勝ちは勝ち
2月 第一例会
3級になってからの成績。
○○○●○●○○●●○○○○
10勝4敗か。
今日1戦目を勝てれば昇級、駄目なら13勝5敗での昇給を目指す事になる。
連敗しようものなら昇給は大きく遠のいていく。
相手は5級の子。
格下だが2級差は駒落ち戦になる。
嫌だな、せめて4級の子なら良かったのに。
普段ならそうでも無いが、昇級のかかった場面では、少しのマイナス要素でもナーバスになる。
格下と言うプラス要素をポジティブには考えられない。
不利な状況ばかりを考え委縮してしまう。
これらのプレッシャーに勝つ事も大事なんだろう。
むしろ奨励会の3級くらいでプレッシャーを感じているようでは大成出来ると思えない。
よし、切り替えて行かないと。
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戦局は終盤。
一進一退の攻防が続いていたが、自陣に詰みが見えてしまった。
私は大きくため息をつく。
その様子を不思議そうに見た後、相手が焦るように盤面を確認する。
・・・あれ?ひょっとして気付いてなかった?
それほど難しい形じゃないんだけど・・・
相手が時間をどんどん消費していく。
未だ見つからないようだ。
私はひょっとしたら勝てるかもと思い始める。
見つかりませんように、見つかりませんように・・・
相手の残り時間が5分を切った。
諦めたのだろう、無難な手を指してきた。
・・・しめた。
局面が逆転し始める。
相手は防戦一方になる。
・・・相手側に詰みが見えた。
これには相手も気づき、意気消沈する。
・・・拾った。
こういう勝利も将棋のうち。
私は素直に喜ぶ事にする。
「君島さんおめでとう。これで2級だね」
「ありがとうございます」
幹事が祝福してくれた。
ふう、ホっと一安心。
でも油断してこの後2戦は負けてしまった。
私はまだまだ青い。
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さて、一時休会まで例会はあと3回。
対局数にしたらあと9戦。
「むう、1級に上がるには、6連勝以外ないか・・・」
「何が6連勝ですの?」
玲奈か。
今は学校の昼休み。
中庭で独り言を言ってたら聞かれたみたい。
「まあ、面白い物ですわね。その奨励会制度と言う物は」
説明すると興味を持ってくれた。
別に、勝ち星は休会しても持ち越しだから、どうしても3月までに6連勝しなければいけないと言う訳では無い。
でもやっぱり高望みして少しでも上を狙わないと・・・
「どれどれ・・・まあ、本当に君島さんの名前がありますわね。あら、直近は2連敗じゃないですか」
「連盟のHP見てるの?玲奈スマホ使えるようになったんだ」
「ふっふっふ、私も成長してますのよ?あの憎たらしいネズミもどきにも、4枚落ちで勝てるようになりましたのよ?」
「玲奈が4枚落ち?」
「・・・・・・」
ハムが4枚落ちか。
まだまだひよっこだ。
「じいやも将棋を打てるので時々勝負してますのよ」
「へえ、身近に指せる人が居るんだ。羨ましい」
「・・・指すというんですか?将棋の場合」
うん、将棋の場合は駒を指す。
囲碁の場合は石を打つだよね。
ややこしいから別に使い分けなくてもいいよ。
「そういう訳には参りませんわ!わたくしとした事が間違って覚えていただなんて!」
「本当に好きな人じゃなければそんなもんだよ」
ムッ「なんですかその『ニワカ野郎は打つと指すの区別もつかねえんでやんのwww』みたいな言い方」
「い、言ってないよ」
「小癪な・・・すぐに君島さんより強くなってみせますからね!」
はいはい。
でも玲奈は頭が良いからもし本気で取り組んだら・・・
・・・さすがに16歳で覚えたてじゃプロは無理か。
遅く覚えて女流になった人なら居たはずだけど。
いや、森圭壱 九段は16で覚えたんだっけ?
