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駒唄  作者: 無二エル
37/93

聞き手

 8月中旬


 今日は姉弟子のタイトル戦。

 聖麗戦五番勝負の第一局。

 私は将棋会館の5階のネット放送用のスタジオに来ている。


「えと、私、聞き手初めてなんですけど」


 急に話が来た。

 今日は4949生放送の聞き手として呼ばれた。


「橘女流の新戦型を破ったのは君島さんだけですからね。今日は解説の気持ちでやってください」


 そんな事言われても、解説の人を蔑ろに出来ません。

 そもそも女流棋戦の放送も急に決まったらしい。

 普段全然やらないのに。


「女流最高峰タイトルですからね。賞金額も女流最高なので、今回から・・・」


 確かに、タイトル取ったら700万だもんなー。

 男性棋戦の下の方のタイトルより賞金は高い。


 でも、いきなりネット中継の聞き手なんて。

 普通は地方の小さいイベントから段階踏むもんじゃないの?

 それに姉弟子の戦型の解説だなんて。

 攻略のヒントを与えるようなもんじゃないの。

 それは姉弟子に対する裏切りだし、正直攻略法なんて解ってないし。

 それでもいいからと、今回頼まれた。

 適当だなぁ。


「よう!久し振りだな!」


 そして、何より最悪なのが、解説が桐生だった事だ。

 もっとちゃんと聞いとくんだった。


「・・・桐生先生、今日はよろしくお願いします」

「おう!少しは礼儀を覚えたみたいだな」

「形だけのあいさつです」

「あ、相変わらずだな」


 あー、早く終わんないかな。

 桐生、アンタ一人で喋っててよ。

 

 

 放送が始まり、モニターに姉弟子が映し出される。

 が、頑張って、姉弟子。


「・・・おい」

「あ、皆様こんにちは。本日は第○期聖麗戦決勝五番勝負―――


 台本通り読み進める。

 あーあ、家でゆっくり見たかったな。

 もしくは現地で姉弟子の応援したかったな。


 お?コメント見れるんだ。

 超かわいい、足長い、当たり前じゃない。


「では桐生六段、本日の見どころをお願いします」

「今日の見どころは勿論、橘女流三段の『橘流』ではないでしょうか?最近男性棋士の間でも話題の―――


 ほう、桐生のクセにいっちょ前に勉強してんじゃん。

 姉弟子にひれ伏しなさいよ。


「ところで、橘女流と言えば君島さんの姉弟子ですが、普段はどんな方なんですか?」

「とても優しくて、頼れる素敵な姉弟子です」


 急に振るんじゃないわよ。

 敬語で話しかけられると気持ち悪いわね。

 姉弟子の事を聞きたいの?

 ま、まさかコイツ、姉弟子の事狙ってんの?


「無口ですが、チャラ男にも分け隔てなく接する女神のような人です。ですが優しさと施しを勘違いしないでくださいね」

「え?は、はぁ」


 ふう、難しい。

 姉弟子のイメージを損なわずに桐生を牽制出来たかな?


「おお、出ましたよ。橘流」


 姉弟子、1局目から使って来たか。

 5番勝負だから色んな戦型を使うとは思うんだけど。


「橘流と言えば、今日聞き手の君島さんが現在唯一勝利している訳ですが」

「私が勝てたのはたまたまです。姉弟子の攻めの中でぽっかり空いた隙間にたまたま詰み筋があって・・・」

「その棋譜は私も見ました。よくあれに気付きましたね?」

「詰めろ逃れを探す中でたまたま―――


 桐生のクセにやけに褒めるわね。

 ま、まさか、まだ私を狙ってるの?


「と言う訳で、私はチャラ男が嫌いです」

「は、はあ?」


 はあ?はあ?はあ?

 コメントもそんな感じだった。

 やばいやばい、真面目にやんないと。

 

「すみません。ちょっと緊張しちゃって」


 あ、カンペが出た。


「それでは、いったん休憩に入りたいと思います」


 ふう、緊張した。

 あれ?どうした桐生、元気ないね。


「はあ、さっきモニター見たけど、俺お前と並びたくないわ」

「それはこっちもですけど」

「そうじゃなくてよ。身長は俺の方が高いのに、足の長さが段違いだった」


 はっはーん。客観的に見る事が出来て、自分の足の短さに気付いたか。

 今日はショートパンツだし、足の長さが丸解りだ。

 てか私の足見てんじゃないわよ!


