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駒唄  作者: 無二エル
13/93

休会、そして受験

 3月 第二例会


 本日は休会前の最後の奨励会対局日。

 準備は万端だ。

 先週はメンタル鍛える為に、100mのバンジージャンプも飛んできた。

 怖かったけど、やり遂げる事が出来たのは大いに自信になった。

 これが将棋にも生かされると良いのだが。


「おはよう」

「卯亜ちゃん」


 卯亜ちゃんも元気に通っている。

 あんな事があったから心配だったけど、親を説得して続けることが出来たようだ。


「私、今日昇級出来るかもしれないんだ」

「そうなの?頑張ってね」


 卯亜ちゃんは6級だから私と当たる事は無い。

 昇級したら親も更なる猶予をくれるだろう。

 

 さて、私は私で頑張らないと。

 今日3連勝で1級昇格を決めたい。

 おっと、気負いすぎるのも良くないか。

 メンタルを鍛えたのは別に自信過剰になる為では無い。

 平常心を保つためだ。


 1戦目は1級の人か。

 今はなるべく上の人と当たりたくないけど。

 でも平手の勝負。条件は一緒。

 やれない事は無い。

 目の前の1戦1戦を大事に取りに行こう。



-------------------------------------



「君島さん、昇級おめでとう。すごいね、半年で3階級昇進だよ」

「ありがとうございます」


 幹事に祝福された。

 でもそれだけに1年休会するのは残念だと、幹事の顔が物語っている。


『君島さん、休会するらしいよ』

『へえ・・・余裕だね』

『棋士にならなくてもあの容姿なら生きていけるもんな』


 少し雑音が聞こえる。

 だが、彼らの言う事も解る。

 ここに居るのは、当然棋士になりたいと思ってる子ばかりだ。

 一年も休む者に熱意を感じ取れないだろう。


『竹原朱もあっさりやめたもんな』

『将棋を踏み台にして、有名になったら、はいさよならか』

『女流に将来を考えられなかったんじゃないの?』


「それは本人に聞いてみないと解らないでしょ。勝手な事言うもんじゃないよ」


 ヤバイ、聞こえてたと言わんばかりの気まずい顔。

 他の人がやめてもそんな話題にはならないのに、朱ちゃんの事だとやけに饒舌になるよね。

 なんだかんだ言って好きだったんじゃないの?

 それも、どうせ容姿が好きなだけでしょ?

 中身を見ているようには思えない。


 私は、1年後に戻って来るからね。

 その頃に貴方達がどれくらい強くなってるか解らないけど、よそ見してるようなら遠慮なく抜かすからね。

 休会明けの子に負けないよう少しでも自分を鍛えておいて。



---------------------------


 3月末、私は17歳になった。


 4月 

 高校3年生になった。

 勉強漬けの日々が始まる。

 今まで将棋に向けていた熱意はちょっとお休みして、この一年は受験の為に捧げる。

 大丈夫、私はやれば出来る子だ。

 一流大学に入るより、棋士になる方がよっぽど難しい。

 これぐらいのハードルは越えて見せる。


 5月

 中間試験があった。

 徐々に成績は伸ばしているが、白湯女に入る為には物足りない成績。

 先生に、他の大学では駄目なのかと聞かれる。

 駄目です。一流大学が条件なので。

 白湯女は一流の中ではまだ現実味がある大学だ。

 のんびりしている校風も良い、共学とかだと余計な男女のしがらみが多そうだ。

 好きでも無い男に好かれて、良く解らないブサイクな子に嫉妬されるとか馬鹿みたいだし。

 ちょっと自意識過剰気味になったけど、とにかく白湯女が良いんですと伝える。


 6月

 うーん、息詰まって来た。

 ちょっと気晴らししないと逆に効率悪いかも。

 少しだけネットで将棋を指す。

 ・・・楽しい。将棋って、こんなに楽しい物だったっけ?