「冗談ですわ?わたくしの夢はノーベル賞を取ることですから」
「へえ、そっちのほうが凄いじゃない。私なんかよりもっとずっと難しい夢じゃん」
「ふっふっふ、まあわたくしが有名になっても、君島さんとはお友達でいてさしあげますわよ?」ニヤリ
「・・・」ギュ
「い、いたぁ~い!よくもツネりましたわね!」ポカポカポカ
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数日後。
今日はネット将棋で勉強中。
この中にも強い人はたくさんいる。
私のレーティングは3000くらい。
かなり強い方ではある。
椅子に座ってディスプレイに向かうこの姿勢が、私にとっては一番力を発揮できる体制だと思っている。
(私が一番力を発揮できるのは夕日杯なのかもな・・・)
まだプロになった訳でもないのに余計な心配をし始める。
夕日杯とは、将棋界では珍しい椅子に座って対局するトーナメント戦。
優勝賞金750万の一般棋戦。
正座はやはり苦手だ。
足が痛くなってきたら集中なんて出来る訳がない。
指し手にも影響が出て、悪手にもつながってしまう。
わざわざ対局のレベルが下がる枷を付けられてやってる気分。
本末転倒な気もするが、将棋界はまだまだ古い伝統に縛られている。
日本人にとってはまだまだ正座が礼儀正しい作法と見られているのだろう。
海外の人から見たら、地べたに座って見っとも無いと思われてそうだけど。
海外普及もしたいはずなのに、逆行してるんだよな・・・
なんて、こんな事を考えてしまうのはやはり私が正座が苦手だからだろう。
なるべく自分が有利な形で対戦したいと思う浅ましさからだ。
ルールがあるのなら、それには従うべき。
変えたいと思うなら、強くなって偉くならないと言う権利も無いと思う。
あ、余計なこと考えてたら悪手指しちゃった。
もう、相手は結構強い人なのに、挽回出来るかな。
ふう、なんとか勝てた。
対局後、個人チャットが送られてくる。
嫌だな、あらぬ言いがかりじゃないと良いけど。
まるで、自分は鋭いから見破ったぜ!みたいな決め付けでソフト指しだと言いがかりを付けられた事が何度あったか。
そういう場合は奨励会員だとだけ知らせることにしている。
いらぬ疑いでアカウントが晒されても面倒だし・・・
詳しく聞いてこようとする輩もいるが、さすがにネットの中でどこの誰とも解らない人に個人情報は晒せない。
その場合は丁重に説明してお断りする事にしている。
でもそういう人に限ってなかなか納得しないんだよね。
だったら自分の個人情報をネットで晒せるのか?と逆に言いたくなるよ。
でも、そのとき送られてきたチャットは・・・
―――強いですね!羽月龍王ですか?―――
あはは、そんなわけ無いでしょ。
いや、どこの誰がこの中に居るか解らないけどさ。
羽月さんはもっと強いよ。本当のファンならそれも解るはず。
―――私は奨励会員です。羽月先生はもっと強いです―――
あまり、長引かせても面倒だ。
それだけ打って退室した。
後日、将棋連盟から電話がかかってきた。
驚いたことに、この時の対局相手が連盟に問い合わせをしたようだ。
「でも、どうして私だと解ったんですか?」
『一人称が 私 だったので女性だと決め付けているようでして』
ネットの中はなりすましが多い。
一人称なんて当てにならないと思うけど。
男が『私』を使うのも別におかしいことじゃないし。
でもビンゴだ。私が迂闊だった事になるのかな。
『奨励会員の女性のうちの誰かだと、関西のほうにも問い合わせがあったようで』
「すみません。ご迷惑をかけてしまいましたか?」
『いえ、連盟でも個人のアカウントを把握しているわけではないですし、本当に奨励会員なのかどうかも解らないとは言っておいたのですが』
「・・・・・・」
『ただ、特定したがってるみたいだったので、以後気をつけてください』
「・・・どんな人だったんですか?」
『・・・意味不明でした。何の脈絡も無い事ばかり話すような人で・・・聞いても無いのに自分は金持ちで顔も良い方だとかなんとか』
注意喚起の連絡だった。
一応念のために連盟で女性奨励会員に注意が促される事になったらしい。
そして私の所に掛けてみたら当事者だったと。
そうか、気持ち悪い・・・
と、同時に、他の女性奨励会員にも迷惑をかける事になってしまった。
これって謝った方がいいのかな。
はあ、次の例会が憂鬱になっちゃった。
あのサイトで使ってるアカウントも捨てなくちゃ。
あーあ、せっかくレーティング3000まで行ったのに。
特定してどうしたいんだろ?気持ちの悪い。
私だと特定できれば満足なのだろうか?
勝手に親近感を持たれてしまうのだろうか?
酷い時には、秘密を知ってるような特別感を抱かれ、勝手に恋人関係かのような勘違いの感情を持たれてしまうのだろうか?
はあ、こんな事にまで気を配らなければならないとは。
もう、チャットは一切無視しよう。
おかしな疑いを掛けられたらアカウントを作り直せば良いだけだし。
なにより、こんなつまらない事に煩わされるのはバカみたいだ。
・・・これも有名税になるのかな。
恐らくは羽月さんや見栄えの良い女流の棋士はもっと悩まされているんだろうな。
解っているつもりだったけど、奨励会2級でこんな悩みに晒されるとは思ってなかった。
気分が悪い。
私は将棋棋士を目指していて、有名になるつもりで居る。
自分の力で有名になるつもりだ。
こんな暴露みたいなやり方で個人一人に知られても仕方が無い。
ファンになってくれるならそれでもいい。
でもそれ以上は求められても困る。
何も特別な関係ではないのだから。
「ふう、凛さんはどう対処してるのかな」
姉弟子は人気棋士だ。
今の私なんかよりも全然有名で、こんなトラブルにも慣れているのだろうか。
あんな良い人を悩ませる者が居るとしたら許せないな・・・
ふう、話を聞いてみたいけど、なぜか私には全然話してくれないからな。
・・・ちょっと師匠に聞いてみようかな。
『ああ、凛はスタンガンを持っているらしいよ』
「えええ?」
そ、そんな過激な物を持ってるの?
全然イメージが湧かない。
『普段はサングラスとマスクで全然気づかれないらしいけど、念の為らしい』
「やっぱり怖い事があったと言う事ですか?」
『いや、凛からはそう言った話を聞いた事は無いけど、他の女流の中には変な男に延々付きまとわれたと言う話もあるからだろうね』
それで自己防衛の為に、か。
私も何かしら持とうかな。
まったく・・・常識の無い人達の為に余計な心配までしなければならないんだな。
まあいいや、今回は勉強になった。
大した被害も無く、危険を把握出来たのは良かったと考えるべきだろう。
そうだな、私には有名になる事への自覚が足りなかったのかも知れない。
今後の糧とする事にしよう。