「スカート履いて足の長さ解らなくしてくんね?」

「いきなり着替えるとか、どこの竹野女流ですか」


 竹野たけの さより女流三段。

 色んな意味で恐れられてる将棋界の異端者。

 生放送中に他の女流をアバズレ呼ばわりするなどの奇行も目立つが、最近は丸くなったと言う噂も。

 お子さんも居るので奇行はキャラ作りという話もある。


「すみませーん。なんか台ないですか?」

「ちょっと、いきなり身長髙くなったら視聴者が戸惑いますよ」

「うう、でもよう」


 いじけるんじゃないわよ。

 大丈夫、先生の足の長さなんて誰も気にしてませんって。


 放送に戻る。

 相手の持ち時間消費が激しいな。

 局面が動かないと場を繋ぐのが大変だ。

 姉弟子は迷いなく指していく。


「すでに持ち時間の差が倍になってしまいましたね」

「そうですね、橘女流のペースで対局は進んでいます」


 ・・・うーん、すぐに会話が途切れちゃうな。

 何を話せばいいのやら。

 時々桐生が話を振ってくれるけど、あまり広がらない。


 あ、そろそろお昼休憩ですか。

 え?桐生と一緒に外食?

 写真撮るから仲良さそうにしろだぁ?

 おっと、あまりの嫌悪感から言葉が荒くなってしまった。

 49生のスタッフがビビっちゃった。

 君島 流歌、19歳、お仕事頑張ります!キャハ♡


 連盟の近くのウナギ屋さんか。

 私そんなにウナギって食べた事無いんだけど・・・ええ?高い。

 肝吸い?・・・これは無理かも。

 親子丼があるね・・・すみません、親子丼じゃ駄目ですか?


「うなぎ屋来て親子丼じゃ絵的に・・・」


 はいはい、頼めばいいんでしょ?

 梅でお願いします。運営も安い方が良いでしょ?

 別に写真撮るだけなら全部食べなくて良いですよね?

 ・・・全然来ない。時間かかるんだ。

 昼食休憩終っちゃうよ?


「来ましたね。じゃあ写真撮りまーす」


 はいはい、上辺だけでも仲良く見せますよ。

 お重を持ってニッコリ。

 はあ、何やってんだろ。

 午後もあるし少しでも食べるか・・・パク。


「お、美味しい」

「・・・写真撮る時その顔が欲しかったです」


 なによ、私変な顔してたの?

 言いなさいよ。それにしても美味しいわね。

 スーパーの物とは大違いだわ。おいひい。


「は、腹減ってたのか?」

「なんですか?人の食事をじっとみるなんて趣味が悪いですよ」

「いや、細いのに良く食うなぁと」


 きっとストレスが溜まっていたのよ。

 誰のせいかは知らないけど。

 あ、それと一応今はそれセクハラになるから気を付けなさいよね。


 スタジオに戻って、対局者の昼食紹介。

 凛さんはシラス丼?美味しそう。

 対局場所の名産なのかな。


 続いて私達の食事紹介。

 わー、私の顔、不自然!

 こ、これは酷いな。コメントでも指摘されてる。

 せっかく美味しい物を食べさせてもらったのに申し訳なくなって来た。

 これじゃあお店にも申し訳ない。


「私、ウナギって普段あまり食べないんですが、ここのはすっごく美味しかったです!」

「はい、君島さんはすごい勢いで食べてましたね」


 カチ―ン、でも許す!


「食わず嫌いだったんでしょうか?写真は食べる前なので浮かない顔をしてますが・・・」

「親子丼頼もうとしてましたねw」


 カチ―ン、でも許す!


