え?急にそんな
昼食休憩が終わり、午後の対局に突入する。
「流歌、タイトル戦の雰囲気はどうだい?」
「・・・正直まだよく解りません」
師匠に話しかけられた。
まだ平和な午後だ。
これが明日になれば一変するのだろう。
「すみませーん。おやつの紹介お願い出来ないですかねー?」
4949生放送の人だ。
ん?え?私と姉弟子に言ってますか?
「どういう事ですか?」
「スポンサーのおやつを紹介して褒めたたえて欲しいんですよー」
「・・・それは、放送でという事ですか?」
「もちろんです」
宣伝?私達が?
しかも姉弟子は喋らないから私が主導って事になるけど。
「し、師匠」
「申し訳ないが、彼女はまだ奨励会員で・・・」
「んー、困ったなー。本当は大盤解説側に居る女流の方にやって貰う予定だったんですけど、機材トラブルで・・・」
そうは言っても顔が出る訳ですよね?
私の顔が全国的に。
「お二人ならビジュアル的にもとても助かるんですけど・・・」
・・・でもなぁ。
困ってるのは解るんだけど。
スポンサーが絡むなら絶対に誰かがやらなければならないのは解るんだけど。
「流歌、どうだろう?どうせ女流玉座戦や女王戦で上位に行けば顔が露出する訳だし」
・・・確かに。
女流棋戦はそこまで注目度も高くは無いけれど、トーナメント上位に行けば、取材も入るし、写真も撮られるだろう。
動画にも私の姿が残るかもしれない。
棋戦に参加している以上、ある程度は覚悟していたけど。
「・・・遅かれ早かれですかね?」
「ああ、流歌の実力ならタイトル挑戦もあり得る」
ポカ「・・・」
「いた!り、凛?何をするんだい?」
「師匠、姉弟子も女流玉座の本選に残ってるんで・・・」
「そ、そうだったね」
姉弟子だってもちろんタイトルを狙ってるだろう。
弟子に殴られる師匠、可哀そう。
先日二次予選を突破した女流玉座本戦は、16人のトーナメントですでに始まっている。
私もこのタイトル戦観戦が終わって2日後には、東京で1回戦を戦う事になっている。
そうだな、私は勝って上に行くつもりだ。
今顔が露出しても、1カ月早いかどうかってところだろう。
ここは覚悟を決めるか。
「解りました。やります」
「よかった!ありがとうございます!」
姉弟子も良いですか?
うんうん「・・・」
良かった、やってくれるみたい。
でも出来れば喋って欲しいな・・・
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「どうも!荒木門下奨励会員1級の君島 流歌です!」
にこにこ「・・・」
「と、姉弟子の橘 凛女流二段です!」
中継が始まってしまった。
あー、緊張する。
「午前中、両対局者が選んだスィーツを私達が紹介したいと思います」
ぱちぱち「・・・」
「どちらも美味しそうですねー。姉弟子、どちらが良いですか?」
こっちこっち「・・・」
「では試食してみましょうか・・・ああ!滑らかでとても美味しい!」
カンペが出た。
『もっと自然に』
五月蠅いわね、こっちも必死なのよ。
あーん「・・・」
「あ、姉弟子?あーんしてくれるんですか?」
あーん「・・・」
「で、では、あーん・・・うん、そちらも美味しいですねー」
あーん「・・・」
「姉弟子?ご自分は食べないんですか?」
あーん「・・・」
「で、ではあーん・・・モグモグ、ふっくら柔らかで口の中ですぐ溶けちゃいます」
あーん「・・・」
「姉弟子、まだ口の中に・・・」
カンペが出た。
『口の中で溶けたのならあるのおかしい』
五月蠅いわね、適当な事言ったのよ。
困ったな、このままじゃエンドレスだ。モグモグ。
「あ、姉弟子もあーん」
ぱくぱく「・・・」
「ど、どうですか?」
ぐっ「・・・」
「美味しいそうです!さすがローンソさんのイエカフェスィーツ!」
カンペが出た。
『もっと自然に』
五月蠅いわね。それさっきの使い回しでしょ。
手を抜くんじゃないわよ。
いくら?「・・・」
「お値段ですか?こんなに美味しいんだから多分・・・・・・え?150円なんですか?!」
びっくり「・・・」
「その値段で全国のローンソさんで販売してるんですか?皆さんの近くにもありますよね?」
ゴー「・・・」
「え?は、早く買いに行かないと、売り切れちゃうぞって言ってます!」
カンペが出た。
『露骨すぎる』
五月蠅いわね、視聴者だって宣伝だって気付いてるわよ。
「この後も、スィーツを食べながら将棋中継をお楽しみください」
バイバイ「・・・」
「以上、現地からの中継でした」
「・・・・・・はいOKです」
お、終わった?
一気に脱力感が襲って来る。
「ど、どうでした?」
「んー、もうちょっと自然にやって欲しかったけど・・・まあコメントは大盛り上がりだったから良いか」
大盛り上がりだったんだ。
じゃあ、良かった・・・のかな?
はあ、疲れた・・・
検討室に戻り、スマホをいじる。
・・・ああ、もうスレ立ってる。
『奨励会1級 君島流歌タソを応援するスレpart1』
『【超美人】君島流歌【モデル?】』
『★★君島流歌でシコろう!★★』
『君島流歌ってブスじゃねwwww』
ぐぬぬ・・・
「流歌、そういう物を見るのはキリがないからやめなさい」
「あ、はい、師匠」
「どんなに活躍しても、悪い事を言う者は居なくならないからね」
そうですね。
見ても不毛なだけですもんね。
「私なんてスレすら立った事ないんだから」
「見てるんじゃないですか」
まあ見ないのは正解だ。
メンタルにプラスにはならないと思う。
封印しよう。
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対局一日目が終わった。
封じ手気になるなぁ。
姉弟子、この後検討しませんか?
