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駒唄  作者: 無二エル
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二次試験も負けない

 本日は奨励会試験3日目。

 二次試験が行われる日。

 そして、奨励会への合否が決まる日。


(随分減ってる)


 当然だが、一次で振るい落とされた子はもう来ない。

 来年に向け、自分を鍛え直すか、棋士自体を諦めるか、今頃自分の中で選択を迫られている事だろう。


(残酷だよな・・・)


 小さい内から厳しい世界へ飛び込み、自らの夢の決断をしなければならない。

 現実を受け入れる覚悟が備わっていない子も多そうだけど・・・


(ふう、人の事を心配している余裕なんて無いか)


 自分の方が時間の無い立場なんだ。

 すっかり忘れて随分甘い事を考えてしまった。


(何より、プロを目指すなら他者を蹴落とすなんて当たり前の事)


 同情なんてしてる余裕は無い。

 この子達を踏み台にして、私だけでも棋士を目指すくらいの気持ちで居なくては。


 対戦相手が決まった。


「よろしく!負けないからね!」

「・・・よろしく」


 黒森くろもり 永邦えいほう君・・・

 昨日、姉弟子の贈り物で知った11歳の要注意の子。


(か、可愛いなぁ)


 眼がクリクリッとして好奇心旺盛。

 なんとなく母性をくすぐられる・・・


 おっと、さっき引き締めたばかりなのに、また油断するところだった。

 相手は奨励会4級、受験者との対局も自らの普段の成績に関わって来る。

 向こうも真剣なはずだ。


「僕、お姉さんに勝てば6連勝で昇給するんだ」

「!」


 ふーん、そうなんだ。

 子供ながらの悪気の無い一言だったのかも知れない。

 でも、私にはこう聞こえた。

「相手が受験者で良かった!超余裕!」

 私の中に煮え立つ物が湧き上がって来る。

 6連勝は諦めてね。

 良いとこ取りの9勝3敗でも昇給出来るから、そっちを目指して。


 将棋盤の前に座る。

 目の前の男の子は、早く始まらないかとそわそわ、自分が負ける事を疑ってない。

 ごめんね、私は君のデータを貰ってしまった。

 君がどういう戦型で来るか、どういう手順で指すか、私の頭の中には入っている。


「それでは、始めてください」

「お願いします!」

「・・・お願いします」


 奨励会入会二次試験が始まった。



-----------------------------



「な、なんで・・・」

「・・・・・・」


 局面は大詰め。私の圧倒的優勢。

 黒森君の攻めを徹底的に潰し、もう手の指しようがないだろう。


 それでも相手は諦めない。何か無いかと探し続ける。

 だが時は残酷だ。持ち時間の減少として、相手の心に重圧をかける。

 

「まだ・・・まだ・・・」

「・・・・・・」


 黒森君の焦りの色が濃くなる。


(ソフトなら即座に差し手を示してくれるのにね)


 ソフトの勉強には弱点もある。

 頼りすぎると自分で考えなくなってしまう。

 昨日貰った棋譜を見て、こういう局面でソフトならこう指すと、意味をよく理解してないのに指している場面がある事に気付いた。

 私はそれを逆手にとり、混乱させる方法を徹底的に模索した。


 時間が無くなっていく。

 それでも何かないかと、盤面の隅々まで眼を巡らせる黒森君。

 ・・・諦めない姿勢は素晴らしいけど。

 ・・・・・・


プーーーーーー


 黒森君が驚いて対局時計に目をやる。時間切れ負けだ。

 苦し紛れに何か無難な手で取りあえずやり過ごせば、もうちょっと粘れたのに。

 その余裕すらなかったか。


「ありがとうございました」「う・・・」


 私、君島 流歌 の奨励会合格が決まった。



----------------------------



「おめでとう、流歌」

「ありがとうございます、師匠」


 がっくり項垂れる黒森君を背に、私は自分の合格にホっとしていた。

 これで奨励会4級か。

 取りあえず高校2年の間にどこまで登れるだろうか。


 1級くらいまでは行きたいな。

 難しいかな?でも高望みしないと・・・

 高校3年の間は休会しなくてはならない。

 大学1,2年でなんとか四段まで・・・

 三段リーグで必ず半年取られてしまうんだよな。

 実質、大学2年の9月までには三段に登らないとその時点でゲームオーバーか。

 いや、それだと三段リーグ一期抜け?き、キツイ。

 改めて思うけど、無茶苦茶ハードルが高い約束をしてしまった。


「せっかく合格したのに、難しい顔してんだな」

「・・・なんだ、また桐生先生ですか」


 この人本当に暇なのかな?

