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駒唄  作者: 無二エル
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まずは一次試験突破


「う、嘘だ・・・」


 67手目、相手の詰みが見えた。

 短手数で終わらせる事が出来たな。

 3日間ある試験の中で、体力を少しでも温存出来るのは嬉しい。


「ま・・・負け、ま・・・した」

「ありがとうございました」


 ふう、まずは1勝。

 周りはまだ終わってない。

 邪魔をしないよう、部屋の外で休もう。


 ふう、いたたた。

 長年正座が禁止だったからキツイな。

 これから慣れて行かないと・・・


「うははwお前棒銀ってマジかよ!」


 部屋の外に出たらチャラそうな男に声をかけられた。

 この人は確か・・・


「初めまして、桐生先生」

「しかし可愛いなお前、俺の女にならねえ?」


 声をかけて来たのは桐生きりゅう寿史ひさし六段。

 新進気鋭の若きホープ。

 将棋界では珍しいチャラ男で、確かまだ20代前半。


「私は未成年ですよ?また将棋界に激震が走っちゃいますよ?」

「ぐう!こ、怖い事言うなよ!」


 正直、将棋界には色々ある。

 過去には永世称号を獲得した人が、ストーカー行為で世間を騒がせた。

 近年にも冤罪で不正の疑いをかけられた可哀そうな棋士が居る。

 ・・・これらの事も、親が難色を示した要因なんだよね。


王太おうた君人気でせっかく回復した将棋界の人気を、落とすような行為はやめてくださいね?」

「お、おう、つかお前も奨励会員目指すのなら、藤谷の事は先生って呼べよ」

「あ、すみません・・・年下なのでつい・・・」


 藤谷ふじや王太おうた七段。

 将棋界に綺羅星のごとく現れた超天才。

 中学生で棋士になり、高校1年の16歳ですでに七段の超々々大型新人。


 私は同じ16歳だけど、早生まれなので現在高校2年生だ。

 試験は1年に一回、8月に行われるので、去年は親の許可が下りなかった。


「桐生君、私の弟子に何か用かい?」

「荒木先生の弟子だったんスか?」


 この世界では棋士を先生と呼ぶのが通例だ。

 中学生で棋士になっても周りからは先生と呼ばれる。

 ・・・異質な世界だ。


「彼女は本気で棋士を目指してるんですか?」

「何が言いたいんですか?目の前に居るんだから私に直接言えばどうですか?」

「き、気が強い子ですね」

「はっはっは、失礼、礼儀がなってなくて申し訳ない」


 女だ、16歳だ、棒銀だ。

 これから散々言われるんだろうな。


「女流じゃ駄目なのか?」

「女流じゃ羽月先生と戦えないので」

「ひゅー、羽月先生と戦いたいと来たか。大きく出たな」


 永世7冠の大棋士。

 国民栄誉賞受賞者でもある。

 今の私からは雲の上の存在。


 女流でも棋士のタイトル戦に出れない事は無い。

 成績が良ければ少ない枠を割り振られ、参加する事が出来る。

 でもそれじゃ嫌だ。

 あんなの記念受験みたいなもんだ。

 私は同じ場所に立ちたいんだ。


「まあでも羽月先生ももうすぐ50歳だ、最近はタイトルも失冠続きだし」

「・・・何が言いたいんですか?」

「もし奨励会に入会出来て、四段まで駆け上がる事が出来たとしてもだ。その頃には羽月先生もタイトル持ってるかどうか」

「・・・・・・」

「目指すなら豊縞とよじま先生か、藤谷にしといた方が良いと思うがな」


 豊縞とよじま忠之ただゆき二冠。

 現在最も勢いのある20代後半の天才棋士。

 若くから期待されていたが、これまでは今一歩のところでタイトルを逃し続けていた。

 ところが今年に入り、立て続けに2つのタイトルを手中に収め、ついに豊縞時代の到来かとの呼び声が高い。


「それか、俺を目指すとかな!」

「ははは」

「なんだよ、その乾いた笑いは。俺だって永王戦は良い所まで行ったんだぞ」


 準決まで行ったんだよね。

 4949シクシク動画で見てましたよ。


「それでも、羽月先生が私にとって偉大な存在である事に変わりはありません」