あれ?スマホにいつの間にか着信が・・・
パパだ
『流歌、お母さんに聞いたが中継に出たんだって?』
「あ、ごめんなさい。トラブルで急に出る事になって・・・」
ま、マズかったかな?ママ見てたんだ。
でもどのみち時間の問題だし・・・
「私も棋士を目指す以上、いつまでも露出無しって訳にもいかないよ」
『うーん、だがな・・・』
「心配なのは解るけど、顔を知られる世界に飛び込もうとしてるんだから」
パパは私がプロになれなかった時の事を心配してるのだろう。
一般人としての私の心配をしている。
「パパ、私は絶対に棋士になります」
『・・・・・・』
「自分の子供の才能を信じてよ」
『うん・・・勿論信じたいが』
「私は有名になるつもりだよ?それこそネット中継のオマケコーナーみたいのじゃなく、その内全国ニュースに出るつもりなんだから」
親への言い訳の中での決意表明だったかもしれない。
だが、思いの外気持ちが固まって行く。
『でもさっきローンソ行って来たけど、お前が紹介したスィーツ売れ残ってたぞ?』
「ええ?ショック!じゃなくて将棋中継の宣伝効果なんてそんなもんだよ!て、てかきっと新しく補充されたんだよ!」
き、きっとウチの近所のローンソだけだよ!
全国各地で品切れ続出で今頃工場フル回転だよ!
『まあ解ったよ。お前がそこまで決意が固まってるのなら』
「うん、事後報告になったのはごめんなさい」
『でも約束は守れよ?大学2年の終わりまでに結論を出すんだぞ』
「は、はい」
『じゃあな』
ふう、なんとか乗り切った。
疲れちゃったな。
・・・姉弟子が心配そうに見てた。
大丈夫ですよ、それより夕飯食べて温泉に入りましょ?
で、また昨日みたいに一緒に眠りましょ。
ニッコリ頷く優しい姉弟子。
今日は出来れば抱きついて寝たい。
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対局二日目が始まった。
わあ、検討室に知ってる棋士がたくさん・・・
どうも、奨励会員の君島です。
昨日見たって?スィーツ買って貰えました?
なんで苦笑いなのよ。
え!指導して貰えるんですか?
じゃあ遠慮なく・・・
どうですか?筋が良い?
褒められちゃったけど信じて良いのかな。
連盟の検討室にも顔を出しなよと言われた。
いや、級位だとあの場所はなかなか・・・
初段になったら伺います。
へえ、棋士室ってのがあるんですか?
そこでも対局して貰えるの?
・・・奨励会員が入っていいんだ。
ああ、桐生もよく居るんですか。
じゃあ行かないかな。
「相変わらずだなおめーは!」
「なんだ桐生さん、居たんですか。尊敬してます」
「うそつけ!」
見破られた。
なかなかやるな。桐生のクセに。
知り合いなのかって?
はい、私が16歳の時に彼女になれって言ったんですよ。この男は。
白い眼が桐生に集まる。
居心地悪そうに桐生が出てった。やーい。
4949生放送の人が来た。
ええ?今日もスィーツの紹介ですか?
スポンサーに思いの外好評だった?本当に?
しょうがないな。姉弟子、今日もお願いします。
「流歌も大好き!ローンソのイエカフェスィーツ!」
ウインク「・・・」-☆
ふう、仕事したー。
わあ、また棋士が増えてる。
関西の棋士がたくさん来ていた。
近いから日帰りで来たそうだ。
局面は終盤だ。
勝負は未だ五分五分。
対局を見ながらの検討に熱がこもる。
熱気が凄い・・・
正直入っていけない。気後れしてしまう。
邪魔しちゃいけないと思ってしまう。
プロが真剣に考え、悩む姿を見つめるしか出来ない。
両者の残り時間がどんどん減って行く。
互いに1分将棋になる。
挑戦者が力技に出た。
息詰まる熱戦、どっちが勝つの?
あっ!!
タイトルホルダーの妙手が出た!!
これは決まったでしょ?
凄い、秒読みの中でよくもこんな手を。
検討室の中が静まり返る。
そこに居る誰もが息を飲む。
モニターの中で、挑戦者が首を垂れた。
・・・凄かった。
これが、タイトル戦か。
これが、私が挑もうとしている世界か。
興奮が収まらない・・・
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検討室が片付け始められる。
私はしばらく放心状態で動けなかったが、邪魔になるから移動しないと。
棋士の皆さんも、それぞれ帰ったり、夜の街に繰り出したりするようだ。
「流歌、どうだった?」
「師匠、凄かったです。想像以上、いえ、こんなの想像できるはずありません」
「うん。今日の対局は特に凄かったね」
滅多にないほどの攻防戦だった。
多分歴史の残るほどの。
その瞬間に、居合わせる事が出来た。
「連れて来て貰ってありがとうございます。一生出来ないような経験が出来ました」
「ああ、こちらこそありがとう。流歌のお陰でスポンサーに顔が立ったよ」
ああ、あんなのは蛇足ですよ。
今になって今日の素晴らしい対局の邪魔をしてしまったのではないかと思ってるくらいだ。
プロの読みの深さ、プロの底力、命の削りあい。
・・・痺れる戦いだった。