記録係不足
合宿から帰って来た。
ふう、一時は気まずくなったけど、みんなが許してくれてよかった。
さて、これからのスケジュールは・・・
9月初めにまず女流玉座戦の準決勝がある。
そのすぐ後にオール学生団体戦か。
オール学生団体戦とは、小学校から大学院までのすべての児童・生徒・学生が集まる大会。
しかも、年齢分けせず、入り乱れて戦うと言う物凄い大会。
小学生チームが大学院チームと戦う事もあるって事ね。
スイス式トーナメントですべての参加者が一定数の試合を行い、優勝が決まる。
いいな、面白そう。
勿論アマチュアしか出れないんだけど。
「みんな、頑張ってね!」
「君島さんこそ、私達の大会より先に棋戦があるのでしょう?こんなところに来てて良いんですか?」
今は大学に来ている。
何よ、たまにしか来ないって嫌味言ったくせに。
気にしてるから来てるんじゃないの。
「せっかく学校でも木の盤で指せるようになったしさ」パチン
ボソ「置いて帰ろうとしたくせに」
藪蛇だった。
えーん。
「まあでも、これで盤駒買わなくて良くなったよね」
「そうですわね。十分だと思いますわ」
本物じゃないけど十分だ。
持って帰って来るの大変だったけど。
私の名前小っちゃいけど。
「部費浮いちゃったね。まだ他に何か買う予定有るの?」
「パソコンがあれば、一人の時でも指せるようになると思うのですが。ソフトも出来れば・・・」
パソコンと市販のソフトか。
スマホでも指せるけどパソコンは確かに一台くらいあった方が良いかも。
棋譜の整理も出来るし。
おや、スマホが・・・
「また記録係のお願いだー」
「そんなに足りませんの?」
連盟から一斉送信メッセージで送られて来た。
私も頻繁では無いけれど、ちょこちょこやってるんだけどな。
8月は高校生で足りてたけど、休みが終わるからだろう。
9月は休みがまだ続いてる大学生が重点的に駆り出されるのかもしれない。
因みに義務教育中の学生は記録係を免除される。
仕方ない。空いてる日に何日か出るか。
私も棋戦に備えたいんだけどな・・・
「・・・ねえ、記録係って以前、大学生に頼んだりしてたって聞いたけど、今はしてないの?」
「遥」
そんな時代があったの?
今はそんな事してない。
女流や研修会員がやるのは見たことあるけど・・・
・・・ちょっとスマホで調べてみるか。
へえ、確かに頼んでた時期があったみたい。
・・・でも割に合わないから集まらなくなったのか。
そうだよね。交通費も出ないし、深夜になる事もあるし、何より手当が安い。
その辺連盟の考えと隔たりがあるんだよね。
勉強させてやってると思ってるのかも知れないけど・・・
「・・・アタシ、やってみたいけどな」
「ええ?遥、ずっと正座だよ?」
「・・・でも、プロの対局をじかに見れるんでしょ?」
確かにそうだけど。
でも、そう思うのは最初だけだと思う。
だから過去の大学生達は集まらなくなったのだろう。
「わ、私もやってみたいぃ!」
「ええ?頼子まで?」
「私、元々観る将だしぃ・・・」
そうだったね。
でも家でくつろいで見るのとは訳が違うよ?
休憩時間までトイレも行けないんだよ?
「オー、面白そうデース」
「シャリーまで。正座した事あるの?」
「ナイデース」
じゃあ無理じゃないの。
外国人には特にキツイと思うよ。
「み、みんながやるのなら、ボクも!」
「那由まで。そもそもそんなの連盟に聞いてみないと・・・」
「ボクはとにかくバイトがしてみたいよ!風俗以外で!」
「ま、まだ引きずってるの?」
「・・・ねえ流歌、聞いてみてくれない?」
「ええ?」
うーん。
まあいいけどさ。
「ではわたくしも参加させていただきますわ?」
「玲奈まで」
「で、皆さんさえ良ければの話なんですが、その記録係のお給金を集めて、パソコンを買わせていただけませんか?」
ええ?みんなのバイト代で?
