みんなで観戦
9月第二例会
今日は1勝1敗。
連勝は止まってしまった。
ふう、以前ならガックリしてたかもしれないけど、今回は1敗で済んで助かったと思える。
そして1勝出来てホっとした。
『最近記録係に女子大生雇ったらしいね』
『見た見た!みんな可愛いんだよ』
『ええ?・・・俺も記録係やろうかな』
何よ。可愛い子とお近づきになれるかもって?
どうせ話しかけられないくせに。
と言うか、普段からやりなさいよ。
「君島さん?終わったのなら一緒に帰りますわよ」
「玲奈?今日記録取ってたの?」
「女流の記録でしたので楽でしたわ。てっきり正座を覚悟していたのですが」
女流の対局は持ち時間が少ない。
予選は椅子対局も多い。
・・・ちょっとザワっとしたね。
「・・・なんだか見られてますわね」
「うん、女子大生記録係が話題みたいでね」
「まあ、そんな事を気にしてる余裕があるんですの?奨励会と言うのも結構ヒマなんですわね」
痛いところを突かれて皆、項垂れる。
そうだよ、私達はよそ見してる暇なんて無いんだよ。
「玲奈、車で帰るの?」
黒の高級車が連盟前に止まってた。
じいやが車のドアを開けて待っている。
安いバイト帰りに高級車でお迎えか。
なんだか本末転倒のような。
「送って差し上げますわよ」
「うん・・・じゃあ遠慮なく」
私の家は近いからすぐだ。
じゃあ、すみませんけどお願いしまーす。
「玲奈は正座平気なの?」
「はい。わたくしは幼い事から茶道と華道を嗜んでますので」
「そっか、相変わらずのテンプレ・・・」
「?」
「あ、そうだ!書道は得意?」
「得意ですわ」
おお、羨ましい。
棋士は字を書くことも多いからなぁ。
私も練習したいんだけど、今はそんなのより将棋を強くならないと意味ないから後回しにしてる。
「まあ、そうなんですの。じゃあ君島さんが棋士になったら教えて差し上げますわよ」
「ホント!助かるよ!」
「だから早く棋士になってくださいませ」
「う、うん」
簡単に言うけど・・・
いや、なるよ。頑張ってなるよ。
私の棋士第一号のサインは玲奈にあげるからね。
「はい。楽しみにしてますわ」
そういってニッコリ微笑む玲奈。
ああ、いい友達もったなぁ。
いつか受け取った物を返したい。
その為の一番の近道は棋士になる事なんだろうな。
その期待に応えるからね。
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10月末
今日は学校に来ている。
部室にパソコンが来た。
この1か月半、皆が記録係を頑張ってくれたので、あっという間に買う事が出来た。
もちろん私もお金出したよ?私だって白湯女将棋部の一員だし。
前に記録係やった手当と対局料も少しは入って来てるし。
さて、この間にも奨励会が2回あった。
結果は2勝2敗。
うーん、これで初段に上がってから8勝3敗。
良いペースがすっかり崩れてしまった。
女王戦本戦の1回戦もあった。
結果は余裕の勝利。
あんな事もあったし慢心せずに望んだけど、やっぱり清氷さんは独特だったんだろうな。
いや、これからも慢心せずに挑むけど・・・
女王戦はスパンが長いからゆっくり研究できるし。
次は2カ月後だし、それを勝ってもまた2カ月後。
タイトル戦に至っては来年の4月で将棋カレンダーでは来期になっちゃうし。
何でこんなに長いんだろ?まあいいけど。
おっとそれより今はサークルサークル。
「シャリーは記録の仕事、慣れた?」
「秒ヨミ苦手デース」
・・・だよね。
なんとかなってるの?
「外国人の記録は珍しいから、皆さん優しくしてくれてるみたいだよ」
「那由?那由は結構持ち時間長い対局も取ってるって聞いてるけど・・・」
「長いって言っても電車があるうちに帰してくれるよ?女の子だから配慮してくれてるみたい」
当然だよ。深夜になるのなんて奨励会員にやらせとけばいいんだよ。
因みに深夜になった場合、記録係は連盟に泊まる事が出来る。
タクシー代すら出ないからね。
「頼子はこの前ぇ、斉上王座の記録取ったんだよぉ。幸せだったなぁ」
「へえ、西の王子の。千駄ヶ谷に来てたんだ?」
斉上 倫太郎王座。
西の王子と呼ばれる人気、実力を兼ね備えた関西のイケメン棋士。
謙虚な好青年。
背も高くスラっとしたスタイルで、女性人気ナンバーワンと言っても良い棋士。
深い師弟愛で結ばれてる事でも有名。
「・・・セッティング終わったよ」
「あ、ごめんね遥。任せっぱなしで」
「・・・機械は好きだから。ネットにも繋いだよ」
おお、遂に部室にパソコンが・・・
ど、どうする?ソリティアでもする?
