大学新人戦
6月中旬
「今日はわたくし達の初の大会、新人戦ですわよ!」
玲奈が鼻息荒く叫んでいる。
今日と1週間後の日曜日、2日に分けて大学生による関東新人戦が行われる。
この2カ月で一応形にはなった。
初心者の子もいくつかの戦型を覚え、序盤だけなら様になったと思う。
・・・ただ正直中盤と終盤は全然だ。
どこまで通用するやら・・・
「目指すは優勝のみ!白湯女旋風を巻き起こしてやりますわ!」
私と遥は苦笑い。
新人戦とは言えレベルは高いと思うよ?
会場は大正大学。
名門と言われる大学だ。
「きょ、共学って、なんだか汚らわしい・・・」
「頼子?どうしたの?」
「ほら流歌ちゃんの事をイヤラシイ目で見てるぅ」
「そ、そうかな?」
頼子は女子高だったせいか、男が苦手みたい。
私や玲奈も女子高なんだけどね。
私達もすっかり打ち解け、呼び方が変わった。
「あれ?那由は?」
「学食にイクとイイマシター」
「シャリー、止めて欲しかったわ」
はあもう、学食ってどこ?
私が連れて来るから皆ここに居て。
まったく、知らない大学で迷子になったらどうすんの?
颯爽と歩く私を、通り過ぎる誰もが振り返る。
・・・注目浴びてるな。
大きな歩幅で通り過ぎる長身のモデル体型の美女。
チャラそうなのが近づこうとするが、目で威圧する。
合コンは間に合ってます。
「那由!勝手に居なくならないでよ」
「ご、ごめ~ん。名物があるって聞いて」
なにそれ?タコライス?
美味しそうね・・・
じゃ無かった。皆のとこに戻るよ。
マッハでたいらげ、苦笑いで頭をかく那由。
早食いは太るのに、那由はスリムだ。
見てると量もたくさん食べるのに、やっぱり運動してるからかな。
「じゃあ戻ろうか」ダッ
「ええ?走ると危ないよ!」
那由は迎えに来た私を置き去り戻って行った。
なんなのよ、もう。
「ねえねえ、キミどこの大学の子?」
「俺らのサークルに入らない?」
あーあ、チャラいのに捕まったじゃないの。
日焼けの感じからして、娘を入れちゃいけないサークルNO.1のテニスサークルっぽいな。
「サークルにはすでに入っています。それに他校のサークルに入る気はありません」
「そんな事言わないで~」「掛け持ちでも良いからさ~」
「複数のサークルに時間をかける暇はありません。私は目標があって大学に来てるんです。親の金で遊んでる暇なんて無いんで」
キッパリ断り立ち去ってやった。
男達は呆然としていた。
「まあ、モテるという自慢話ですか?」
「違うわよ!大体那由!アンタが一人で行っちゃうから!」
「ご、ごめん~」
「・・・ねえそろそろ始まるみたいよ?」
「ミナノモノ、出陣ジャー」
「・・・流歌、今度からそういうのはアタシが行くわ。あしらうのも慣れてるから」
「う、うん、ありがとう遥」
はあ疲れた。
さて、気を取り直して・・・
私は出れないけど皆頑張って。
応援してるからね。
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「ざ、惨敗でしたわね」
「オー、ミジュクモノめー」
「か、勝ったの遥さんだけでしたねぇ」
遥は2回勝ったけど、3局目でやたら強い人に当たってしまった。
他は初戦敗退。
初日で終わっちゃった。
「お、おかしいですわ?あんなに練習したのに」
「・・・いや、レベル高かったよ。1局目も2局目の人も強かった」
強かったね。
棋士に指導受けてるような学校もあるからね。
初めて2カ月の3人は特にキツかったんじゃないかな。
「那由が当たった人も強かったね」
「そうなの?それよりお腹すいたー」
「・・・・・・」
負けたの気にしてないなら良いけどさ。
・・・いや、そもそもモチベーションが違うのだろう。
悔しそうなのは玲奈と遥。
頼子は普通。
シャリーと那由はあっけらかんとしている。
・・・・・・
大学将棋にどこまでのモチベーションを求めればいいのかな。
お金が儲かる訳でもないし、ワイワイしたいだけの人も居るだろうし。
やる気を強制するなら辞めちゃう子も居るだろう。
「玲奈、次の大会はいつなの?」
「えーとたしか、直近のは実績が無いと出れない大会ばかりで・・・ああ、9月のオール学生団体戦ですわね」
団体戦か。
一人が頑張っても勝ち上がれない大会か・・・
「優勝目指しますわよ!」
「お、おぉ~」
「・・・アタシ、また道場に顔を出すからサークル活動は控えるね」
「ええ?」「サミシイデース」
「遥さん?サークルでは駄目なんですの?」
「・・・うん、次は勝ちたいから」
「・・・・・・」
遥にとっては物足りないのだろう。
私が居る時なら良いけど、自分の勉強もあるからたまにしか行けない。
他はほぼ素人。
そんな中で強くなれる訳がない。
「解りました。でも君島さんが来る時は、遥さんも顔を出してください」
「・・・うん、我儘言ってごめんね」
「う、うう」
ん?那由どうしたの?
