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駒唄  作者: 無二エル
15/93

VS

 一カ月半後 5月第ニ例会


 奨励会に復帰してから1カ月半が経った。

 この間、一度だけ記録係もやった。

 あと、女流玉座戦の一次予選があり、無事通過する事が出来た。

 私には初棋戦だった訳だけど、正直物足りない対局。

 言っては申し訳ないが、女流で手ごわいのは本当に上位の人だけだと思う。

 4冠で奨励会三段まで行き、現女流玉座でもある里理さんとか。

 タイトル取った事無いけど伊東さんとか。

 後は別組織から参戦して来る女流玉位の渡来さんとか。

 この3人は最近男性棋士相手でも結構な勝率を残している。

 それと奨励会に居る女王と元女王が挑戦権を争い、里理さんに挑む事になるのではないだろうか。

 私がどこまで食い込めるかは、やってみないと解らない。


 さて、ここまでの成績

 ●○●●○●○●○

 

 4勝5敗か。

 感触は悪くないんだけど、なかなか勝ち星が獲れない。

 今は1級、ちょっと焦っちゃうな。


 ここから初段に上がるには、8連勝か良いとこ取りの12勝4敗・14勝5敗・16勝6敗・18勝7敗が必要になる。

 級位から段位になると条件も厳しくなるんだよね。


 それに今は級位だから一日3局指す事が出来るけど、これが段位になると一日2局になってしまう。

 単純に対局数が減るんだから、勝ち星を積み重ねるのに時間がかかるようになる。

 

 残りの期間から逆算すると、頭が痛くなる。

 三段リーグで少なくとも半年は取られてしまうし。

 大学2年の8月までに三段?き、厳しすぎる。

 それを乗り越えたところで三段リーグ一期抜けが条件となると・・・

 はあ、改めて思うけど、とんでもなく厳しい条件を飲んでしまったもんだ。

 16歳の私は若かったな・・・


「君島さん?黄昏てるとこ悪いけど、俺と勝負だよ」

「ああ、平山君」


 平山君は私と同じ1級だけど、年齢は20歳。

 奨励会は21歳までに初段にならないと、退会させられてしまう。

 彼もリミットを抱えている。


「君島さんは余裕だよね?一流大学受験の為に休会してたんでしょ?」

「・・・うん」


 ちょっと棘があるのはここ最近の彼の成績が思わしくないからだろう。

 前にニ度対局した事はあるけど、強い人では無い。

 1級の実力すら正直疑わしいと思ったくらいだ。

 

「俺なんて高校も行かず頑張ってるのに」


 知らないよ。

 高校に行かなかったのは貴方の勝手でしょ?

 八つ当たりはやめてよね。

 自分を過信して進路を誤ったとしてもそれは自業自得だよ。

 退会させられた時、この人はどうするんだろう。


「記録係もいっぱいやってるのに・・・」

「知らないよ。泣き言は家族にでも言ってよ」

「な、なんだと?」

「そこ、静かにしなさい」


 ほら、幹事に怒られたじゃない。

 イライラしてるからって当たらないで。

 貴方みたいな人には絶対棋士になって欲しくない。

 全力で勝ちに行くからね。



------------------------------------


 

 ○○○


 復帰後初の3連勝だ。

 ふう、怒りで冷静な手を指せないかとも思ったけど、負けたくないと言う気持ちも大事だな。

 1局目を会心譜で勝った後、波の乗れた気がする。

 

 平山君が暗い顔をしている。

 今日3連敗だったみたい。

 今頃何を考えているのだろう?

 あれが、2年後の私の姿でなければいいのだけど・・・


「君島さん、明日の日曜日VSやろーよ!」

「卯亜ちゃん?VSって・・・」


 勿論意味は知っている。

 VSとは1対1の練習対局。

 研究会の2人バージョンとでも言えば解りやすいかな。

 安易なネーミング。誰が言い出したんだろ。


「今日帰るんじゃないの?北海道へ」

「あれ?言ってなかったっけ?私のお父さん、東京に転勤になったんだよ」


 ええ?聞いてないよ。

 東京に引っ越して来てたなんて。

 挨拶くらいであまり会話もしてなかったけど・・・


「だから最近は東京在住の人とよくVSしてるんだ」

「そうなんだ・・・」

「ウチはアパートで狭いから君島さんの家に行って良い?」

「え?う、うん・・・あ、ウチは将棋盤無いよ?」

「えええ!じゃ、じゃあスマホのアプリで指す?」

「そ、それもなんだか寂しいね。塩ビの盤とプラ駒でも良ければ下の売店で買うけど」

「う、うん、いいの?なんか誘って余計な出費させちゃうような」


 それくらいなら別に良いけど・・・

 勢いでやることになってしまった。

 いや、別に良いけどさ。

 じゃあ住所を教えるけど、スマホで来れるよね?