「こんな事なら、松を頼めば良かったです」

「49生さんの奢りなのに、言いたい放題ですねw」

「まあ桐生先生の奢りなら、牛丼くらいしか期待できませんが」

「こ、これでもそこそこ頑張ってるんですよ?」

「えーと確か、先生はC1なので・・・」

「給料の計算はやめてくださいね」


 お、コメントそこそこウケてる。

 やっと慣れて来たかな。


「そう言えば、君島さんは女王戦の賞金は何に使うんですか?」

「税金がどれくらい来るか解らないんで、まだほとんど手を付けていませんが・・・あ、そう言えばこの前大学のサークルで石垣島に旅行に行ってきました」

「へえ、だから少し焼けてるんですね」


 こんな感じでプライベートの話を織り交ぜつつ、時間稼ぎをすれば良いのか。

 コメントでヤリサー?って出た。違うわよ。


「私の学校は女子校なので、女だけで将棋サークルを作ったんですよ?石垣島にも合宿が目的で・・・」


 コメントをそれとなく否定。

 でもあまりプライベートを言いすぎるのもな。

 その辺の匙加減が難しい。


「女の子だけでワイワイ、思い出に残る良い旅でした」

「いいですね。そう言えば南の島事件って知ってます?」


 し、知ってるけど、面識のない先輩棋士をイジる訳にも。

 私の心配とは裏腹に、コメントが凄い盛り上がった。

 そう言う話は皆好きだとは思うけど・・・


「知りません。どんな事件なんですか?」

「むかし、塚本先生と女流の―――


 しらばっくれた。

 責任は全て桐生にお願いします。


「あ、対局もかなり進みましたね」


 本当だ。凛さん優勢。

 このまま波乱なく行ってほしい。


「対局者におやつが運ばれてきました。おやつと言えば以前君島さんは玉位戦で急におやつ紹介をやることになったとか?」

「はい、丁度あの時も49生さんでしたね。機材トラブルだったらしく―――


 桐生のクセに上手く話を振るわね。

 私ももっと振った方が良いのかしら?

 でも桐生の事なんて特に知りたくないから別にいいか。


 あ、カンペが出た。


「それではここで視聴者様からの、質問コーナーです」


 なになに?

 私は将棋歴10年のアマ初段です。君島さんは普段将棋の勉強をするときに、どんな方法で勉強していますか?なるほど。


「私はソフトを使った勉強が主体になっています」

「なるほど、ソフトは強いですからね」

「コンピュータの指し手の意味を理解し、それを自分の将棋にも生かそうとしてます。他はネット将棋で対局を重ねたり、棋譜ならべをしたりでしょうか?」

「棋譜はどなたの物を良く並べるんですか?」

「対局前は対戦相手の物を、そうでない時は、やはり羽月龍王の物でしょうか」

「君島さんは羽月龍王を尊敬してるんでしたね」

「はい、私が棋士を根差すきっかけとなった人で―――


 羽月さんは私だけじゃ無く、将棋界の憧れだ。

 尊敬している棋士も多い。

 勿論倒すべき相手として考えなければならないんだけど、目標として設定するくらいは良いじゃないか。


「続いての質問です。私は以前、君島さんにサインを書いて貰った・・・え?あの時の?」

「ど、どういう事ですか?」


 あれは今年の1月。

 オール学生将棋選手権 個人戦 1日目でのお話。

 生まれて初めてサインを求められ、応援して貰えてると知ってとても嬉しかった。


「今は私も6年生になり、この前小学生名人戦にも出ました」

「へえ、凄いですね」


 うん、凄い。そんな強い子だったんだ。

 あの時は2日目はいなかったから初日で負けたんだろうけど・・・


「あの時初段だった君島さんが、あっという間に三段になり、今はプロへの扉を開こうとしています」

「君島さんは実質1年9カ月で三段まで来たわけですからね」

「私は今もあの時扇子に書いて貰ったサインを励みにし・・・・・・」

「?・・・どうしたんですか。な、泣いてるんですか?」


 泣くでしょ。

 そりゃあ泣くわよ。

 自分の苦労とか、それを励みにしたとか色々ごっちゃになって泣くわよ!

 見ていてくれている人が居て嬉しいのよ!


「こ、これからも、応援、しています、うぅ」グスッ

「し、質問じゃ無くてファンレターでしたね。ですが、君島さんが羽月さんを目指すように、君島さんを目指して頑張っている人も居るんですね。そうやって将棋界は受け継がれていくのでしょうか」

「うぅ、桐生のクセに良い事言うじゃない」

「ちょ!素が出てるぞ!」


 コメントが盛り上がりすぎて読めない。

 涙のせいもあるわね。

 あーあ、生放送で前代未聞だ。



 対局は、姉弟子が勝った。

 え?来場が55万超えた?女流棋戦で凄いですね。

 私のお陰?いえいえ、姉弟子の人気ですよ。


「はっはっは、俺達良いコンビだったよな」

「あ、スタッフさん、もし次呼ばれるなら解説は森村九段か藤屋九段が良いんですけど」

「ガーン!!」


 まあ貴方もちょっとは頑張ったわよ。

 因みに変なフラグは立ってないからね。

 勘違いして馴れ馴れしくしないでね。

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