「ぼ、ボクが強ければ」
「え?那由だって初めてまだ2カ月なんだから・・・」
「ううん、ボク達が頼りないから遥の足を引っ張って・・・」
ええ?泣き出した。
あ、熱い子だったの?
「オー・・・」
「遥ごめん!ボク強くなるよ!強くなるから早めに戻って来て!」
「・・・うん、解った」
おお・・・
何もしなくても那由のモチベーションが上がっちゃった。
ナイス遥。
「ワタシもガンバリマース」
シャリーのモチベーションもちょっとは上がっただろうか?
外国人だからよく解んないや。
それでも同じサークルの一員。
仲間意識が育つと良いな。
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6月第ニ例会
復帰してからのここまでの成績
●○●●○●○●○○○○○●○
連勝は途切れてしまったが、悪いペースじゃない。
このまま良いとこ取りの12勝4敗昇級を狙えないだろうか。
●○●●|○●○●○○○○○●○
こうすると直近8勝3敗?じゃあこの後4勝1敗なら・・・
今日の相手の1局目はニ段の人だった。ガーン。
段位の人と対局かぁ。困ったな。
段位の人は持ち時間が長くなるので、1日2局しか指せないんだよね。
当然その対局者もその縛りに巻き込まれる。
だから多分次の相手も段位者に設定されるだろう。
1勝でも多く積み上げたい時なのに・・・
まあ、今まで段位者と組まれなかったのが運が良かったんだ。
避けては通れないし、上位者との対局ほど勉強にもなる。
ここは焦らず、勉強させて貰おう。
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●
つ、強かった。さすが二段。
香駒落ちを物ともしない駒捌き。
そうだよね、三段リーグ手前の人だもんね。
1級の私はもっと真剣に挑まねばならない相手だった。
2局しか指せないなどと、馬鹿な事を悔やんでる場合じゃ無かった。
もっとひたむきに、1勝をもぎ取りに行かなければならなかったのに。
●
次も負けてしまった・・・
相手は初段、こちらも食らいついたんだけどな。
はーあ、今日は負け星しか積み上げられなかった。
昇級が遠のいていく・・・
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「・・・流歌、どうした?」
「あ」
家で放心状態でいたら、パパに見られちゃった。
口空けて馬鹿みたいな顔だったと思う。恥かしい。
「どうした?またバンジーが必要か?」
「ううん、今はバンジーよりも切実なスキルアップが必要」
「そっか、じゃあ俺に出来る事は無さそうだな」
うん、気にしないで。
棋士になるのは反対してるのに、心配してくれてありがとう。
「すぐ女流玉座の二次予選だろ?」
「うん・・・パパ、興味持ってくれるの?」
「ああ、女流もなかなか綺麗な人も居るんだな」
そっちか。
ちょっとー、ママに言いつけるわよー。
「俺も指導対局でもして貰うかな」
「指導なら私がしてあげるわよ。ほら、こないだ盤駒も買ったし」
「そんなおもちゃじゃ嫌だ。しかもお前に習うなんて」
ぜ、贅沢な。
私の方が女流の大半より強いんだからね。
ん?師匠から電話がかかって来た。
『流歌、7月の23から26日は空いてるかい?』
「はい、夏休みに入っているので・・・」
『玉位のタイトル戦の副立ち合いで四国に行くんだけど、流歌もお手伝いとして付いて来てくれないか?』
え?!い、行きたい!
玉位戦とは棋戦の中でも4番目に大きなタイトル戦。
7番勝負の第二戦の副立ち合いに師匠が選ばれたらしい。
立ち合いとは勝負に不正が無いか、トラブルが起こった時などに仲裁・裁定する役割。
「ちょ、ちょっと待ってください!ねえパパ、行ってもいいかな?」
「ん?泊まりか?お前の師匠ってエロ親父じゃないよな?」
「ちょ!ちょっとパパ・・・」
『聞こえたよ。凛も行くから安心してくれ』
「あ、姉弟子も行くから大丈夫だよ!師匠と言えどスタンガンで・・・」
『流歌』
「す、すみません!!」
スマホ相手にペコペコ謝る私を見てケラケラ笑うパパ。
もう!失礼でしょ!ややこしくしないでよ!
「いいぞ?タイトル戦を肌で感じれば、お前の糧になるんだろ?」
「!・・・うん」
『じゃあよろしく頼むよ』
「ほ、本当にすみませんでした~!」
やった!
タイトル戦を間近で見れる!
棋士もたくさん来るし、空き時間に指導して貰えるかも・・・
こんな機会は滅多にない。
少しでも吸収して自分の糧にしなければ。
今日の負けもどこえやら。
流歌は気分が高まっていた。