カマシ
9月第一例会
本日も2連勝、これで初段に上がってから5連勝。
順調すぎて怖いくらいだ。
「君島さん、女流玉座挑戦者決定戦出場おめでとう」
「あ、ありがとう、卯亜ちゃん」
ありがとう、でもあまり大きな声では言わないで。
準決で奨励会三段の現女王が負けてしまった。
同じ部屋に居るんだから・・・
「決定戦の相手、清氷さんだね!卯亜ファンなんだー」
だから大きな声で・・・
挑戦者決定戦の相手は清氷 一代女流六段。
女流タイトルを40期以上取っている、凄い人。
10年前の失冠以来、タイトルから遠ざかってはいるが、未だに挑戦者として躍り出る事もある大ベテラン。
凄いな、もうたしか50歳くらいのはずなのに。
棋士は20代から30代にピークを迎え、徐々に衰えて行く。
女流は特にピークが早く、短い気がする。
その中で未だに第一線を走り続ける。
強い人だけど、てっきり現女王が上がって来ると思っていた。
研究も現女王の棋譜を中心にやっていたのだが、当てが外れてしまったなぁ。
「自信はある?」
「勝てるかって?解んないよ」
「清氷さんも好きだけど、君島さんの事も応援してるからね」
ありがとう。
でも今から清氷さんの山ほどある棋譜を研究しなくてはならなくなった。
最近のだけでいいかな?
直近10年くらい?
でもそれは、タイトル持ってない時の棋譜だし・・・
うーん、テスト範囲が広すぎるよー。
しかもテストは5日後だ。
まいったな・・・
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5日後
「あれ?遥、今日から記録係の仕事なの?」
「・・・うん、頼子も来てるよ」
連盟の入口で遥に会った。
我が白湯女将棋部の面々は、私に記録係の負担が行かないよう、自分達がやると申し出てくれた。
先日記録係の研修を受け、今日から仕事をするらしい。
「誰の記録取るの?」
「・・・まだ解んないけど、流歌のではないと思うよ」
それはそうだよ。
仲の良い子が記録では色々疑われる。
全く接触しないよう配置されるはずだ。
「・・・それより今日の対局頑張って」
「うん、ありがとう」
あまり長話するのもあれだ。遥だって仕事で来てるんだし。
私も対局前の準備をしないと。
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目の前に座っている人から気品を感じる。
今は振り駒が終わって定刻を待っている。
・・・これが清氷さんか。
女流タイトル獲得歴代一位の大ベテラン。
長きに渡り、女流の看板だった偉大なる先駆者。
後手を引いてしまった、ついてない。
清氷さんはどんな戦型で来るだろうか。
研究はしたけど、絞りきれなかった。
「定刻になりました」
清氷さんが1手目を指す。
・・・・・・・・・
あー、中飛車かぁ。
先手中飛車かぁ。
最近男性棋戦では全く使われなくなった戦型だ。
棋士を目指す私としては軽視していた戦型だ。
女流ではまだ時々使われてるって知ってたんだけど・・・
つい無駄だと思って省いてしまった研究だ。
振り飛車の多い女流棋戦なら、出てきてもおかしくないのに。
どうしよう。中飛車対策は一応あるけど・・・
清氷さんはどんな・・・・・・・・・!!!
・・・目があった。
見透かされてる。
私が棋士を目指していて、この女流棋戦を通過点としか考えてない事。
棋士になるついでに、ちょっと賞金でも稼げたらラッキー、くらいの気持ちで参加した事。
見透かされている目だ。
―――貴方にとっては通過点でも、私はここで生きているの。ここに賭けているの。舐めないでね―――
この前、私が生きて行こうとする世界を穢さないでって、私は・・・
解ってないのは私の方だった。
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「お母さん。流歌はどうしたんだ?」
「負けたみたいですよ」
「・・・そっか」
・・・自信を打ち砕かれた。
少し前の調子の良さがウソのようだ。
たった1敗で変わってしまった。
それまで積み上げた物を壊された。
ベテランが18歳のデリケートな自信を崩すのは簡単だったみたい。
清氷さんの私への戦法も完璧だった。
女流棋戦に参加しておきながら、女流棋士を見ていないと悟られ、そこを突かれた。
全てにおいて負けてしまった。
完璧な・・・負け。
キツイな・・・
引きずってしまう気がする。
切り換えないと駄目だと頭は叫ぶのに、心が働かない。
私の為に記録係を買って出てくれたみんなに申し訳ない。
不甲斐ない私なんかの為に・・・
プロになる夢を、後押ししてくれたのに。
寝て起きたら気持ちもスッキリしないかな。
今はそれにすがりたい。
解決法が見つからない。
・・・・・・眠れない。
心のモヤモヤが私を寝かせてくれない。
晴れる事の無い、見えない何か。
今何時だろう・・・
もう0時を過ぎている。
駄目だ。シャワーでも浴びれば少しはすっきりするだろうか。
シャワーを浴びたら喉が渇いてる事に気付いた。
リビングを通って台所へ・・・リビングにパパが居た。
「・・・どうしたの?こんな暗いところで」
「んん?眠れなくてな」
うそ?そんな繊細な人だった?
