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駒唄  作者: 無二エル
11/93

予期せぬ弊害

 今日は2月の第二例会。

 将棋会館に向かう為、千駄ヶ谷駅で降りる。


「どうもー、モデルにならない?」

「なりません。親がモデルなので苦労も聞いているので」


 ふう、またスカウトだ。

 連盟は渋谷区にあるから度々声をかけられる。

 まだ渋谷駅や原宿駅じゃ無いからスカウトは少ないんだろうけど。


「そんな事言わずにー、話だけでも聞いてよー」

「薄給でこき使われるんでしょ?特に渋谷区に事務所があるようなモデル事務所はロクなもんじゃないと聞いていますが」

「・・・ケッ!お高く留まりやがって」


 捨て台詞、これで確定的だ。

 やっぱり怪しい事務所だったか。


 

 将棋会館


 さて、今日はちょっと対局前に用事がある。

 私の他の女性奨励会員に先日の事情を説明しないと。

 あまり話した事も無いから緊張するなぁ。


「あ、君島さん。さっきスカウトに声かけられてたよね?」

「凄いね、美人だもんね」


 う、見られてたか。

 と言うか、出鼻を挫かれてしまった。


 今目の前に居るのは現女王の23歳で3段。

 現在初の女性棋士に最も近い人。

 

 元女王も隣に居た。

 こちらも23歳で初段。

 タイトル奪い合った同士なのに仲良いのかな。


 もう一人・・・居た居た。

 現在12歳で6級の渡利わたり 卯亜うあちゃん。

 私と同時期に奨励会に入った女の子。

 なかなか昇級出来てないみたい。


「そ、そのー、連盟から電話がかかって来たと思いますが・・・」


 先日の件を詳しく説明した。

 怒らないと良いんだけど・・・


「そんな事で連盟に問い合わせて来るなんてね」

「怖いね、でもそれだと私だっていつ迷惑をかけるか・・・」


 23歳コンビはそれ程気にしてないみたい。

 でも卯亜ちゃんは複雑な顔してる。


「・・・親が、奨励会やめろって」


 あー、心配しちゃったのか。

 無理もない、そんな危ない人が問い合わせて来たんだ。

 連盟HPには実名が乗ってるし、子供の危険を考えるのは普通だ。


「ごめんね、私が不用意な事したから」

「・・・困るよ。せっかく奨励会員になれたのに」


 卯亜ちゃんは、例会ごとに飛行機に乗って北海道から来ているらしい。

 全然昇級出来てないし、交通費も大変だから、親は諦めて欲しいと思ってるみたい。

 家庭の事情が難しい中に、追い打ちでおかしな問い合わせが来た訳か。


「どうお詫びして良いか・・・」

「君島さんが悪い訳でも・・・」

「そうよね。ストーカー染みた事をするネットの中の人が悪いような」


 23歳コンビはそう言ってくれるが卯亜ちゃんの沈み顔は変わらない。

 そんな事をする人の存在を、12歳で理解するのは難しいのかも知れない。


 はあ、思った以上に事は深刻なのかも。

 関西奨励会の子にも謝った方が良いのかな。

 ・・・後で奨励会幹事に相談してみるか。


 そんな訳でこの日の勝敗は●○●

 ・・・引きずってしまった。

 私には時間が無いのに・・・


「そうか、私から各会員の師匠の方に連絡しておくよ」


 奨励会幹事に相談すると、関西の女の子達の師匠に伝えておいてくれると言ってくれた。

 本当は自分で謝りたかったんだけど、電話だと中途半端になりそうだしな。

 さすがに直接出向いて謝るのも大袈裟すぎるし、ここは甘えよう。


 はあ、しかし余計な心配事でペースまで乱された。

 まったく、良い事何にもないな。

 そもそも私が悪い事だったのかな・・・

 ストーカーのせいで・・・


 連盟を出ようとしたら事務員さんに止められる。

 え?警察が来てるの?

 何かあったんですか?


「変な人が奨励会に知り合いがいるから入れろと・・・」


 急激に寒気が来た。

 まさか、ストーカー?

 例会が行われる日に合わせて来ちゃったの?


「捕まったんですか?」

「いえ、パトカーが来るのを見て逃げました。ですがまだその辺に居るかもしれないので・・・」


 えええ?