キツイ思いして稼いだお金を自分で使わないの?
「いいよぉ」
「・・・アタシも構わないよ」
「オーケーデース」
「ボクも構わないよ!」
あ、あれ?こんなにあっさり?
何だか皆と壁を感じる。
やっぱり私って薄情者なのかな?
「も、勿論私も出すよ!今まで記録係した分も結構溜まってるし」
「無理しなくてもよろしくてよ」
「えええ?玲奈どうしてそんな事言うの?!」
私はまだ許されてないの?
でも内心は確かに・・・
読まれているのかな。
はあ、たまにしか来ない私が知らない間に、こんなに絆が産まれていたのか。
そりゃ壁が出来て当然だよ。
なんだか寂しいな。
でも、仕方ないよな・・・
・・・それでも私は・・・他を諦めても棋士の道を選ぶから。
「・・・ねえ、あんまりいじめちゃ可哀そうだよ」
「あら、わたくしとした事が、おほほほ」
「いいよ、聞いてあげる。でも引き受けるのならやり通して。中途半端に投げ出して、私の顔を潰さないで」
「!」「る、流歌ちゃん?」「お、怒ったの?」
「私が生きて行こうとしてる世界を、穢さないで」
「・・・・・・」
私にだってプライドがある。
軽い気持ちで言ってるなら、ここで引き返して。
「・・・そんなにキツイ仕事なの?」
「ぼ、ボクは・・・ごめん、ちょっと不純だったかも。バイトしてみたいだけだったし」
「ごめんね流歌ちゃん。私も軽い気持ちでぇ・・・」
「ミギニオナジデース」
「わたくしもですわ。ごめんなさい、君島さん」
「じゃあみんな、辞めておくって事でいい?」
「えぇ?そ、それはぁ・・・」
「・・・アタシは、やっぱりやってみたい。流歌の顔を潰すような事はしないから」
「わたくしもです。君島さんの選ぶ道を近くで見てみたいですわ?友達なんですから」
「ボクだって。まだまだ弱いけど、流歌には教えてもらってるし」
「わ、わたしもぉ!流歌ちゃんには頑張って欲しいからぁ、流歌ちゃんの代わりに記録係やるぅ!」
「ルカ、シャリーはルカが声をかけてくれてウレシカッタヨ。ショーギブに誘ってクレテ。だから、ルカの助けにナリタイヨ。ルカの負担をヘラシタイ」
「みんな・・・」
私が記録係を負担だと思っている事を知ってくれていたのか。
思えば、その為に遥が言い出してくれたのかも知れない。
そうとは言わずに・・・それなのに、私ったら・・・自分の事ばっかり・・・
「ごめん・・・恥かしいよ、わたし」
「どうしたんですか?君島さんらしくない」
「流歌ちゃんがぁ、プロになってくれたらぁ、私達も誇りだよぉ」
「・・・頼子、プレッシャーになるから」
「あぁ、そ、そっかぁ」
「・・・流歌、アタシも一時はサークルより道場を選んだから偉そうな事は言えないんだけど、強くなる為には割り切る事も大事だと思う、記録係が負担ならアタシたちを利用して」
「そ、そうは言っても、じゃあそうするなんて・・・」
「・・・ごめん、言い方が悪かったね。これは私達の為でもあるの。パソコンがあれば、アタシたちはもっと強くなれるでしょ?」
「そうですわね。このまま部費が貯まるのを待つのでは、パソコンが買えるのはいつになるか解りませんわ?」
「ネットに繋いでぇ、ここでみんなで将棋放送を見ればぁ、勉強にもなるよぉ?」
「ボク、体力には自信あるよ!正座は慣れてないけど、根性でなんとかするよ!」
「ルカ、シャリー達にマカセルノダー」
あれこれ理由を付けて協力しようとしてくれてる。
私の為に・・・
ありがとう・・・
連盟に話してみると大喜びだった。
女子大生にやたら食いつかれた気がしたけど、私の大事な仲間に変な事したら承知しないからね。
「大丈夫ですわ君島さん。何かあったらお父様が黙ってませんから」
将棋界潰されると困るから、連盟は配慮してよね。