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駒唄  作者: 無二エル
34/93

あと一歩

 対局は、私達が最後になった。


 すでに200手を越えている。私の駒台にはたくさんの駒が並び、出番を今か今かと待っている。

 だが使いようがないのだ。敵の玉が入玉してしまった。


 最初は私が優位だった。

 黒森君もそれを感じてか、自分の玉を入玉へと舵を切った。


 入玉とは自陣の玉が、敵陣(相手側の3段以内)に入る事を言う。

 こうなってしまうと、後ろに進む駒の少ない将棋では、なかなか詰まなくなる。

 凄い執念だ。そこまでして私を昇段させたくないなんて。


 黒森君の狙いは持将棋の引き分け指し直しだろう。

 前回の戦いで、私は黒森君と闘った後に、2局目を勝つ体力が無かった。

 そこを見越しての、持将棋指し直し狙い。


 持将棋とは双方の玉が敵陣に入玉し、決着がつかなくなる事。


 だが持将棋指し直しには条件がある。

 大駒(飛車・角)が5点、小駒(王以外のその他)を1点として24点以上持ってないと、引き分けにはならない。

 23点以下で持将棋になれば負けてしまう。

 そして今、黒森君は23点しか持っていない。

 このまま私の玉が入玉してしまえば、黒森君は負けてしまう状況だ。


 私の玉が敵陣に入るまで五歩。

 だがその間に黒森君が私の駒を一つでも獲れば、引き分けが成立してしまう。

 玉も敵陣に突っ込むのだから危険が一杯。

 慎重に指し進めなければ。


 しかし、自分の駒を守りながら玉を敵陣に進める事に慣れていない。

 あまり経験する事の無い作業。

 間違いが怖い。


 あってるかな?どこか見落としが無いか?

 自分の駒は守られてるか?玉を進めて大丈夫か?

 神経の磨り減る作業が続く。


 自駒を守るために駒台の駒を使う、こんな事した事無い。

 違うゲームをやってる気分だ。


 私の玉が敵陣まであと二歩に迫った。

 黒森君もなりふり構っていられない、私の孤立している駒を強引に狙いに行く。

 私はそれを守るために、また駒台の駒を使う。


 何やってんだろ?歩を巡って争ってるんだよ?

 黒森君は私の歩を狙って金銀を指し、私はそれを取られても取り返せるように歩の回りに駒を配置していく。

 そして黒森君が、歩の争奪戦の為に、竜を動かした。


 ・・・見えてなかったんだろうか?

 角道が空いてしまった。

 黒森君の玉に繋がる私の角道が、ぽっかり空いてしまった。


 黒森君はまだ気づかない。

 私の歩しか見ていない。

 竜で糸を付けた事で、歩の攻防戦に勝ったと思ってるみたいだ。

 そして私は、黒森君に告げる。


「自ら王手をかけたよ」



--------------



 勝負は意外な形で終わった。

 黒森君も慣れていなかったのだろう。

 気付いた時には頭を抱えていた。

 

 自分から首を差し出す一手。

 これなら普通に負けた方がマシだ。

 多分引きずるんじゃないかな?

 二歩以上に恥ずかしい負け方だと思う。


「はあ・・・君島さん・・・おめでとう」

「無理に言わなくてもいいよwそれにしても入玉した執念には頭が下がるよ」

「はあ・・・入玉までしたのに・・・はあ」


 入玉はみっともないと考える人も多い。

 でもルール違反じゃないから私は別に構わないと思う。

 ただ自分がそれを選ぶかと言われると・・・どうかなぁ。

 少なくともタイトル戦とかでは使えないかな。


 とにかく私は三段になった。

 