 悩んでるんだから邪魔しないでよ。

 なんでこんなとこ・・・あ。


「お弟子さんが試験を受けてるんですか?」

「へ?・・・いや、俺に弟子は居ないけど」


 じゃあなんで居んのよ!

 私の深読みを返せ!


 最近は若い棋士でも弟子を取るようになった。

 昔のように内弟子を取る師匠は居なくなり、弟子の形態も変わってきている。


 最初の対局が終わり、自分を含め6人の合格者が出た。

 第二戦目が始まる。


「・・・今年は何人合格出来るかね」


 桐生が何か言ってる。

 ・・・まるで、高みの見物だ。

 自分がすでに潜り抜け、次のステージに行ってしまった者からの、軽い言葉。


 安心してるんじゃないでしょうね?

 そっちはそっちでもっと厳しい競争が待っているんでしょ?

 今の私の立場からは、想像も出来ないけれど。


 ・・・だから見に来てるのかな。

 自分が通り過ぎたステージ、そこで足掻いてる者達を。

 ・・・考えすぎか。


 ふう、早く終わらないかな。

 ぼーっと周りを見てたら見知った顔が。

 あ!高梨たかなし満雄みつお九段!

 4949動画で人気のオタク文化に造詣がある先生だ!

 聞き手で組む事が多い、弟子の宮野女流の困り顔が何とも言えないんだよねー。

 ここに居るって事は、お弟子さんが試験受けてるのかな?

 ああ、あの、癒し系の語り口調・・・

 荒木先生に出会う前は、高梨先生に弟子入りしたいと考えた事もあったんだよね。

 師匠には口が裂けても言えないけど・・・


 ああ、もう行っちゃうのか。

 話してみたかったけど、こんな場所で不謹慎だよね・・・

 あ、第二戦が片付いたみたい。


 ・・・また4人合格が決まった。

 これで10人。残り1戦で何人増えるだろうか。


 第三戦目が始まった。


「いよいよ、これで決まるな」

「・・・・・・」


 桐生はまだ居た。

 私は帰ろうかな。

 師匠、私はまだ居なければ駄目なんですか?

 ・・・合格者にはこれからの説明があるから、残っていなければ駄目らしい。

 はあ・・・


 追い込まれた受験者達。

 奨励会員達も1勝をもぎ取る為に必死。


「今頃関西でも、熱戦が繰り広げられてるんだぜ?」


 解ってますよ。奨励会試験はここだけじゃない。

 関西将棋会館でも行われている。

 どうせなら関西の様子も見て来たらどうですか?

 着く頃には終わってるだろうけど、そのまま関西所属になったらどうですか?


「なんだよそんなに見つめて。俺に惚れたか?」

「読みが甘いですね。全然違います」

「くっ・・・も、もしプロまで上がって来ても、容赦しないからな」


 望むところです。

 そうでなければ意味が無いのだ。

 羽月さんと戦う為の糧となり、血肉となって貰わなければ。


 一人の子が挨拶もせず、立ち合いの制止を振り切り、泣きながら部屋を飛び出していった。

 ・・・落ちたのか。

 残りはどうかな。


 あ、あの子は勝ったみたいだ。

 泣きながら喜んでる。

 負けても勝っても感情を抑えきれない。


「相手の前で喜ぶのは失礼ですよ!」


 途端に立会人から注意が飛ぶ。

 将棋とはそういう競技。

 勝っても喜びを隠さなければならない。


 受かったのは2人。

 私を含め、計12人の合格。

 9月後半からの奨励会参加の説明が始まる。


 これから取りあえず半年間。

 高校2年が終わるまでの半年間。

 私はこの中で荒波に揉まれる事になる。


 本当は少しでも早く棋士になりたい。

 高校3年の間は休会しなければならないのは痛いな。

 学校の勉強なんて、私の夢には必要ないのに。

 でも、それが親からの条件だった。


 今更泣き言を言っても仕方ないか。

 やれるところまでやるだけ。

 短い中で成果を出してこそ、本物って気もするし。


 ・・・私は本物になれるかな。

 いや、本物になるんだ。

 過去数人の棋士しか辿り着いてない『本物』に。


 まだスタート時点に付いただけ。

 決勝すら始まってない、予選の段階だ。


(駆けあがって見せる)


 流歌が静かに気合を入れる。

 誰にも気づかれないよう、闘志を燃やしていた。

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