 久しぶりだからかな、何か新鮮な気分。

 あ、こんな戦型はどうかな?色々試したい・・・

 なんでだろう、以前より頭がすっきりして、気持ち良く指す事が出来てる。

 奨励会と言う枷を一時的にでも外す事が出来て、開放感に溢れてるのかな?

 変な感じ、実際は他に頑張らなければならない事があるのに。

 現実逃避してる気分になった。・・・やっぱり将棋は封印しよう。


 7月

 期末テストが帰って来た。

 順調・・・にはちょっと足りないくらいの成績。

 でも十分挽回できる範囲内。

 試験の成績表が張り出されていた。

 1位は玲奈、隣で高笑いを始める。

 ウザい、他の皆さんも私と同じ顔してる。

 ごめんなさいね、私が代表でほっぺをツネっておきます。

 泣きながら10倍返しされた。


 8月

 受験生に夏休みは無い。

 補習、夏期講習、受けられるものは何でも受ける。

 ああ、17歳の夏が終わって行く・・・

 人生の一番良い時期を勉強漬けで過ごさなければならないなんて。

 玲奈から手紙が来た。

 今スイスの避暑地に居るらしい。

 あの子も随分とテンプレお嬢様な行動を・・・

 きっと合宿したい時には丁度都合の良い場所に別荘を持っている便利キャラなのだろう。

 

 9月

 2学期が始まる。

 うわ!玲奈焼けすぎ!

 スイスの避暑地に居たんじゃなかったの?

 その後、ハワイとフィジーをハシゴしたらしい。

 受験生なのに随分余裕だなぁ。

 どんな水着着たの?

 ・・・何で赤くなるのよ!

 ひと夏の体験でもしたの?

 ポカポカポカポカ。

 ・・・何も無かったらしい。


 10月

 2学期の中間テストが帰って来た。

 うん、良い感じ、まだ楽観は出来ないけど、このペースで学力が上がって行けば十分合格範囲内だ。

 センター試験の願書を出して来る。

 はあ、こうして見ると、テストばかりだな。

 このテストの結果で人生が決まっていく。

 棋士になれば、そのレールから外れる事になるのかな。

 人とは違う人生、それは尊くもあり、不安でもある。

 自分の人生の舵を自分で取って行かなければならない。

 ・・・本当は、それが当たり前のような気もするけど。


 11月

 ええ?玲奈もう合格が決まったの?

 AO入試?ず、ずるいよぉ。

 いいなぁ、あと4カ月遊んで暮らせるじゃん。

 残りの試験も1位を目指すらしい。

 油断しない姿勢は立派だ。私も見習うべきところだろう。

 

 12月

 世間はクリスマス。でも受験生にクリスマスは無い。

 期末試験が帰って来た。

 成績は上がってるけど、順位は上がらなくなって来たな・・・

 回りも頑張ってる証拠だ。

 玲奈は相変わらず1位?小癪な。

 冬休みも海外に行くみたい。羨ましい。

 私は今年を乗り切っても、その後は奨励会で揉まれる事になる。

 遊べるのは何時になるのやら。


 1月

 センター試験A判定!やった!

 い、いやいや待て待て、ここで油断したら元の木阿弥。

 変わらず勉強を続けなくては。

 ・・・将棋打ちたいな。

 今はどんな戦型が流行ってるんだろう?

 連盟のHPも全然見てない。

 この間にも、プロになってる人は居る。

 誰が狭き門を潜り抜けたのかな・・・

 気になるけど、調べはじめたらキリが無い。

 今はまだ我慢、もう少しの我慢。


 2月

 い、いよいよ入学試験だ。

 正直緊張する。

 忘れ物ないよね?朝から何回確認しただろう。

 ・・・人生がかかった大勝負。

 これから何回経験するのだろう。

 私はそれに勝ち続ける事が出来るのだろうか?