「パパでも眠れない事あるの?」
「あるよ。なんだよその『でも』って」
「・・・ひょっとして、心配かけちゃった?」
「・・・・・・」
かけてしまったみたいだ。
ごめんなさい。
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「・・・そうか、ベテランに完敗か」
「うん、どこかで女流を馬鹿にしてた自分が居て、それを見透かされて咎められたんだと・・・思う」
「慢心ってやつか」
そう、慢心。
おごり高ぶる心。
「軽く見てたんだよ。女流棋戦はアマも良く活躍するし、棋士を目指す私なら、タイトルも取れるかもって」
「そう自分を責めるなよ。俺から見れば、なんで今まで女が棋士になれなかったんだ?怠慢なんじゃねえの?って思うぞ」
それは私も・・・
「下のランクでどんなに凄くても、それを凄いとは言わない」
「そ、そうかも知れないけど」
「話聞いてると実力で負けたんじゃなくて、ベテランのハッタリに負けたように聞こえるぞ」
「は、ハッタリ?・・・そうなのかな、でもハッタリも、技術・・・だと思う」
「ハッタリで有利にか?実力で勝てるならハッタリなんていらないんだよ。余裕の無いやつがハッタリに頼るんだよ」
「・・・・・・」
「真っすぐぶつからないのも戦術の一つかもしれないけどよ、向こうも若手に脅威を感じてるんじゃないかな?」
・・・あれも番外戦術だったのかも。
見透かしてるような顔をして、こっちの委縮を誘ったのか。
数多くの対局を経験して来たベテランの戦い方。
若手に抜かされない為のあがき。
「まあお前もちょっと繊細すぎるんだよ。本当に俺の子か?」
「ぐっ」
「ちょっとお母さんに真相を確かめてくるか」
「ええ?嘘でしょ?やめなよー」
パパに話した事で、少しは気が晴れた。
だがベテランの凄みは私が逆立ちしても手に入らない物だ。
今後、翻弄されないよう気を付ける事は出来たとしても、仕掛けられるばかりというのも・・・
「流歌ちゃん。パパに変な言いがかりをつけられちゃったじゃないの」
「し、知らないよ、パパがおかしいんだよ」
「もう・・・私の愛を疑われるなんて・・・」
「そ、それより!ねえママ、ベテランを挑発する方法って何かないかな?」
「挑発?どうしてそんな事」
やられっぱなしってのも悔しい。
ここで謙虚になれば、逆に舐められてしまう気がする。
ベテランの軍門に下ってしまった気になる。
棋士は個人戦。空気読めないくらいで丁度いい。
相手を挑発し、イライラさせて悪手を誘うくらいで丁度良いんだ。
「じゃあ、今まで以上に肌を出すとか」
「え?・・・若さをアピールしろって事?」
ママ曰く、女なんてつまらない事ですぐに嫉妬する生き物。
メンタルの上げ下げの振り幅が、男よりもかなり大きい。
そしていつまでも根に持つから、効果は長期的に続くのだそうだ。
うーん、私も女だからそれは解るけど・・・
「勿論実生活なら挑発なんてしない方が良いけど、勝負の世界なら許されるのかしらね」
「うん、ベテラン勢全員敵に回すかもだけど・・・」
「敵なのよね?」
そうだね、敵だ。
棋士同士はイベント等で協力し合う事はあるけど、基本はライバルである。
・・・そうかもな、慣れ合う必要なんてないんだね。
実生活では、女の人間関係のめんどくささに気を使う事もしょっちゅうだけど、勝負の中でまでそんな物に振り回されてたら勝てない気がする。
「解ったよ!私の長い脚線美と若い張りのある肌をこれみよがしにガンガン見せてやるからね!」
「若いって良いわねー」
取りあえずはかなり戻ったかな。
全快とはいかないまでも、これで引きずる事は無くなったと思う。
ありがとう、パパママ。