 困ったなぁ。帰れないじゃない。

 と、言うか、私はまだ近いから良いけど・・・


「卯亜ちゃん、今日は・・・」

「・・・この後すぐに空港に行く予定だったんだけど」


 日帰りなのか。

 12歳が一人で東京に来るだけでも大変なのに、一人でホテルに泊まるのはハードルが高い。


 責任を感じずにはいられない。

 どうすれば・・・


 23歳コンビはタクシーを呼ぶらしい。

 すみません、余計な出費になりますね。

 気にしないでと言ってくれたが、そう言う訳にも・・・


 ・・・私はパパを呼ぶか。

 私だって心配するからストーカーの事は知らせたくなかったんだけど、今はそんな事も言ってられない。


「卯亜ちゃん、取りあえずパパを呼んで空港まで送って貰えるか聞いてみるよ」


 一人で空港には行かせられない。

 今日の所はウチに泊まって貰おうかとも思ったけど、チケットを無駄にも出来ないし。


『何だよそんな事があったのか?』

「黙っててごめんなさい、心配すると思って」

『・・・取りあえず話は分かった。迎えに行って空港まで送るよ』


 ホッ、取りあえずは安心。

 ・・・でも後で色々言われそう。

 すぐにパパが来てくれて、卯亜ちゃんと私を乗せて空港へ向かう。


「時間は大丈夫なのか?」

「は、はい、最終便なので」


 21:00の便らしい。

 例会が長引く可能性もあるし、移動も考え余裕を持ってチケットを取っているみたい

 北海道の空港に着くのが22:30、家に付くのは0時近くになるんだって。

 ・・・それにしても大変だな。まだ12歳なのに朝から晩まで。

 こんなに遠くまで一人で来て、一人で帰って行くのか・・・


「災難だったな。ウチのバカ娘が悪いんだろ?」

「ぐ・・・」

「私もネット将棋は良く指します。感想戦としてチャットも良くするけど・・・」

「こういう事になる危険性も含んでいるって事だな。特に女の奨励会員は珍しいから舞い上がっちゃったのかもな」


 うーん、別に女だと言うアピールは全然してないんだけど。

 今回の事は反省するけど、運も悪かったとしか・・・


「まあでも有名になるって事は、こういう事は少なからず起こりうる事だと思うよ。ウチのかみさんも昔悩まされたらしいし」

「え?」「う、ウチのママは元モデルでね」

「ある時俺がストーカーを撃退したことで、付き合い始めたんだぜ?」


 何その漫画みたいな話。

 初めて聞いたんだけど。

 ・・・パパが悪党を雇って仕組んだんじゃないの?

 そんな訳無いかw


「有名になるつもりなら、そういう覚悟も今の内からしておいて損は無いぞ」


 ・・・そうなんだろうな。

 最近は、ネット番組で棋士が身近になった。

 場を繋ぐためにプライベートな事まで話しているのを良く見かける。

 SNSやブログでより棋士の詳しい事が解るようになった。

 親近感を持つ機会が増えてしまった。


 それは勿論、知って貰う為には良い事なんだけど、当然弊害も起こる。

 少し前のアイドルのブログなんかでは、気持ちの悪いコメントがひしめいていたもんな。

 まるでその人の事をすべて知っているかのような口調で、俺だけは味方だと言わんばかりの彼氏気取りの勘違い。

 あれ見た時はドン引きだったなぁ。


 そういう事が起こりうると言う事だ。

 将棋棋士は文化人、だが顔が表に出る。

 知らない人に一方的に顔を知られる、当然おかしな人にも知られる。

 そういう覚悟もしておけと、パパの言葉から伝わった。



 空港に着いて、卯亜ちゃんが乗る飛行機の搭乗時間を待っていると連盟から電話が入った。


「そうですか、捕まりましたか」


 犯人が捕まった。

 警察の話では、おかしな発言が多いけど、捕まってからは平謝りだったそうだ。

 自分が悪いって解ってたんだね。

 まあだから逃げたのか。

 今後、このような事は一切しないと念書を書かせたので連盟としても不問にしたいらしい。

 ・・・そっか、奨励会員にストーカーが付いたというのも、スキャンダルになるのかも知れない。

 今はせっかく王太君人気で盛り上がってるし、波風立てたくないのだろう。


「今、卯亜ちゃんも一緒なので伝えておきます」


 卯亜ちゃんに伝えると、自分としても親に反対されると困るので、あまり大事おおごとにしたくはないと言う。

 犯人が捕まった事だけは伝えて安心させたいと言っていた。

 飛行機の乗り込む卯亜ちゃんを見送り、私達も帰路に向かう。


 帰りの車の中。

 パパと二人きり。

 うーん、気まずい。

 寝たふりしようかな。


「流歌」

「は、はい!」

「お前もまだ未成年、成人するまではお前が何をしようとも、俺は親の責任だと思っている」

「・・・」

「思いがけず人に迷惑をかけたとしても、自分が悪くないとしても、責任を取らなければならない事は大人になれば山ほどあるんだ」

「・・・」

「今日みたいに自分の力じゃどうにもならない事があった時は、親を頼っていいんだからな」


 ・・・ありがとうございます。

 そう思う気持ちと同時に、パパが私を責めていると感じた。

 ストーカーの事を黙っていた私を責めている。


「手遅れになる前に知らせろ。心配をかけたくないと言う気持ちは的外れなんだからな」

「はい、ごめんなさい」


 

 次の日、パパが護身用品を山ほど買って来た。

 スタンガンやら催涙スプレーやら防犯ブザーやら・・・

 え?防弾チョッキ?こんな物まで売ってるの?


「こ、これなに?」

「ヌンチャクだな」


 こ、こんな物どうやって使うの?

 他にもナイフやら警棒やら・・・

 こんなの持ってたら私が捕まるんじゃないだろうか。


「・・・そういや以前、漫画家がバタフライナイフ持ってて捕まったって聞いた事あるな。なんで持ってて捕まるもんが売ってるんだろ?」

「し、知らないよ」


 と、とにかくこんなにたくさん必要ないよ。

 荷物になってしょうがないし、慣れない物を使っても自分が怪我しちゃいそうだよ。

 催涙スプレーと防犯ブザーだけ持ち歩くことにします。

 もう、パパの心配こそ的外れな気がした。

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