 東京の鉄道網には四苦八苦してるらしいが、大丈夫と言ってくれた。


 

-----------------------



 翌日 日曜日


 卯亜ちゃんが来た。


「おおきなお家だね」

「そ、そう?」


 多分普通だと思うけど。

 卯亜ちゃんちのアパートと比べてって意味かな?


「ウチは延床40坪だぞ。東京じゃ大きい方だ」

「ぱ、パパ」

「お邪魔します」ペコリ


 聞いてたの?もう日曜だからって。

 変な見栄張らないでよ。

 恥かしいなあ、もう。


「リビングでやるのか?」

「う、うん。邪魔?」

「いや、良いけどよ・・・」


 自分の部屋でも良いんだけど、出来ればリビングのソファでゆっくりやりたい。

 パパもここに居るの?

 遠慮したのか自室で読書するって。


 ママが飲み物とケーキを出してくれた。


「まあ、そんなおもちゃで将棋するの?パパに木の盤買って貰えば良いのに」

「うーん、買って貰っても使う機会がなかなか・・・」


 折りたたみくらいなら安いけど、あれは中央の出っ張りが気になる。

 一枚板のだと一気に高くなるし、しかも場所を取るし。

 足つきなんてもっての外、重いし床用だし。


「まあプロになったら自分で買うよ」

「はいはい、頑張ってね」


 ママも空気を読んで自室に行った。

 じゃあ卯亜ちゃん、指そっか?


「綺麗なお母さんだね」

「うん、前に言ったと思うけど元モデルだからね。てか私も綺麗でしょ?」

「う、うん、君島さんってそういうトコあるよね・・・あ、角落ち戦でいい?」


 いいよ。卯亜ちゃんとは3級差がある。

 3級差だと奨励会での対局は無いが、一応角落ちと連盟では推奨されている。


「でも、他の人ともVSしてるって言ってたけど、相手は男の子?」

「うん、女の子は殆んど居ないもん」

「・・・変な事聞くかもしれないけど、危なくないの?」


 卯亜ちゃんも結構可愛い。

 男と2人きりで対局なんて、私が卯亜ちゃんの親なら止めるところだ。


「危なくなんて無いよー。ほら、将棋する男の子って草食系でしょ?」

「うん、確かに」

「それに別に何かあっても・・・」

「ええ?卯亜ちゃんそういう子なの?」

「興味はある年ごろでしょ?」


 そうかもしれないけど・・・

 因みに過去にVSしたのは奨励会の中でも顔の良い男の子限定らしい。

 こ、この、おマセさんめ!


「君嶋さんこそ綺麗なのに彼氏居ないの?」

「え゛」パチ

「あ、二歩だよ・・・」


 ま、負けてしまった。

 人生初の反則負け。

 情けない。


「私は棋士になるまでそういうのはいいの」

「ええ?今日は男を落とすテクニックを聞きに来たのに」

「それでVS申し込んだの?」


 男の子とVSしても何も無いから、モテる秘訣を聞きに来たらしい。

 はあ、何だか拍子抜け。


「前に棋士になれなかった元奨励会員の記事を読んだことあるけど、奨励会の時に恋人がいても良い事無いみたいよ?」

「そうなの?」

「うん、負けたら遊んでるから負けるんだって言われるんだって」


 勿論やっかみもあるだろう。

 でも私だって将棋をする時間を恋人に使ってる人なんかに負けたくない。

 そんな『余裕』な人に負けたくない。


「負けたら負けたで恋人のせいにしてしまうらしいし」

「あー・・・卯亜もついつい人のせいにしちゃう」

「それでも勝てる人なら恋人作っても良いとは思うけど・・・私にはそんな余裕ないな」

「・・・・・・」


 卯亜ちゃんの元気が無くなった。

 ちょっと自分を反省してるみたい。


「私甘かったかも。ただでさえ、女が棋士になった事無いのに」

「・・・うん、私達の道は険しいからね」

「君島さんは、棋士になれなかったら女流になるの?」

「ならないよ。その時は夢を諦めて他の人生を歩むつもり」

「そうなんだ・・・ちゃんと決めてるんだね」


 ええまあ、それが条件でしたから。

 自分で決めたって訳じゃ無いんだけどね。

 卯亜ちゃんは女流になるの?


「どうなのかな?駄目だった時の事を考えるのも・・・」


 そうだよね。

 私達は棋士になる事を夢見てる。

 妥協案を考えるには卯亜ちゃんはまだ若いし。


「でも・・・そうなった時は多分・・・女流になると思う」


 そっか。

 卯亜ちゃんがそれを選ぶのなら、それでいいと思うよ。

 人の人生に何か思うほど、私は何も成し遂げていない。


「・・・暗くなっちゃったね。もう1局指そ?」

「う、うん、そうだね。も、もう二歩はやめてよー?」


 解ってますって。

 さっきのはちょっとした油断だから。

 決して男と付きあった事が無いのがバレると思って動揺した訳じゃ無いからね。


羽生さん・・・;;

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