「馬鹿な事言ってないで、今日は龍王戦の第二戦初日でしょう?」
そうだ、すぐに49動を・・・
あ、メアド登録いるんだっけ。
じゃあアババの方を。
『―――龍王戦第二戦、対局はこれから午後に・・・』
・・・羽月さんだ。
私の憧れの人。
「なんか、進みが早いね?」
「・・・本当だ。もう駒がぶつかってるね」
「初日の午後がぁ、始まったばかりですよぉ?」
「ソウナノデスカー?」
おお、将棋部っぽい会話が・・・
シャリーだけは相変わらずだけど。
「並べてみますわ」
「あ、ボクも。継盤作るよ」
「・・・アタシも」
継盤とは、先の手を色々試してみる為の盤とでも言えばいいかな。
こう指したらどうなるの?って感じで使う。
「こうなったら大盤も欲しいですわね」
「大盤くらいなら、部費ですぐ買えるでしょ」
「そうですわね。あ、皆さん、今後、記録係のお給金はご自分のお小遣いにしてくださいませ。パソコン購入にご協力、深く痛み入りますわ」
大盤とは将棋解説なんかで見かけるマグネット式のでっかい将棋盤。
ホワイトボードは大学の備品にあるし、そこに貼って使える。
「さて、それでは君島さん。解説をお願いしますわ」
「あ、うん。ここの狙いはこうなって・・・」
「ふむふむ」「オー?」
「後手は多分、先手がこう来るだろうと」
「そんな先までぇ?」「・・・広く見てるんだね」
「で、今は先手がこっちに指すか、こっちにするか迷ってるんだと思う」
「まあ、今放送の解説が同じ事を言いましたわよ?」
「「「「お~~~~~」」」」
どうだ!これが奨励会員!思い知ったか!
「ね、ねぇ、ここでこうするとぉ、どうなるのぉ?」
「こうすれば潰せるよね」
「あ、そっかぁ」
「これはドウデスカー?」
「こうなると王手飛車だよ」
「オー!!??」
ああ、楽しいな。
もっとみんなに教えたい。
もっとみんなに強くなってほしい。
私にもっと時間があれば・・・
「しかし動きませんわね」
「2日制で進み過ぎてるくらいだからね」
「ボク食堂に行って来て良い?」
「うん、遠慮しないで。将棋の中継は長時間なんだから」
「ワタシは、本ヨミマース」
「・・・ヒ○ルの碁ってシャリー」
お、面白いよね。
別にいいけどさ。私も『ちは○ふる』買ってるし。
「・・・ハチ○ン、面白いよ」
「ああ、私あれは絵が・・・」
「私はぁ、○月のラ○オン好きだよぉー」
「あれは読んだ事無いなぁ」
「皆さん、何の話をしてますの?」
「漫画だよ。玲奈は読んだ事無いの?」
「漫画ってあれですわよね?青少年に有害な影響を与えると言う」
読んだ事無いんだ。
有害な影響はどうだか知らないけど、良い影響も与えるよ。
ヒ○ルの碁を読んで囲碁棋士になった人居るし。
キャプ○ン翼でサッカー選手になった人なんて世界中に居るよ。
・・・まあ良い影響も与えるんだから、悪い影響も与えるんだろうね。
「まあ、そんな物を読んで大丈夫なのですか?」
「小説だって同じだと思うよ?某ネット投稿サイトに行くと有害だらけだよ」
「君島さん、そんな物を見てるんですか?」
み、見てないよ。
だって銀髪美少女ばっかりなんだよ?
絶世の美女だらけで逆にありがたみが無くなってる世界なんだから。
もうちょっと表現方法変えないと駄目だなーって誰かも切実に思ってるらしいよ。
「ただいまー」
「那由はなんか漫画読んでる?」
「え?ボクが好きなのはスポーツ漫画だよ。稲○卓球部とか」
「あれはスポーツ漫画じゃないでしょ!」
「あはは、流歌良く知ってるね。結構古いのに」
子供の頃、歯医者さんの待合室に並んでるの見たのよ!
読もうとしたら付き添いのパパにすんごく怒られたんだから!
結局気になって後日、古本屋さんで立ち読みしたら衝撃を受けたのよ。
あれこそ有害なんじゃないかしら。
「那由!女の子があんなの読んじゃ駄目!」
「えー」
「あら、局面が動きましたわよ」
「待ってホシイデース。今イスミがプロにナレルカどうかの・・・」
「わあ名シーンじゃない。私にも見せて」
「ちょっと君島さんまで、貴方が真面目に見なくてどうするんですの?」
心配しなくてもまた動かないよ。
一瞬見ただけで解る。
羽月さんがこんな段階で妙手を指して来た。
「二十手くらい先を考えてる手だよ」
「に、二十手ですかぁ?」
「・・・流歌には見えてるの?」
私だけじゃない。プロはそれくらい先まで読むんだよ。
だから対戦相手は長考するはず。
変化も含めると200から300手読むんだよ。
「そうなんですの・・・プロの力とは恐れ入りますわね」
「わあ、名セリフじゃない」「オー、レイナもヨンデルノー?」
「何の話なんですか」
名作の話だよ。玲奈も是非読んでみて。
超優良漫画だから。