「君島さんおめでとう」

「ありがとうございます」


 幹事に祝福される。

 これで私は10月からの三段リーグに参戦する。

 それまでゆっくり準備が出来る。


「それでまた・・・」

「取材ですね。解ってます」


 女として三人目の三段リーグ入り。

 前の二人は夢破れた。

 注目されて当然だ。


「君島さん、19歳3カ月での三段昇段は女性最速です」

「はい、そして女性初の四段昇段を狙っています」

「おお、聞きたい事を先に言われてしまいました。頼もしいですね」

「はい、三段は通過点でしかありませんから。そして四段はスタート地点でしかありません」


 マニュアル通りのセリフかな。

 もっと気の利いた事言いたいけどね。

 棋士としては、もっと謙虚な方が良いのかな。


「期待していますよ」

「ありがとうございます」


 記者としても、待ち望むニュースなのかな。

 それとも内心では、女が棋士になれる訳無いと思ってるかな。

 どのみち私は棋士になるけどね。



--------------------



 2日後、棋精戦の第一予選が行われる。

 4回勝てば第二予選進出か。しかし相手は男性棋士、簡単では無い。

 私の最初の相手はベテランの六段、正直棋士の中では強い方では無いけど・・・


 辛勝、初めての男性棋士との公式戦での対局で勝てるとは・・・

 それと同時に感じた厳しさ。粘りが段違いだ。

 女になんて負けたくないと、体中から伝わって来た。


「君島さん、男性棋戦初勝利おめでとうございます」

「は、はい。ありがとうございます」


 取材の時に自分が疲れていることに気付く。

 消耗させられた。一次予選は持ち時間が1時間なのに。

 疲れ方が段違いだ。やっぱり将棋にもやはり体力は必要なんだね・・・

 本格的にその辺も改善していかないと。


 その日のうちに二回戦が行われる。

 相手は若手の四段。わあ、元気いっぱいだな・・・


 結果は負け。強い。

 最新の戦型、斬りこみの鋭さ、若い頭による読みの速さ。

 疲れが無くても勝てなかっただろう。

 

 今日一日で課題がたくさん見えた。

 体力不足だし実力不足だ。

 良い経験にはなったよ。次までには対策を練って来ないと。



----------------



 6月下旬、自動車免許を取得した。


「さて流歌。車の運転は、聞くとやるとでは大違いだ。学校で習った事と、私生活で実際に走るのとでは大違いだと思った方が良い」

「実際に公道にも出たよ?」

「横に教官が座ってるのと座ってないのでは、大違いなんだ。車も変わるし」


 そうなのパパ?

 ウチの車は教習所のより小さいし、余裕なんじゃないの?

 ナビやバックモニターも付いてるし。


「実際にやってみた方が良い。まずは車庫入れ、スムーズに出来るようになるまで繰り返しやれ」

「えー」


 やってみると難しい。

 ドアミラーやらバックモニターやら見るとこ一杯ある。


「内輪差、内輪差」

「は、はい」

「ほれ車が来てるぞ?車庫入れはタイミングも大事だ」

「は、はい」


 怖い、なんて怖いの?

 自動車学校の車じゃないと、回りは気を使ってくれないんだね。

 あれは、初心者の車に近づきたくないからだろうか。


「初心者マーク貼っとけ。田舎だと逆に煽られるけどな」

「ええ?田舎治安悪い!」

「つぎは公道に出るぞ」


 公道なら何度か・・・

 でも自分で道を決めるの初めて。

 む、無茶苦茶怖い。

 ま、曲っていいの?私みたいなもんが曲がっていいの?


「都会は逆に、車を運転した事無い人が多いから、車側がどうしたいのか歩行者は解ってないからな」

「本当だね。あんな邪魔なところに立ってる」


 ちゃんと枠内に収まりなさいよ。

 そこの自転車!並んで走るんじゃないわよ!


「まあ歩行者からしたら、車の都合なんて知ったこっちゃないからな」

「ぬぬぬ」


 そんな感じで一日みっちり鍛えられた。

 はあ、何小説だっけこれ。

 でもお陰で自信付いたかも。

 

 学校近くに月決め駐車場を借りる。

 文京区だから安い、それでも月3万くらいかかる。

 連盟に行くときは普通に駐車場に止めよう。

 渋谷区だけど、千駄ヶ谷の辺りは安い。24時間以内なら2000円くらいで止められる。

 対局が長引いても安心。


 ジムにも通い始めた。

 長い対局に耐えられる体作りをしなければならない。

 やること一杯で大変だけど、これも夢の為。


 取りあえずは7月の女流玉座戦本戦か。

 8月にはまた男性棋戦があるし。

 そして、10月に控える三段リーグ。

 気合入れて行かないと。

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