「・・・はあ、師匠の前でそれもどうなの?」

「はっはっは、良いんだよ。彼女の気持ちはずっと以前から聞いているからね」


 将棋界の師弟関係は様々だ。

 奨励会入会には必ず必要な師弟関係。

 だが、弟子に将棋を全く教えない師匠も多い。

 形式上必要な物だからと、割り切ってる弟子も多い。


「じゃあ彼女は本当は羽月先生に弟子入りしたかったとか?」

「羽月君は弟子を取らないからねぇ」


 そういう訳じゃ無い。

 羽月先生は憧れだが、私は戦いたいんだ。

 あの人に立ち向かいたいんだ。

 その為に邪魔になりそうな絆ならいらない。


「私は荒木先生の弟子で幸せですし、何の不満もありません。これからもご指導ご鞭撻をよろしくお願いします」


 そろそろ次の対局が始まる。

 チャラオ男のせいで全然休めなかったな。

 一次試験は2日に分けて行われる。

 出来れば今日3勝の権利を得て明日は休みたい。



 第二戦は中学生か。

 ・・・ふーん、研修会でC1なんだ。

 C1とは段位みたいな物。

 研修会ではAまで上がれば無試験で奨励会に編入できる。


 ・・・今度は後手か。

 早く終わらせて明日以降に備えたいな。

 おっと、油断は禁物。

 少ない試合で結果が出てしまう場で、気を抜いては駄目だ。

 ただでさえ、私には時間が無いのだから。



 弱かった。

 80手で相手が投了。


「なんだお前、棒銀以外も指せるんだなw」

「ええ?桐生先生まだ居たんですか?」

「な、なんだよ、わりぃかよ・・・」


 プロの棋士とはそんなにヒマなのだろうか。

 棒銀は好きだけど、それだけで勝ち進めるとは思ってません。

 オールラウンダーにならなければ、羽月さんと対峙する事すら叶わないと思う。


「しかし2連勝!あと一つで一次試験突破だな!」

「声が大きいです。まだ対局中の人も居るんですから」

「お、おお、す、すまん」


 奨励会受験者に注意される六段。

 この人本当に棋士なのかな。

 尊敬は一生しないでおこう。


「流歌、先程お母さんから私の携帯の方に電話があったよ」

「え?用件は何だったんですか?」

「娘にかけても出ないって。何、試験が気になっただけみたいだよ」


 ママったら。

 試験中は電子機器持ち込み禁止だって言ってあるのに。

 綺麗な人だけど抜けてる所があるんだよな。

 だからあの父親に引っかかってしまったんだと思う。


 父と母は見た目が正反対だ。

 少し小太りで髪が薄くなりかけの父。

 前述したとおり元モデルの母。

 傍から見たら、美女とチンチクリンのおっさんだが、何故か母の方が父にベタ惚れだ。

 私が将棋界を目指す時にも、父が反対しているからと母は味方してくれなかった。

 普通、母親は娘の味方をしてくれるものだと思うが。

 その辺は、私の信頼不足だったのかも知れない。


「流歌の母親かぁ。美人なんだろうな」

「え?まだ居たんですか?」

「おい、どんどん扱いが雑になってねえか?」

「あと、親しくも無いのに下の名前で呼ばないでください」

「ぐぅ」


 邪魔なんだもん、空気読んで欲しいな。

 将棋界では番外戦術も通例とは言え。

 対戦相手以外から受けるとは思わなかった。


 はあ、自分の見た目もあるのだろうな。

 放っておいてほしい時でも、回りはそっとしておいてくれない。

 何かと私を絡め、近づいて来ようとする。


「桐生君、流歌が集中したいようだから・・・」

「おっと、すみません。確かに配慮が足らなかったです」


 師匠が気を使ってくれた。

 ありがとうございます、師匠。


 他の対局も終わり始める。

 ああ、あの子泣いてる。2連敗だったのかな。

 まだ筆記の結果が出てないけど絶望してるみたいだ。

 あの子も暗い。風向きが思わしくないのだろう。

 小さな子の悲しむ姿はいたたまれないな。

 これが明日にはもっと増えるのか。


 全ての対局が終わり、筆記試験の結果が発表される。


「おめでとう流歌、一次試験は合格だね」


 筆記でも成績優秀者に選ばれたらしい。

 良かった。これで明日は休める。

 明後日の二次試験に備えられる。

 