 ・・・試験が終わった。

 正直、手ごたえは半々だ。

 絶対受かった手ごたえも無ければ、駄目だったという程でも無い。

 ああ、あれだけ勉強したのにまだ出来る事は無かったのかと後悔せずには居られない。

 結果発表は3月後半。

 それまでは胃の痛くなる毎日だろう。



 3月


「君島さん、合格おめでとうございます」

「玲奈?!見に来てくれたの?」ぎゅうぅ

「ちょ!く、苦しいですわ!」


 合格発表を見に来た。

 今はネットでも見れるけれど、学校まで見に来た。

 何となくそうしたかった。

 というか、家で親と一緒に見るのは怖かった。

 心臓がバクバクする中、自分の名前を見つけ、息を飲んだ。

 そしたら隣に玲奈が居た。

 自分には関係無いのに、わざわざ来てくれたことに感動する。


「き、君島さん。そろそろ離してくださいませ」

「いや」

「ええ?・・・泣いてるんですの?」

「泣いてないけど、玲奈を離したくない」

「・・・」


 静かに玲奈が背中に手を回して来る。

 良かった良かったと、私を優しく抱きしめる。


「でも君島さん、聞きました?白湯女って将棋のサークルが無いそうなんですのよ?」

「え?・・・そうなの?」

「囲碁はあるのに・・・こうなったらわたくしが新しく作ろうかと思いますわ。君島さんも入ってくださいますわよね?」

「ええ?・・・良いけどあまり来れないよ?私はもっと本格的な勉強をしないと」

ムッ「わたくしが主催するからには本格的な会にするつもりですわ?皆で強くなって、大会にも出て」

「奨励会員はアマの大会に出られないんだよ」

「ええ?そうなんですの?」


 奨励会員はアマの大会に参加禁止だ。

 絶対優勝するに違いないから。

 それだと本当のアマチュアがシラケてしまう。

 セミプロが参加するようなものだもんね。


「困りましたわね。それでは指導役として参加するのはOKなんですの?」

「うん。プロが学生に教えてたりもするからそれならOK」

「じゃあそれで結構ですわ」

「・・・玲奈、本当に将棋のサークルをやりたいの?私に気を使ってない?」

「あらご心配なく、わたくしも将棋が楽しくなって来たんですわ?最近はハムスターじゃ物足りなくなってますのよ?」

「あんなの子供だましだってば」


 平手でも余裕で勝てるようになったらしい。

 1年経ってるもんな。

 玲奈ならもっと強くなれるよ。


「ですから、腰を据えてやってみたくなったんですわ」

「そう・・・解った。頻繁には無理だけど、時々顔を出すくらいなら」

「あと、部員集めも手伝って欲しいですわ」


 うん、いいよ。部員集めはそこまで難しくないと思う。

 王太君ブームも落ち着いて来たけど、まだまだ将棋の人気は健在だ。

 見る将と言われる人が増えたからだろうな。

 きっと実際にやってみたいと思ってる人も多いはず。


「部費は月3万くらいで良いでしょうか?」

「そんなの誰が入るのよ」

「ええ?でも、盤も駒も買わないと・・・」


 最初は安いので良いよ。

 塩ビの盤とプラ駒なら2000円くらいで揃う。

 少しずつお金を貯めて、木の盤を買うと良いよ。


「なるほど、最初は安いのから、徐々にレベルアップしていくと言うのも面白いですわね」

「そだね。道具と共に、将棋もレベルアップして行ければ理想的だね」

「わ、ワクワクしてきましたわ」


 玲奈がやけにやる気だ。

 金持ちの玲奈が全部お金を出すとかでなく、サークルとして成長させようとしてるのは好感持てるかも。


「因みに、夏合宿するの?玲奈の別荘で」

「当然ですわ」


 やっぱり便利キャラか。

 結局何だかんだでお世話になりそうだ。


 そして私は18歳になった。

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