、解ってないのは貴方達の方だよ。

 女はズルいと思っていながら、棋士になろうとする女を否定するなんて。

 棋士には男女の壁があると認めているような物だ。


 同時に、女流棋士たちは私の事をどう思っているだろうか。

 最初から女流しか見てなかった人はどうかな?

 三段リーグまで行くような強い女には女流に来てほしくないかな。

 自分達がタイトルから遠ざかるような存在は気に食わないだろうか?


 棋士を目指して夢破れた一部の女流はどうかな?

 他の人に達成して欲しくないと思っているだろうか?

 自分がなれなかったのだから、他の人にも無理だと思っているだろうか。


 すでに棋士になっている人たちはどうだろうか?

 女に負けたら恥ずかしいと思ってそうだよね・・・

 女が棋士になれば対戦が増える。上がって来てほしくないと思ってるかな。


 真意は解らないけど、こうなると四面楚歌みたいに気持ちになって来る。

 それも上等、元々将棋は個人競技、回りが敵だらけで良いじゃない。

 ・・・今日の私、なんだか腹が座ってる。

 落ち着いてるね。よし次の対局に行こう。



 本日2局目の人も強いなぁ。

 色んな方向から攻め手を指して来る。

 でもそれだと攻めが薄くならない?

 いや、どこかとどこかを繋げようとして来るはずだ。

 それに気を付けて対応しないと・・・


 あの大駒邪魔だな。

 あれが攻めにも守りにも効いてるからこっちも何も出来ない。

 ちょっと強引にでも動かしてやらないと・・・間に合うのかな・・・


 隙が出来た。でもほんの小さな隙だ。

 これを生かせなければ負けるだろう。

 私はここで時間を使う。

 いける・・・か?確信が持てない。


 取りあえず攻めるしかない。

 相手の玉に迫る手を繰り返す。

 あ、玉の逃げ道が一つしか無い。

 偶然だけどそこに逃げたら・・・


 相手も困ってるね。

 偶然出来つつある王手飛車取り。

 あの飛車を取ってしまえば向こうの攻め手が無くなる。


 投了して来た。

 拾った、薄氷の勝利。

 運も大事、無ければプロにはなれないと思う。



 ふう、4連勝・・・出来過ぎだ。

 三段リーグの出だしとしては上出来すぎる結果だ。

 でも今回は他にも4連勝が4人居る。

 いつになくレベルが高いな・・・


 4連敗も5人居るの?これは上位の星の食い合いになりそうな。

 直接対決でなんとかしないといけないのだろうか。

 でも対局が当たらない人も居るし・・・


 逆に4連敗の人も必死になってくるはず。

 三段リーグでは5勝以上を上げないと、降段点が付いてしまう。

 2期連続で降段点が付くと、二段に落とされてしまうのだ。


 上位にも下位にも取りこぼしが出来ない。

 相手だって必死なんだ。このまま行ける訳がない。

 次は3週間後か、それまでにまた強くなればいいだけ。

 少しでも強くなって、上位2人の枠の中を目指さないと。



-------------



 大学の秋季関東リーグ戦が行われた。

 3週に渡って行われるが、私は最終日にだけ顔を出した。

 今日は2戦か。1戦目、早く終わった遥と那由と話している。


「遥、今回も余裕そうね」

「・・・余裕って事は無いよ」


 でも最終日が始まった時点で10点差が付いてるよ?

 1位通過は揺るぎないと思うけど。


「・・・今回はまだいいけど、次の春季大会は、アタシと那由は出れるかどうか」

「うん、もし出れたとしても、ボク弱くなってるかも」


 ああ、就職活動始まるもんね。

 2人は記録係の仕事もいったんお休みするらしい。

 玲奈と頼子は大学院、シャリーは学生を続けるので、サークルも記録係もまだまだ頑張る。


「そっか、折角B2に上がれても、戦力は弱くなってるかもしれないって事か」

「・・・強い新入生が入ってくれると良いけどね」


 そんな強い子はなかなか。

 ただでさえ女子高だ。将棋のルール知ってる人すら少ない。

 元研修会員の織華ちゃんが来てくれただけでも奇跡なのに。


「織華は明るくなったよね!なんだかしょっちゅうナンパされるらしいよ!」

「那由、そうなの?心配だなぁ」

「・・・大丈夫だよ。あしらい方教えたから」


 遥が教えてくれたなら安心かな。

 でも別に良さそうな人なら彼氏作れば良いのにね。

 その織華ちゃんが来た。


「みんなウチの体が目当てなんやもん」

「お、織華ちゃん、そんな事を言うようになるなんて・・・ひょっとして何かあった?」

「ありまへんよ。でも最近うっとうしいてかなわんのです」


 強くなったねー織華ちゃん。

 今回の団体戦でも1敗しかしてないらしい。


「将棋でもそうやわ。なんでウチに勝ったら落とせると思うとんのやろ?」

「負けた人に何か言われたの?」


 よ、よ、よ、良かったら、しょ、しょ、将棋教えようか?って言われたらしい。

 それがまた胸をチラチラ見ながらのイヤラシイ眼つきだったとか。


「そいで・・・すんまへん。腹立って君島先輩の名前を、勝手に出してしまいました」

「え?どゆこと?」


 私達は君島先輩に習っている。

 貴方は奨励会三段より強いんですか?

 そう言うと相手はすごすごと引き下がったとか。


「ああ、別にそれくらいなら・・・」

「いややわウチ、今思い出したら恥かしいわ。なんであんな事・・・」


 いいよ、強くなった証拠だよ。

 言わないとどんどん付けあがるから勘違いは正した方が良い。

 将棋で一度負けたくらいで、相手が自分より強いとは限らない。

 それを解ってない相手が馬鹿なんだよ。


「まあでもそこまでしてでも織華ちゃんとお近づきになりたかったのかもね」

「ウチのタイプは山本 隆行先生ですので」


 まあ、元西の王子じゃないの。

 面白い関西所属の棋士。

 研修会に居たんなら、見かける機会くらいはあったんじゃないの?

 見た事はあるけど話しかけられなかった?そう、残念。


「コイバナに花を咲かせているところ悪いんですが、B2昇格が決まりましたわ」

「勝ったの?さすが玲奈」


 残り一戦を残し、2位以上が確定したらしい。

 やっぱ余裕だったね。


「いえ、まだです。春季大会で少しでも条件を良くする為に、1位通過を目指しますわ」


 そっか、順位の差で昇格を逃す事もあるからね。

 今私が戦っている三段リーグもそう。

 勝率が同じなら、最初に設定された順位の差で確定する。

 2枠しかないのにそれって凄く残酷だよね。


 その後、白湯女将棋部は1位通過を決める。

 これで来年の春季大会はB2 7位としてリーグを戦う事になった。

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