メンタルを鍛えたい
3月 第一例会
2級になってからの成績。
●●●○●
うーん、良くないペース。
一時休会まであと1カ月、対局数にするとあと6局。
昇級するには6連勝しかない。
心配事も消えたし、気合い入れて行かないと。
そうだ、幹事に一時休会する事を伝えておかないと。
「ああ、荒木先生から聞いているよ」
「そうでしたか」
「でも、大丈夫なのかい?1年も休むと弱くなるよ?」
やはりそうなのだろうか。
1年間は将棋の勉強も控えて、受験の為の勉強をみっちりやるつもり。
最近の将棋界の流れは速い。
今は雁木と言う戦型が流行っているけど、一年後は解らないんだよね。
流れに付いていけなくなるのだろうか。
・・・考えても仕方がない。
一流大学に入る事は親との約束なのだ。
それをクリアしないと将棋を続けられない。
だとしたら他に道は無い。
「親も、私の将来を心配してくれての条件だったので、不満はありません」
「そうか・・・まあ賢明な判断なのかもしれないね」
幹事は私よりも将棋界の厳しさを知っているだろう。
私自身に本当に不満が無いかと言われれば、ウソになってしまうが、親の気持ちを無下にも出来ない。
制限された条件の中で強くなってみせる。
新たに決意した私は強かった。
○○○
3戦とも会心譜で勝利出来た。
こうして見ると、将棋とはメンタルに大きく左右される競技だと改めて思う。
強気の時はガンガン行けるのに、弱気の時は余計な心配までしすぎてしまう。
生理の時も正直調子が良くない。
女がなかなか棋士になれない理由の一つは、そう言う事なんじゃないかな・・・
メンタルってどうやって鍛えればいいんだろ。
自信が付く何かをやればいいのかな。
何かって一体なんだ?見当もつかない。
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「ああ、バンジージャンプでもやってみりゃどうだ?」
パパに聞いたらそんな事言われた。
た、確かに効果ありそうだけどさ。
「パラグライダーとかハンググライダーとかでも良いと思うぞ?人が知らない事をやるだけで自信になる」
「パパ、やった事あるの?」
「ないよ?」
な、無いのか。
じゃあ根拠が不十分じゃない。
「そういうのはやった事無いけど、若い時にスペインに行って牛追い祭りに参加したことがある」
「へえ!あの有名なお祭り?」
「無茶苦茶怖かったけどなwでも何もせずに帰るのも嫌だったから、思い切って牛の背中に乗ってやろうと俺は飛びだした」
「ま、マジで?」
「・・・まあ、結局は牛の背中をポンポンしただけで終わったけど、それでも見ていた観客に物凄い称賛されたんだぜ?」
へえ、見ず知らずの人達からの称賛か。
確かに自信付きそう。
「あんな事、今なら絶対できないよ」
「若くないからって事?」
「確かに体も重くなったからな。でも一番の理由は守るべきものが出来たからだよ」
「・・・」
ママと私の事だ。
私が成人するまでパパは家族を背負っていく。
「じゃあ、人は守るべきものが出来たら弱くなるって事?」
「それは場合によりけりだな。家族がいるから頑張れる時もある」
「・・・ふーん」
「まだ解んないだろ?別に今すぐ解らなくてもいいよ。お前も背負う物が出来れば解るはずだ」
まだ早いか。
パパがそう言うのならそうなのだろう。
所詮まだまだ養われている立場。
親の苦労を解かろうなんて10年早い。
「・・・そうだ、竹原朱ちゃん、引退するらしいな」
「引退じゃ無くて退会、もう将棋から足を洗うんだよ」
私も先日ネットニュースで見た。
彼女の気持ちは私では解らないけど、女流に見切りをつけるのは別におかしいとも思わない。
収入が不安定すぎる仕事を続けて行く方が普通はおかしいんだ。
彼女は才女だし、TVにも良く出てるし、アナウンサーにでもなるんじゃないかな?勝手な想像だけど。
「朱ちゃんは今二十歳だっけ?人生を決める時期に来たんだな」
パパからのチクリとしたプレッシャー。
解ってますよ、私のリミットも大学2年の二十歳まで。
大学3年ともなると、就職活動が始まる。
それまでに答えを出さなければならない。
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で、次の日の日曜日。
唐突だが、今日は遊園地に来た。
「なんだ、思ったより高くないな」
パパも一緒だ。
別に、親子で仲良くデートという訳では無い。
「う、上に来ると、結構高いんだけど」
「本当だなw」
お目当てはアトラクションの一つのバンジージャンプ。
昨日のパパの提案を受け入れ、早速試してみる事にした。
我ながら単純だ。
「パパも飛ぶの?」
「飛ぶわけねーだろ。見守ってるよ」
上まで付いて来るから飛ぶのかと・・・
途中で怖気づいたんじゃないの?
