99 来訪者
「本当にここら辺でいいのかよ、石灯籠」
「言っただろう。その名前で呼ぶのはよせ、漆原」
頭をスキンヘッドに丸めた大柄なタンクトップ男は、煙草を咥えたダークスーツの男を睨みつけながら言う。睨まれている方の男は、そんな話面倒だとばかりにため息をつく。
「竜胆なんて花みてえな名前しやがって……石灯籠の方がお前にゃお似合いだよ。で、目標はどこにいるんだ、大将。……ちゃんといるんだろうな?」
「この先の森の中にいるはずだ。蘭瞳が「目」で確認している。例の少年もいる。他の異能者の子供達と一緒に戦闘訓練をしているはずだ」
漆原は短くなった煙草を投げ捨て、次の煙草に火をつける。そうして一服吸った後、またゆっくりと会話に戻る。
「いわゆる、特訓ってやつね。『根源系』はそんな鍛え方しても意味ねえのにな」
「ああ、非効率なことこの上ない。単独で山でも消しとばしたほうがよっぽど習得が早いはずだ」
根源系は特別だ。
かつては玄野カゲノブと玄野ユキの二人しかいなかったが、その二人はあの異能戦争の時代でさえ並ぶ者のいなかったほぼ無敵の化け物。完全に他の異能者とは別物と言っていい。
同列に扱うこと自体、ナンセンスなのだ。
「……とはいえ、もう結構育ってるらしいじゃねえか」
「ああ。あの少年は異能そのものを自覚してからまだ半年とたっていない……本格的に自らの異能の特性に目覚めたのは数週間前と言ったところだ。だが、すでに「桐生」の研究所襲撃時の様子から、レベル4相当に達していると見て良い」
異常な成長スピード。こちらも手駒は揃ってきているが、本来の性能を引き出した『根源系』と衝突可能な駒は今の所ない。
「発達段階の今がチャンスってことか……例の校長はいねえんだろ?」
「蘭瞳によると南に旅立ったそうだ。おそらくまた南極だろう」
「玄野ユキのところか。でも定期的な「集会」にはまだ少し早いだろう?」
「ああ、奴は余程のことがない限り普段あの女と一緒だ。何かが起きている。そう考えるのが妥当だ」
「ひとまず……しばらくあの女と玄野カゲノブは分断されているってことか。……他の奴らは今何してる?」
「聞いていなかったのか。他のメンバーは分断と後方支援に回ると説明しただろう。現地の実働隊は我々二人だけだ」
そう、それは聞いている。
奴に直接遭遇したら全てが終わりだ。今回は分断にウエイトを置かなければならない。
奴には状況を「把握させない」ということが重要だ。他のメンバーは今その為に動いている。
「わかってる、確認しただけだ。だからこそのこの大軍勢なんだろ」
漆原は手元にあるミニチュアの「人形」が詰まった箱に目をやる。
顔も知らない上司から送り付けられてきた『支援物資』。
異能の力で「冷凍」された2センチほどの精巧な人形達は今も冷気を放っている。決して融ける気配はないが漆原達は「解凍」の方法を預かっている。
「『異形』一万体か……戦後始まって以来の大規模戦となるだろう」
「というより実際、戦争だな」
「ああ、それぐらいの規模でなければ奴らは滅ぼせんと思え」
竜胆はいつも慎重すぎる、と思えなくもないが、今回に限っては同意する。
相手はあの世界最強とも言えるレベル5の陣営。
その片翼をもぎにかかる仕事。戦力は多くてすぎるということもない。
「じゃあ、始めるぜ」
漆原はミニチュアの人形をばら撒らまいた。すると人形達はふわりと辺りに拡がっていき、彼らがキャンプ地としている場所を同心円状に囲むようにして着地した。
箱が一瞬で空になると、漆原はポケットから二枚の小さなカードを取り出す。これも「原典」から預かったもの。人形たちを動かす為の『鍵』だ。
「『拡大』」
漆原が小さく呟くと、手にしたカードが一枚砕け散る。
すると辺りに撒かれた人形たちがだんだんと大きくなり、等身大の氷の彫像となった。
「『解凍』」
そうして、もう一枚のカードが砕け、無数の氷の彫像が蠢きはじめ……それは呻き声をあげる異形の群れとなった。
「……なあ、この中には俺らの「なりそこない」も含まれてるんだよな?」
「それは我らのあずかり知らぬこと。いずれにせよ指導者の目的のために殉じた者たちだ」
「…………そうかい」
おそらく、今も「上司」は様々な環境から集められて来た人間に限界まで異能を『積んで』異能者を生産している。積みすぎてしまった人間は当然異形化するが、そいつらはギリギリ人間のままで特殊な方法によって冷凍保存される。
そうして冷凍保管されたモノを好きな場所で解凍してやれば、便利な使い捨て兵隊の出来上がりというわけだ。
……あまり指示を聞かないのが難点といえば難点だが。
「離れるぞ。巻き込まれないように距離を取る」
漆原と竜胆はふわりと上空へと飛び上がった。
次第に辺りから小さな爆発音や木々の倒れる音がしはじめた。
「……せいぜい、派手に暴れてくれや。それがお前らの最期の仕事だ」
漆原の眼下では人ならざる化け物達が呻き声をあげ、森を破壊しながら進んでいく。
だんだんと地響きのようになりつつある呻き声を浴びながら、漆原は次の煙草に火をつける。
……あれは、一歩間違えば自分の役目だった。そんなことを考えながら吸った煙をゆっくりと吐き出す。
「では、混乱に紛れて進むぞ。二度とこの好機は無いと思え」
「ああ……同僚の死を無駄にしちゃあいけないからな。派手に弔ってやるとしようぜ」
これで、準備は整った。
「では……行くぞ。あの女を潰しに」