「お父さんが迎えに来てるようだよ」

「ええ?」


 近いんだから迎えなんて良いのに・・・

 お盆休みで暇そうにしてたけど・・・

 将棋界入りをあれほど反対してたのに、それでも娘の事が心配のようだ。


「おう流歌、落ちたか?」

「・・・受かりました」

「なんだよやるもんだな。いっちょ前に」

「・・・・・・」


 近くの駐車場に止めてあった自家用車に乗り込み、家へ向かう。


「なあ藤谷王太には会ったか?」

「会ってないよ。関西所属だよ?対局以外では千駄ヶ谷には来ないよ」

「なんだそうなの?良く解らんけど」


 父に将棋の知識は全くない。

 連盟は大きく分けて2つに分類される。

 今私が試験を受けた東京将棋会館。

 関西所属の棋士が集まる関西将棋会館。


「じゃあ羽月さんには会えたか?」

「そんな簡単には会えないよ。忙しい人だし」

「ふーん、じゃあ・・・・・・他、誰が居たっけ?」

「あとパパが知ってるのは四五六先生くらいでしょ?」

「おお!『しごろん』な!」

「引退してるんだから、将棋会館には滅多に来ないと思うよ」


 そうかと頷き、勝手に納得する。

 危ないから運転に集中してよ。


 実際、将棋に興味の無い人の知識なんてこんな物だ。

 国民栄誉賞の羽月さんは別格としても、最近よくニュースになる王太君や、バラエティーでよく見かける『しごろん』こと鬼藤きとう四五六しごろ先生。

 あと、知っているとしたら谷山たにやま十七世名人くらいじゃないだろうか。


「ああ、谷山さんな。俺が小さい頃ハミコンのゲームになったんだよ」

「へえ、それ欲しいかも・・・持ってるの?」

「ないなー。中古で売ってないかスマホで調べてみたら?」


 そうだね、ポチポチ。

 ・・・結構高い。


「ハードは押入れにあったと思うぞ。動くかどうか解らんけど」

「・・・この頃のゲームって、今のテレビに繋げるの?」

「・・・無理かもw」


 なんだ、調べて損した。

 流石に古いテレビを買ってまでやってみたいとは思わない。


「どうせ当時のゲームなんて子供騙しだろうしな。さあ着いたぞ」

「うん。迎えに来てくれてありがとう」


 家に入るとママが出迎えてくれた。


「試験はどうだったの?」

「一次は抜けたよ」

「もう?2日あるって言ってなかった?」


 優秀な娘ですから。

 今日はご馳走にしてくれていいよ。


「まだ二次があるんだ。お祝いは早いだろ」

「・・・祝ってくれるの?」

「・・・まあ、許可出した以上は、どんな道であれ娘の成功を願いたいじゃないか」

「そう。ありがとう」

「ただし、条件は守って貰うからな」

「解ってるよ」


 私が研修会試験を受けるにあたって親から出された条件とは。

 それは大学に行く事。

 それも、Aランク以上の一流と呼ばれる大学を卒業する事。

 奨励会に受かっても、高二の残りの期間、9月から翌年の3月までしか活動できない。

 高三になったら一端休会し、大学受験の為に備えよとの事。

 一流大学受験に失敗したら、その時点で私の将棋人生は終了。

 浪人して翌年の一流大学受験に備える。

 受かったら大学の1、2年生の間だけは奨励会に復帰しても良い。

 その期間の間にプロになれなければ、大人しく違う人生を模索すること。


 実質2年半だ。

 3年くらいで奨励会を駆け上がった人も居るとは聞くが、それよりも条件が厳しい。

 それでも私は了承した。


 本当は、違う人生を歩いてほしいんだろうな。

 娘が厳しい世界に進もうとしている事を、漠然とながら解っているのだろう。


「まあ、王太君と結婚してくれるなら、条件を緩めない事も無いけどなw」


 どこまで本気なのやら。

 心配しなくても大丈夫。

 私は必ずプロ棋士になってみせますからね。

試験に師匠が付き添うのはありなのかな。

フィクションなのでいいか。

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