「馬鹿を言うな。ここって22mしか無いらしいじゃないか。正直物足りな・・・」
「えいっ」
「お、押すな馬鹿!」
手すりに捕まり、慌てふためくカッコ悪いパパ。
ほら係員さんに笑われてるよ。
昨日ネットで調べたんだけど、場所によってバンジージャンプの高さが全然違う。
高い所だと100mくらいあるらしい。
さすがに最初からそんな無茶は出来ないので初級編として今日はここを選んだ。
「次みたいだぞ。ほれ行って来い」
わ、解ってるよ、押さないでよ。
いざとなると怖いなぁ。
なんでこんな場所から飛び降りなければならないんだろ。
人が知らない事をやれば自信になるとパパは言った。
優越感だろうか?言ってる事は解らないでも無いけど・・・
普通に生きれてば、22mから飛び降りる人なんて自殺する人くらいだ。
あれだって覚悟が無ければ出来ない事だろう。
後ろ向きな、決して褒められた行為では無いけれど。
ロープが体に装着されていく。
えーっと、まだ覚悟が。
後ろ詰まってる?そんな事言われても・・・
飛ばされるのではなく、自分の意思で飛ばないと意味ないんじゃないの?
「じゃあ行きますよー。5・4・3・・・」
「え?ええ?!ちょ、ちょっと待って!」
淡々と流れ作業のように進めようとする係員。
な、何よアンタ!ちょっとこっちの気持ちも考えてよ!
「じゃあもう一回。5・4・3・・・」
「や、やめて!カウントダウンがすっごいプレッシャーになる!」
「流歌、後がつかえてん・・・」
「うるさいな!飛ばないくせに黙っててよ!」
思わず悪態をついてしまった。
しまったと思ったけど、パパは笑ってた。
人が怖がってるのを楽しんでる。
お、怒ってないなら良かった。腹立つけど。ドキドキ。
でもどうしよう。
後がつかえてるのは事実だし、あまりご迷惑をかける訳にも・・・
はあ、腹を決めるか。
これもメンタルを鍛える為・・・
一度、大きく深呼吸。
うう、高い。でもマットが敷いてあるから死ぬ事は無いだろう。
はあ、私は棋士を目指してるのに、何してんだろうな。
こんなの本当に役に立つのかな?
ああ、楽しかったことが走馬灯のように・・・
「流歌、早く飛べよ」
「解ったわよ!」
行くしかない。
カウントダウンお願いします。
「5・4・3・2・1、バンジー」
飛んだ。
ああああああああああ
びよーーん
「・・・・・・」
「流歌、大丈夫か―」
「・・・・・・」
・・・あっという間だ。
あれだな、飛ぶまでは怖かったけど、距離短すぎて解んない。
係員の誘導で、地上に下ろされる。
「流歌ー、どうだったー?」
「パパ、これじゃあ駄目。もっと高いのでないと」
「ええ?じゃあ100mのヤツに行くか?」
うん、来週連れてってよ。
全然度胸が付いた気がしない。
何も変わってない気がする。
再来週の第二例会に向けて、これじゃあ物足りない。
「なんだよ、ウダウダしてるからてっきり懲りたかと」
「練習にはなったよ。でも全然大したこと無かった」
こんな中途半端なのじゃ駄目だ。
いっそスカイダイビングでもしてみようかな。
今まで見た事の無い景色を見れば、何かが変わる気がする。
「お、おいおい、飛躍し過ぎだ」
「・・・そうだね。取りあえずは100mバンジーでいいや」
「・・・まさかハマるとはなー」
ハマッた訳じゃ無いよ。
でも人生観が変わりそうな予感がした。
意外とこれは有効かもしれない。
来週が楽しみだ。